
- ポイントはデータ活用による「営業成果と育成の連動」
- 蓄積した知見をツール化、データドリブンで営業人材を育成
- 原体験は新人営業マン時代の課題感
さまざまな現場においてIT活用が進み“データ”を取得できるようになったことで、業務のアップデートが加速している。
「営業」も例外ではない。SFAやCRMを代表するようにデジタルツールが普及し、営業に関する顧客データや社内データを可視化できるようになった。そのようにして得られたデータを用いた取り組みとして、近年欧米企業を中心に注目を集め始めているのが「セールスイネーブルメント(sales enablement)」という概念だ。
セールスイネーブルメントとはデータを取り入れた先進的な営業組織の育成手法のこと。日本でも徐々に広がりつつあるものの、まだまだ認知度は低くそのノウハウも十分には浸透していない。2019年創業のR-Square & Companyではコンサルティングと自社製のツールを組み合わせることで、日本企業がこの手法を社内にインストールするための支援をしてきた。
代表取締役を務める山下貴宏氏は前職のセールスフォース・ドットコムでセールスイネーブルメント本部長を担った人物。2019年に同社を退職してこの領域に特化した会社を立ち上げた。凸版印刷、NTTコミュニケーションズ、ビズリーチ、SmartHRなど、山下氏たちがサポートしてきた企業はエンタープライズからスタートアップまで幅広い。
そのR-Square & Companyでは1月28日から新たに営業育成の投資対効果を可視化する「Enablement App」の提供を始めた。蓄積してきた知見を汎用的なデジタルツールに落とし込むことで、より多くの企業が「データドリブンで営業人材の育成を進められるような環境」を整えるのが狙いだ。
ポイントはデータ活用による「営業成果と育成の連動」
セールスイネーブルメントとは「成果を起点とした営業組織・営業人材の育成手法」のことを指す。営業成果の向上を明確なゴールに設定し、そこから逆算して育成施策へと落とし込んでいくのがポイントだ。
具体的には達成したい成果を起点として「どのような行動を取ればその成果が得られるのか」「そのために必要な知識やスキルは何か」を逆算し、現状とギャップを埋めるための育成施策を展開。その後、実際に育成施策が営業成果につながったのかをデータで検証しながらPDCAサイクルを回していくのが基本的な流れになる。


言葉にすると特に目新しい考え方ではないようにも思えるが、山下氏によると多くの企業では「育成と成果がつながっていないのが実態」。主に以下のような理由から、営業の「成果〜行動〜スキル/知識」を一気通貫で管理できている企業は少ない。
- 育成施策が成果起点でプランニングされていない
- トレーニング自体に現場感がない
- トレーニング後のフォローがなく放置されている
- トレーニングの効果測定ができていない
上記のような細かい点に加え、そもそも「成果や行動を営業部門、育成施策を人事部門が担う」というように一連のプロセスが分断されており、各部門が個別最適の施策を推進した結果プログラムの一貫性に欠けてしまうこともあるという。
特に近年は営業に関するデジタルツールが普及したことで、営業の状況や成果をデータとして把握しやすい土壌が整いつつある。そのデータを顧客とのコミュニケーションだけでなく、営業組織や営業人材の育成にも用いることができるのではないか──。そういった背景もあり、国内外でセールスイネーブルメントの注目度が一層増しているわけだ。
「ツールの台頭によって成果や行動の管理は進んできた一方で、それを使う営業担当者の知識やスキルの向上に関しては今までのツールでは十分にカバーできていませんでした。故にきちんと人の知識やスキルを上げるための仕組みという位置付けで、イネーブルメントが認知されてきたのだと考えています」(山下氏)
蓄積した知見をツール化、データドリブンで営業人材を育成
山下氏は前職のセールスフォース・ドットコム内でセールスイネーブルメントという言葉が広がる以前から、ITを用いて営業成果と連動した人材育成の手法を開発してきた。2014年には同社のセールスイネーブルメント本部長に就任。日本や韓国で営業部門全体の人材開発に携わるのと並行して、顧客企業へのアドバイスも熱心に行ってきた。
欧米企業に限らず、国内でも顧客からのニーズが高く市場も拡大するはず。そう考えてセールスフォース出身者を中心に、HRや営業現場の経験が豊富なメンバーらとR-Square & Companyを創業。自分たちの実体験を基に顧客のサポートをしてきた。
今回新たにローンチしたEnablement Appは、社内で蓄積してきた知見を汎用的なデジタルツールへと落とし込んだものだ。営業の「成果〜行動〜スキル/知識」を一気通貫し、データドリブンで営業人材開発のPDCAサイクルを回すために必要な機能をまるっと提供する。
特徴的な機能の1つである「Enablement スキルマップ」では営業担当者に求められる行動や知識、スキルを細分化してマップ形式で表示。担当者の業務に合わせて専用のスキルマップを作ることで、成果を出すために何をすればいいのかをイメージしやすくなる。

