個人向けの住宅流通に特化したSaaS「PinRich」 すべての画像提供:ピンリッチ
個人向けの住宅流通に特化したSaaS「PinRich」 すべての画像提供:ピンリッチ
  • 不動産営業の“追客消滅”を目指すMAツール「PinRich」
  • 売主・買主と不動産会社との情報の非対称性を解消
  • ユーザーのサイト回遊データから営業確度の高いタイミングで通知
  • 「物件ではなく顧客に不動産会社がひも付く世界観」を目指して
  • 「不動産市場の透明度が増せば流通件数は上がるはず」

首都圏の居住用不動産市場が活況だ。2020年4月の緊急事態宣言から、売出件数の減少により一時は取引全体が減っていた不動産市場。だがその後の7〜9月期では一転して、首都圏の中古マンション・戸建てともに成約件数、成約価格が増加し、11月にはマンションの成約件数が前年同月比14.0%増、戸建ては23.6%の大幅増を記録している(東日本不動産流通機構 マーケットデータより)。

こうした市場動向で不動産業界の現場は多忙になる一方で、3密回避や顧客との対面時間の削減も図らなければならない。そこで昨年は、VR内見や電子契約など、さまざまな不動産テックソリューションにも光が当たった。また商談までの業務効率化を支援する、不動産業界に特化したマーケティングオートメーション(MA)ツールにも注目が集まっている。

2021年頭に本格的にローンチした、個人向け住宅流通に特化した仲介会社向けのMAツール「PinRich(ピンリッチ)」もそのひとつだ。

不動産営業の“追客消滅”を目指すMAツール「PinRich」

不動産仲介では集客から成約までのマーケティングファネルのうち、「商談」に至る前の「リード獲得」、「追客(見込み客への営業)」がボリュームゾーンとなっている。日本では、一生のうちで不動産売買取引を行う回数が1人あたり平均1.2回と少なく、商談以降から成約までの部分を主に効率化する顧客管理システムや顧客とのコミュニケーションを管理するCRMツールはあまり効果を発揮できない。

一方、不動産情報サイトなどをはじめとするメディア上でリードを獲得した後、商談につながるよう、電話やメールでアプローチする追客は、対象となる見込み客の数が非常に多いこともあって、仲介業者にとっては負荷がかかる業務となっている。

そのため、追客を支援するMAツールは複数の企業から提供されている。ソニーグループの不動産事業会社・SREホールディングスが提供するAIクラウドによるMAツールや、不動産テックスタートアップのHousmart(ハウスマート)が運営する「プロポクラウド」などがその例だ。

仲介業者は追客の工程で、不動産情報を見込み客である売主・買主へ送り、商談・成約につなげる。メディアで獲得したリードに対し、メールなどで興味を引きそうな物件情報を紹介していくのだが、物件に関する情報は価格・面積や間取りのほか、エリア情報など多岐にわたる。

こうした情報をAIやビッグデータを活用することで、担当者に代わって顧客へ送信するというのが、これまでのMAツールの特徴だ。しかし「PinRichは、不動産業務の追客業務を効率化、支援するのではなく、『消滅させる』ことを目指しています」とプロダクトを開発するピンリッチ代表取締役の三井將義氏は説明する。

PinRichは、売主・買主にはマップUIベースのサイトで、売出中および成約済みの物件情報を提供。また不動産仲介業者には、登録顧客へのパーソナライズメール自動配信機能に加えて、顧客のサイト遷移やサイト内回遊データが共有され、商談機会がありそうな顧客がいれば、そのタイミングで通知を送る。

売主・買主と不動産会社との情報の非対称性を解消

「今の顧客は網羅的な情報から、自分なりの答えを探すことにはなじみがあります」と三井氏は語る。たとえば、家電購入の際には「価格.com」などの比較サイトを参照し、ポジティブ・ネガティブ双方の情報を照らし合わせて、自分で購入の理由付けを行う。フリマアプリで物を売るなら、売ろうとしている物に近いものが、いくらでどのように売られているか確認するだろう。

「ところが、不動産では情報が網羅されていないことに対するフラストレーションを、売主・買主ともに感じています。情報をできるだけ得るために、売却では平均5.5社、購入の場合は8社に資料請求しています。ところが個人情報を提供している顧客にとっては、多くの不動産会社を使っても、見返りとしての情報はそれほど増えません。そのことにイライラを感じているのです」(三井氏)

