
- 中古住宅と個人エージェントに光が当たる時代に
- クラウド型の次世代不動産エージェントモデルで事業拡大
- “不動産版のビズリーチ”でユーザーとエージェントをマッチング
- 2024年には500人以上の個人が活躍するエージェントファームへ
「これから不動産売買の領域においてもエージェントがますます大事になると考えているので、個人をエンパワメントすることで市場を活性化したい。良いエージェントを増やす仕組みと良いエージェントと出会える仕組みを通じて、カスタマーが最適な仲介サービスを受けられるようにしていきます」
そう話すのは不動産売買領域のDXに取り組むスタートアップ・TERASS(テラス)で代表取締役を務める江口亮介氏だ。2019年創業の同社では「個人の不動産エージェント」に光を当てることで、中古不動産の売買のあり方を変革しようとしている。
現在は良いエージェントを増やすためのエージェントファーム事業「TERASS Agent」と、良いエージェントと出会えるマッチングプラットフォーム「Agently」を展開。前者の月間取扱高は約10億円規模に成長しており、後者についても利用者が2000人を超えるなど徐々に拡大しつつある状況だ。
TERASSでは両事業をさらに加速させていくべく、3月9日にグロービス・キャピタル・パートナーズ、三菱UFJキャピタル、インキュベイトファンド(既存投資家)の3社より2.2億円の資金調達を実施した。
集めた資金を用いて組織体制を強化するとともに、TERASS Agentに所属する個人のエージェントを獲得していく計画。2024年には500人を超えるエージェントが活躍する不動産エージェントファームを目指す。
中古住宅と個人エージェントに光が当たる時代に

「中古住宅」と「個人」──。江口氏は今後の不動産領域においてこの2つの時代が到来すると見解を語る。
中古住宅に関しては2016年に初めて首都圏で新築住宅と中古住宅の割合が逆転した。中古住宅の取引が盛んなアメリカでは以前から中古住宅の割合が80%ほどを占めていたが、日本では首都圏でも50%ほど。国内全体では30%ほどに留まっており、今後その割合が増えていくことが期待されている。
新築物件とは異なり、中古物件の場合は売りたい人と買いたい人がそれぞれ仲介会社やエージェントに依頼し、レインズ(業者間のネットワーク)などを介しながら物件の売買を進めていく。考慮すべき要素が多いこともありエージェントの力量が大きなカギを握るため、「中古の時代になるほど良いエージェントの存在が重要になる」(江口氏)わけだ。
近年はスマホやパソコンを使って場所や時間に囚われず仕事ができるような環境が広がり、フリーランスやYouTuberを代表するようにさまざまな分野で個人が活躍するようになった。不動産エージェントもそうあるべきだというのが江口氏の考えだが、そのための基盤が整っているとは言えない。
そのような背景からTERASSでは個人のエージェントを後押しするような事業を立ち上げた。
クラウド型の次世代不動産エージェントモデルで事業拡大
同社が展開するTERASS Agentは、簡単に言えばフリーランス型・クラウド型の次世代不動産エージェントファームだ。

所属する個人エージェントはフリーランスとしてTERASSに関わり、好きな場所から好きな時間に業務を行う。報酬体系も固定給ではなく、制約した際に手数料売上の75%が還元されるレベニューシェアモデル(25%がTERASSの収益源となる)。ノルマもなく、もちろん副業もOKだ。
特徴的なのが、エージェントたちが業務を進めるにあたって必要となる各要素をTERASSがまるっとサポートしている点。見込み客の集客、追客、広告作成、契約書を含む書類の作成など「エージェントにとって面倒な作業」はTERASSがITを活用しながら自動化・サポートする。

「不動産売買の実務においては面倒な作業がたくさんあります。それを私たちがデジタルを活用しながら効率化した形で巻き取る。エージェントはヒアリングやコンサルティング、物件の調査など人として付加価値が発揮できることだけに集中できるんです」
「またエージェント全員がデジタルツールの活用に慣れているわけではありません。そのようなメンバーに対するメンタリングやオンボーディングにも力を入れていて、『テック武装したエージェント』を生み出すような取り組みもしています」(江口氏)
実際に各エージェントは家を買いたいユーザーと仲介エージェントをマッチングするAgentlyをうまく使いこなしながら、個人で見込み客の集客をしている。
“不動産版のビズリーチ”でユーザーとエージェントをマッチング
Agentlyは江口氏いわく「不動産版のビズリーチだ」。ユーザーが希望の条件を入力すると複数のエージェントから住まいの提案が届く仕組みで、匿名のチャットを通じてコミュニケーションを交わしていく。

