
- 気軽に出入りできる「音声版のTwitter」
- 運営会社の時価総額は1000億円超、著名VCの投資も話題に
- 「FOMO(取り残される怖さ)」がその熱量を加速
- メルカリ、eBayでは“招待権”を出品するユーザーも
コロナ禍で外出や人と会うことが制限される中、ネットを介したエンターテインメントやコミュニケーションがその真価を発揮しはじめた。特にコミュニケーションでは、もはやビジネスシーンに欠かせなくなった「Zoom」にとどまらず、ゲーム配信者向けサービスとして始まったボイスチャットサービス「Discord」、米国の若者を中心に人気を博す動画チャットの「houseparty」など、さまざまなサービスが注目を集めている。
そんな今、日本のスタートアップ関係者を中心に急速に盛り上がりを見せているのが、招待制の音声SNSアプリ「Clubhouse」だ。スタートアップ関係者を多くフォローする筆者のTwitterのタイムライン上は、このサービスの話題で埋め尽くされたと言っても過言ではない。
既存ユーザーからの「Invite(招待)」を受けて初めて利用できるサービス、しかも通常、招待できる人数は1ユーザーにつきたった2人だけということもあり、「Clubhouseに招待して欲しい」「実際利用したらどうだった」といったツイートであふれている状態だ。
気軽に出入りできる「音声版のTwitter」
Clubhouseは極端な説明をすれば、音声版のTwitterのようなSNSアプリだ。すでに米国のほか、ドイツでも多くのユーザーを集めている。米メディアのTechCrunchが報じたところによると、週間のユニークユーザーは200万人に上る。ユーザーは自分で「ルーム」と呼ぶチャット用の部屋を作って友人を呼んで音声で話したり、ほかのユーザーが作ったルームに入り、ルーム主やその友人の会話を聞いたりできる。
実際に会話できるのはスピーカー、つまりルーム主とルーム主に招待されたユーザーだけで、他のユーザーはリスナーであり、その会話を聞くことしかできない。だが、ルーム主たちが指名すればそのユーザーたちも会話に参加することができる(話をしたいリスナーが手を挙げる「挙手ボタン」もある)。その結果、あるテーマのルームを作っているとそのテーマに関する著名人が参加して、ルーム主がその人物をスピーカーに指名することであらたな会話が起こる、といったことが起きている。
このアプリが絶妙なバランスになっていると感じるのは、ルームへの招待や他ユーザーのルームに出入りする際の気軽さだ。アプリに表示されたルームを一度タップすれば即入場、会話を聞きたくなければ退出ボタンを一度タップするだけでいい。
ルームには名前が付けられるので、「このルームでは誰がどんな話をしているのか」はおおよそ見当が付くが、興味の無い話であれば、タップ1つで退室もできる。音声のアーカイブも残らないため、誰かが聞いているとは言え、「ここだけの話」も気軽に行いやすい。ルームはすべてのユーザーが出入り自由な「Open」、フォローしているユーザーのみが入れる「Social」、選択したユーザーだけしか入れない「Close」の3種類を作ることができる。
運営会社の時価総額は1000億円超、著名VCの投資も話題に
サービスを提供するのは米国のスタートアップ・Alpha Exploration Co.。米国では2020年春頃から話題になった。若い世代だけでなく、IT業界の著名人から政治家、セレブリティーたちも積極的に参加しており、昨年時点で時価総額は100万ドル。直近でも資金調達を準備しており、米メディアのThe Informationが報じたところによると、時価総額はすでに10億ドル(約1038億円)。著名ベンチャーキャピタルのAndreessen Horowitzを中心にした資金調達を実施しているという。
この時価総額が適切なのか、はたまた過ぎたバブルなのかはさておき、その熱量と勢いは日本にも確実に伝わってきている。特に先週後半以降は、スタートアップ関係者やベンチャーキャピタリストなどが続々とサービスに参加しており、彼ら・彼女らが火付け役となって各所で話題を振りまきつつある。
筆者も実際にアプリを触ってみたが、この数日は、新しいもの好きの起業家やベンチャーキャピタリストなどがOpenのルームを作成しており、多くのリスナーを集めている状況だ。実際に筆者が入ったルームでは、あるIT企業経営者から「もうClubhouseの中で、Clubhouseの話をするのもみんな飽きたのでは?」といった趣旨の発言も出ていたが、この数日で熱心にサービスを研究しているユーザーもいるようだ。
