• 上場起業家層の分厚さが増し、エコシステムの質も進化
  • 全ての消費や行為に「意味」を問われる時代がくる
  • バーティカルSaaSは様々なアングルから注目

激動の1年となった2020年。新型コロナウイルスの世界的流行によって、人々の生活様式は大きく変化し、またそれは大企業からスタートアップまで、ビジネスのあり方も大きく変えることになった。

DIAMOND SIGNAL編集部ではベンチャーキャピタリストやエンジェル投資家向けにアンケートを実施。彼らの視点で2020年のふり返り、そして2021年の展望を語ってもらった。今回はEight Roads Ventures パートナーの村田純一氏だ(連載一覧はこちら)。

上場起業家層の分厚さが増し、エコシステムの質も進化

2020年は東日本大震災前後に起業し、急がずにじっくりと機をうかがってきた実力のある起業家たちが続々とIPOを果たした印象です。上場起業家層の分厚さが増したという意味で、我々のエコシステムの質的な進化という観点からも重要な意味をもつ1年となりました。

上場に臨む姿勢についても、IPO後の事業成長を見据えた準備を整え、しっかりと通過点のイベントとして捉えている姿が印象的でした。コロナにより、どの企業も生死を意識した2020年、より内省的に自社の活動を見つめ直したスタートアップが多く、特に自分が関わらせていただいた企業の中には、単にIPOするという行為を超えて、そこに臨む構えに洗練を感じることが多かった気がします。

単に経営者や自社(ましてや投資家)のためではなく、社会やお客様、そして従業員のためという、ことによるとお題目になってしまいがちなこれらの点を真剣に意識し、清々しい心持でIPOを議論している取締役会も増えてきたと感じます。

社会の公器になるとは、まさにそういった構えが必要であると感じます。まさしくSDGsやESGといった所作が、収益的に卓越した上場を見据えることのできる企業の中に自然とビルトインされてきている姿を感じ、事業成功と社会的な善は両立しうるものだとの思いを改めて強く持ちました。

また、2019年末のこちらの特集においては、以下の点を挙げさせていただきました。

  • ESGというテーマが機関投資家の建前ではなくメインの投資クライテリアに組み込まれつつあること
  • 社会課題解決という軸が競争優位となり採用面や顧客獲得、また、IPOにおいても強みを発揮してくること
  • 個人的に2020年の注目していきたい分野(1)建築、不動産、製造業のレガシー産業のバーティカルSaaS、(2)物流等の社会的インフラにおける広範囲のTech Enablement、(3)人事、人材関連のソリューション、HR Tech

上記についての振り返りでいうと、ESGや社会課題解決というアングルについては、言うまでもなく当初の予想を超え社会の強い要請となり、今後もその強度は増していくと考えます。また、後段のテーマに関しても様々なスタートアップの動きが印象的でした。例えば、私の担当する支援先においても、物流スタートアップのオープンロジが大型調達を果たしたほか、人材関連においてはHR Brainに新たに投資させていただきました。この注目分野に関しても、2019年冒頭に感じていた以上に高い社会的な期待値を感じる1年でした。

これらに加えて、製造業の分野ではアペルザキャディがプラットフォーマーとなる機会を虎視眈々と狙っています、また、建築、不動産などについても商取引において今後大きな潮流の変化がくるのは火を見るよりも明らかなので、しっかりと業界の深掘りをし勉強をし、積極的に投資機会をうかがっていきたいと考えています。

全ての消費や行為に「意味」を問われる時代がくる

2021年以降に関しては、DXはもはや当たり前の企業活動となり、ある意味ECと同様の抽象度の高い言葉として、それ自体あまり深い意味を持たなくなっていくと感じます。今後、いわゆるDXに求められるものはより進化し、単なるデジタルオペレーションの実装という内容を超え、どの業界のどの業務をどうアップデートし、解決する課題は何か。そのサービスの実装前後における明確なビフォー・アフターの世界観の差異が求められてくると感じます。

