
- 原価率を限界まで高めた“玄人好み”の商品を開発
- キーエンスからホスト転身も失敗。迷走、転落した20代前半
- どん底からの創業で身についた「徹底的な」仮説検証
- 原価率を下げず、コミュニティの熱量を保ち続ける
- 砂漠に「水」をいかにして届けるか
いま、筋トレ愛好者たちの間でひそかに人気を集めているサプリメント、プロテインのD2Cブランドがある。パーソナルトレーニングジムの総合情報サイト「ダイエットコンシェルジュ」などを手がけるレバレッジが2019年10月に立ち上げた「VALX(バルクス)」だ。
VALXは“筋肉博士”の愛称で知られる、人気ボディビルダーの山本義徳氏(レバレッジの社外取締役でもある)が製品の監修を行っている。コロナ禍でも在宅トレーニングの需要を取り込むことで右肩上がりで成長。立ち上げから1年ほどで月商はひと桁億円を突破している。
主力商品の必須アミノ酸9種類を配合したバルクアップサプリ「EAA9」の販売数は1年で11万個を突破。プロ野球選手などのトップアスリートのほか、指原莉乃さんやフワちゃんをはじめとしたタレントなどが愛用しているという。単品の価格は9200円(税抜)で定期購入の場合の価格は7980円(税抜)だ。
原価率を限界まで高めた“玄人好み”の商品を開発
ここ数年、若者の健康意識の上昇とともに、サプリメントやプロテインへの関心は高まっており、多くのD2Cブランドが生まれている。そうした状況下で、後発とも言えるVALXが急速な支持を集めている要因はどこにあるのか。
「VALXの強みは、高いコストパフォーマンスにあります」
レバレッジ代表取締役の只石昌幸氏はこう語る。一般的なD2Cブランドは認知を得るために商品の原価率を下げることで広告の予算を捻出し、SNS広告を実施する。只石氏によれば、多くの商品は「原価率が20%程度に抑えらている」という。
しかし、レバレッジは既存事業でのノウハウを活かし、広告費に頼らないビジネスモデルを確立。それにより、原価率を50%以上に上げることに成功している。
「ダイエットコンシェルジュなど、既存のメディア事業を通じて繋がりがあった、プロのパーソナルトレーナーに選ばれる商品を作れば、広告費を投じなくても商品の魅力を伝えてもらえると考えました。原価率を限界まで高めた“玄人好み”の商品を作りたいと考えていた山本義徳さんとも思想が合致し、商品を開発することができたのです」(只石氏)

現在、山本氏と共同で運営するYouTubeチャンネルの登録者数も30万人を突破するなど、「筋トレ好き」を中心に人気を獲得し続けているVALX。しかし、現在の事業に辿りつくまでには、只石氏が20代前半に味わった、長く苦しい「迷走期」があった。
彼はこれまで、どのような軌跡を辿ってきたのか。これまでのキャリアを振り返るとともに、レバレッジが見据える今後の展望を伺った。
キーエンスからホスト転身も失敗。迷走、転落した20代前半
只石氏のファーストキャリアは「最強の営業集団」として名高いキーエンスだ。同社で圧倒的な実績を残し起業する人もいるが、只石氏はキーエンスのなかで抜きん出た結果を残すことができないどころか、営業成績は3年目まで最下位。「ダメ社員」だったという。
「年収の高さで選んだだけの会社だったので、入社と同時にモチベーションが下がってしまって……。最後まで仕事に身が入らず、全くと言っていいほど、結果も残せませんでした。常に同期との比較に晒され、毎日会社にいくのが辛かった思い出しかありません。最終的にドロップアウトするかのように会社を辞めてしまいました」(只石氏)
苦しいファーストキャリアだったが、一方で学びもあった。営業集団として知られているキーエンスが成長し続ける背景には、精緻なマーケティングがあり、営業は「マーケティングが導いたデータ通りに動いているだけ」という実情を知ることができたからだ。
「これからの時代、マーケティングさえ極めれば勝てる」──そんな確信を得て、セカンドキャリアでの躍進を誓うが、ここでも壁にぶつかることになる。
