今野穣
  • 2020年のスタートアップシーン「5つのポイント」
  • 今後、ユニコーン企業が生まれる「3つの領域」

激動の1年となった2020年。新型コロナウイルスの世界的流行によって、人々の生活様式は大きく変化し、またそれは大企業からスタートアップまで、ビジネスのあり方も大きく変えることになった。

DIAMOND SIGNAL編集部ではベンチャーキャピタリストやエンジェル投資家向けにアンケートを実施。彼らの視点で2020年のふり返り、そして2021年の展望を語ってもらった。今回はグロービス・キャピタル・パートナーズの代表パートナー・今野穣氏だ(連載一覧はこちら)。

2020年のスタートアップシーン「5つのポイント」

2020年を振り返る上では、やはりCOVID-19の影響を語らないわけにはいかないでしょう。企業活動におけるCOVID-19の影響は、リモートワークを軸とした働き方改革や生産性向上に半ば強制力が生まれましたし、個人の生活においては、新たな生活様式に止まらず、個々人の生き方や価値観にまで影響を与えました。

当然ながらCOVID-19は、弊社の既存投資先にも影響がありました。最も深刻なタイミングであった2020年4月の段階では、15%程度の投資先企業が大きく影響を受けた一方、25%程度の投資先企業は無風かむしろ追い風を受け、60%の投資先企業は軽微な影響に止まり、大きく影響を受けた企業も含めて、大部分の企業は秋以降急回復を遂げています。その内訳を見ても、中長期的に本質的な事業であればあるほど底力を感じさせるものであり、これはコロナ禍そのものが短期的な変化ではなく、来るべき将来がより早く到来し、これまでと異なる社会に変化した(同じ場所には戻らない)と言えます。

その上で2020年のスタートアップシーンは、以下の5点に集約されます。

  • 1. SaaS、AI・データというホットな投資領域

過年度から継続して、SaaSやAI周辺の起業家は増加し、サイズのある上場企業も生まれ始めて来ました。業種を問わないホリゾンタルSaaSから特定業界を変革するバーティカルSaaSまで展開が広がりましたが、コロナ禍では更にDXという御旗の下で、さらに注目度は加速しており、AI・データ領域も大企業連携を中心に、着実な浸透を見せています。

  • 2. シリアルアントレプレナーや高職歴の起業家の厚み

最近の起業家は、シリアルアントレプレナー(連続起業家)か、過去起業家ではなくともスタートアップ企業やそれに関わる企業経営の経験者が増加しています。加えて、外資系金融やコンサルティング業界などの職業を経由して起業するタレントも増加。私自身、2020年の3社の投資先の起業家は全て、シリアルアントレプレナーです。

  • 3. ユニコーンおよびそのポテンシャル企業量産の兆し

日本でもようやく、「突き抜ける会社はどこまでも突き抜けていく」という肌感覚を持つことができるようになりました。未上場企業への投資マネーの流入増加に伴い、ユニコーンポテンシャルのある企業に資金が集中しつつあります。結果的にユニコーン企業の社数が一定程度増加することが予想される一方、起業の裾野が広がる中で次のステージに進めるか否かの「昇格争い」は、激しさを増しています。

  • 4. グロースファンドの参入激化と投資早期化

国内VC以外のセグメントを出自とした、グロース投資を行うファンドが複数参入したのも2020年の特徴です。その出自も実に多様で、海外ファンド・国内外バイアウトファンド・上場株運用ファンドが挙げられます。それと同時に、コロナ禍においても、むしろ将来の企業価値向上への期待とVC間の競争激化から、従来のベンチャーキャピタルを中心に投資ステージの早期化という現象が起きています。

  • 5. 上場企業・新規IPO企業の株価好調

コロナ禍にも関わらず、日経平均株価は約30年振りに2万7000円台を付けました。これは金融緩和による金融市場と実体経済の乖離によるものが大きいと思います。とはいえ、上場間もないスタートアップ企業が数千億円の時価総額まで上昇し、かつ4月から6月の間は事実上のIPO中断にも関わらず、90社を超える新規上場企業数に到達。業績が定量的に把握しやすいSaaS企業を中心に、海外機関投資家の注目度も高まっていると感じています。

