
- 始まりは“GAFA対抗”
- 3つのスーパーアプリ
- 4つの注力領域
- コマース事業
- 「ローカル・バーティカル」事業
- フィンテック事業
- 「社会」事業
- AI投資5年で5000億円を計画
- 海外展開の青写真はほぼ示さず
3月1日、日本のインターネット史に新たな1ページが刻まれた。Yahoo! JAPAN(ヤフー)とLINEという2つの巨大インターネット企業が経営統合し、Z HOLDINGS(ZHD)の傘下に収まった。国内で200以上のサービス群を抱える両社は、統合による事業拡大で2023年度に営業収益2兆円を目指す。ヤフー出身の川邊健太郎氏とLINE出身の出澤剛氏が共同CEOとして登壇した統合後初めての事業戦略発表会をレポートする。
始まりは“GAFA対抗”
LINEとヤフーの両社は、もとをただせば日本のインターネットの草創期からしのぎを削り合ったライバル企業同士だ。

ヤフーは1996年設立。ソフトバンクと米Yahoo!のジョイントベンチャーとしてスタートし、商用検索サイト「Yahoo! JAPAN」からサービスを開始した。2001年にインターネット接続サービス「Yahoo! BB」を開始し、Yahoo!ブランドでの事業を拡大。現在はソフトバンクグループの中核企業の1社として、ウェブ広告事業や「Yahoo!ショッピング」、「PayPayモール」、「ZOZOTOWN」、「LOHACO」などのECサイトを展開する。PayPayブランドでスマホ決済サービスへの展開も図っている。
LINEはスマホ向けのメッセンジャーアプリで知られる企業だが、もともとは堀江貴文氏が指揮したことで知られる旧ライブドア社の流れを汲む。2006年のライブドア事件後、韓国NHN(現NAVER)傘下となり、2011年6月にメッセージングアプリ「LINE」を提供開始。スマホのシェア拡大とともに大きく成長し、「LINE NEWS」や「LINE MUSIC」、「LINE Pay」など数多のスマホ向けサービスを展開している。
両社とも日本有数のインターネット企業で、事業領域の多くが重複している。その2社が歩み寄ったきっかけは、米国の巨大IT“GAFA”の拡大に対する危機意識だった。2018年12月に実施された統合合意の会見では、ヤフーの川邊社長とLINEの出澤社長が登壇。Google、Apple、Facebook、Amazonといった巨大IT企業と研究開発の規模で大差を付けられていることへの危機感を訴えた。
そこから1年と2カ月をかけ、両社は2021年3月1日、経営統合のプロセスを完了した。統合後の体制ではLINEとヤフーはともにZHD傘下の企業となる。ZHDは持株会社のAホールディングスを通じ、ソフトバンクとNAVERが折半出資する体制となるため、ソフトバンクグループと韓国NAVERグループ両方の関連企業ということになる。

3つのスーパーアプリ
3月1日の会見では、新生ZHDの共同CEOに就任した川邊氏と出澤氏により、新体制での事業戦略が語られた。コロナウイルス感染症の流行による緊急事態宣言下という状況もあり、会見はオンラインとオフラインの両方での開催となった。事業戦略は両CEOがアバターとして登場する“バーチャルプレゼンテーション”での紹介となった。

新生ZHDは日本国内で200を超えるサービスを展開し、総計3億ユーザーを数える巨大なインターネット企業となる。また、LINEは台湾、タイ、インドネシアなどアジア市場でそのサービスを根付かせている。したがって、ヤフーとLINEは“ローカル性”を強みとしてGAFAのサービスと戦っていくことになる。
新生ZHDの軸としてして示されたのが「3つの起点」による挑戦だ。同社はYahoo! JAPAN、LINE、そしてPayPayという3大アプリを抱えている。川邊氏は、「3つのアプリのどれもがスーパーアプリになる可能性がある」と語る。

