アダコテックでは産総研の特許技術を用いたAIで「検査・検品の自動化」に取り組む
アダコテックでは産総研の特許技術を用いたAIで「検査・検品の自動化」に取り組む すべての画像提供 : アダコテック
  • 大量の学習データを集めることが最大のハードルに
  • 「少量のデータで高精度」産総研で生まれた技術を活用
  • 外観検査だけでなく生産設備の異常検知やインフラ検査にも活用
  • 15年の研究開発で培われた技術と知見をソフトウェアへ

モノづくりにおける「検査・検品」は、品質の高い製品を世に送り出すためには欠かせない重要な工程だ。

その業務は一見単調にも見えるが、瞬時に正常・異常を見分ける“熟練の技術”が求められるため難易度が高い。だからこそ多くの現場では、今でも最終検査のほとんどを人が目視で行う。検査員が8時間立ちっぱなしで「1人あたり1日に数千個」もの製品をチェックすることも珍しくない。

ただ製造業において人手不足が深刻化している昨今では、今までのやり方を続けるには限界がある。「従来は人に依存していた業務をテクノロジーなどを活用しながら、いかに補っていくか」は業界の大きな課題だ。

実際の現場の様子
実際の現場の様子

その解決策として、2012年設立のアダコテックでは独自AIによる「検査・検品の自動化」に取り組んできた。

産業技術総合研究所(産総研)の特許技術を用いた同社のAIの強みは、“少量の正常データのみ”で精度の高い検査モデルを作れること。大量の学習データを集めずともAI活用に着手できる点などが評価され、世界シェア20%を誇る大手自動車部品メーカーをはじめ、10社にサービスを提供している。

2020年には複数のピッチバトルで優勝するなど、スタートアップ界隈の中でも存在感を高めたアダコテック。AIを用いて検査・検品を効率化する取り組み自体は以前から製造現場でも行われてきたが、なぜ同社の技術が注目されているのか。その理由を代表取締役CEOの河邑亮太氏に聞いた。

大量の学習データを集めることが最大のハードルに

アダコテック代表取締役CEOの河邑亮太氏
アダコテック代表取締役CEOの河邑亮太氏

上述した通り、検査・検品の現場でも兼ねてからテクノロジーの活用が試行錯誤されてきた。

あらかじめ決めたルールに沿っているかどうかを判断する「ルールベース」の画像検査システムは10年以上前から存在しているものの、単純な作業などカバーできる業務が限られる。今でも目視検査が主流となっている領域に関しては、システム化するための設定が複雑であることや想定外の異常に対応できないことが課題となり、状況を大きく変えるまでには至っていない。

2012年頃からはディープラーニングが世界的に注目を集め始め、検査の自動化も新しいフェーズに突入する。とはいっても期待されたほど実用化が進まず「(ディープラーニングは)現場の製造ラインではほとんど使われていない状態」(河邑氏)だ。

なぜ検査の現場ではディープラーニングの導入が進まないのか。河邑氏によると1番のボトルネックは「数万枚におよぶ大量の教師データ」を用意する必要があることだという。

「特に大変なのが不良品のデータを用意することです。日本の製造業はクオリティが高く、必ずしもたくさんの不良品が出るわけではありません。その中で不良品のタイプごとに『100枚〜200枚のデータを用意してください』と言われるので、顧客にとってはその時点でものすごくハードルが高いんです。不良品のデータが十分に集まらなければ肝心の精度が上がってこないため、結果的に最初の段階でつまずいてしまい、導入が進まないという話もよく耳にします」(河邑氏)

「検査の自動化」の変遷
「検査の自動化」の変遷

加えてディープラーニングの場合は計算量が多いため、それに耐えうるだけの高性能な処理装置が必要。“ブラックボックス化”という言葉がよく使われるように、計算過程が複雑であるが故に「AIがなぜその判断をしたのか」が不透明になりやすい点を気にする企業もあるそうだ。

