
- 「スケジュール共有」は当時の個人主義になじまなかった
- SNSの「シェア文化」で変わる潮流
- 57%の離職率は「想定内」
- 米国西海岸は“ストレスフル”
- ミレニアル世代は競争至上主義から回帰
グループウェアを提供するサイボウズが米国で再奮闘している。同社は2001年に米国に初進出するも、3年であえなく撤退。しかし2014年に再度、クラウドサービス「kintone」を商材として米国・サンフランシスコに再進出した。生き馬の目を抜く米国西海岸のIT産業の中で、サイボウズの製品とそのカルチャーは受け入れられるのか。 米国法人kintone Corporation社長で、サイボウズ副社長の山田理氏に聞いた。(取材・文/富谷瑠美、岩本有平・ダイヤモンド編集部副編集長)
「スケジュール共有」は当時の個人主義になじまなかった
――米国進出は二度目の挑戦です。なぜ再進出したのか教えてください。
もともと、チームワークあふれる社会、世界を目指しているからです。日本じゃなく、「世界」です。どのタイミングでどこから行くか、という時間軸だけの問題でした。
中国はローカルルールが不透明なところもあるし、ヨーロッパは市場がまだそこまで大きくない。となると、米国。行った経験もある、「やる」という人もいる。それならばと、もう一度チャレンジすることになりました。
――2001年に進出した際は3年で撤退しました。
当時は米国にグループウェアを売りに行っていました。日本ではMS(Microsoft )のExchangeやLotus Notesといったグループウェアがそれなりに流行していた時期です。国内ではそういった競合のシェアを抜いていっていたから「米国でもいけるのではないか」と。ところがいざ行ってみると日本とは状況が違っており、米国のMSはめちゃくちゃ強かった。
カルチャーもフィットしませんでした。日本は情報を「場に出して、アクセス権をつける」ということをしますが、当時の米国はそもそも情報共有をしない、場に出さない。メールで宛先をToやCCにすることで、情報の出し先をコントロールしていく。
そもそも個人主義なので、役員が個室を持っている。会議室などの施設予約機能も『そんなもんいらん、部屋に来てしゃべったらいいし』となる(笑)。
ビジネスはネットでの直販のみ。オンラインで広告を出していましたが、人件費と広告宣伝費だけでも年間で億単位のお金がかかります。3年目で「やめる」と決めて、完全撤退までに計4年かかりました。
――今回はグループウェアを売らずに、製品を絞り込んでいます。
クラウドで、かつ「kintone」というシステムを作れるアプリケーションプラットフォームを販売しています。 kintoneはPaaS(Platform as a Service)。さまざまな業務システムをブラウザ上での簡単な操作だけで開発できる製品です。パッケージのスケジュール共有システムを売りに行くのではないので文化に依存せず、企業ごとにカスタマイズできる。
進出前に1年かけてリサーチしましたが、当時は競合になるような製品はありませんでした。ならば挑戦したい。米国は世界一のITのマーケット、世界の強豪が集まっていってしのぎを削っている。そういう中でやっていくのに、まだ売り上げ70億~80億円、社員500人の会社なんて、「日本では製品が売れている」と言ったところで、向こうではミジンコみたいな小さなものなんです。
当初、私は「本当に米国に行くなら、青野(サイボウズ社長の青野慶久氏)が行ったほうがいいよ」と言ったんです。全力でやって勝てるかどうかすら分からないから、本社を移すくらいの覚悟じゃないといけない、と。
でも彼は「いや、育児があるから」って(笑)。それは半分冗談ですけれど、まだ4~5年前はクラウド事業を国内で始めたばかりだったため、軌道に乗るまでは自身で担当したいということでした。それで僕が米国に行くことになりました。
――kintoneはPaaSですが、どんなところに可能性を感じていますか。
僕らは「会社」ではなく「部門」に売りに行きます。50~100人のチームがひとつのターゲット。しいていえばSalesforceが競合ですが、共存できます。全社はセールスフォースだけれども、ある部門ではkintoneを使うといったように。国内では上場企業の6社に1社、kintoneだけで1万1000社に導入されています。
2014年当時、米国市場ではPaaSという言葉自体ほとんど認知されていませんでした。当初競合はほとんどなかったのですが、「プラットフォームを作るアプリケーションだ」ということが認知されると、競合が雨後の竹の子のように出てきました。ガートナーが「aPaaS(Application Platform as a Service)」という概念を提唱したのが大きかったのでしょうか。
