(左)CRAZY創業者の山川咲氏 (右)SanSan代表取締役社長・CEOの寺田親弘氏
(左)CRAZY創業者の山川咲氏 (右)Sansan代表取締役社長・CEOの寺田親弘氏
  • サステナブルな発展のために「学校」が必要
  • なぜ、私塾ではなく“高専”を選んだのか
  • 3人なら成功の可能性を上げられる
  • 「野武士型パイオニア」の育成機関に

名刺管理サービス「Sansan」やビジネスSNS「Eight」などを展開するSansan。同社の創業者であり、代表取締役社長・CEOの寺田親弘氏はワクワクした表情でこう語り始める。

「このプロジェクトは相当、面白いことになりますよ」

彼が現在進めているプロジェクト、それは“学校づくり”だ。寺田氏はNPO法人グリーンバレー理事の大南信也氏、電通のエグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクターである国見昭仁氏など14人と共に「神山まるごと高専設立準備委員会」を2019年6月に設立した。

同委員会は“地方創生のロールモデル”として知られる人口約5000人の町、徳島県神山町に私立高等専門学校「神山まるごと高専」の立ち上げを決めた。開校は2023年4月の予定。高等専門学校の新設は、日本において約20年ぶりの出来事だ。

神山まるごと高専は「テクノロジー×デザインで、人間の未来を変える学校」をミッションとして掲げる高等専門学校。ITやソフトウェアといった最先端テクノロジーの教育や、アイデアを形にするUI・UXを中心としたデザイン教育、そして社会変革を生み出す起業家精神を育む教育を加えるなど、技術教育と実践型教育の機会を提供する。15〜20歳までの5年制の全寮制で、生徒数は1学年あたり40人、5学年合わせて200人になる予定だ。

2023年4月の開校に向け、ZOZOテクノロジーズ取締役の大蔵峰樹氏が同校の学校長候補に就任することが昨年発表されたが、それに続く形で新たな動きがあった。

神山まるごと高専設立準備委員会は1月27日、神山まるごと高専の理事長候補に寺田氏、クリエイティブディレクター兼理事候補としてCRAZY創業者の山川咲氏が就任することを発表した。今後は寺田氏、大蔵氏、山川氏の3人が中心となり、2023年4月に予定されている神山まるごと高専の設立に向けて、プロジェクトを推進していく。

(左から)理事長候補の寺田親弘氏、学校長候補の大蔵峰樹氏、クリエイティブディレクター兼理事候補の山川咲氏
(左から)理事長候補の寺田親弘氏、学校長候補の大蔵峰樹氏、クリエイティブディレクター兼理事候補の山川咲氏 画像提供:神山まるごと高専設立準備委員会

なぜ、神山町に高専を新設することにしたのか。また、この取り組みによってどのような未来を目指すのか。寺田氏と山川氏に話を聞いた。

サステナブルな発展のために「学校」が必要

人口は約5000人、高齢化率は47パーセント。“限界集落”だった神山町が世間から大きく注目を集めたのは今から10年前、2010年のこと。全国の自治体に先駆けて町内全域に整備した光ファイバー網を強みに、サテライトオフィス向けの地域だとしてIT企業の誘致を始めた。その第1号となったのが、Sansanの「Sansan神山ラボ」だった。

もともとは、NPO法人グリーンバレーの大南氏が声をかけ、スタートしたサテライトオフィスだが、運用してみると寺田氏は生産性の向上を実感。その後、新しいワークスタイルの一貫としてエンジニアだけでなく、全社員が神山町での勤務を経験した。

こうした取り組みを通じて、寺田氏は神山町が持つ環境の素晴らしさを感じながらも、次第に地方の“限界”を感じていったという。

「『神山町からシリコンバレーを生み出す』というビジョンのもと、大南さんが中心となり、さまざまな取り組みを仕掛けてきました。ただ、そうした取り組みによって町がサスティナブルに発展していくかどうかを考えると、どうしても限界があります。その理由は学校です。どこの田舎町も小学校、中学校までは何とかしていますが、高校から町を出てしまい、一度出てしまうともう戻ってきません。それは仕組みとしてサステナブルではない。神山町がさらに発展するためにも新たな学校が必要だ、と思ったんです」(寺田氏)

さらに、寺田氏はこう続ける。

「Sansanは2010年から神山町にサテライトオフィスを設けています。この10年ほど神山町に関わってきたのですが、町の規模は小さいけれども数多くのIT企業がサテライトオフィスを設置したり、クリエイターやアーティストが移住してきたりするなど、面白い変化を繰り返してきている。そんな土壌がある町にスタンフォード大学みたいな教育機関があれば、日本版のシリコンバレーが生み出せるんじゃないか、とも思いました」(寺田氏)

