「00:00studio」のトップページ
「00:00 Studio」のトップページ
  • 製作過程をビジネスにする「プロセス・エコノミー」に基づくライブ配信
  • ベータ版リリース後、漫画家を中心に利用者が広がる
  • 目指すのは“疲れない”常時接続サービス

SNSトレンドの切り替わりは、いつも突然やってくる。Twitterやmixiに代表されるテキスト、Instagramの写真、TikTokでの動画に続き、次の大きなトレンドとなりつつあるのが「常時接続」、つまり常にアクセスしてコンテンツを楽しむようなサービスだ。そこへ、本命とも言える大きな波がやってきた。──2021年1月に日本へ上陸した「Clubhouse(クラブハウス)」だ。

「ClubhouseはFOMO(fear of missing out、取り残されることへの恐れ)をうまく活かした構造になっています。しかし、常時接続に価値を持たせすぎないことも大事です。例えば、JOMO(joy of missing out、取り残されることの喜び)のように、刺激を必要としないSNSもトレンドになるんじゃないかと考えているんです」

そう語るのは、クリエイターやアーティストが作業中の様子をライブ配信するサービス「00:00 Studio(フォーゼロスタジオ)」を運営するアル代表取締役の“けんすう”こと古川健介氏だ。

00:00 Studioは、漫画家やイラストレーター、クリエイターらが「完成した作品」ではなく「作品が完成するまでの工程」をライブ配信。ファンを増やし、交流することを目的にしている。2020年11月にベータ版、同年12月16日には正式版をリリース。現在、登録者数は2500人前後だという。

00:00 Studioの特徴は、Clubhouseのような常時接続系サービスでありながら、作業工程を配信することで「ひと言も話さなくても成立する」ところ。古川氏はなぜFOMOをくすぐるものではなく、あえて「刺激を必要としない常時接続系サービス」を目指すのか。正式リリースから約1カ月半の手応えとともに話を聞いた。

アル代表取締役の古川健介氏 撮影:2019年6月
アル代表取締役の古川健介氏 撮影:2019年6月

製作過程をビジネスにする「プロセス・エコノミー」に基づくライブ配信

00:00 Studioを語るうえで欠かせないのが、古川氏が提唱する「プロセス・エコノミー」という考え方だ。これは、成果物だけでなく「作られる過程」自体をビジネスにするというもの。本サービスを運営する古川氏は、ハウツーサイト「nanapi」(2020年8月にサービス終了)の生みの親でもあり、この時点から「ハウツー=プロセス」に注目していた。

「僕自身が、過程から見たいと思うタイプです。ところが、インタビューを受けるとき、うまくいった事例をロジカルに説明することになります。そうすると、読者は納得感を与えられるものの、その裏にあるはずの生々しい進捗は表に出しづらい。知っておいたほうがいい情報は生々しさのなかにあったりするので、あまり参考にならないと感じていました」

「聞き手が求めているのは、英雄譚より『こう考えていた』『だからつくった』というプロセスを含めた話です。そこで、オンラインサロン『アル開発室』を、『プロセスを見せながら課金してもらうほうが強い』という仮説のもとで始めました」(古川氏)

古川氏の会社・アルが主宰するオンラインサロン「アル開発室」では、自社サービスの開発状況や裏側を知ることができる。月額980円(税込)で、会員数は3000人前後。つまり、プロセスを公開することで毎月300万円以上の収益を得られる。

同時に、古川氏が自社サービスを通じて気づいたのは、クリエイターの多くが感じる「作業中での孤独」「作品が完成するまで無収入」「ファンとのつながりの少なさ」だった。例えば、ライターが1カ月かけて1冊の書籍をつくる場合、取材・執筆期間中の原稿料の支払いはない。だが、オンラインサロンや00:00 Studioのようなサービスを通じて制作の様子を配信するなど“投げ銭”される環境があれば「出版されるまで収入なし」の状態は避けられる。

「そもそも、人はまったく知らないものを拒否し、馴染みのあるものを好きになる傾向があります。00:00 Studioを使ってくれた『ちはやふる』の作者・末次由紀先生が自身のnoteでも似たことを書いていましたが、漫画家が何十時間もかけて描いた表紙イラストも、読者である僕らからするとページをめくるほんの数秒で消費してしまう。表紙イラストを描く様子を公開していれば、カラーへの思い入れや愛着がわきます」

「こういった性質とアル開発室での運営をヒントに、クリエイターの方々が抱える作業中の孤独・収入・ファン獲得の3つを解決するためのサービスとして00:00 Studioを着想しました」(古川氏)