一方で、コロナ禍による社会の価値観が大きく揺らぐ中、競争や効率性といった「物差し」が溶け、より全ての消費や行為に「意味」を問われる時代がくるとも感じます。すなわち、より人生の彩りや生活を豊かにするサービスの必要性は高まると感じます。その文脈において、個人的には再度D2Cのアングルに注目していきたいと考えています。

また、B2Bソリューション・SaaSにおいても、引き続きレガシー産業や人材等、社会的インパクトの大きな分野に対するソリューションが興隆をみせると思いますが、単にLTV・CACといったKPIにおける成功要因だけでなく、サービスの人格、社会に対する構えがより問われてくると感じます。

投資家としても単に数値面の分析に終始するのではなく、本当のアルファ(投資による超過収益)を追及するためには、そういった抽象的かつ哲学的な部分に対してしっかりと対話できるか、深い事業理解を元に本質的な価値の解像度を上げていけるのか、そういった部分の判断の質を高めていかないといけないと感じています。

また、上場においても、今後は上場そのものよりも、上場のタイミング、戦略的な意図および上場時のブックの構成含め、質的にどういった上場なのか、また、上場後にエクイティストーリーがどのように開花していくのか、より一層その本質が問われ、結果としてIPOの成功の定義がより狭義に洗練されていくように感じています。

機関投資家の関心も増大する中で、今後、その質的な差異が公募段階での需要およびその後の株価形成を二極化的に決定づけるのでは感じています。

バーティカルSaaSは様々なアングルから注目

今年度も注目していきたい具体的な分野としては、引き続きバーティカルSaaSです。特定業界のペインを深くえぐり出し、特定のオペレーションプロセスにおいて、マストハブ/業界必携のソリューションとなろうとする取り組みは今後拡大していくと考えます。コロナ禍とあいまって、この分野の動きがとても面白くなってくると感じ、様々なアングルから注目していきたいと思っています。

例えば、ホリゾンタルSaaSがワンプロダクトで掘り下げようとすると結果的に自殺行為となるような、業界慣行に徹底的に最適化したUI、UXの実装によりバーティカルSaaSならではのモート(堀)の築き方も大変興味深い戦略だと感じています。

これまで社会における全般的なDXは一般的にはホリゾンタルSaaSにより推進されてきたと感じます。しかし、本当の意味で深みを伴う社会装置化とも言うべきテクノロジーの実装は、バーティカルSaaSの方がよりインパクトがありテクノロジーをレバレッジし産業の可能性をどこまで追求できるのか、社会への影響など様々な面白さが凝縮してくると感じます。

一般的に、バーティカルSaaSはTAM(Total Addressable Market:獲得可能な最大規模の市場)が小さいと言われがちですが、個別の事業の組み立て方を見ると、必ずしもその話は当てはまらないと感じます。

例えば、ロードマップの引き方として、まずは特定のオペーションに深く入り込み、その後そのエンゲージメントやデータをレバレッジして、左右のオペーションプロセスのカバレッジを捉え漸進的に守備範囲を広げていくような戦略的なアプローチは、エンゲージメントを深めTAMを広げ、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)やNRR(Net Revenue Retention:売り上げ維持率)を高い次元に押し上げる大きな可能性を持っています。そういった事業構築の可能性をリアリティもって提示できればまた見え方も変わってくると考えます。

一方でそういった重畳的な戦略展開は、事業推進上の戦略変数を大幅に増加させるものであり、スタートアップにとって本当の意味でのセンスが問われる局面が増えてくると思います。ただ、個人的にはそうした創意工夫が社会の進化を加速していくアングルになると捉えており、強い関心と期待値をもって議論の段階から支援してきたいと考えています。

いずれにせよコロナ禍は、経営哲学、課題の解像度、事業の提供価値、上場へのアプローチなど、様々な面において、より“本物か、そうでないか”をえぐりだすきっかけになってくると思います。社会課題の本質を捉え、収益と社会善を圧倒的に高い次元で両立される凛とした起業家に沢山お会いできることを楽しみにしています。この未曾有の惨事を経て更に進化した日本のスタートアップエコシステムから新たな萌芽が生まれることを期待しています。