アソビュー代表取締役の山野智久氏
アソビュー代表取締役の山野智久氏 すべての画像提供:アソビュー
  • 今まで成長していたものがゼロに、絶望的だった
  • 「在籍出向」の仕組みで従業員の雇用を死守
  • 「コロナ案件は無理です」ベンチャーキャピタルからの一言
  • レジャー産業全体のDX推進に活路を見出す
  • 競合企業「そとあそび」買収の狙い
  • 今後5年は150〜250%の成長率を維持

外出自粛の要請、インバウンド需要の消滅──コロナ禍で深刻な経済的打撃を受けた観光・レジャー業界。レジャー施設やアクティビティなどの遊び予約サイト「アソビュー !」を運営するアソビューも、大きな打撃を受けた1社だ。緊急事態宣言の発令によって、アソビュー !の月間売上は一時、昨年対比で95%減少し、サービスはおろか会社存続の危機にまで追い込まれた。

そんな未曾有の事態に直面した2020年だったが、12月には13億円の資金調達を実施。さらに、新年早々攻めの一手に打って出た。

アソビューは1月4日、アカツキの100%子会社であるアウトドア・レジャーの予約サイト「そとあそび」運営元のそとあそびを買収したことを明かした。買収金額は非公表だが、アソビューの株式を譲渡するスキームで買収を実行したという。アソビューの傘下に入った後もそとあそびの運営は継続し、将来的にはID連携や7500施設を保有するアソビュー !の在庫と、550施設を保有するそとあそびの在庫の連携などを進めていく。

生きるか、死ぬか。2020年はまさに崖っぷちに追い込まれた状況にあったアソビュー。組織を維持するためにコンサル案件の受託や新商品の開発で売り上げを確保し、出向制度を活用した従業員シェアなどの施策を実行するなどして業績が回復する中、新たに発表した競合企業である“そとあそびの買収”。2020年を踏まえ、同社は2021年以降の戦略をどう描くのか。アソビュー代表取締役の山野智久氏に聞いた。

今まで成長していたものがゼロに、絶望的だった

「絶望的でしたね。立ち尽くすしかないと言いますか……」

取材の冒頭、山野氏は緊急事態宣言下の会社の状況について、こう振り返る。

「昨年2月に感染拡大のニュースが報道され始めてから業績に少しずつ影響が出るようになり、3月に臨時休校要請が出てから売上が半減。そして(4月の)緊急事態宣言の発令で外出自粛が要請されてから需要がなくなり、売上がゼロになりました。当時は毎日ゼロが記録され続けるグラフを見ながら、ただ呆然としていました……」

「組織が空中分解したとか、売上が踊り場に来たといった問題をブレイクスルーさせる知見は多くの経営者が蓄積していますが、『コロナで市場がなくなる』という経験は誰もしたことがありません。当然ですが、その問題に対する知見はどこにも畜歴されていないので、相談相手もいない。孤独を感じ、絶望的な状況でした」(山野氏)

先行きが全く見通せず、倒産するかもしれない状況──そうした中、山野氏はすぐさま2つの決断をする。それが「従業員の雇用を守ること」と「会社・サービスを存続させること」だ。そして3月中旬頃、従業員の前で2つの決断を何がなんでも成し遂げる、と宣言した。

「アソビューでは、常に会社の業績を誰でも見られる状態にしているので、3月中旬には売上が絶望的になっているのはみんな知っていて、『会社がヤバいかもしれない』という空気が立ち込めていました。だからこそ、いち早く会社の方針を共有しなければいけない。そう思い『従業員の雇用は必ず守る』『会社・サービスを存続させる』という2つの目的を成し遂げるためにやれることは何でもやる、と宣言しました」(山野氏)

「在籍出向」の仕組みで従業員の雇用を死守

宣言後、山野氏は同じ経営者であり、友人でもあるランサーズ代表取締役社長CEOの秋好陽介氏、オイシックス・ラ・大地代表取締役社長の高島宏平氏、Retty代表取締役CEOの武田和也氏らに連絡。彼らに「会社がヤバイ状況である」と共有し、再起の方法を色々とブレストする中で、生まれたアイデアが出向制度を活用した「従業員シェア」だった。

多くの企業が業績の悪化に伴い、解雇や雇い止めをする中、アソビューは出向元の企業の従業員として籍を残したまま、他の出向先企業で働く「在籍出向」を実現。災害時に一時的に雇用を維持できない企業と、災害時だからこそ一時的に雇用を必要とする企業間で人材が異動できるようにした。実際、在籍出向によってアソビューの全従業員120人のうち、24人が出向先で働くことになった(編集部注:雇用契約は両社で持ち、業務遂行における指揮命令権は出向先が有する。災害時の費用負担は出向先が負担する)。