今後、ユニコーン企業が生まれる「3つの領域」

リーマンショックにおいては、直接的な金融危機による資金の需給関係の悪化や、企業の内部留保の薄さが、資金調達相場を1/3程度に下落させ、スタートアップも一定期間の停滞を余儀なくされました。他方、コロナ禍は先述のとおり、そもそもスタートアップが志向しているイノベーションが、withコロナ・afterコロナにとって親和性の高い事業であることが多く、資金供給もリーマンショック時の10倍以上とも言われているため、特段の影響はないでしょう。

それよりも、先に述べた通り、COVID-19による変化は、企業活動におけるDXの半ば強制的な推進と個人の新たな生活様式に加え、精神性を伴った人生観・価値観の再構築という影響を与え、変化を伴いながら前進していくという構図を生み出しました。

そのような環境下において、2021年は以下の3つの流れを想定している。こちらは、ユニコーン企業を生み出していくという弊社のファンド設立主旨に鑑み、今後ユニコーン企業が生まれる領域という観点で考察しています。

  • 1. DXの更なる推進の中でのIndustrial SaaSとData Optimizationの進展

DXの進展はコロナ禍によって加速し、もはや不可逆の流れになっています。ソフトウェアの提供形態としてのSaaSはHorizontalなアプローチに加えて、労働集約的な産業を中心に産業全体をアップデートするVertical SaaSの流れが出来つつある状況です。

ホリゾンタルSaaSにおいては、プロフィットセンターではあるが、逆に顧客接点だからという理由で労働集約的であることを許されていた「営業」分野に注目です。バーティカルSaaSは産業を特定する半面、垂直統合や多モジュール展開によるスケール化が期待されます。DXのもう一つの重点領域はAI関連領域ですが、AIアルゴリズムそのものよりも、ソフトウェアによって蓄積されたデータや大企業内で既に蓄積されたデータの最適化が重要なテーマになるでしょう。弊社投資先を例に挙げると、SaaSに関してはヤプリやアンドパッド、データに関してはフライウィールが該当します。

  • 2. アセットレス化の流れの中でのシェアリングエコノミー、ラストワンマイルサービス

コロナ禍で大きく影響を受けた業界に観光・移動・飲食業界があります。どの業界も先行投資型・設備投資型の事業モデルです。いみじくもこれらの業界においては、コロナ禍対応の中で、ユーザーの行動様式が、AirBnBやUber Eatsなどのシェアリングエコノミーやデリバリーサービスにどっぷり浸かることとなりました。今後これらのサービス形態はあらゆる業界において浸透するでしょう。投資先企業で言えば、アキッパやレンティオなどが該当します。

  • 3. 価値観の多様化に伴う需要側・共有側双方での個のエンパワーメントの加速

・メディア・エンタメにおけるTuber、Liverの主流化
すでに、若年層のメディアは、多様な価値観とスマートフォンを起点とした生活様式との相性という意味で、テレビからYoutubeやShowroomなどのTuberやLiverなどによるUser Generated Contentsが、従来のヒエラルキーをリセットしていくでしょう。

・多様な価値観に訴求するEC
BASEに代表されるようなサービスインフラ、クリーマに代表されるようなロングテイルプラットフォーム、ファブリックトーキョーのようなD2Cなど、従前のECプラットフォームの次の世代が台頭し、供給者・購入者双方の多様な価値観を担保する存在になると思います。

・資本市場と実体経済との間の乖離を埋める金融
クラウドファンディングサービスの代表格であるREADYFORやキャンプファイヤーなどのインクルーシブな金融サービスは、資本市場と実体経済が乖離する中で、互助的なセーフティネットとして、空洞化したマーケットを埋める存在となるでしょう。

加えて、エコシステム観点で見ると、「M&Aの活性化及びロールアップモデルの推進」が、日本の有力スタートアップの更なる成長戦略として、かつ日本スタートアップ業界の健全な新陳代謝と流動性の確保として、双方の意味において業界的にも非常に重要です。市場のライフサイクルを見極め、小規模かつ分散化された市場で競合して消耗するのであれば、M&Aによって強い会社が強くなり、売却した起業家はシリアルアントレプレナーとして次の機会に挑戦することが、一歩業界を俯瞰した観点では適切な進化とも言えます。

変化が大きく速いタイミングでは、短期的な変化・景気変動に伴う変化・不可逆な変化の峻別が重要です。その意味では、期待も込めて、スタートアップが社会の成長と変革におけるメインストリームとなり、同市場・業界が不可逆に拡大する過程であることを願っています。