「食品メーカーやマーケティング会社など、さまざまな業界で転職活動をしました。当時、“元キーエンス”の看板があったこともあり、『転職活動は楽勝』と手応えを感じていました。しかし、自分自身のプライドを捨てきることができず……。転職してキーエンス時代の年収から給料が下がることが、どうしても許せなかったんです」(只石氏)
結局、すべての企業で待遇面での折り合いがつかず、転職活動は頓挫。年収を下げずに活きていく方法を模索した末、ビジネスマンではなく、ホストとして働く道を選ぶ。
「ナンバーワンになれば、圧倒的な年収を手にすることができる」という考えだったが、ここでも成績を残すことができない。年下のホストに営業成績で遅れをとり、2年間でついた客はたった1人。ここでも「成績下位」になってしまう。
「売れないホスト」として、2年間のホストのキャリアを終える。プライドが捨てきれないまま迷走するほどに、キーエンス時代の貯蓄はどんどんなくなっていく。一方ではキーエンスの同期は次々に昇進、昇給をしていた。自分自身への情けなさから、どんどん自分の殻に閉じこもっていく。「まさにどん底の時間」だった。
どん底からの創業で身についた「徹底的な」仮説検証
迷走の末、「どん底」に陥ってしまった只石氏の転機は、友人からの電話だった。友人は「キーエンスでの仕事はどう?」と電話をかけてきたが、すでに只石氏はキーエンスを退職しており、ホストの仕事も辞めており、無職の状態だ。
最初はプライドが捨てられず見栄を張っていたが、途中で気後れしながらも現状を話すと、その場で只石氏のキャリアを、親身に考えてくれたという。
「転職活動のはじめ方や、起業の方法など、現在の自分の状況からできることを、つぶさに教えてくれました。それまで、自分が考えたやり方に固執していた自分にとって、他者から手を差し伸べてもらえたことは、考え方が大きく変わるきっかけになりましたね。いま考えると当たり前ですが、人に頼ってもいいんだと思えるようになったんです」(只石氏)
この電話をきっかけに、只石氏は多くの知り合いから意見をもらい、自分のキャリアを客観的に捉え直していく。そこから、考えた末に選択したのが、ウェブ制作会社「レバレッジ」の創業だった。日本橋のアパートをオフィスとし、パソコン1台での起業だった。独学でHTMLやウェブデザインを勉強しながら、がむしゃらに取り組んでいくうちに気づけばキーエンス時代を遥かに上回る年収を手にすることができていた。
そして、二度目の転機が訪れる。
「さまざまな会社のWEB制作を受託するなかで、次第に“自分たちにしかできない仕事”とは何かを常に考えるようになっていって。まだ、どの会社も目を向けていない市場はないのか、とパーソナルトレーナーにういて調べてみたところ、日本には、パーソナルトレーナーの情報サイトがなかった。これはチャンスかもしれないと思いました」(只石氏)
それをきっかけに、パーソナルトレーニングジムの総合情報サイト「ダイエットコンシェルジュ」を2016年に立ち上げる。初期は総合サイトにも関わらず、電話番号を載せて。電話での問い合わせを丁寧に対応するスタイルを実施するなど、顧客が求めるパーソナルトレーナーとのマッチングを行った。
そして、2017年にはメディア事業で培った人脈を活かし、トレーナーエージェンシー運営を開始。パーソナルトレーナー養成のスクールの運営支援などを行った。この事業はマツコ・デラックスが出演する日本テレビのバラエティ番組『マツコ会議』で紹介されると、瞬く間に問い合わせが殺到した。
「何か新しいことを始めようとするときには信頼できる仲間に相談し、勝手に独断ではじめないようにしています。自分や会社を客観的に見て、常に何が正しいのかを仮説検証。人に相談することで、頭の中で、数々の失敗を繰り返しているんです」(只石氏)
原価率を下げず、コミュニティの熱量を保ち続ける
メディア事業、フィットネス事業に続き、2019年10月に新たな事業として立ち上げたのが前述のVALXを筆頭とするD2Cコマース事業だ。これまで、フィットネス業界で培ったノウハウと人脈を活かし、原価率を最大まで上げる高品質な商品作りを徹底している。
