
- “反対派”が多数だったカミナシの導入
- 最大の目的は「作業員を責任やストレスから開放する」こと
食品製造工場での勤務で経験した「アナログ作業」の課題を解決すべく生まれた現場管理アプリの「カミナシ」。前編ではプロダクトを開発するスタートアップ・カミナシ代表取締役である諸岡裕人氏に創業秘話を聞いたが、後編では、実際にカミナシを導入する「現場」の声をお届けする。
筆者は2020年11月、食品製造企業・虎昭産業の茨城工場を訪れた。カミナシの導入を決めた担当者や、実際に使用する作業員に話を聞くためだ。
カミナシは製造、飲食、建設など、さまざまな業界で働くノンデスクワーカーたちの業務を効率化するサービスだ。食品製造工場での温度管理、ホテルでの設備点検、建設現場での安全点検といった業務における、今でも紙とペンで行われていることの多い記帳作業をデジタル化する。
虎昭産業は1967年創業の食品製造企業で、セブン‐イレブン・ジャパンなどコンビニエンスストア向けの惣菜や調理パンの製造・加工を行う。今回訪れた茨城県・守谷市の工場ほか、栃木県に2つの工場を構える。同社では搬入した食材のロット番号、食材の温度、機械の状態など、さまざまな情報を記帳するその記帳をデジタル化するため、2019年8月にカミナシを導入した。
“反対派”が多数だったカミナシの導入
約500人が勤務する虎昭産業の茨城工場。多くの作業員がタブレット端末を手に持ち、カミナシを使って手際良く記帳業務をこなしていた。だが、同社の品証本部で茨城工場を担当する小菅亜耶氏は、「カミナシを導入する当初、反対する声は非常に多かった」と話す。
「作業員たちはカミナシを触る前から『私は使えない』と言い、一歩引いた感じでした。社員たちからも「誰がこれを教えるんだ。教えている時間がない」と言われるなど、批判の嵐でした」(小菅氏)
そこで虎昭産業ではカミナシのスタッフの協力のもと、社内教育を進めた。まずは各部署の主要スタッフにカミナシの使い方を教育し、徐々にその周りにも普及させていくという手段をとった。結果、筆者が工場を訪れた際、話を聞かせてくれた作業員の多くはカミナシを用いての作業を「紙への記帳よりも楽になった」と肯定的に捉えていた。
ベーコンなどの食材のスライスを行う海老原千代子さん(66)は「さまざまな情報を記帳する必要がありますが、カミナシを使えば打ち込むだけで済みます。紙やペンを使っていた時よりも楽です」と話す。虎昭産業で働き始めてから約20年、紙とペンでの記帳作業を行っていた海老原さん。「最初は戸惑ってた」と言うも、カミナシの導入で「今では業務がスムーズになった」と説明する。

野菜の千切りなどを担当する大山紀子さん(65)は「カミナシで入力する情報は帳票として信頼性があるので、とても良いと思います」と述べる。スマートフォンを持たない大山さんはカミナシ導入当初、「必要な情報が入力されていない」など、操作に苦しむこともあったという。だが、今では要領よくタブレットを操作し、記帳作業をこなしている。
「カミナシを導入する前、忙しい時は“走り書き”で記帳し、『後で書き直そう』と考えることもありました。これは良くありませんよね。でも、カミナシでは 、例えば写真を撮影することで作業のエビデンスが残る。絶対に加工できない情報が残るところが優れていると感じます 」(大山さん)

最大の目的は「作業員を責任やストレスから開放する」こと

虎昭産業でカミナシの導入を決定したのは品証本部・取締役本部長の花島克之氏だ。導入理由について、花島氏は「大きく3つの目的があった」と説明する。
1つ目の目的は「ペーパーレス化」。虎昭産業では1日に100枚以上の帳票が発生していたため、保管場所にも苦労していたという。カミナシを導入することにより、データをクラウド上に補完できるようになっただけでなく、帳票をパンチングしてファイリングするといった事務作業を減らすこともできた。
2つ目の目的は「品質保証の精度向上」。花島氏いわく、虎昭産業のような食品製造工場では新規取引先の開拓よりも、既存取引先との良好な関係性の維持を重要視する。コロナの脅威が引き続き拡大するなか、カミナシのようなツールを導入し品質保証をより徹底していく体制を作ることは重要だと同氏は言う。
そして3つ目であり最大の目的は「作業員を責任やストレスから開放する」ことだ。「品質保証には責任が伴います。さまざまな事項を確認して、自分の名前をサインする。そこには責任が生じます。その責任を可能な範囲で緩和してあげたいのです」(花島氏)
食品製造工場では毎日、機械の始終業点検を行っている。たとえばスライサーの刃が破損していないかどうかなども目視で確認している。刃の破損が見つかったにも関わらず、それまでの数日間の点検では「問題なし」となっていた場合、破損がいつ起こったのかを調査する必要があり、その間に仕事をしていた従業員には重いストレスがのしかかることになる。だがカミナシ導入後はタブレットで写真を撮影することで、機械の正確な状態が毎日の記録として残るようになった。
写真で記録が残るとはいえ、異変を確認して報告するのは今でも人間による作業。異変に気づかないリスクがある。そこで花島氏は現在、カミナシにAIを活用した追加機能の実装を求めている最中だという。具体的には、機械の写真をAIに学習させることで、異変があった際に自動でアラートを飛ばすという機能だ。
「AIを導入することで“人による判断”がより少なくなる。作業員の責任の程度を低くすることが可能です。食品製造工場での仕事は非常に大変です。ですが、減らしたいのは“仕事”ではありません。厳しいことを言うようですが、仕事は大変でも頑張っていただく必要がある。カミナシを導入しても記帳作業は紙への記入からタブレットへの入力に変わっただけなので、作業員たちの負担は減ったわけではありません。私がカミナシの導入で目指すのは、あくまでも作業員たちが背負う責任やストレスを減らすこと。彼らが生き生きと働ける環境を整えることです」(花島氏)