今では「kintoneとQuick Base(https://www.quickbase.com/)は何が違うの?」とコンペティターとの差別化が重要視されるようになりました。よくも悪くも、コンペティターが増えましたね。
SNSの「シェア文化」で変わる潮流
――システムは異なれど、「情報を共有する」という基本的な考え方は変わらないのですよね。米国で受け入れられるのでしょうか。
流れとして、昔のメール文化は今やFacebookやTwitterといったソーシャルネットワーク、つまり「シェアする」という文化に変化してきています。
今グループウェアを売れば、(撤退した時とは)違うのではないかと思うくらい、シェアカルチャーは広がっています。社内SNSなんかもいけるかもしれません。SlackやZoomといったチームコミュニケーションのアプリも流行していますよね。kintoneもそういう、大きな「共有」というカルチャー、流れには乗ることができているように思います。
――米国での販売状況を教えて下さい。
導入企業は今300社ほどです。100社が日系企業ですが、あとは現地企業です。前述のとおり基本は部門に導入していきます。50~100人前後のチームがひとつのターゲットです。シリコンバレーに本社を置く某有名IT企業や、NASA(アメリカ航空宇宙局)などは非常に積極的に使ってくれています。NASDAQに上場した配車サービスのLyftも契約書の管理に利用しています。
57%の離職率は「想定内」
――日本のサイボウズは働き方の多様性を許容している会社だと思います。しかし米国法人は、2017年度の離職率が50%を超えていたと聞きます。
僕の中で、ある程度の離職率は想定の範囲内でした。確かに日本のサイボウズでは、離職率が28%から4%にまで大幅に改善しました(厚生労働省「平成28年雇用動向調査」によれば、常用労働者の離職率は平均15%)。しかし米国法人では、初年度57%の離職率。
なぜかというと、立ち上げ時はどうしてもハードワークになってしまう。新卒レベルの人材を入れ、理念を語って、カルチャーを作ったとしても事業として考えると、今日のメシや明日のメシが食えない、となります。成長のためには、「全く(カルチャーに)共感していない人」はさすがに採用できないけれども、「ある程度の共感とある程度の実行力がある人」を優先して採用していくことになります。
採用の時に「この子は(サイボウズの)カルチャーに合っていない、でも仕事はしてくれそうだ」と理解して採用している。そうする中で、その子が何かネガティブなことを言った時に、残す方向なのか、そうじゃないのかを考える時間ができる。その間によりカルチャーフィットする人を採用し続ける、そういうことです。
――西海岸のエンジニアは特に流動性や成長志向が高いと聞きますが、相性はどうでしょうか。
たしかに辞めるときはスパッと辞めるだろう、とは思っていました。ですが、「1年で57%は思ったよりも辞めるのね。はやっ」というのは正直あった(笑)。
しかし、彼らはそんなにびっくりするような理由では辞めないんです。シリコンバレーはエンジニアの人件費が高いので、弊社が採用する半数はエントリーレベルのエンジニア。それでも優秀であればすぐに業務をキャッチアップします。
キャリアのある中途採用のエンジニアが辞めるのはわかるけど、エントリーレベルのエンジニアが1年で「給料1.5倍にしてくれ」といった交渉をしてきます。優秀な子ほど「キャリアを積まないといけない」という意識が強いので、採用すればするほど抜ける。LyftやAmazonから内定もらったらそりゃ抜けますよね。
――そんな環境でどうやって優秀な人材を確保しているのでしょうか。
僕ら、シリコンバレーでは不利なところもあるんですよ。見方によっては日本の出店(でみせ)で、完全なスタートアップじゃない。「ベンチャーなのにやりたいこともやれない、単に待遇の悪い小さい会社じゃないか」と現地で言われかねません。
だからこそ、権限移譲という意味でも僕がいるのです。「(日本のサイボウズの)副社長がここにいるという意味を考えてほしい。やはり僕らの理念というのは「チームワーク」です。本来は理想に共感してくれることが大切で、多様な個性を尊重し、自立して議論をしていきたい。サイボウズのチームワークあふれる社会を世界に作りたい、そういう会社をここでつくりたい」――そういう話をするようにしています。
米国西海岸は“ストレスフル”
――生き馬の目を抜く西海岸のIT業界で、サイボウズカルチャーは受け入れられますか?