「スーパーアプリ」とは、小さなサービス群の入り口となるアプリのことだ。通常のアプリは1つの機能を持つが、スーパーアプリは1つのアプリから多くのサービスへとアクセスできる。ヤフーもLINEも、従来からスーパーアプリ化を志向してサービスを拡充してきた。
ただし、LINEとヤフーが持つ重複したサービスを単純に統合してスーパーアプリを目指すわけではないという。それぞれのサービス群が持つポジショニングやユーザー層が違うからだ。
Yahoo! JAPANブランドでは検索やニュースなど情報サービスが中核にあり、LINEはメッセージングアプリを中心に人と人とをつなぐサービス群を擁している。PayPayは決済機能を起点に金融や生活関連サービスをパッケージしている。それぞれのサービス群で棲み分けができているからこそ、単純な統合をする必要はないという判断だ。
具体例を挙げると、Yahoo! JAPANは「Yahoo!ニュース」、LINEは「LINE NEWS」としてそれぞれニュース配信サービスを展開している。だがこれは川邊氏いわく「混ぜるなキケン」。20代女性に支持されているLINE NEWSをYahoo!ニュースへと一本化すると、サービスの魅力を削いでしまう可能性があるという。
中期的にはサービスの重複も許容する一方で、これまで両社が不得手としていた分野では、相互補完して新たなサービスを生み出していく。一例を挙げると、LINEではオンラインコマースのインフラ機能を有していなかったが、Yahoo!ショッピングなどのEC基盤を活用してこの市場を開拓していくという。
川邊氏はZHDの取締役会メンバーで「プロダクト委員会」を組織し、サービス統合を行う分野と、各ブランドで併存する分野の選り分けを行っていくと説明した。
4つの注力領域
今後のLINE、ヤフーが重点的に取り組む分野として示されたのは「コマース」「ローカル・バーティカル」「フィンテック」「社会」の4領域。それぞれに近い将来の展開が示されている。

コマース事業
コマース事業は、ヤフーがこれまで得意としてきた領域だ。Yahoo!ショッピングやヤフオク!を抱え、近年ではアスクルやZOZOといったEC企業をグループに組み込んでいる。
一方、LINEはコマース分野での開拓の余地が大きい。LINEらしい「友だちとのつながり」を生かしたコマース手法を開拓していくという。
LINEでは、友だちの誕生日にちょっとしたプレゼントを送れる「ソーシャルギフト」や、気に入った商品を友だちに呼びかけてまとめ買いすると安くなる「共同購入」、インフルエンサーが商品を紹介する「ライブコマース」といったショッピング機能が追加される。

ECにおいては、ユーザーひとりひとりにあわせた提案も検討されている。ZHDのオンライン通販では店頭受け取りや近隣店舗からの配送などさまざまな購入手段を提案するような仕組みを導入していく方針だ。また、LINE、Yahoo!JAPAN、PayPayそれぞれのロイヤリティープログラムを統合し、ユーザーの属性や利用状況にあわせて購入できる価格が変わるダイナミックプライシングの要素も取り入れていくという。
「ローカル・バーティカル」事業
2つ目の「ローカル・バーティカル」事業とは、企業向けの加盟店システム型の事業のこと。例えばレストランガイドサービスでは、利用シーンやターゲットユーザーが違う複数のサービスを持つことで、訴求する内容ごとにメニューが選べることになる。
加盟店側からみると、お店案内という導入からPayPay決済や再来店を促すクーポン配布といった施策まで、連続した仕組みを持っているため、オンラインとオフラインをつなぐO2Oマーケティングのツールとしても活用できる。

また、LINEの傘下にはデリバリーサービス大手の出前館があるが、ZHD全体で出前館のインフラを活用したサービスを検討していくという。
フィンテック事業
3つ目の「フィンテック」事業は、PayPayとLINE Payを中心とした金融サービスのこと。ヤフー、LINEともに積極的に進出を図ってきた分野で、重複が多い領域でもある。こちらは、既存のパートナーが存在するものもあり、重複するサービスを残すケースもあるという。
例えば銀行事業では、ヤフーが三井住友銀行との合弁で展開してきたジャパンネット銀行(2021年4月5日にPayPay銀行に改称予定)と、LINEがみずほ銀行とともに設立準備中のLINE Bank準備会社が並立している。
一方で、統一する方針が明確にされたのがQRコード・バーコード決済の分野だ。2022年4月を目処にPayPayに一本化する方針が示された。その前段階として今年2021年4月にはPayPayの中小加盟店向けコード決済をLINE Payでも利用可能とするサービス連携が実施される。

ただし、統合する方針が決まっているのはLINE Payの「QRコード・バーコード決済」事業のみで、LINE Payが持つ非接触決済(Google Pay/Apple Pay)やクレジットカード(Visa LINE Payカード)をどのような形で統合していくかは現時点では未定だ。また、LINEブランドが浸透している台湾、タイ、インドネシアでの海外展開は引き続きLINE Payブランドを用いていくという。
「社会」事業
4つ目の「社会」事業は、行政向けシステムや防災、ヘルスケアといった公益性の高い分野のソリューションを含む。2019年末以来の新型コロナウイルス感染症の流行をうけて、LINE、ヤフーともに積極的に展開してきた事業分野だ。
例えばLINEでは新型コロナウイルスのワクチン接種の予約をLINEアプリ上で行える自治体向けのソリューションを展開している。自治体向けでは行政手続きをLINEを通じて支援する仕組みも展開予定で、具体的にはマイナポータルと連携して自治体での転出、転居届の提出や印鑑登録、児童手当の申請など行政手続きをLINE上で案内、手配できるような仕組みを用意するとしている。

