『天穂のサクナヒメ』より
『天穂のサクナヒメ』より
  • 累計出荷本数85万本、インディーゲームとして異例の大ヒット
  • 世界観とゲームシステムに見るコンセプトの“特異性”
  • 美味い米を作るために──農水省のサイトで稲作を学ぶゲーマーたち
  • 5年半の開発期間が生んだ、プレイした人全員を虜にする作り込み
  • 田畑は実寸、気候は長野県を再現、知れば知るほど好きになる要素も
  • 映画業界で言うならば『カメラを止めるな!』のような作品

累計出荷本数85万本、インディーゲームとして異例の大ヒット

天穂(てんすい)のサクナヒメ』(販売:マーベラス、企画・開発:えーでるわいす)というゲームをご存じだろうか。2020年11月にニンテンドースイッチ版とPlayStation 4版、そしてSteam(PC)版(Steam版はXseed Gamesより販売)という3つのプラットフォームで発売され、世界累計出荷本数が85万本(パッケージ版の出荷確定本数、ダウンロード版、Steam版の販売数を含む)を突破したというメーカー発表があった。

単なる本数だけで言うなら、任天堂から発売されるソフトはニンテンドースイッチ版のみ、日本国内市場向けのパッケージ版のみというソフトでも100万本を超えるものはいくつもある。しかし天穂のサクナヒメの驚くべき点は、開発元が同人(インディー)メーカーというところにある。

世界合計で10万本売れたら大ヒットと言われるインディーゲームの世界において、ここまでのセールスを記録したのは異例中の異例。しかも、発売から3カ月が経過した今もなお、パッケージ版ソフト売上トップ30(ファミ通.com 2021年2月22日~2月28日集計より)にニンテンドースイッチ版がランクインするほど、息の長いソフトとなった。

これほどのロングセラーになった背景には、コンセプトの特異性、SNSを介した「口コミ」評価、そしてプレイした人の満足度という3点が貢献していたことは間違いない。本稿では、この3点に注目してヒットの理由を説明していきたい。

世界観とゲームシステムに見るコンセプトの“特異性”

天穂のサクナヒメの特異性は、世界観とゲームシステムの両方に存在する。世界観は室町時代をベースに、日本神話に登場するような神々と人間が交流している、ゲームどころかアニメやマンガでもあまり採用されなかった組み合わせの世界観が選ばれているのだ。

次にゲームシステムだが、大きく分けて2つのパートが存在する。1つは、サイドビュー(横から見た視点)のアクションゲームで、もう1つは稲作のシミュレーションゲーム。この「稲作」要素こそが、本ゲームを唯一無二の存在に押し上げた存在であることを否定する者はいないだろう。

美味い米を作るために──農水省のサイトで稲作を学ぶゲーマーたち

このゲームを買った客層のうち、もともと稲作に関する知識を持っていた人は少ないはず。そんな人を水田に連れていき、電気も機械もない室町時代の道具で「田起こしをして」とゲーム内の案内役からリクエストされる。

プレイヤーにとってわからないことをやることになる場面でも、ゲーム内の登場人物が「次はこれ。この道具を使って、こうするといい」と案内をしてもらえれば、見よう見まねでどうにか作業自体はこなせる。プレイヤーはチュートリアルに従いながら作業を続けていき、ようやく収穫、精米を終えて、食卓に並ぶご飯。

「いただきます!」

自分で田植えして、育てて、収穫した米。多かれ少なかれ、そこに達成感を感じない人はいない。画面の中では可愛い神様、サクナヒメが美味しそうに白米を掻き込んでいる。画面下には「満腹+6」などのパラメータ変化。このゲームでは育てた米や、倒した動物の肉、採取してきた植物などを使って作る料理を食べることが、キャラクターの強化に直結していたことに気付かされる。

お米の収穫成果によってパラメーターが上昇し、それまで何度挑戦しても勝てなかった鬼を倒せるようになるという”仕掛け”に気づいたゲーマーの多くは「よし、もっと美味い米を作ろう」と気持ちへ、自然と誘導される。

こうして、プレイヤーたちは米作りをポジティブに受け止めるようになっていく。実に計算され尽くされた作りだ。

しかもこのゲーム、ソフト発売直後で攻略サイトが存在しないとき、SNSである情報が広まった。「農林水産省のWebサイトに載っている、米の栽培方法が役に立つ」。「JAのサイトにも役立つ情報が!」それらの投稿は実際にゲームをプレイしている人々の役に立ったことはもちろんのこと、天穂のサクナヒメというゲームソフトの存在を知らなかった人の目にも止まり、絶大なる宣伝効果を生んだ。

この評判が後に農水省にも伝わり、ご飯担当から『天穂のサクナヒメ』開発者へオファー。インタビュー記事が、農林水産省のFacebookページへ掲載されることになった。

プレイヤーも、関係者も、みんなが笑顔になったゲーム。それが天穂のサクナヒメだったのだ。

5年半の開発期間が生んだ、プレイした人全員を虜にする作り込み

稲作のゲームは、最初のうちは物珍しく楽しんでプレイしていても、反射神経を要求されるわけでもないので、どんどん「やらされている」作業感が募りがちだ。しかし、このゲームはそんなプレイヤーの気持ちを理解しているかのようだった。