これらの理由から、大手の製造業のAI部署などでは「実際にディープラーニングを試してみたけど合わなかった」と導入を諦めてしまうことも多かったという。

「少量のデータで高精度」産総研で生まれた技術を活用

一方のアダコテックでは、ディープラーニングではなく通称「HLAC(エイチラック : 高次局所自己相関特徴抽出法)」という産総研にて発明された技術を応用して独自のAIを作り上げた。

HLACは画像の解析や認識等に用いられる認識精度に優れた汎用かつ高速な特徴抽出法のこと。「正常(通常)」とするデータの範囲を求め、そこから逸脱したものを異常として判定する仕組みになっている。

HLACによる判定の仕組み
HLACによる判定の仕組み

積和計算のみで算出が可能なので、検査対象の形状や大きさを汎用的なPCで瞬時に計算することが可能。また位置不変性(認識対象の位置に依存しない)の特性から、対象の切り出しを必要としないというメリットもある。こうしたHLACの高い認識精度と汎用性から、正常品のデータが100〜200枚あれば検査モデルを作れるのが大きな特徴だ。

正常ではないものにアラートを出すという特性上、想定外の異常にも対応しやすい。計算過程や結果の説明が容易で「(AIの判断理由が)ブラックボックス化しない」という点も顧客から選ばれる理由になっている。

HLACを用いた異常検知のポイント
HLACを用いた異常検知のポイント
HLACを用いた異常検知のポイント

河邑氏によるとHLACはディープラーニングのように自動運転など幅広い用途で使えるわけではないが、検査や検品といった分野ではHLACの強みと現場のニーズが非常にマッチするのだという。

製造業において検査は必要不可欠ながら、どちらかというと“オフェンス”よりも“ディフェンス”の側面が強いため、いきなり多額の予算をつけて全面展開するという例は少ない。アダコテックの技術を活用すれば「半年がかりで大量のデータを集める」といった状況に陥ることもなく、1日ですぐに始められる点も顧客からの評価に繋がっているそうだ。

HLACの特徴
「検査の自動化」におけるHLACの特徴。直近ではコロナの影響もあって、現場でも生産の自動化(人間が関わらないモノづくり)への注目度が高まってきている。そのため攻めの投資としてアダコテックの技術に興味を示す企業も増えているそうだ。

外観検査だけでなく生産設備の異常検知やインフラ検査にも活用

現在アダコテックの顧客層は大きく3つのタイプに分かれる。その筆頭が上述してきた製品の外観検査だ。

この領域ではすでに世界的な自動車部品メーカーのトランスミッション検査や自動車メーカーのエンジン検査などの用途で導入が進む。特にこれらの部品は人の安全に直結するため、わずかなミスも許されず、難易度が高い。そのためAIの導入が難しかった領域だ。

すでに世界的な自動車部品メーカーなど、大手製造業の現場へ導入が進んでいる
すでに世界的な自動車部品メーカーなど、大手製造業の現場へ導入が進んでいる

2つ目が生産設備側の異常検知。ある大手自動車部品メーカーでは部品を生産するための“プレス機械”の稼働状況を動画でモニタリングしながら異常を検知する目的で、約1年半前にアダコテックの技術を取り入れた。

現場に設置した4台のカメラを用いて「正しく部品がセットされているか」「プレスがきちんと押されているか」を監視し、異常がおきたらすぐに機械をストップさせる。異常な状態のまま稼働が続くと設備が故障し、数百万円規模の損害にも繋がってしまうからだ。

導入後の異常検知率はなんと100%。精度の高さが好評で現在は全ラインへの展開を進めているという。

生産ラインに導入されている様子
生産ラインに導入されている様子

また3つ目として社会インフラの検査にも使われ始めている。たとえば三井E&Sマシナリーでは自社が手掛ける新幹線のトンネル覆工検査サービスにアダコテックの技術を採用したところ、検査の工数が従来の4分の1以下に減った。セントラル警備保障では監視カメラの中にAIを取り入れ、駅や商業施設の夜間監視(侵入者の検知)に活用している。

特に警備の用途においては、上述したHLACの特徴に加えて「誤報が少ないこと」が評価されているのだそう。いくら見落としがなかったとしても、あいまいなものを全て検知して大量の誤報(正常な状態を異常として検知してしまうこと)を生み出していては、現場の担当者の負担が増えるだけだ。