「当時、この決断を下したときはドキドキしました。仮に2年間売上がゼロで、資金調達もできなかった場合、従業員の給与はどうやって支払えばいいのか。それを考えるだけでも恐ろしいですし、根拠がない賭けに出た感じです」

「とはいえ後々、過去の疫病の歴史と衛生状態、各国の感染対策、重篤化率の影響度のエビデンスを確認したときに、この状況は一生続くものではないとわかりました。また、経済活動がストップすることは繰り返すかもしれないけれど、2年間ストップし続ける状態で人々が生活するわけではないというのも見えてきていました。それをもとに自分の中で最悪の状況をシミュレーションした結果、夏頃に売上が20%回復する目処も立ち、『これはいけるかもしれない』と思うようになったんです」(山野氏)

在籍出向の仕組みなどを使って従業員の雇用を守った結果、家庭の事情で退職した1人の従業員を除き、全員がアソビューで今も働いている。この結果について、山野氏は「目的を明確に伝え、24時間稼働で目的達成のために何かしている姿勢を見せたことで、従業員に信用してもらえたんじゃないかと思います」と語る。

「コロナ案件は無理です」ベンチャーキャピタルからの一言

会社・サービスを存続させる──この目的を達成するために、山野氏が一縷(いちる)の望みをかけていたのが外部からの資金調達だった。山野氏によれば、もともと2020年6〜7月を目処に資金調達することを年初から決めており、すでにデューディリジェンスを行ったり、タームシート(投資契約の条件を記載した書面)の作成を終えたりしているVCがいくつかあったという。しかし、4月にコロナ禍による業績悪化が可視化されたタイミングで、資金調達の話はすべて白紙撤回に。

「当時、会社の状況として着金を急がなければいけなかったので、こちらからは話を進めていたVCには『このタームシートでいいから行きましょう』と言ったのですが、『(外資系のVCのため)本国の判断でステイになった』『先行きが見えないので投資をやめます』といった理由で投資は断られました」

「ただ、それでも多くのキャピタリストがFacebookなどのSNSで『コロナ禍でも積極投資します』と言っているので、1つ1つ直接連絡してみたのですが『コロナ案件は無理です』と言われてしまいました。そのとき『コロナ禍でも積極投資します』というのは、コロナ禍で伸びている企業には投資するけど、コロナ禍直撃の案件には投資しないということなんだ……と思いました。経済合理性で考えれば決して間違ってないですけど、感情面では全然追いつきませんでした」(山野氏)

レジャー産業全体のDX推進に活路を見出す

売上もほぼゼロになり、資金調達もできない。八方塞がりの状況の中、アソビューが活路として見出したのが「レジャー産業全体のDX推進」だ。

5月末に緊急事態宣言が解除され、外出自粛の要請が緩和されたことで各レジャー施設は営業していいのか、営業してはいけないのかの判断が求められるようになった。そんなレジャー施設に対し、アソビューは専門家の監修のもと、観光庁と情報連携し、新型コロナウイルス感染対策チェックリストや感染予防講習のプログラムを作成。加えて感染拡大予防ガイドラインを踏まえた「日時指定電子チケットシステム」をレジャー・観光・文化施設に対して期間限定で初期導入費・端末費無料で提供した。

この施策が功を奏し、緊急事態宣言の解除に伴う、お出かけ需要の回復とともにアソビューの売上も回復していった。

「コロナ禍の前は、多くの施設が窓口販売もしていましたし、コンビニ販売をしていました。電子チケットも購入できるようにはなっていましたが、電子チケット比率は5〜10%ほど。ですがコロナ禍、ニューノーマル時代のレジャー施設の運営方法と電子チケットの相性が抜群に良かったんです。誰もが持っているスマートフォン上でチケットを購入して非接触で入場でき、さらには場内の人数をリアルタイムで計測できる仕組みがあるからです。それで各レジャー施設が一気に舵を切った結果、アソビューの売上が回復し、8月には昨対比230%を超える数字を記録しました」

「レジャー産業に対してEC化率向上を仕掛けたのは私たちですが、緊急事態宣言が解除された後も本当にお客さんがレジャー施設に足を運ぶかどうかはわかりませんでした。消費者が長い自粛生活に痺れを切らしてお出かけ需要が増えたのは振り返ってみて、本当に運が良かったなと思います」(山野氏)

その後、GoToトラベルキャンペーンが開始されたことも相まって、人々のお出かけ需要は急増。それに伴い、アソビューの経営は右肩上がりで回復していった。12月末からGoToトラベルキャンペーンは一時停止となっているが、それでも那須ハイランドパークや小田原城など近場のレジャー施設にマイカーでお出かけする需要は依然として残っているという。

