
- Clubhouseの登場で市場が広がった
- 紆余曲折を経て、軌道に乗った「stand.fm」
- 「視聴者とコンテンツをつくれる」ことがClubhouseとの違い
- 音声市場の盛り上がりに「ワクワクしている」
「誰か招待してください」──SNSにはそんなメッセージがあふれ、一時は“社会現象化”するなど爆発的な盛り上がりを見せたのが米国発の招待制・音声SNS「ClubHouse」だ。
Clubhouseが本格的に日本で流行しはじめたのは、2021年1月下旬のこと。スタートアップ関係者から人気に火が付き、著名人や芸能人なども続々と参入。また“完全招待制”というサービスの仕組みも相まって、ブームは過熱していき、この1カ月で登録者が急増。App Annieの調査によれば、2021年2月8日時点で83万ダウンロードを記録している。
Clubhouseの登場で市場が広がった
Clubhouseは一時の過剰なブームが落ち着いたかに見えるが、“音声“マーケットに期待を寄せる声は確実に増した。いままさに「追い風がやってきた」と期待を寄せるのが、音声配信アプリ「stand.fm」を展開するstand.fm代表取締役 共同代表の中川綾太郎氏だ。中川氏は複数のD2Cブランドを展開するnewnの代表でありながら、newnの社内から派生する形で誕生したstand.fmの代表としても動いている。
「Clubhouseのコンセプトが日本でも受け入れられたこと自体、音声市場にとっては非常にポジティブな出来事です。また、配信者と視聴者の双方に“複数人による音声配信”という新しい体験が提供されたことで、市場の広がりも感じています。自分たちが目指してきた方向性は間違っていなかったと確信が持てましたし、今は非常にワクワクしてます」
stand.fmは気軽に収録ができ、すぐに配信できる音声配信アプリ。質問やメッセージが届く「レター機能」のほか、BGMの追加、音声の切り取り・挿入といった機能によって、簡単に音声コンテンツを作成できる点が大きな特徴となっている。
また、中川氏がClubhouseの「複数人による音声配信」について言及するように、配信の方法には事前に録音する“収録”のほかリアルタイムで会話を流す“ライブ”も用意する。それぞれ複数人(収録は最大4人、ライブは最大5人)で同時配信できる。これにより「1人で話すのは難しい」といった悩みを抱える配信者でも友人、知人と気軽に音声コンテンツが作成できる。
こうした機能の提供し、音声配信のハードルを下げることで利用者は増加。2020年10月にはアプリとウェブの合算で月間利用者数は100万人を突破している。利用者が増加したことで2020年11月には月間配信数は約15万本を記録したほか、アプリユーザーの平均滞在時間は82分にまで伸びるなど、右肩上がりで成長を遂げている。

また、stand.fmはClubhouseが着手できていない配信者の収益化を支援するプログラムや機能も提供。すでに再生時間に応じた収益還元プログラムや、月額課金チャンネル機能、コンテンツ販売機能、投げ銭機能などの収益化サポートも積極的に行っている。
Clubhouseの対抗馬とも目されるstand.fmは、競争が激化する音声市場において、どのような戦略を描いているのか。中川氏の考えを聞いた。
紆余曲折を経て、軌道に乗った「stand.fm」
stand.fmのリリースは2018年10月頃。もともとは複数のD2Cブランドを展開するnewnの社内で試験的にスタートしたプロジェクトだったが、サービスの立ち上げから約1年半が過ぎた2020年4月に分社化し、stand.fmを設立した。
「newnもそうですが、やりたいのは『個人のエンパワーメント』です。2018年当時、日本でも音声配信サービスがいくつか立ち上がっているのは知っていました。ただ、もっと音声コンテンツを簡単に作れるサービスが増え、音声配信するクリエイターが増えればいいのにと思い、自ら作ってみることにしたんです」(中川氏)
現在は多くの利用者を獲得しているstand.fmだが、最初から順風満帆だったわけではない。今ほど音声市場も盛り上がりを見せておらず、最初の1年ほどは配信者が集まらず、自分たちでコンテンツを制作するなど、模索の期間が続いた。
「当時はステルス状態でサービスを展開していることもあって、グロースさせるための施策を何も行っていませんでした。そのため本当に音声配信をする人がいるのか、また音声配信を聞く人はいるのか、両方とも分かっていなかったんです。とはいえ、どこかで踏み込まないとサービスのニーズが検証できない。理屈的には面白いと思っているのに、このまま何もせずクローズするのも微妙だな……と思い、オープンにしてみたら『音声っていいよね』と共感してくれる人も多く、いろんな人が使い始めてくれたんです」(中川氏)

