
“創立30周年”のメモリアルイヤーを迎える、鹿島アントラーズ。先日発表された新たなスローガン「Football Dream-しんか-」のもと、2021年はフットボールだけでなく、ビジネス面も進化させていき、クラブ全体の発展を図っていくようだ。
鹿島アントラーズの運営を手がける鹿島アントラーズ・エフ・シーは、新たな取り組みとして、アクセラレーションの機会(PoC、実証実験など)を提供するピッチコンテスト型のプログラム「Pitch & Match」を開催することを発表した。
Pitch & Matchは、プロサッカークラブならではの経営資源を活かし、エンターテインメントとテクノロジーが交わる新しい地域づくりにチャレンジする、という取り組みだ。
2021年2月12日まで募集を行った後、2月19日までに選考を実施。その選考を通過した応募者(最大10社程度を予定)が3月5日に開催されるピッチイベントに参加することができる。今回、募集しているテーマは下記の6つ。
- 先端的な技術が実装されたスマートシティ、スマートスタジアムの実現
- スマートスタジアムの実現
- ヒト・モノ・コトをつなぐカシマスタジアムという場を活かした取り組み
- プロスポーツクラブを中心としたサスティナブルな地域づくり
- 地域コミュニティにおけるウェルビーイングの向上
- その他鹿島アントラーズをハブとした課題解決に向けた取り組み
同イベントを通じて、鹿島アントラーズ・エフ・シーは参加した企業や団体と一緒にプロサッカークラブならではの経営資源を活かし、エンターテインメントとテクノロジーが交わる新しい地域づくりにチャレンジしていく。
採択された企業には実証実験など事業促進の機会を提供し、鹿島アントラーズや鹿嶋市と共同で社会実装を目指すほか、お互いのニーズが合致すれば出資も視野に入れる。
鹿島アントラーズは鹿嶋市、筆頭株主のメルカリと「鹿嶋市における地方創生事業に関する包括連携協定」を2020年2月に締結。同年10月には他の企業、地方自治体とともにオープンイノベーション・プログラム「SmartCityX」に参画するなど、これまでにも“スポーツ×テクノロジー”をテーマに地域課題を解決する、さまざまな取り組みを実施してきた。
例えば、NTTドコモと共同で5Gを活用し、試合のマルチアングル映像や解説情報などをスタジアム内の5Gスマートフォンに配信する取り組みのほか、NECと共同で入退場時の顔認証システムの実証実験を行っている。
なぜ、新たにピッチコンテストを開催することにしたのか。その狙いを鹿島アントラーズ・エフ・シー代表取締役社長の小泉文明氏に聞いた。
隔週で2万人のPoCができる「実験場」
──鹿島アントラーズの経営権をメルカリが取得してから、約1年半が経ちました。
鹿島アントラーズの経営権を取得する前から、“未来の街づくりの実験”をしたいと思っていました。メルカリのスマホ決済サービス「メルペイ」が良い例ですが、ここ数年の間でテクノロジーがどんどんリアルの世界に入り込んできています。
その流れはさらに加速し、今後5〜10年で「リアル×テクノロジー」や「街づくり×テクノロジー」がビジネスの主戦場になっていくはずです。実際、日本でもトヨタが静岡県裾野市に実験都市「Woven City(ウーブン・シティ)」の開発計画を発表しています。
ただ、こうした街づくりはメルカリのようなIT企業が単独でやるのは難しい。どうしてもIT企業はその土地に住む人に怖がられてしまいます。例えば、Googleの姉妹企業が進めていた、カナダ・トロントの沿岸部に未来都市を構築するプロジェクトが途中で頓挫してしまったのも、地元住民から建設反対の声があがったからです。
未来の街づくりの実験を進めていくにあたって、地元住民とのコミュニケーションのハブになるプロサッカークラブがあるのは大きいと考えます。地域のアイコンとなるプロサッカークラブが住民とIT企業、住民とテクノロジーをコネクトしてくれれば、何か新たなビジネスが生まれたときに有意なポジションをとれると思っています。これは鹿島アントラーズの経営権を取得したときから考えていたことです。
また、テクノロジーが進化していき余暇の時間が増えていったときに、心の健康状態が悪化する人も多くなるのではないか、とも思ったんです。
仕事を通じて得られる承認欲求は心の健康状態を保つ上で想像以上に重要です。そうなったときにエンターテインメントや心を豊かにする産業は絶対大きくなると思い、プロサッカークラブの経営には大きな可能性を感じたのも理由のひとつです。
──未来の街づくりの実験を進めていく上で、鹿島アントラーズが保有するアセットの強みはどこにあると考えていましたか?