不動産の場合は、住宅情報サイトなどインターネット上の情報から相場を把握することが難しい。掲載されている価格も、初出の売出価格は相場より10〜15%ほど高い傾向があり、それが段々下がって流通するので実態とは異なることが多い。しかし金額も含めた成約情報は「ほかの物件が相場になるまで売れなくなる」「売買金額が近隣に分かってしまう」といった理由から公開されず、業者には“虎の子”情報として扱われてきた。

また住宅情報サイトに掲載されているのはあくまでも物件広告で、水害や土砂災害の可能性などには言及されていない。土地差別につながるとして、小学校・中学校の学区情報も掲載されない傾向にある。ただし水害リスク情報は2020年8月から不動産取引における重要事項説明が義務化された項目で、自治体からはハザードマップも公開されている。学区についても同様に自治体サイトなどで住所から確認できる。

「網羅的情報を得るためにユーザーは(ネット上を)動き回っているし、複数の不動産会社に資料請求してしまうのもそのためです。PinRichでは、そこを一元的に情報提供したいと考えています。そこで業者にとっては“虎の子”だった物件の成約情報を掲載することにしました」(三井氏)

PinRichでは、マンションおよび戸建て土地の売出物件のほか、過去の成約物件についても情報を提供する。広告としての掲載ではないため、独自に収集したデータを取扱業者にかかわらず、ほぼ全量掲載している(一部、個別に削除依頼のあった物件は削除)。このため、「物件掲載数は他のサービスをしのぐ」と三井氏はいう。

トップページから地名、マンション名、公園名などで検索すると表示されるマップUIでは、物件の位置と、ハザードマップや学区マップをレイヤーとして重ねることができる。売主は、成約情報からプライシングも参考にすることが可能だ。

メディアなどから問い合わせを行い、不動産会社に登録された顧客が受け取ったメールからサイトを訪問した際には「資料請求」ボタンもマップ画面に表示され、さらに詳しい資料を業者へ請求することができる。

マップUIによる売主・買主ユーザー向けの物件サイト
売主・買主ユーザー向けのUI

「PinRichを使えば、売主・買主と不動産会社との情報の非対称性は、ほぼ解消されるのではないかと思います」(三井氏)

ユーザーのサイト回遊データから営業確度の高いタイミングで通知

この情報の非対称性の解消は、不動産会社にとってもメリットのあることだ。

ハザードマップも学区情報も既知の情報の組み合わせで分かることなので、従来は顧客が仲介業者に調べさせることが多かった。こうした細かな対応は業者にとってはコストになる。そこで業者は反響(物件広告を掲載したメディア経由の問い合わせ)に対して電話をかけ、会える顧客に絞って対応してきた。

ただしメディア経由の問い合わせは、売買の検討初期の顧客が多い。この時点で顧客は単に網羅的に情報を集めたいと考えているだけなので、検討期間は長く、成約までは時間がかかる。多くの業者は「テレアポにはあまり意味がない」と考えており、売主・買主も「決断の時まで待っていてくれ」と考えているはずだが、その確度を知るための手段が「電話をかけて会ってくれるかどうか」しかなかった。

PinRichを利用する不動産会社は、メディア経由で資料請求のあった売主・買主の情報をPinRichに取り込むことで、顧客のエンゲージメントをデータに基づいて確認することができる。仲介業者が売主・買主の情報を登録すると、顧客に合った最新の物件情報が6パターンほど、自動的にパーソナライズしたものが送信される。業者はメールの開封率や物件ごとのクリック率が確認できるほか、その後のサイト遷移についても把握でき、顧客のサイト内回遊ログ、検索ワードや画面操作数、滞在時間などを確認可能だ。

不動産事業者向けの管理画面(イメージ)
不動産事業者向けの管理画面(イメージ)

さらに登録済みの顧客がサイトを訪問した時には、担当者に通知される。買主が探す物件、売主が販売したい物件に似た条件の物件が新たに掲載された場合や、価格に変更があった場合などにも担当者は通知を受けることができる。

「顧客の商談・成約の確度が上がったタイミングで通知が来るので、ユーザーも煩わしくないですし、業者もリストの上から順にのべつ幕なしに電話をかけるのではなく、緩急を付けて営業でき、効率化につながります」(三井氏)

不動産会社は、PinRichの顧客管理機能は無償で利用できる。またMA機能については、メール配信上限数を基準に料金が設定されており、1枠あたり月額100円(例:配信上限数500件であれば5万円)で利用可能だ。

