Oishii Farm代表取締役の古賀大貴氏
Oishii Farm代表取締役の古賀大貴氏
  • 植物工場が陥っていた「儲かりにくい」構造
  • なぜ、一番最初に「いちご」だったのか
  • 世界最⼤のいちごの植物⼯場を建設、⾼級スーパーへも展開

さまざまなトレンドが生み出されていく街、米ニューヨーク。“世界の中心”とも言われる地で、新しい農業の形に挑戦する日本人起業家がいる。

古賀大貴氏。ニューヨーク近郊に独自の⾃動気象管理システム(気温・湿度・⼆酸化炭素・⾵・⽇⻑・光の波⻑・培地・灌⽔(かんすい)などの完全制御)を取り入れた“植物工場”を展開するスタートアップ「Oishii Farm(オイシイ ファーム)」を立ち上げた人物だ。

現在、Oishii Farmが主力商品としているのは“いちご”。これまで植物⼯場での栽培に関しては、レタス以外の受粉が必要な作物は難しいとされてきた。実際、植物工場を展開する多くのスタートアップが栽培する作物のほとんどはレタスなどの葉物類だ。

しかし、同社は⽇本の農業技術をベースに開発された独⾃の栽培⽅法と受粉技術によって、世界で初めて⾼品質ないちごの安定量産化に成功した。

「受粉に必要な蜂は繊細な生き物なので、自然環境下でないと受粉してくれなかったり、ストレスで死んでしまったりする。そのため植物工場を展開する企業の間には『植物工場の環境下でハチを飛ばすのは無理』という一般常識がありました。この“受粉をする”という行為のハードルが非常に高かったわけです」(古賀氏)

具体的な手法は“企業秘密”とのことだが、Oishii Farmは独自開発した技術によって、蜂が自然な中にいると思えるような環境を植物工場内に再現。それによって、高品質ないちごを安定して生産できる仕組みが出来上がっているという。

現在、Oishii Farmが提供する最⾼品質のいちごを詰め合わせた「Omakase Berry(オマカセ ベリー)」は8個で50ドル(約5440円)という価格ながら、ミシュランの星付きレストランから注文が殺到するなど、ニューヨークのトップシェフたちを唸らせている。

最⾼品質のいちごを詰め合わせた「Omakase Berry(オマカセ ベリー)」 画像提供:Oishii Farm
最⾼品質のいちごを詰め合わせた「Omakase Berry(オマカセ ベリー)」 画像提供:Oishii Farm

研究開発をスタートさせてから、約3年弱──これまでほとんどメディアには出ず、ステルスモードで事業を展開してきたOishii Farmだが、古賀氏は「ようやく量産化の技術が確立できた」と言い、さらなる事業の拡大に向けて一気にアクセルを踏み始めた。

3月12日、Oishii Farmは未来創生2号ファンドを運営するスパークス・グループ、既存投資家のSony Innovation Fund、PKSHA Technology、Social Starts、個⼈投資家の川⽥尚吾⽒、福武英明⽒を引受先として総額約55億円の資金調達を実施したことを明かした。同社によれば、2021年4⽉末を⽬処に総額約65億円の調達を完了する予定だという。

今回調達した資金をもとに、世界最⼤のいちごの植物⼯場の建設を完了すると同時に、ニューヨーク以外の都市・国への展開も順次開始する予定。また、⾃動化とCO2排出ゼロを⽬指した次世代⼯場「Farm of the Future」の開発に向けた取り組みを進めていく。

「ニューヨークには縁もゆかりもありません。農業従事者としてのキャリアがあるわけでもありません」と語る古賀氏。そんな彼がなぜ、日本から遠くはなれた地で植物工場を立ち上げることにしたのか。また、多くの植物工場のスタートアップが葉物類の栽培に取り組む中、なぜ最初にいちごの栽培から始めることにしたのか。その背景にある考えについて話を聞いた。

植物工場が陥っていた「儲かりにくい」構造

植物工場とは光源にLED(発光ダイオード)、土の代わりに培養液を採用し、温度や湿度、空調などのすべてが管理された環境のなかで農産物を育てる栽培手法だ。

「電気さえあれば新鮮な野菜が栽培できる」という点に注目が集まり、植物工場を展開するスタートアップが年々増加。代表的な企業としては、ソフトバンク・ビジョン・ファンドなどから累計5億ドル(約540億円)を調達した米国のスタートアップ「Plenty(プレンティ)」がよく知られている。