「同じ営業でも、大手企業担当の営業部隊とインサイドセールスでは動き方や必要なスキルは異なります。これまでは営業組織別や担当者別にどのような育成をすれば良いのかを考える際、どうしても定性的な議論になることが多かった。職種ごとにスキルマップを作ることで『Aさんはこれらのスキルが全部4以上になるように頑張りましょう』といったように、目指すべきスキルの基準を定量的に可視化できるようになります」(山下氏)
スキルを鍛えるための仕組みとしては、サービス上で幅広い状況に応じたトレーニング動画を提供する。社内に担当者をおけない企業や予算が限られる企業でも育成が進められるように、標準的なノウハウを中心に動画コンテンツ化していく計画。上司と部下の1on1ミーティングのログを管理し、トレーニングの実施状況やスキルの変遷を溜めていけるコーチング機能も搭載した。
キモとなる営業成果と育成の連動という観点では「Enablementダッシュボード」を通じて両者の相関をグラフで可視化する。「Salesforce」などのSFA内に記録されている営業成果に関するデータを連携することで、コーチング回数やトレーニング完了率などの育成状況が「結果的にどれくらい成果に結びついているのか」が一目でわかるのが特徴だ。

Enablement Appはセールスフォース・ドットコムが提供するビジネスアプリケーションマーケットプレイス「App Exchange 」上で公開されており、利用料金は利用人数に応じた月額制。1人あたり4000円から使うことができる。
原体験は新人営業マン時代の課題感

Enablement Appに実装されている機能は、山下氏自身が営業パーソンとして現場で働いていた際に欲していたものでもある。
もともと山下氏は新卒で日本ヒューレット・パッカード(HP)に就職し、法人向けの直販営業やパートナー営業、製品営業など営業畑でキャリアを積んできた。成績が良い時もあれば悪い時もあったが、そのメカニズムが理解できていなかったことで再現性を見出せず、「自分は営業に向いていないのでは」と悩んだこともあったという。
「(現在スキルマップ機能で実現しているような)道標があるだけでも、当時の状況は全然違っていたと思うんです。HPの時には自分だけだと考えていたのですが、外に出てみると意外と同じような形でつまずいている人が多いことに気付きました。今の自分の立ち位置と、次に何を学んでいけばパフォーマンスに繋がるのかを示せれば、日本の営業の生産性は大きく変わると考えています」(山下氏)
HPを離れた後、山下氏は船井総合研究所やマーサージャパンを経て、前職のセールスフォース・ドットコムに入社する。セールスイネーブルメント本部長に就任して以降は「イネーブルメントについてのノウハウを教えて欲しい」という声が社外から寄せられ、そのニーズは年々増加。それが起業を考えるきっかけにもなった。
欧米では約6割の企業がすでにセールスイネーブルメントを実施しているという調査もあり、近年は特にSaaS業界でその流れが加速している。「イネーブラー」などの名称でセールスイネーブルメントの旗振り役となる専門人材を募集するケースも増えてきた。
直近では営業領域におけるデジタルツールの普及に加え、コロナ禍で営業の非対面化が進み、担当者に求められるスキルや営業人材の育成方法について見直す企業も多い。「営業のDX」という観点でも、今後セールスイネーブルメントの注目度がさらに高まっていきそうだ。