それが、おもしろい現象が起こっています。
この間、Salesforce6年、Google1年半のマーケターが入社してきたんですよ。「Googleはストレスフル、とにかく成果、成果。週5日のうち4日間家で働かせてくれ。だったら給料半分以下でもここで働きたい」と言って。我々からすると「え、そんなんでいいの?」と(笑)。
あと彼が言っていたのは、トランスペアレンシー(公明正大)。GoogleもSalesforceも公明正大だと言っているけれども、現実には社内では、彼ら情報を隠しまくりだよ、と。それを知っているから、「サイボウズのチームワーク文化まさにすげえ、こういう会社を、チームワークを含め広めていきたい」と言ってくれる。そしてその公明正大な文化にkintoneというツールの思想がつながるはずだ、と。
シリコンバレーの若い子のキャリアの進め方は相当にストレスフルです。シリコンバレーのすごいベンチャー企業は外から見たら、リモートワークや短時間勤務などすごくフレキシブルで、素敵なカフェテリアがあって――。そんなイメージですよね。
ところがこの「フレキシブル」ってどういうことかというと、それはフルタイムと同じアウトプットが出せて初めて活用できるものなんですね。だから、その人たちが自由を獲得する背景にはものすごいストレスがあるんですよ。本当に能力主義、一歩でも力緩めたらクビになるから。
なぜそうなるかというと、結論は米国のベンチャーはVCを入れてしまうからです。彼らはとにかくスピード感を持って結果を出さないといけない、速くにエグジットしないといけない。となると、ベンチャーで働くと、短期でアウトプットを必ず出さないといけなくなる。ビジネスモデルも社員に対しても、とにかく短期、短期です。
一方我々は、BtoBだし、時間かかるよ。どこかで黒字転換になるよ。我慢、我慢と言っています。こんなやり方は、VC入れた瞬間できなくなります。最初はVCを入れようかと思ったけどやめたことが結果的に差別化、ある意味強みに変わりました。
ミレニアル世代は競争至上主義から回帰
――米国でも競争至上主義が変わりつつあるということでしょうか。
将来的には、米国が変わろうとしている方向に日本がいるのかなと思っています。
アメリカのミレニアル世代やいわゆるジェネレーションZはお金を儲けた世界を見た。そこに幸せもあるけど、一方で影もたくさん見てしまった。貧富の差、コンペティティブ、落ちこぼれ――トランプが大統領になった時は、アメリカの東海岸、西海岸で大成功した人々が泣いて悲しみましたからね。
米国は米国で、もう少し、行き過ぎた資本主義から戻ろう。そういう動きがあるんでしょうか。いわゆる“意識高い系”の人がNPOで活動するようになったりしています。

いま情報は、ITを使えば瞬時に世界を駆け巡りますよね。僕がアメリカで実践しているのは、インターネットベース、これを最大限活用するとどういう組織になるんだろう、ということ。ティール組織、僕は「キャンプファイヤー経営」と呼んでいますが、「いいね」が人を動かす。いまだ権限で動かされている人は多いけど、それだと楽しくない訳ですよ。
(仕組みや権力などに)歯向かっていく。「保育園落ちた日本死ね」という投稿が「いいね」されて、その「いいね」が世の中を動かす。そんなことを目の当たりにする時代です。僕や青野が理想を語って、それをいいと思う人が来る。その子たちが辞めないように様子をうかがおうと考えるのではなく、理想を実現するために一緒に仕事をする。
ビジョンを語って火をつけて、どれくらい(共感者を)増やしていけるか。マスメディアで広告に100億円突っ込む競合には絶対勝てないわけですから。草の根で、火をつけるのをじっくりやっていきます。
kintoneの未来の姿というか、僕らの思想は「デモクラシー」なんです。会社の一部の株主、もしくは管理層が権限で支配しているものを開放するということです。
みんなが幸せになるために作った会社なので、組織も民主化していかに権限を分散させていくのかが大事です。システムも情シス部門がつかさどって、無理やり予算とってみんなに同じものを使わせるのはおかしいわけです。システム費用を払ってくれるのは株主や経営者ですから、そういうトップに都合がよいシステムにしかならない。それを民主化していくのがkintoneです。