ユーザーの視点では不要な営業電話やメールに悩まされることがないほか、各エージェントのプロフィールや経歴、契約の実績を見ながら好みのエージェントを選べる点が大きな特徴。たとえば特定の学校区に限定して家を探したい場合、そのエリアで過去に実績があるエージェントを選ぶといったことも可能だ。
ほかにも信用情報を基に、ウェブ上で住宅ローンの借入可能額(目安)を事前に算出できる仕組みなどを実装。これらの機能も含めてユーザーは無料で利用できる。

一方のエージェントにとっては個人で活動する場合“見込み客の集客”が悩みのタネになりやすかった。その点Agentlyであれば実力さえあれば個人でも集客できるチャンスがある。
「特に中古の売買においては)エージェントが非常に重要な役割を担うにも関わらず、いまだに良いエージェントを探す手法が確立されていません。SUUMOのような情報サイトで問い合わせをしても、どの担当者になるかは運で決まるような構造はおかしい。またエージェントの目線では個人で集客できる仕組みがあった方が良いと考え、これらの背景からAgentlyを開発しました」(江口氏)
2024年には500人以上の個人が活躍するエージェントファームへ
江口氏は2012年にリクルート(現リクルート住まいカンパニー)に入社し、SUUMOの広告企画営業や商品戦略策定などを担当。その後マッキンゼーアンドカンパニーを経て2019年にTERASSを立ち上げた。
不動産領域に絞ったのは自身の過去の体験が大きい。これまでに3回の不動産購入、2回のフルリノベーション、2回の不動産売却を経験する中で、実際にエージェントのコンサルティングを受けて物件の購入・リノベーションをしたところ「めちゃくちゃ得をした」。
「その話を聞いてなければ同じ結果にはならなかったと思うので(エージェントの)介在価値をものすごく感じました。不動産の売買は頻度が少なく、高い買い物のため人によるレコメンデーションはある程度残り続けるだろうと。一方でそこにまつわるエージェントの非効率な作業は極力減らし、少しでも多くの時間を顧客に価値を還元するために使えるようになればと考えて、この領域で事業を立ち上げることを決めました」(江口氏)

Agentlyはまだまだこれからのサービスではあるが、2020年6月のリリースから着実にユーザーを増やし利用者は2000人を突破。提案件数は4200件を超え、メッセージ総数も2万3000件に達するなどサービス上でのやりとりも活発になってきている。
Agentlyの基盤が整ってきたのと並行してTERASS Agent事業も拡大中だ。現在は36人のエージェントが所属しており、月間の取扱高は10億円規模に成長している。エージェントの約4割は副業のメンバー。コンサルタントや弁護士のほか、YouTuberエージェントや“筋肉だけでなく住宅のサポートも行う”パーソナルトレーナー兼エージェントなど、多様なエージェントが集まっているのも特徴だ。
エージェントに支払う還元率は業界でもかなり高い部類に入る(TERASSの場合は手数料売上の75%、業界では高くても50%で30%前後が多いそう)。バックアップの体制や働き方の柔軟性に加え、還元率の高さが1つのきっかけとなって優秀なエージェントが集まる仕組みができ始めているという。
江口氏が1つのベンチマークにしているのが米国のeXp Realtyだ。同社はバーチャルオフィスを活用することで、4万人のエージェントを抱えながらも余計な費用を抑え、急成長を遂げた。
今後は調達した資金を活用しながら開発体制を強化するとともにエージェントの採用も進める計画。開発面ではTERASS Agentにおいてより広範囲の業務の自動化を目指していくほか、エージェントのレーティング機能の実装などAgentlyでも機能拡張にも取り組む。

ゆくゆくはリノベーションや住宅金融、住宅保険など周辺領域への事業展開も見据えるが、まずは個人で活躍できるエージェントがたくさん生まれる環境を整えるべく、既存事業を拡大させることが当面の目標だ。
「エージェントに対して良い環境や良いサービスを提供することで優秀なエージェントが集まれば、カスタマーに良いサービスを届けていくことにも繋がります。その結果として成功するエージェントが増えれば、さらに規模が広がりサービスのラインナップも増やしていけるはず。この循環を回しながら、個人のエージェントをサポートすることを通じて、中古の不動産が買いやすくなる世界を目指します」(江口氏)