「GoToトラベルキャンペーンの一時停止でキャンセルは増えましたが、それによって都心部から車で行けるような近場のレジャー施設へのお出かけに切り替える人が増え、新規の需要も増えています。会社としてあまりダメージはありませんでした」(山野氏)

こうした危機的状況を乗り越えるための行動を評価したVCがヤフーのCVCであるYJキャピタル。同社がリードインベスターとなって投資を決断。その後、売上などの数字が回復したのを見て、フォロー投資家がどんどん集まり、12月に総額13億円の資金調達を実施するに至った。

競合企業「そとあそび」買収の狙い

未曾有の事態を乗り越え、再起を果たしたアソビュー。その過程で山野氏はニューノーマル時代の遊び方として、アウトドアレジャーの需要が伸びていることを実感している。

「ニューノーマル時代はソーシャルディス、オープンエアー、アウトドアいうキーワードが『安心・安全』という心理とつながっています。その結果、水族館より遊園地、美術館よりテーマパークといった屋外レジャー施設の売り上げが伸びているんです。この需要の伸びはきっと一過性のものではなく、アウトドアレジャーがニューノーマル時代の遊びの選択肢のひとつになるのは間違いないと思いました」(山野氏)

そんな遊び方の変化に対応するため、アソビューはアウトドア・レジャーの予約サイト「そとあそび」を運営するそとあそびを買収することにした。そとあそびは2004年の創業。同社はもともと個人が運営していたが、元ガイアックス代表執行役副社長の中島裕氏が2014年に個人で買収。さらに2016年にアカツキが14億円で買収したという歴史を持つ。

もともと、2020年1月頃から買収については交渉が進んでいたが、コロナの影響で交渉自体がストップ。その後アソビューの業績がV字回復し、資金調達の目途が立った秋頃に再度交渉を再開して合意に至ったという。

「アソビュー!は総合型のレジャー予約サイトで、そとあそびはアウトドアレジャーに特化したセレクトショップのような棲み分けです。実は掲載するレジャー施設も30%ほどしか被りがありません。アソビューは7500施設ほど契約施設がありますが、アウトドアレジャー施設はあまり多くないので、そとあそびが保有する550施設ほどの契約施設と連携することで掲載する施設の数も増やせればと思っています」(山野氏)

また、アソビューはそとあそびの買収によってユーザー数アップも狙う。

「コロナ禍により消費トレンドに変化が起こり、『ニューノーマル時代にはアウトドアレジャーが良い』という認識が増え、そのユーザー数が増えていくはずです」

「また、水族館や動物園の客単価は1人2000〜3000円ほどですが、アウトドアレジャーは1人5000〜8000円ぐらいします。アソビューの既存ユーザーに加えて、アウトドアレジャーの新規ユーザーを獲得することで平均客単価は据え置きのまま、ユーザー数が増えていくのが今後のアソビューの未来かなと思います」(山野氏)

今後5年は150〜250%の成長率を維持

ニューノーマル時代に向けて、本格的に歩みを進めていく2021年。山野氏は観光・レジャー業界の未来に向けて、何を考えているのか。2021年以降の未来について聞くと、山野氏は「アウトドア」と「DX」のキーワードを挙げた。

「緊急事態宣言が解除された後、お出かけ需要が爆発したことからも分かったように、遊ぶ欲求は今後もなくならないと思っています。ただ、遊び方は変化が起こるはずです。新型コロナが完全に根絶するまでは遊びの場が密ではないオープンな空間に変わっていく。家から出て、空気が循環している外で遊ぶアウトドアの需要が確実に伸びるはずです」

「また、日時指定電子チケットシステムの導入によって利便性を痛感した老舗のレジャー施設の人たちが『EC化率を100%にしたら、受付の手間がなくなり、精算処理が楽になった』と言ってくれており、さらには『ユーザー属性は見れないの?』という相談を頂くようになりました。当然、アソビューのシステムはユーザー属性は抽出できるのでデータを提供していますが、多くのレジャー施設がDXに興味を持ち始めています。2021年以降はこの流れがより加速し、テクノロジー活用が主流になるはずです。その結果、アソビューの事業も伸びていくという算段です。今後5年くらいは150~250%の成長率は維持できると見ています」(山野氏)

様々な工夫を凝らして、危機的な状況を乗り越え、一気に攻めに転じたアソビュー。同社はアウトドア需要の取り込み、レジャー産業全体のDX推進によって、さらなる成長のアクセルを踏んでいく──。

山野氏と談笑する、そとあそび代表取締役社長の横峯樹氏(右)