1試合平均で2万人が来場する「茨城県立カシマサッカースタジアム」があることです。鹿島アントラーズ・エフ・シーが指定管理者としてスタジアムの運営管理を行っているので、いろんな新しい取り組みがスピーディーに実施できます。

言ってしまえば、2週間に1回ホームゲームが開催されるので、隔週で2万人に対してPoCできる実験場を持っているということです。リアルで何か新しい取り組みをするときは住民の理解を得たり、取り組みのPDCAを回していくのがやりづらかったりするのですが、我々は地元住民が愛着を抱くプロサッカークラブ、裁量を持って運営できるサッカースタジアムの2つがあるので、そういった心配もいりません。
また、鹿島アントラーズは鹿嶋市、潮来市、神栖市、行方市、鉾田市の5市がホームタウンですが、5市合計で人口が27万6000人とコンパクトなのも強みです。
例えば、福岡市を筆頭にスマートシティを推進しているのは大きい都市が多く、そういった都市は行政を動かすのが大変だと思います。
ただ、鹿島アントラーズのホームタウンはあまり大きくなく、また鹿嶋市とも連携していて行政との距離も近いので、スピーディーに新しいことを始められます。そして、テクノロジーのことを理解しているメルカリのアセットも活用することが可能です。
個人的に現在のスマートシティの取り組みは、車で例えるならばコンセプトカーをつくっているような議論が多いと感じています。みんな完璧なスマートシティをつくりに行っているんです。ただ、実際に事業をやっている側からすると技術が同じタイミングで揃うことがないですし、最初から完璧なスマートシティはできないので、とにかく一つひとつ、スピーディーに実証実験をやって、社会に実装していくしかないんです。そういう意味で、鹿島アントラーズはいろんな取り組みがやりやすい土壌があると思っています。
鹿島アントラーズが「スタートアップ」と共創する狙い
──これまでにもさまざまな取り組みを実施してきた中、新たにスマートシティ、スマートスタジアムの実現やサステイナブルな地域づくりなどがテーマのピッチコンテストを開催することにした理由を教えてください。
鹿島アントラーズはメルカリが経営権を取得する前から、スポーツジムやスキンケア、ボルダリングなどを自主事業として運営する「シマウェルネスプラザ」を開業したり、カシマスタジアム敷地内にアントラーズスポーツクリニックを併設したりしています。アントラーズスポーツクリニックに関しては、パートナー企業になったドイツのシーメンス社の高度なMRIを導入し、地域医療にも貢献出来る体制を構築しています。
また、この1年くらいで地域の飲食店の情報をまとめたページをアントラーズが作成したり、パートナー企業の関彰商事と共同でDXのコンサル事業の立ち上げたりしています。
昨年の10月には、パートナー企業の子会社であるキラメックス社が提供するプログラミングスクール「TechAcademy」を用いて、鹿嶋市内の小学校5校で実践的プログラミング教育も始めるなど、さまざまな取り組みを手広く実施しています。
コロナ禍ではギフティング(投げ銭)やふるさと納税を活用したクラウドファンディンを実施したり、新しいアパレルブランド「F.D.」を立ち上げたりしましたが、自前主義でやっていくにはどうしても限界があります。

そこでスタートアップやベンチャー企業と一緒に何かしていきたいと思ったのですが、プロサッカークラブは敷居が高く思われてしまっている。それなら、私たち方から歩み寄っていき、鹿島アントラーズが持っているアセットを自由に使って一緒に新しい地域づくりにに関する実証実験をやりませんか、ということでPitch & Matchを立ち上げました。
また、ここ数年の間でスマートシティやスマートホームに関する事業に取り組むプレーヤーが増えてきたのですが、意外と実証実験する場所がないんです。仮にあったとしても、お互いの情報リテラシーに差があり、思ったように進まないパターンもあります。
その点、スタジアムに関することだったら鹿島アントラーズがメインで進められますし、街に関することは私たちが鹿嶋市との橋渡し役を担うので、スムーズに進められます。
私たちと一緒に社会実装を目指すのもいいですし、この取り組みを踏み台にして政令指定都市に行って社会実装を目指すのも良し。「こうしなければならない」といった形にこだわらず、いろんなパターンを想定しながら進めていければと思っています。
鹿島アントラーズとしては、スタジアムをラボ化したい。スタジアムに少し先の未来のテクノロジーをテスト導入する、つまりラボ化することで、新たなライフスタイルの実証実験が行われ、将来的にはいち早く住民の生活に提供されるサイクルを、Pitch & Matchを通じて構築していけたらと思っています。