ベータ版リリース後、漫画家を中心に利用者が広がる

そして、2020年11月に00:00 Studioのベータ版をリリース。当初は「ニッチなサービスなので、初速に時間がかかると思っていた」と古川氏。

「00:00 Studioはファンクラブ的なものにするつもりだったんです。でも、『月1000円払えばオリジナルのイラストを見ることができる』としても、それが3人しか集まらなければ、クリエイターには3000円しか入らず、かえって負担になってしまう。作業の邪魔にならず、ファンとの交流になるものを考えたところ、たどり着いたのが『ライブ配信』でした」(古川氏)

ベータ版では、フィードバックやバグチェックに漫画家数名が参加。これをもとに正式版リリースを目指すはずだったが、協力していた漫画家たちを中心に知れ渡り、ユーザーが増加。当初より早く正式版をリリースすることになった。前述の末次由紀さんも、ちはやふるのイラストを描く様子を配信している(アーカイブはこちら)。

末次由紀先生による配信のスクリーンショット
末次由紀さんによる配信のスクリーンショット

「ベータ版開発中に多くリクエストをいただいたのは、コラボ機能でした。『ほたるのひかり』の作者であるひうらさとる先生から『この日までにあるとうれしい』とご連絡いただき、テスト版をつくったこともあります。そこでは、編集者と漫画家のオンライン会議や、ファンとのオンラインサイン会が開催されていました。このご時世では、リアルな場でのサイン会はできません。ですが、漫画家たちはサイン本をファンへ渡したい。00:00 Studio上では、ライブ配信で話しながら、サインを書くようなことをしていましたね」(古川氏)

同年12月に、正式版をリリースする。現在の登録者数は2500人前後。配信者の属性は、漫画家やイラストレーター、ライターのほか、陶芸家、ハンドメイド作家などがいる。また、歯科医が義歯の作業工程をライブ配信していたり、収穫の様子を見せたりする農家もいるという。

「中国のライブ配信では、農家のおじいちゃんが果物を収穫する様子を見せ、その場で販売したりします。親近感が高まった人が購入する流れがすでにあるので、ライブ配信と農家は相性がいいのかもしれません。IT系じゃないユーザーが参加しているのは、このサービスのおもしろいところですね」(古川氏)

目指すのは“疲れない”常時接続サービス

00:00 Studioには、いわゆる“投げ銭”のように、視聴者から配信者へ応援する意味でのポイント購入機能がある。この活用状況を聞くと、「ぜんぜん使われていないですね」と古川氏は笑う。けれど、悲観的ではない。

「サービス全体で、週に1万5000円〜2万円ほどポイントが使われていますが、設計がイマイチなのか、あまり使われていませんね(笑)。とは言え、00:00 Studioはおとなしめなコミュニケーションが中心だからこそ、ポイント機能は使われていないのかもしれません」

「サービス設計時に、配信のジャンルを『ショー』『ストリーミング』の2種類に分けて考えていました。00:00 Studioは、トークやコンテンツのおもしろさを競うもの(=ショー)ではなく、純粋に作業する様子を見せるもの(=ストリーミング)にしたかった。そうすることで、作業中の孤独が緩和され、集中できる。正式版リリース後は、視聴者から『仕事中に見てやる気がもらえた』といった声も寄せられています」(古川氏)

冒頭にあった「常時接続に価値を持たせすぎないことも大事」という古川氏の言葉が響く。常時接続は大きなトレンドとしてあるなか、00:00 Studioはどのようなスタンスで挑むことになるのか。

「常時接続のトレンドは、もはや不可逆な流れだと感じています。一方で、Clubhouseのようなサービスとは異なる、刺激を必要としないSNSの人気も高まると考えています。00:00 Studioは『作業中が孤独』と感じる人が配信していますが、だからといって、顔出ししてトークするタイプのものは少し敷居が高い。常時接続でつながりたいけど、刺激が強すぎて疲れることがないサービスを目指しています」(古川氏)

正式版をリリースして、約1ヶ月。今後はさらにクリエイターの活動が長期的に続けられるようなマネタイズを考えていきたいと古川氏は語る。

「僕らにとって、クリエイターの作品作りを支援することが第一。当面は、クリエイター自身がマネタイズできるかどうかが重要です。今はブラウザ版しかありませんが、多くのクリエイターが使っているiPad向けアプリを最優先で開発。クリエイターの活動を広く伝えることで、プロセスを知ったファンが作品を購入する流れをしっかりつくっていきたいですね」(古川氏)