2020年2月頃からサービスの存在をオープンにした結果、スタートアップ関係者を中心に「stand.fm」を利用する人が増え、多くのチャンネルが開設された。その過程で、BGMの追加やレター機能で「何を話すか悩む」といった課題を解決し、音声配信のハードルを下げたことで少しずつ配信者が増加。その後も複数の配信者が共同で収録できる「コラボ収録」や複数人でのライブ配信といった機能を提供し、音声コンテンツを楽しむ仕掛けをつくることで、配信者とリスナーの両方が少しずつ伸びていった。
数あるチャンネルの中でも中川氏は、あるチャンネルに音声配信サービスの可能性を感じたという。
「そのチャンネル自体はフォロワーが1000人ほどのチャンネルなのですが、使用する音楽や話の内容が面白く、水面下で信じられないくらいバズっていたんです。これを見たときに、世の中にはユニークな才能がいろんなところに転がっていて、stand.fmはプラットフォームとして、そういう才能を活かせる場所であるべきだと思いました。また、ゆっくり社内で育てていくプロダクトでもないと思い、大きく勝負することにしたんです」(中川氏)
その言葉通り、stand.fmの設立から4カ月が経った2020年8月にシードラウンドでYJ Capitalを引受先として総額5億円の資金調達を実施。そのタイミングで、配信の再生時間に応じた収益還元プログラムも開始している。
「視聴者とコンテンツをつくれる」ことがClubhouseとの違い
配信者が配信しやすい機能を提供したほか、配信者が継続的に配信を楽しめるように収益化サポートも行った結果、広告費用を使わずにオーガニックでサービスは成長。元AKB48で女優の篠田麻里子さんやメジャーリーガーのダルビッシュ有さんなどがチャンネルを開設するなど、芸能人やアスリートなどもstand.fmを利用している。
2020年12月には北海道エリアでテレビCMを実施するなど、着実にサービスを伸ばしてきていたstand.fmだが、2021年に入ってから状況が変化する。きっかけとなったのは、前述した音声SNS・Clubhouseの日本上陸だ。
「Clubhouseはテスト段階にもかかわらず(米VC大手の)アンドリーセン・ホロウィッツから100億円ほどのバリュエーションで約10億円の資金調達を実施していることは日本に上陸する前から知っていました。音声市場でサービスを展開している人であれば、当時から誰もが意識せざるを得ないプロダクトだったと思います」(中川氏)。
Clubhouseは日本上陸後、瞬く間に話題となる。連日連夜、ユーザーは自分でルームを作ったり、他のユーザーのルームに参加したりして会話を楽しんでいた。
複数人での音声配信を楽しむ──これはstand.fmがウリにしていた機能のひとつだが、Clubhouseとの差別化はどう図っていくのか。中川氏は「足元の数字はけっこう伸びていて、Clubhouseにシェアが奪われているわけではない」とした上で、こう語る。
「複数人での配信を前提にしているのはClubhouseの良さですが、stand.fmはアーカイブできるほか、コメント機能もある。視聴者も含めて一緒にコンテンツをつくっていける、という違いがユーザーから受け入れてもらえるポイントになっています」(中川氏)

また、前述した通り収益化支援の機能の有無も大きな違いとなっている。「最初は『周りで流行ってて面白そうだから』という理由で(Clubhouseが)盛り上がっていると思うのですが、継続的に配信していくとなるとマネタイズなどができた方がいいという方向性になっていくと思う」と中川氏は語る。
Clubhouseが爆発的に盛り上がったからといって大きな戦略は変えることなく、配信者が楽しくコンテンツを生みだせる機能などをスピード感を持って開発していくほか、中長期で配信者のマネタイズ支援により注力していくという。
「まずはとにかく使いやすく、面白い音声コンテンツがつくれるサービスにしていきたいと思っています。そして、せっかく配信するのであれば稼げる場所にしたい。いろんな人がロングテールでマネタイズできるような設計を心がけて開発を進めていきます」(中川氏)
音声市場の盛り上がりに「ワクワクしている」
また、Clubhouseの盛り上がりを振り返ってみて、印象的だったのが「芸能人の参入」だ。こうした新しいサービスはスタートアップ関係者やインターネット好きの人たちが使い始め、一定期間が経つと使われなくなる。だが、Clubhouseは初期の段階から芸能人が使い始めたことで、社会現象化するほどの盛り上がりにつながった。
「芸能人は新型コロナの影響でメインの仕事が変わったり、収益源が変わったりしています。その結果、昨年からYouTubeに参入する人が増えたのですが、1年ほどが経って成功する人、成功しない人がパキッと別れました。それにより、先行者優位を意識している人が多くなり、初期の段階から使い始める人が増えたんだと思います」(中川氏)
Clubhouseの上陸で、今後さらに大きな盛り上がりを見せていきそうな音声市場。取材の最後、中川氏はこう語った。
「コンシューマー向けサービスはもう狙う市場がないと言われることが多いのですが、個人的には昔から新しい才能が発掘され、ヒーローが生まれる場所をつくっていくことに強い憧れがあるんです。そういう思いで、起業してからずっとコンシューマー向けサービスをつくってきたわけですが、これだけ市場全体が盛り上がり、大きな注目を集めるのは初めてのこと。だからこそ、今はこれからの展開にとてもワクワクしているんです」(中川氏)