例えば、95%以上のタンパク含有率を掲げるハイスペックなプロテイン商品は一般的に1kgで8000円以上するが、VALXの高純度プロテイン「VALXホエイプロテインWPI PERFECT」は1kgで4400円という価格を実現している。
「既存のメディア事業、フィットネス事業で、多くの“プロフェッショナル”との繋がりを持つことができました。VALXを始めるとき、彼らがつい他人に勧めたくなる商品を作れば、絨毯爆撃のような広告を打たなくとも、わかる人には届くと感じたんです」
「そこで、ブランド初期にも関わらず、広告費を度外視し、いかにしてプロに選ばれるのか、品質にのみ集中することにしました。そうした取り組みが、熱量の高い筋トレファンであればあるほど、伝わってるのではないかと思っています」(只石氏)
原価率は50%以上を超えるため、利益を生み出すためには、価格をコントロールしづらいジムでの卸売などはできない。そのため、VALXは新規顧客を増やすこと、ファンコミュニティの熱量を持続させてユーザーのチャーンレート(解約率)を下げることに注力している。只石氏によれば数値は非公開だが、解約率は数%台だという。
またVALXを立ち上げてから、只石氏が毎日、必ず行っていることがある。それが「エゴサーチ」だ。「VALX」や「レバレッジ」、「山本義徳」など、VALXに関わるツイートやクレームを見かけては、社長自らユーザーにリプライ(返信)をし、対応している。
「目指しているのは、熱狂的なファンを1人でも多く生み出すこと。そこで、“VALXファンコミュニティ”の熱量を少しでも上げるためには、運営である私たちが、商品を愛し、コミットしている姿を見せる必要があると感じました」
「商品に感動してくれたお客さんには『ありがとうございます』を伝え、商品に不備があったことに不満を感じているお客さんには、今後の対応を伝えます。社長自らが対応してくれるコミュニティはなかなかないかたこそ、リプライがもらえると、こちらの本気度がわかってもらいやすい。運営の人間が高い熱量を示し続けると、ファンの人たちもより良いブランドにしようと、コミットしてくれるようになるんです」(只石氏)
社長自らが「熱源」となることで、コミュニティに盛り上がるきっかけを与える。現在では、SNS上での疑問やクレームに「代わりに答える」ファンが出現するほど、熱量の高いコミュニティが生まれている。
また、VALXは定期購入者に対してトレーニング時に着用できるマスクや、山本義則さんの特典動画を付録としてつけている。購入から半年が経った人には黄色のタオルを付録にしており、SNSではこのタオルを自慢する人もいるほどだ。
「長く続ければ続けるほど、VALXのファンの間で『お、黄色タオルじゃん』と認められる存在になっていく。そうした会話のフックを作るのも、コミュニティの盛り上がりを作る上では大切だと感じています」(只石氏)
現在、EAA9をはじめ、合計で7つのサプリメントとプロテインを展開しているVALX。今後、レバレッジはVALXをアジアに展開させていくほか、美容領域にも拡げていくという。

砂漠に「水」をいかにして届けるか
2021年、レバレッジは創業から15年を迎えた。キーエンス最下位の営業マンから売れないホストと、迷走したキャリアからスタートした若者は熱量の高いフィットネスコミュニティを作るまでに成長した。
キーエンス時代に「マーケティングを極めれば、勝てる」と感じた只石氏。その直感通り、パーソナルトレーニングという市場を見つけ、事業を横展開しながら成長を続けてきた。そんな只石氏にとって、マーケティングとはどのようなものなのだろうか。
「マーケティングとは、いかにして『砂漠に水を届けるか』だと思っています。これだけモノが溢れる現代社会で、人びとが渇望するニーズを探り、適切なタイミングで届ける。決して押し売りが重要なのではなく、本当に渇望するものをつくれれば、必ずユーザーには届いていくのだと思っています」(只石氏)