なぜ、私塾ではなく“高専”を選んだのか

こうした考えのもと、寺田氏が発起人となり、大南氏や国見氏など合計14人で「神山まるごと高専設立準備委員会」を2019年6月に設立。

2023年4月に高専を開校するプロジェクトがスタートした。設立にあたって10億円ほどの費用がかかるそうだが、寺田氏が個人で数億円規模を寄付したほか、理念に賛同する企業や個人から寄付も募るなどして、資金の確保に動いている。

テクノロジーやデザイン、起業家精神を学ぶ場所として、例えば私塾やフリースクールなどの選択肢もある中、なぜ“高専”にしたのか。その理由を寺田氏はこう語る。

「まず始めに自分の“色”を強くしたくない、というのありました。また、高専は日本独自のすごい仕組みです。卒業生は就職でも人気ですし、大学に編入することもできる。教育システムは自由度が高く、高専を現代風にアップデートすれば面白くなるのではないか、と思いました」(寺田氏)

例えば、テクノロジーやデザインを教える教育機関はあるが、現状ではどうしてもスキルだけを教える場所になっている。一方で起業家精神を育む私塾もあるが、それも精神性だけにフォーカスされるなど、両方のバランスをとった教育機関がない。だからこそ、寺田氏は教育システムの自由度が高い高専の枠組みを使って、テクノロジーとデザインのスキル、起業家精神をバランスよく学べる場を作ると決めたのだ。

「15〜20歳というタイミングで、起業家のみならず自分でアジェンダを持って何かに取り組んでいる人たちにたくさん触れることができたら、きっとその人の価値観は大きく変わるはずです。この高専では、テクノロジー×デザインというスキルと共に、人間の未来は変えられるという世界観のもと、起業家精神を教育の内側に取り入れることで、ひとりでも多くの人に起業の素晴らしさが伝わればと思っています」(寺田氏)

3人なら成功の可能性を上げられる

開校に向けて着々と歩みを進めてきた、神山まるごと高専だが、寺田氏によれば「もともとは自分なりの社会貢献の形として寄付と初期のコンセプトメイキングだけは担当し、アイデアを形にするのは別の誰かが担当する考えだった」という。

「2019年6月にプロジェクトを発表してから約1年が経ち、ある程度のコンセプトも固まってきたので、昨年の下半期はとにかく人探しをしていました。学校長候補は見つかり、理事長候補に関してはUWC ISAK Japanの小林りんさんに『りんさんのような人を探しているのですが、誰がいいですか』と聞いてみたんです。そうしたら『山川咲さんがいいと思うよ』と返答があり、それで山川さんに会ってみることにしたんです」(寺田氏)

山川氏といえば、ウェディング業界で不可能と言われた完全オーダーメイドのウェディングブランド「CRAZY WEDDING」 を手がけるCRAZYを立ち上げた人物。2012年の創業から8年間で、およそ1400組のカップルの式をプロデュースしてきた経験を持つ。

ウェディング業界に変革を起こし続けてきた山川氏だが、2020年3月にCRAZYを退任し、独立することを発表。新たな挑戦について模索しているタイミングだった。

「退任を発表してから、約8カ月は何の予定もない時間を過ごしていました。ただ、少しずつ自分の中で何の予定もないのは落ち着かないな、と思い始めたタイミングで、りんさんから突然メッセージが来たんです。それで寺田さんを繋いでもらいました」(山川氏)

メッセージのやり取りから、2日後に会うことになった寺田氏と山川氏。寺田氏は「どうにかして理事長に就任してほしい」という思いで、何度も自身の考えや思いを伝え、理事長候補への就任を打診した。度重なる交渉の末、「口説き落とせる」と思っていた寺田氏だったが、山川氏が最初に出した答えは「就任しない」というものだった。

「学校づくり自体には興味があったんです。私が立ち上げたCRAZY WEDDINGはウェディング業界の面白い事例になったことで、『普通の結婚式って微妙じゃない?』と感じる人が増やせたと思っています。学校も同じで、面白い事例を出すことで『今の教育って微妙じゃない?』と感じる人が増えるかもしれない。そうしたら日本の教育のあり方も変えていけるんじゃないか、と思ったんです。15〜20歳の時期にみんなと同じことをしていても未来がない。そういう意味で学校は大きな可能性があると思いました」

「ただ、私が“理事長”という責任あるポジションに就くのは性に合わないですし、それでは上手くいかない気がしたんです。どうせやるのであれば、成功する可能性が高い座組みでやった方がいい。その座組みとして、私が理想的だと考えたのが寺田氏が理事長候補に就任することでした。それ以外なら、計画は白紙に戻した方がいいとも思いました」(山川氏)

