
- “アナログ”な不動産管理のオペレーションをテックで解決
- 現場を経験したからこそ「かゆいところに手が届くプロダクト」を作れる
- ゆくゆくはオルタナティブ投資のプラットフォームへ
上場株式や債券といった「伝統的資産」に対し、不動産やワイン、クラシックカー、アートなどは「オルタナティブ資産(代替資産)」と呼ばれ、新たな投資対象として期待されてきた。このオルタナティブ資産への投資が近年グローバルで加速している。
従来オルタナティブ資産に関しては機関投資家や一部の富裕層など限られたプレイヤーが独占しているような状態だった。伝統的資産と比べて期中管理(業者による管理業務やそのための設備など)が必要なため、アナログな要素が多く、共通のデータ基盤なども整備されてこなかったからだ。
グローバルではこの領域にテクノロジーを融合することで、今までアナログだった市場を変えようとするプレイヤーが生まれ始めている。2014年に事業をスタートした日本のWealthParkもその1社だ。
同社が目指すのは個人投資家でもオルタナティブ資産にアクセスできる環境を作ること。言わば「オルタナティブ投資の民主化」だ。
これまでWealthParkでは特にデジタル化が遅れており、マーケット規模も現場の課題も大きい不動産領域から事業を進めてきた。現時点では「不動産管理会社向けのSaaSを展開する会社」という色が強いが、中長期的には対象を広げながら「オルタナティブ資産の管理プラットフォーム」を目指していく計画だという。
そのための資金として、3月22日にはJICベンチャー・グロース・インベストメンツより25億円の資金調達を実施したことを明らかにした。WealthParkにとって今回はシリーズCラウンドの調達にあたり、累計調達額は43億9800万円となる。
“アナログ”な不動産管理のオペレーションをテックで解決

WealthParkの主力事業であるWealthPark Businessは不動産管理会社と不動産投資家(オーナー)をつなぐサービスだ。管理会社向けにクラウド型のシステムを、オーナー向けにモバイルアプリやウェブサイトを提供し、双方間のコミュニケーションをサポートする。
これまで両者の情報共有は紙やFAX、電話などアナログな手法が主流となってきた。そのため管理会社は毎回の収支報告の度に膨大な量の紙を印刷し、書類に封入した上でオーナーに郵送しなければならない。一連の作業には工数がかかり、顧客の多い管理会社にとっては大きな負担となってきた。
オーナー側にしても、収支報告をオンライン上で実施するメリットは大きい。郵送よりもスピーディーに情報を受け取れるだけでなく、過去の記録もアプリからスムーズに見返せる。いちいち過去の書類を探す手間もない。

WealthPark Businessでは収支報告に限らず、専用のチャット機能やワークフロー機能を通じてあらゆるコミュニケーションをデジタル化する。
ワークフローを使えば入居申込みや修繕の見積もり確認、募集条件の確認などに関するやりとりをボタン1つで素早く進められるように。すべてのやりとりが一元管理され、必要な対応がひと目でわかるので業務の抜け漏れやミスの防止にも繋がる。
関連するサービスを提供する企業とのパートナーシップも積極的に進めており、DocuSignとのAPI連携を通じて資産管理の電子契約化に取り組むほか、欧州拠点のPriceHubbleとタッグを組みAIによる不動産の価値・賃料の査定機能も提供している。
「管理会社の収益源はオーナーからもらう手数料です。そのため、オーナーのエンゲージメントをいかに高められるかが重要。業務効率化のニーズに加えて、一連のやりとりやコミュニケーションがスムーズになることでオーナーの利便性も高まる点に価値を感じてもらえています」(WealthPark取締役の手塚健介氏)
WealthPark Businessは不動産管理会社から月額定額の利用料を受け取るSaaSとして展開。サービス上で管理している部屋数などにも応じて具体的な料金が変わる。
現在は約80社に導入されている状況で、大手の不動産管理会社だけでなく地方企業の利用も進む。導入企業の増加に伴い、WealthParkのアプリを使う個人投資家は1.7万人を突破。同プラットフォーム上での管理資産額も約2兆円にまで膨らんでいるという。
現場を経験したからこそ「かゆいところに手が届くプロダクト」を作れる
WealthParkは、みずほ証券を経てITベンチャーのファッションウォーカーで代表取締役を務めた川田隆太氏(代表取締役CEO)が率いるスタートアップだ。
当初よりオルタナティブ投資の機会を個人投資家にも開放することを視野に入れていたが、その中でも不動産領域からスタートしたのは「1番インターネットと親和性がなかった」から。さまざまな取引がデジタル化される中で、不動産や保険などはその波から遅れていた。
「機関投資家が投資できるものについては、個人もすべからく投資できるような仕組みを作りたかったんです。それを実現するために、まずはもっともアナログで課題が大きく、なおかつマーケットの大きいところから始めよう。そう考えて不動産領域から地道に事業に取り組んできました」(川田氏)