従来のシステムの中には「雨が降ってきた」「猫が横切った」という場合にも異常として検知してしまうものもあり、アダコテックの誤報の少なさも導入のポイントになった。

トンネル覆工検査の様子
トンネル覆工検査の様子

15年の研究開発で培われた技術と知見をソフトウェアへ

アダコテックのコア技術は約15年に渡って研究開発が進められてきたものだ。

同社の設立自体は2012年だが、その前身となる会社が“産総研認定ベンチャー”としてスタートしたのは2006年。現在アダコテックの取締役を務める伊藤桂一氏や主任エンジニアの伊部卓秀氏は共に産総研の出身で、その当時からHLACに携わっている技術者だ。

当初は顧客のニーズを掴みきれず苦戦した時期も続いたが、アダコテックとして会社を始めて以降は社会的にもAIへの注目度が増し、徐々に現在のメインである製造業へと軸を絞りながら事業を拡大させてきた。

アダコテックのメンバー
アダコテックのメンバー

2019年6月には東京大学エッジキャピタル(UTEC)とDNX Venturesを引受先とした第三者割当増資により、4億円のシリーズA調達を実施。現CEOの河邑氏はまさにその時期(調達の翌月)に4人目の社員としてチームにジョインし、2020年4月に代表に就任している。

河邑氏はもともと新卒で三井物産に入社後、南米チリで自動車ローン事業を行う子会社の社長補佐兼CFO職を経験。東京本店でのM&A投資などを経て、2018年4月からは前職のDMM.comで新規事業や投資先の支援を務めた。

「もともと商社の自動車部門で数年間働く中で、グローバルにおいて日本の製造業のプレゼンスが徐々に低下していく様子を目の当たりにして問題意識を持っていました。一方でAIに関しても中国やアメリカの2周遅れ、3周遅れと言われている状況。そんな中で『日本発のAI技術を使って製造業をサポートしていく』という方向性が、自分のやりたかったことともピタッと一致したんです」(河邑氏)

これまでは大手の顧客が多かったこともあり、1件1件受託開発に近い形で各社のAI導入をサポートしてきた。ただシリーズA以降は蓄積してきた知見や技術をソフトウェアに落とし込み、より多くの企業へSaaSとして提供するための挑戦も水面下で進めてきたという。

その取っ掛かりとして、アダコテックでは2020年12月に検査・検品を自動化するSaaS「AdaInspector Cloud(仮)」のクローズドベータ版を公開した。

クローズドベータ版ではユーザー側で用意した自社の製品画像を用いて学習済みモデルを生成する機能と、生成した学習済みモデルの精度を評価する機能を提供。検査・検品の対象となる製品の画像データを100枚程アップロードしさえすれば、モデルの学習とテスト時に利用するデータセットが完成するのが特徴だ。

ダッシュボードの様子(写真は開発中のもの)
ダッシュボードの様子(写真は開発中のもの)
ダッシュボードの様子2(写真は開発中のもの)

現在はあくまでクラウド上でモデルを作成できるツールに留まるが、今夏の公開を目指している正式版では製造現場で動かすためのエッジ側の検査アプリケーションも提供予定。AIや画像解析領域の専門家でなくても検査・検品の自動化システムをノーコードで開発し、現場で動作させられるような環境を整えることが目標だという。

特に多品種少量生産型の企業や製造する製品数が限られる中小企業などは、そもそも大量のデータを用意すること自体が難しい。少量のデータで十分なHLACの技術こそ、そのような企業がAIを導入する際の大きな武器にもなりえる。

「これまではユースケースごとにコア技術をアレンジして提供してきましたが、そのやり方だけではさまざまな企業の課題解決に役立ててもらうことはどうしても難しい。15年やってきたノウハウの結晶を汎用的なサービスにすることで、より広く使ってもらえる形ヘと進化させていきます。目指すのはAIの専門家だけでなく現場の担当者でも使えるサービス。簡単ではありませんが、ゆくゆくは中小企業などでも簡単に検査AIを使える仕組みにしていきたいです」(河邑氏)