少しうるさいくらいに飛んでくる新しいルームの通知(設定で変更可能)、自分の参加しているルームに友人を呼んで一緒にリスナーになれる機能、気軽に著名人の話が聞ける環境──ユーザーを加熱させる仕組みはたくさんある。
だがそういった機能に加えて、複数人での親しい会話、不特定多数でのざっくばらんとした議論、そしてセレンディピティ(思いがけない偶然)のある出会いなど、コロナ禍によって、リアルの場では失われてしまったコミュニケーションの一部が再現できるのも、このサービスの魅力とも言える。
「FOMO(取り残される怖さ)」がその熱量を加速
もちろん、一過性の盛り上がりではないかと冷静にサービスを見る必要もある。このサービスをが熱量を持ってユーザーに迎えられている理由を知るためには、「FOMO」という概念を理解しておかなければならない。
FOMOとは、「Fear of missing out」の略称で、直訳すると「取り残されることへの恐れ」という意味だ。これはベンチャーキャピタリストで自著も持つパトリック・J・マクギニス氏が提唱した言葉で、SNSなどで「大事な投稿を見逃してしまうのではないか、自分だけが取り残されるのではないか」と不安になり、恐れることを指す。
Clubhouseには「この時このルームにいれば、特別な話が聞けるかも知れない。逆にいなければ話が聞けない」というFOMOが加速しやすい。招待制でそう簡単に参加できないというところも、FOMOを生み出している。「自分の関わる業界や、ファンのアーティストがここでしか聞けない話をしていたら……」そんな思いをテコにして、サービスにのめり込むユーザーも増えるのではないだろうか。
とは言え、FOMOを強くあおるサービスは速いスピードで成長する一方、ユーザーの飽きが早いというケースも散見される。関係者によるとClubhouseは昨年11月頃から招待の幅を広げているということで、今は意図的に加熱する状況を生み出して、認知を取りにいっている状況なのかも知れない。
メルカリ、eBayでは“招待権”を出品するユーザーも
また、FOMOに関する課題で言えば、まだまだClubhouseに招待されていない人たちの“飢え”に目を付けたユーザーが、フリマアプリの「メルカリ」でその招待権を販売するということも起こった。筆者が確認した25日深夜の時点では、60件以上の招待権が出品されていた。その価格はおおよそ5000円〜1万円程度で、半数以上が販売済みになっていた。

メルカリでは「規約で出品を禁じている『サービス・権利など実体のないもの』として対応する」(同社広報)としており、筆者が26日14時半に確認した時点で、過去の投稿はすべて表示されなくなっていた。しかしその後も複数の出品があったようで、27日2時40分の時点でも1件の招待権が1万円で出品されていた(更新:1月27日11時40分。1月27日11時35分時点でも、数多くの出品があった)。米eBayでも同様の出品は複数確認できた。
そんな話題を集めるClubhouseだが、実際のところはまだ日本語化もされておらず、世界的にはユーザーが多いAndroidにも対応していないサービスだ。日本で利用しているのも、一部例外はあるもののイノベーター層が中心だ。招待制かつ実名での利用を推奨しているが、年齢認証などもなく利用できるため、何かしらのトラブルが起こる可能性もないとは言えない。期待も、課題も山積している状態と言っていい。
だが「常時接続」──つまり常に聞いたり話したりすることを想定した、音声コミュニケーションサービスは国内でも勃興しつつあり、1つの大きなトレンドになりつつある。冒頭で紹介したDiscordの競合サービスとも言える「パラレル」、Clubhouseに近い「yay」や作業時間の雑談を目的とした「mocri」といったサービスが続々と登場しており、ラジオ配信サービスの「stand.fm」でも、ユーザー参加型のライブ機能に注目が集まっている。
コロナでリアルなコミュニケーションが分断された今、このようなサービスが求められるのは必然かも知れない。
(お詫び 1月28日10時15分:初出時に社名の表記がClubhouseとなっていました。正しくはAlpha Exploration Co.です。お詫びして訂正します)