ここ数年で注目が集まっている植物工場だが、古賀氏は「“第1次植物工場ブーム”は日本で起こったんです」と言い、2000年代頃から存在自体は知っていたという。

「パナソニックや東芝などの大企業が『既存技術を使って、何か新しいことできないか』という考えのもと、2000年代に植物工場を開発しました。今でもぼんやり覚えているのですが、当時は『すごいものができたぞ』と盛り上がりました。しかし、すぐに『儲からないね』ということになり、衰退していってしまったんです」(古賀氏)

その後、古賀氏が植物工場に触れるのは2015年頃。新卒で入社したコンサルティングファームを退職し、カリフォルニア大学バークレー(UCバークレー)校にMBA(経営学修士)留学していたときのことだ。

当時、気候変動の影響もあり、カリフォルニアで大干ばつが発生。その結果、深刻な水不足に陥り、生鮮野菜の生産が集中しているカリフォルニアでの農作物の栽培が困難な状況になってしまった。また、2016年のアメリカ合衆国大統領選挙でドナルド・トランプ氏が当選。トランプ政権の発足に伴い、アメリカの農業の大部分を担っていた不法就労のメキシコ人が追い出されたことで、農業労働者の人件費が高騰していった。

「そうした出来事が立て続けに発生したことで、アメリカの人たちは『植物工場の未来がくるのではないか』と考えたんです。それでアメリカを中心に“第2次植物工場ブーム”が起き、数百億円のお金が一気に投資されるようになりました。その頃、過去に日本で植物工場のコンサルティングをやっていた経験があり、アメリカのVCから『植物工場に投資したいけど、全然よくわからないから、デューデリジェンスをやってくれないか』と言われたんです。それで色々な植物工場スタートアップのシード期、シリーズA期を見ていたのですが、日本と全く同じ方向に進んでいるなと強く危機感を感じました」

「結局、植物工場でレタスしか栽培できないんです。味の差が分かりにくいレタスに従来の3倍、4倍のお金を払う人はいないと思います。栽培にかかるコストも従来の栽培方法よりも高いので儲からない。ほとんどのスタートアップは『いつかは儲かります』と言うのですが、その可能性が全然見えてきませんでした」(古賀氏)

1次ブーム、2次ブームともに「儲かりにくい」構造となってしまっていた植物工場。10年以上にわたって課題は解決されずにいたが、一方で古賀氏はこの一連の動きを見る中で植物工場に大きな可能性を感じていた。

「いつになるか分からないけど、ほとんどの農作物は植物工場で栽培される時代になる。産業としては数十兆円、数百兆円の規模になると思いました」(古賀氏)

そんな思いのもと、植物工場の業界でナンバーワンになる会社とは一体どういったものか。留学中に考え続けた結果、たどり着いた答えが「ニューヨークに植物工場を建設し、そこでいちごを栽培する」というものだった。

なぜ、一番最初に「いちご」だったのか

なぜ、一番最初に手がけるのが“いちご”だったのか──その理由を古賀氏は「収益性」「技術ハードル」「ブランディング」という3つにわけて説明する。

「レタスと違って、いちごは味にすごく差が出ます。日本の人は当たり前のように美味しいいちごを食べていると思いますが、あの水準のいちごは世界中探してみても、どこにもありません。だからこそ、美味しくないいちごが当たり前のマーケットに日本品質のいちごを投下すれば、プレミアム価格にできると思いました。そうしてオンリーワンのプロダクトにすることができれば、そのプロダクトに富裕層はいくらでもお金を払います」

「拠点をニューヨークにしたのも、それが理由です。アメリカのいちごは9割がカリフォルニアで生産されていて、それらがニューヨークに届くには1週間くらいかかる。全然新鮮ではなくなっているわけです。産地から遠く、なおかつ富裕層の割合が多く、食に対して貪欲な人がいる。マーケットとしてはニューヨークが最適だったんです」(古賀氏)

植物工場を展開する多くのスタートアップが何度も多額の資金調達を実施しているのは「利益が出る構造になっていないから」と古賀氏は説明する。利益が出ないと銀行から借入を受ける事が出来ず、工場を建設する度に株式での資金調達をする、といったループから抜け出せなくなってしまっているという。

「また、レタスは比較的簡単に生産できてしまうので、参入する企業が増えれば一瞬で価格競争に陥ってしまいます。だからこそ、栽培の技術が難しく、他の企業がそう簡単に参入できないであろう、いちごを選びました」(古賀氏)