そんな山川氏の思いを感じた寺田氏は、理事長候補への就任を決意。それと同時に、Sansanの社内に「神山まるごと高専設立支援室」を設置。ESG活動の一環として、神山まるごと高専のプロジェクトを支援することを決めた。

寺田氏は2023年4月の開校後、理事長に就任。学校経営の最高責任者として、本校の価値最大化に努める。また山川氏はクリエイティブディレクターとして、神山まるごと高専のブランディングを牽引するだけでなく、カリキュラムやカルチャー、建築などのプロジェクト推進の上での積極的な情報発信や社会とのコミュニケーションを担う。

「プロジェクトに関わる人たちが、通常のスキルの範囲内で出来ることを積み重ねていっても“良い学校”って出来ないと思うんです。みんなが限界を超えて考えた先に、良い学校がある。そういう意味で、私の仕事は『私たちは何者で、どんな未来のために、何を生み出すのか』という徹底的な自問から骨格を作り、そこに魂を吹き込み、プロジェクト内外の多くの人たちにそれを伝播させていくことだと思っています。いかに関わる人たちがクリエイティブな状態を発揮できる環境をつくれるか。そこが私の挑戦になります」(山川氏)

「野武士型パイオニア」の育成機関に

「テクノロジー×デザインで、人間の未来を変える学校」をミッションに掲げる、神山まるごと高専。同校の特徴は技術教育を中心とした5年制カリキュラムを通じて、ITやソフトウエアといった最先端テクノロジーの教育や、アイデアを形にするUI・UXを中心としたデザイン教育、そして社会変革を生み出す起業家精神を育む教育を提供する点にある。

そんな神山まるごと高専の教育で目指すもの──それは社会に変化を生み出す力を持つ「野武士型パイオニア」の育成だ。

「野武士型パイオニアとは、どのようなフィールド、環境でも自らの武器を使って自由に駆け回り、生き抜いける人、自らがあらゆるものに変化を生み出せる力を身につけた人のことです。今の時代、テクノロジーとデザインの2つのスキルがあれば、すぐに何かを始められる。例えば、このスキルセットだけでミニマムな実験をしたり、成功の入り口を掴んだりすることができるわけです。そういった日々、学ぶスキルを実践する場として高専があります」(寺田氏)

神山まるごと高専は、神山中学校の建物を「居抜き」で活用。内部を大幅にリノベーションする計画となっている 画像提供:神山まるごと高専設立準備委員会
神山まるごと高専は、神山中学校の建物を「居抜き」で活用。内部を大幅にリノベーションする計画となっている 画像提供:神山まるごと高専設立準備委員会

例えば、日本財団の「18歳意識調査 『第20回 –社会や国に対する意識調査-』」によると、国際的に見ても、日本の若者は自己効力感や社会変革意識が低く、特に「自分で国や社会を変えられると思う」と考えている若者は、アメリカの65.7%や、中国の65.6%と比べ、日本は18.3%と著しく低い傾向にある。

そんな状況を変えるため、神山まるごと高専は学生の社会変革意識を育むとともに、テクノロジーやデザインでその実現の後押しを行い、社会に変化の一歩を生み出せる人材「起業するデザインエンジニア」を輩出することを目指していく。

「神山まるごと高専のカリキュラムを通じて、自分スキルで新たな価値を生み出せる野武士型パイオニアを1人でも多く生み出したいと思っています。大事なのは自分なりのテーマを見つけて自己実現の機会をつくり、その過程で未来が変わっていくのを体感することです。その結果、起業するなど新たな価値を生み出す人が増え、将来的に世界を変えていく人を輩出する育成機関になればいいと思います。そして神山まるごと高専に関わる企業や人が増え、神山町にシリコンバレーのようなエコシステムができたら理想的です」(寺田氏)

また、山川氏は神山まるごと高専について、こう語る。

「コロナ禍で、ますます先行きが不透明な時代になりました。そんな時代において大事なのは、自分が考える『この人生で良かった』という幸せに対して動けることです」

「私にとって教育の目的とは、何かを教えることではなく、人々が『今ここから人生が変えられることに気づき、自らが変化を生み出す』ことだと思っています。何が正解かは分からないからこそ、成し遂げたいことに向かって自分を変化させられるようにする。神山まるごと高専はそんな場所にしたいですね。まずは開校に向けて、「今の日本の教育システムの限界はこれ』と言えるくらい、良い学校にすることに全力を注げたいと思います」(山川氏)

開校まで残り約2年弱。「人間の未来を変える学校」を立ち上げるプロジェクトは、異なるバックグラウンドを持ったメンバーを中心に、ここから本格的にスタートする。