何度か作業をしているうちにゲーム内で稲作をしているサクナヒメが「この作業に慣れた」とばかりに農技を覚えるため、一度のクワの振り下ろしで田起こしできる面積が広くなったり、田植えできる苗の数が増えていくなど、農作業を行う労力がどんどん減っていく。これに加えて、仲間が作ってくれた農機を利用することもできるので、当初は肉体労働でしかなかった稲作が、どんどん「米のクオリティを上げるための工夫」に時間を割けるようになっていく。

稲作の作業を何度もこなしていくと、どんどん作業の手間は減っていく
稲作の作業を何度もこなしていくと、どんどん作業の手間は減っていく

そして、いいお米を収穫すればサクナヒメが強くなり、倒せなかった敵を倒すことで行動範囲が広がる。新たな移動先では、また新しい採取物が見つかり……というワクワク感がある。

こうして稲作シミュレーションゲームとして「これでもか」というほどに親切かつ飽きさせない作りになっているにも関わらず、アクションゲーム部分の完成度も相当なものだ。

アクションゲーム部分は、いわゆる『スーパーマリオブラザーズ』に代表されるサイドビューのジャンプアクションなのだが、最大の違いは「手触り」。秒間60コマという、アニメーション映画を大きく上回る滑らかさで描かれるキャラクターの滑らかさは生命の息吹を感じさせ、プレイヤーの熟練度がそのまま「美しいプレイ」として画面へ反映される。

自分が上達するほど、気持ちよく戦えるようになる
自分が上達するほど、気持ちよく戦えるようになる

一般的に、ゲームの細かな調整をするのは開発の終盤フェーズに行われることが多いため、納期が迫ってくると調整を行わず、そのまま発売されてしまうものも少なくない。しかし、このゲームの手触りは明らかに世界最高クラスの手触りを実現しており、プレイしていて「心地良い」と感じさせてくれるのだ。

それもそのはず、このゲームの企画から完成まで、実に5年半もの時間がかけられているという。5年半前といえば、任天堂で言えば3DS全盛期。Wii Uは『スプラトゥーン』の発売で盛り返していた……そんな時期から、このゲームは細々と。だが着実に、たった2人の職人を中心として練り上げられていった。

2015年の冬コミでは制作中だった『天穂のサクナ(仮)』。2016年の夏コミでは『サクナ(仮)C90 稲作体験版』。2016年の冬コミでは『サクナ(仮)C91 真・稲作体験版』を頒布。こういう地道な活動も、ファンを増やすことに一役買っていたはずだ。

2016年の夏コミで頒布された『サクナ(仮)C90 稲作体験版』
2016年の夏コミで頒布された『サクナ(仮)C90 稲作体験版』

田畑は実寸、気候は長野県を再現、知れば知るほど好きになる要素も

このゲームには、プレイしている時には気にも止めていなかった要素が、実はちゃんとした根拠や意図があって設定されていたものだ、ということ気付かされることがある。

自宅前にある田んぼのサイズは一畝(いっせ)という、田畑専用の最小単位がこのサイズなのだという。「ゲーム内で農作業をして、ユーザーに負担にならないサイズ」ということから、このサイズになったそうだ。

自宅近くで聞こえる虫や鳥の鳴き声は季節や時間に応じて変わるほか、太陽の傾きもきちんと計算されている。夏は6時~18時まで明るいが、冬場は8時~16時しか明るくない。気温も長野県をモデルにしているそうだ。気温も、気象庁のサイトが参考になるという。

これらの要素を知らなくても、ゲームの進行には一切影響はない。けれども、知ると、このゲームがもっともっと好きになる。

SNSを通じてゲームを知り、買い、遊んだ人がみんなファンになる。結果、Amazonの商品ページではニンテンドースイッチ版が600件超、PlayStation 4版は700件近い数のレビューが投稿されており、総合評価は4.5と4.6と、非常に高い数字を記録している。

映画業界で言うならば『カメラを止めるな!』のような作品

家庭用ゲームソフトの業界は、映画業界に似ている。世に広く知られるハリウッド映画のようなゲームは「AAA(トリプルエー)タイトル」と呼ばれ、莫大な制作費をかけ、全世界で同時発売する。

一方で、自主制作映画のように低予算で撮影された映画があるように、ゲームでもインディーゲームはパッケージを作ろうとすると在庫リスクがあることに加え、流通・製造に繋がりがなかったり、作業量が莫大に増加して個人製作者の手に負える規模の話ではなくなるため、ローリスクなダウンロード版のみで販売されることがほとんどだ。

だが、天穂のサクナヒメのように、パブリッシャー(映画業界における配給会社)の目に留まり、パッケージ版ソフトとして店頭に並ぶことも稀にある。映画業界に例えるなら『カメラを止めるな!』のような存在に近いかもしれない。

カメラを止めるな!は低予算でも実現可能なアイデアが評価されたが、『天穂のサクナヒメ』は、アマチュアリズムによる「膨大な手間暇」を使って磨き上げられ、至高の一作となった。

私は、このゲームに出会えたことが幸せでならない。

©2020 Edelweiss. Licensed to and published by XSEED Games / Marvelous USA, Inc. and Marvelous, Inc.

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