植物工場で栽培されているいちご 画像提供:Oishii Farm
植物工場で栽培されているいちご 画像提供:Oishii Farm

ブランディングについて、古賀氏はテスラを例に、こう説明する。

「テスラが展開している電気自動車のロードスターは当初、年間に500〜1000台しか生産できなかったのですが、ポルシェよりも加速力が良いとのことで『とんでもない製品が出てきたぞ』となり、電気自動車=テスラのイメージになったんです。いまではどの自動車メーカーでも電気自動車はつくれるのですが、業界ナンバー2、ナンバー3の企業がどこか聞かれても名前が出てこないと思います。これと同じことが植物工場でも起きる」

「多分10年、20年経ったら、どこの植物工場でもいろんな農作物が栽培できると思うんです。そうなったときに、いかにブランドがつくれているかが重要で。レタスだとブランドはつくれませんが、いちごは日本に『とちおとめ』や『あまおう』といったブランドがあるように、ブランドをつくりやすいと思いました」(古賀氏)

その結果、一番最初にいちごの開発に取り組むことになった。また、古賀氏は起業する前の出来事として、こんなエピソードも披露してくれた。

「Oishii Farmを立ち上げる前に、日本からイチゴを空輸し、ニューヨーク中のレストランに『もしこの品質のイチゴを通年で食べれるとしら、いくらお金を出しますか?』と営業したんです。そこでかなり引きがあることが分かり、これはかなりの需要が見込めるなと思い、本格的に研究開発を進めていくことにしました」(古賀氏)

「開発できるかどうかは分からなかった」と古賀氏は当時を振り返るが、そのタイミングで資金調達を実施し、植物工場の立ち上げ、いちごの生産に関する研究開発を実施。もちろん、最初から大規模な植物工場はつくれない。「まずはコンテナを改良することから始まった」と古賀氏は言い、その中で研究開発を進めていった。

「どうしたら受粉できるのか、どうしたら甘くなるのか。そういった細かいプロセスをひとつずつ研究していき、2018年からOmakase Berryの販売を始めました」(古賀氏)

古賀氏によれば、Oishii Farmは独自の⾃動気象管理システムを開発し、通常の農業試験場における数百年分の実験を1年で実験することを可能にしたことで、他の企業は実現できなかったいちごの安定量産化に成功したという。

世界最⼤のいちごの植物⼯場を建設、⾼級スーパーへも展開

研究開発を始めてから、約3年弱。古賀氏は「ようやく量産化の目処が見えてきた」と言い、今回調達した資金をもとに世界展開などを進めていく。

「量産できる体制もでき上がってきたので、ここから一気に世界中に植物工場を建てていきます。そのために資金調達を実施しました。また、いちごをより美味しく、より収穫量を増やすための研究開発も進めていきますし、⼯業化、⾃動化の技術を融合することで⾃動化も促進していきます。いちご以外の農作物も展開していく予定です」(古賀氏)

現在、Oishii Farmはニューヨーク近郊に現在の10倍の規模にあたる、東京ドーム1個分のいちごの植物⼯場を今後建設する予定だ。そこを起点に同社はいちごの収穫量を増やし、Omakase Berryをマンハッタン中の⾼級スーパーへ順次展開していくという。

「ブランド力を高めたり、認知度や信用度を高めたりする意味で高級レストランに使ってもらうのは重要でした。ただ、いちごは家庭での消費が圧倒的に多い。レストランでの導入だけではあまり収益にはつながらないので、今後は家庭に届けやすく、⾼級スーパーへの展開に注力していきます」(古賀氏)

実際、古賀氏によれば、アメリカの大手スーパーと話をしていると「可能であれば全部うちで買わせてくれ」という声が相次いでいるそうだ。

「20世紀は『日本と言えば自動車などの製造業』というイメージだったと思うのですが、21世紀は『日本といえば農業』という時代にしたい。日本の農業技術、農産物のクオリティは世界でもトップクラスです。これまで農業は土地ごとの気候にあった手法で農作物を育てていたため、地域で分断されてしまっていました。ただ、植物工場であれば世界中のどこでも日本と同じ気候が再現できる。電源さえあれば、どこでも日本産の農作物が生産できるようになれば、日本の農業市場が広がっていく。僕はそこに大きな可能性を感じています。だからこそ、社名はOishii Farmなんです」(古賀氏)