興味深いのは、WealthParkが“業界の当事者”としてWealthPark Businessを開発してきたことだろう。
2017年9月の同サービスのローンチに先がけ、WealthParkでは2014年7月にアジア人投資家向けの資産管理サービスを始めている。簡単に言うと、アジア人投資家を顧客として自分たち自身が管理会社となり、不動産投資管理ビジネスを提供してきたわけだ。
実際にテナントの元へ家賃を回収しに行ったり、トイレの修繕対応をしたり、営業許可を取らずに店舗を始めたテナントの対応をしたり。並行して日々のコミュニケーションや収支報告は独自で開発したシステムを用いてオンラインで完結できる仕組みを用意した。
そんな中でWealthParkが使っているシステムを「SaaSとして提供してほしい」という声が外部の事業者から届く。それがWealthPark Businessの始まりであり、このサービスは“WealthParkの社内システム”をサービス化したものとも言える。要は同社が手掛けるSaaSの最初のユーザーはWealthPark自身だったわけだ。
「他社に提供するのであればまずは自分たちでやってみようと考え、1番難しいクロスボーダーでの管理とコミュニケーションに挑戦してみたのが始まりです。海外に住む投資家に対して(日本の不動産に関する)投資報告をアプリ上で完結できるのであれば、国内の投資家・管理会社間のやりとりには当然適応できるだろうと」(川田氏)

数年にわたってノウハウを貯めながらサービスを改善し続けた結果、現在WealthPark上で資産運用をする外国籍の投資家は2000人を超えた。管理会社と同じ立場を経験したことは、“かゆいところに手が届くプロダクト”を作る上でも大きな強みになっている。
「バーティカルSaaSでは顧客のオペレーションを深いところまでわかっているかどうかで根源的な差が出ると考えています。顧客の痛みや顧客の気持ちをどこまで理解できているかが勝負。初期からそのことを意識しながらプロダクトを作ってきました」(川田氏)
ゆくゆくはオルタナティブ投資のプラットフォームへ
今後WealthParkでは不動産領域で面を広げる取り組みを強化していくとともに、中長期的にはサービス上から他のオルタナティブ資産へアクセスできるような仕組み作りも進める。
冒頭でも触れたように上場株式や為替のような流動的な資産と異なり、オルタナティブ資産は期中で物理的な管理業務が発生する。不動産であれば物件の修繕やテナントの対応が欠かせないし、ワインやウイスキーなどにおいては温度管理や湿度管理が不可欠だ。
地場で人の手がかかった業務が生じるからこそ「マニュアルなオペレーション」「アナログな管理手法」が残り、デジタル化が難しかった。

WealthParkは第一弾として、まずは不動産領域で関係者間のコミュニケーションを円滑化するとともに、管理する資産の状態をオンライン上で見える化してきた。今後はこの取り組みを他の領域にも広げていく計画だが、オルタナティブ資産の民主化においてはもう1つ、「投資金額」の面で大きな課題が残る。
たとえば魅力的な不動産や有名な画家が手掛けたアート作品に投資をしたいと思っても、数億円、数十億円規模の予算が必要となれば、結局は富裕層以外の個人投資家が投資するのは難しい。
株取引の領域では「Robinhood」などが1株未満の取引に対応することで、株取引のハードルを下げた。オルタナティブ投資にも同じような仕組みがあれば、個人にとってさらに身近なものになるはずだ。
それを実現するための事業が、10月以降の提供開始を目処に現在準備を進めている「小口化」ソリューションだ。

今までWealthParkのアプリでは現物不動産を管理し、その収支報告を受けて終わりだった。新サービスの提供開始後はそこで得られた収益を元手に、小口不動産の購入や管理が追加でできるようになるという。
すでに日本でも展開されている不動産投資クラウドファンディングのように、少額で不動産投資を始められる仕組みは存在する。WealthParkが連携するクラウドファンディングサイトの物件や、接点のある管理会社が組成した物件に対してアプリ上で少額から投資できるようになれば、オーナーの選択肢も増えるだろう。
これは不動産管理会社をエンパワーメントし、「資産運用のパートナー」へと変革する意図もあると川田氏は話す。
従来のように物件管理に終始するだけではなく、オーナーの要望に応じて新たな機会を提案する。それができれば管理会社には新たなビジネスチャンスが生まれるかもしれない。
今回調達した25億円は引き続きプロダクトを改良するためにエンジニアやビジネスサイドの採用に用いるほか、小口化事業に向けた体制整備にも使う方針。同事業については複数の免許を取得する必要があり、リーガル面やコンプライアンス面において専門人材の採用を進めるという。

ゆくゆくは不動産を始め、さまざまなオルタナティブ資産の管理・投資を1つのプラットフォーム上で実現できる世界観を作っていくのがWealthParkの目標だ。
すでに海外では累計で1億7800万ドル以上の資金を調達しているYieldStreetを筆頭に、複数のIT系スタートアップがオルタナティブ投資の市場を切り開きつつある。日本でも今後さらにオルタナティブ投資が活発になることが考えられるため、WealthParkを含めた新しいプレイヤーにも市場を変革するチャンスがありそうだ。