防災分野では、ヤフーがこれまで啓発サイトやAR技術による津波ハザードマップの可視化といった仕組みを展開してきた。今後は一歩踏み込んで、ユーザーごとに必要な情報を通知する仕組みの導入を検討しているという。たとえば津波災害時に「今いる地点に津波が○分後にきます」という通知をYahoo!JAPAN/LINEアプリ上で表示する仕組みだ。災害からの復旧・復興時には避難所ごとに必要な支援物資が届くように希望物資と支援をマッチングする仕組みを準備している。

ヘルスケア分野では、LINEを用いた医療相談サービス「LINEドクター」をすでに展開している。このサービスを拡張し、オンライン上での服薬指導から処方薬の配送までの仕組みを整え、遠隔診療プラットフォームへと拡張する方針だ。2021年度中の展開を目指している。

AI投資5年で5000億円を計画
ヤフーとLINEはサービスを拡張していく上で、共通の基盤として、いわゆるAI技術の活用を重要視している。両社のすべてのサービスでAIを実装し、ユーザーから許諾を得て収集したデータを活用して、より使いやすいサービスの構築を目指すという。
そのために新生ZHDでは今後5年で5000億円をAI投資に費やす方針を発表。AIエンジニアとして5年間で5000人を確保する計画としている。新規で採用する人材にはLINE・ヤフーの事業分野を横断して関われる仕組みとすることで「LINEでもヤフーでも仕事ができるというのが魅力になる」(川邊氏)と訴求する。

一方で、ヤフーとLINEのグループ合計で2万3000人という既存の従業員については、コロナ禍でテレワーク体制を敷いていることもあり、徐々に組織体制を融合させていく方針としている。
海外展開の青写真はほぼ示さず
3月1日の統合会見では、直近数年の事業戦略が紹介されたものの、統合の目的としていた「GAFAに対抗」できるようなサービスの具体的な構想は示されていない。特に海外展開については「LINEブランドでアジア市場での拡大を目指す」という従来の方針を再確認するにとどまっている。

この方針は、統合前から明確にされていたものだ。そもそも「Yahoo!」ブランドは日本国内での利用に限定して米国のヤフー社(現ベライゾン・メディア社)からライセンス提供を受けているため、海外進出の際には使用できない。そのため、すでにアジア地域の一部で展開に成功しているLINEブランドで拡大を狙うという方針が示されていた。
海外展開については出澤氏が「海外での成功事例を日本に逆輸入したり、日本から輸出したりするスピードをこれまで以上に速くする」とのみ言及。具体的な内容については多くは語られていない。
ただし新生ZHDにはソフトバンクとNAVERという、日韓のIT大手が親会社として支援する体制が整っている。SoftBank Vision Fundが出資するスタートアップ企業群や、NAVERのアプリ開発ノウハウは、海外進出する際にも利用できる経営資源となるだろう。


ヤフーとLINEの統合は、短期的には相互に補完しあう関係にあるサービス群を、いかに整理・統合していくことに注力することになるだろう。数字的な目標こそ、2023年度に売上収益2兆円という野心的な内容だが、数千億円の上乗せは進出していない分野への拡大で見込める内容だとしている。
川邊氏は「(これまでと同じように、)LINEやヤフーのお客さんにとって便利な新しいサービスを出し続けていく。結果的にこれまでに無いサービスを送り出して、ふり返ると世界初のサービスが出せたね、というようになると思う」と予想する。
「スーパーアプリ化」という目標を巡っては、LINE、Yahoo!JAPAN、PayPayという3つのブランドを基軸に200超の各種サービスを組み合わせていくことになる。川邊氏は「かつてはYahoo!JAPANアプリしかなかったので、すべてを組み込むという無理があった。この連携を3つの異なるタイプのスーパーアプリ候補があれば、無理なくやっていくことができる」と話し、「そもそも3つのアプリでスーパーアプリ化へチャレンジができるのは世界でもZホールディングスだけだろう」とGAFA対抗への自信を示す。
一方で、出澤氏は「この統合自体もそうだが、チャレンジし続けている姿勢が重要。その姿勢がサービスににじみ出てくるのではないか。生みの苦しみは、これからだ」とも言及。「中長期的にはTikTokやClubhouseといったアプリのように、当初からグローバル志向のサービスを日本発として展開できるのではないか」という期待をにじませた。
(編集部注:3月8日15時30分)初出時にヤフー・LINEの従業員数はグループ合計で2万6000人と書いていました。正しくは2万3000人です。お詫びして訂正します。