「物件ではなく顧客に不動産会社がひも付く世界観」を目指して

PinRichが、他のメディアやMAツールと異なるのは、1人の顧客に1社の不動産会社がひも付いている点にある。

「現状では、1物件につき1社の不動産会社という構造になっています。このため顧客は、物件について問い合わせる度に異なる不動産会社とやり取りすることになりますが、本来は物件ではなく、顧客に対して不動産会社がひも付くのが正しい世界観だと思うのです」(三井氏)

PinRichでは、同じ顧客を別の業者が重複して登録することができない。不動産会社は売主・買主と1対1で、やり取りできる。顧客側の選択肢が狭まるのではないかとも思われるが、三井氏は「不動産会社からも顧客の離脱や流出がなくなって喜ばれているが、実はどちらかと言えば顧客目線」と説明する。

「一括査定や資料請求で複数社にアプローチしても、システムから同じ内容のメールが届くのでは選択肢は広がりません。網羅的な情報を参考に、顧客が自ら売る理由、買う理由を見つけられることが大切です」(三井氏)

1社の不動産会社とのやり取りで十分と感じられるだけの情報が得られるように、PinRichは顧客が回遊できるようなメディアづくりにも力を入れ、1年半ほどの間、開発リソースの多くをつぎ込んできた。

「ユーザーは平均3カ月メディアを回遊しますが、この間メールによるアプローチだけだとエンゲージしにくい。そこで、動き回れる場を用意しました。物件広告が付いていないので、忖度なく、全物件が見られるようになっています」(三井氏)

マップUIにもこだわった。マップの処理速度、拡大縮小時の物件表示のクラスタリング処理などは「物件点数が多いので大変だった」というが、三井氏は、先行する米国の不動産サービスと同様に、日本でもマップUIが“正解”なのではないかと考えている。

「これまでのメディアは物件リストページが主流で、ボタンで詳細情報へと進んでいくスタイルでしたが、大手メディアでもマップUIを取り入れる動きがあります。PinRichでもあえて、最初の検索ボックスだけでマップを表示するようにしました。マップUIは今後の不動産サービスのトレンドだと思います」(三井氏)

「不動産市場の透明度が増せば流通件数は上がるはず」

ピンリッチは2018年7月の創業(創業時の社名はEQON)。当初は不動産取引をしたいユーザーと優秀な不動産エージェントとをつなぐプラットフォーム「EGENT(イージェント)」を運営していたが、2020年8月にサービスをクローズした。

当時の決断について、「ユーザーとエージェントのマッチングの実現は難しかった」と三井氏は振り返る。

「(マッチングサービスで目指そうとした)不動産取引は優秀な担当者選びから始めるべき、という考えは今でも持っています。ただ『担当者の魅力で選ぶ』という世界観以前に、そもそも情報の非対称性を解決しないと、担当者の優秀さには目が行かない。商談に至るファネルのもう少し手前の課題を解決するために、PinRichをリリースしました」(三井氏)

約1年半、クローズドで7社の不動産会社と開発にあたってきたPinRich。現在はパートナーが登録したユーザーが約1.4万人となっており、その8割は売主だ。多い月ではメールを累計14万通送ることもある。対象地域は首都圏の一都三県で、マンション・戸建て土地の売買に対応しているが、今後、賃貸物件の表示も予定している。

これまで、成約情報も含めた物件情報を網羅的に提供するサービスがなかったのは「業界タブーとして、不動産テックでも誰もやらないところだったから」と三井氏は語る。

「日本では『隣の人に家の価格を知られたくない』という考え方が根強いと言われてきました。ただ、都心部などでも本当にいまだにそうなのか。隠していてもリテラシーの高い今の顧客は、結局不動産会社に問い合わせています。また『成約情報を見せると売れなくなる』との(業者の)声もありますが、細かい人なら自分で調べるので隠す意味はあまりありません」(三井氏)

不動産サービス企業JLLとラサール インベストメント マネージメントの共同調査による「グローバル不動産透明度インデックス2020」では、日本の不動産市場の透明度は16位で、「不動産テック」要素では35位にとどまる。

「業界の中でも一部の人は、このままではいけないと思っています。不動産テック協会が、土地や建物など不動産情報の共通ID付与を目指すなど、透明化に対する取り組みは各所で始まっています。金融の上場市場と同じで、透明度が増せば不動産の流通件数は上がるはず。海外投資家も透明度が上がれば日本の物件をもっと買うようになります。ポジティブなものもネガティブなものも、情報はオープンにした方がいい。顧客は自分なりの理由を見つけて売買するようになるんです。そこを支援する事業をやったほうが、マーケットにとってもいいことだと信じて、今はヒール役に徹しようと思っています」(三井氏)