
- 医薬品の“廃棄リスク”を二次流通サービスで解決
- 薬局支援の拡大へ、AI在庫管理システムとの連携も視野
- M&Aを成長の起爆剤、日本でも事例が広がるか
調剤薬局向けのSaaSを通じて業界のデジタル活用を進めるカケハシが事業を拡大している。
2019年から2020年にかけて40億円を超える大型の資金調達を実施しながらサービスを改良し続け、個店からチェーン店まで導入店舗を拡大。現在は成約件数ベースで全国数百法人に利用が広がっている。
昨年には主力事業のクラウド型電子薬歴システム「Musubi(ムスビ)」を“薬局体験アシスタント”としてリニューアルするとともに、2つの新サービスを加えてラインナップを拡充してきたカケハシ。その同社が薬局の支援を加速させるべく、新たな一手を打つ。
カケハシは3月23日、セプテーニ・ホールディングスの連結子会社で、薬局向けのサービスを手がけるPharmarket(ファルマーケット)の発行済株式を取得する契約を締結したことを明かした。2021年4月を目処にPharmarketの全株式を取得し、連結子会社とする予定だという。
カケハシとしてはPharmarketをグループ会社に加えることで新たに「医薬品の二次流通事業」に取り組むとともに、医薬品の欠品や在庫リスクの軽減に繋がるサービスの開発を進めていく計画だ。
医薬品の“廃棄リスク”を二次流通サービスで解決
Pharmarketはもともとセプテーニの社内新規事業コンテストを機に生まれた、同社のグループ企業だ。代表取締役を務める髙山仁氏の家族に薬局関係者がいたこともあり、インターネットを使って業界の課題を解決することを目的として事業をスタートしている。
そのPharmarketが展開する事業の1つが、薬局における不動在庫の買取および販売をサポートする医薬品の二次流通サービスだ。

薬局を運営していれば「医薬品の廃棄リスク」が必ずつきまとう。患者の症状の変化に応じた処方内容の変更や治療の終了などにより、使用期限を迎えた医薬品は廃棄しなければならない。1カ月に廃棄される薬は1薬局当たり約2万円とも言われており、薬局経営の重荷にもなってきた。
Pharmarketではこのように廃棄となってしまう前に不動在庫品を買い取り、その薬を必要とする他の薬局に安く販売している。同社が間に入り、売主買主双方が薬局であることの身元確認や各商品の検品などを丁寧に進めることで、利用企業を地道に拡大。2021年3月時点で登録薬局軒数は7871軒にのぼる。
薬局支援の拡大へ、AI在庫管理システムとの連携も視野
一方のカケハシは2017年8月にリリースしたMusubiを通じて“薬局体験の向上”に取り組んできた。
同サービスでは処方にあわせた薬剤情報、患者の健康状態や生活習慣にあわせた指導内容・アドバイスを自動で提示する。患者と一緒にタブレット端末を見ながら服役指導ができる環境を整えることで、双方の円滑なコミュニケーションを実現。指導中に薬歴記入を並行して進められる仕様のため、業務負担の大幅な削減も見込める。

今回Pharmarketをグループに迎えるのは、Musubiを軸に薬局の支援を強化するべく、サービスを拡充することが大きな目的だ。
カケハシとしては昨年おくすり連絡帳アプリ「Pocket Musubi」や薬局業務を見える化する分析基盤「Musubi Insight」を新たにローンチしたが、今後も薬局向けのサービスを追加していく方針。Pharmarketが運営してきた医薬品の二次流通サービスもそこに加わる形になる。
カケハシ代表取締役CEOの中川貴史氏の話では、以前から同社としても医薬品の二次流通事業には関心を持っていたそう。いつかはやらないといけないと考えていた中でM&Aの話が浮上し、「シナジーが大きく、自分たちでゼロから事業を立ち上げる時間を短縮できる」という考えから今回の判断に至った。
特にシナジーを見込んでいるのが、今夏のローンチを予定している薬局向けのAI在庫管理システムだ。
中川氏によると、薬局の在庫管理や発注業務は「薬剤師一人ひとりの勘と経験に依存しているのが現状」だという。現場の細かい要望に対応できるシステムも少なく、結果的に実在庫とシステム上の在庫の間でズレが生じたり、発注漏れによる欠品や余分に買いすぎてしまったことによる廃棄が発生してしまっている。
カケハシではこの課題をテクノロジーで解決するシステムの開発に以前から取り組んできた。患者一人ひとりの飲んでいる薬の種類や過去の継続率、来訪する頻度などのデータを基に需要予測モデルを構築。自動で発注のレコメンドを行い、抜け漏れの防止や発注業務自体の軽減に繋げていきたい考えだ。
実はこのシステムを作る上で薬局にヒアリングをしていた際に「使いきれない薬をなんとかしたい」という声が届いたそう。在庫管理システムが実装されれば余分な在庫を抱えるリスクを最小限に抑えられる可能性はあるものの、それでも一定数の廃棄は発生しうる。
その際に在庫管理システムと二次流通サービスが連携していれば、在庫管理システム上からボタン1つで不動在庫を出品したり、サービス上で「Pharmarketで売買した方がお得かもしれませんよ」とレコメンドしたりすることもできるだろう。
そのようなサービス連携の可能性やサービス同士の親和性なども踏まえて、シナジーが大きいという決断に至ったそうだ。
M&Aを成長の起爆剤、日本でも事例が広がるか
事業が密接に関わっているだけでなく、カケハシが未上場のスタートアップ企業であったことも今回のM&Aではプラスに働いたと中川氏は話す。
親会社のセプテーニ自体は医療ドメインの会社ではないため子会社支援の方法を模索していたことに加え、上場企業でもあるため赤字を掘ってPharmarketだけに大きく投資をするのは難しい側面もあった。その点カケハシの場合は、将来に対する先行投資をアグレッシブに実施しやすい。
そのような背景もあり「将来も見据えた上で、医療や薬局領域で本腰を入れて事業を展開している会社と一緒にやるのが1番良い選択肢なのではないか」と、M&A自体はかなりスムーズに進んだという。
「カケハシとしてはサービスのポートフォリオを拡大させながら、薬局と患者さん双方の薬局体験をトータルで支援していきたいと考えています。今回のM&Aをさらなる成長に向けた起爆剤にしていきたいです」(中川氏)
近年はSaaS企業を中心に、上場後のIT企業が事業を広げる選択肢として他のスタートアップを買収するケースが少しずつ増えてきている。
その一方で未上場のスタートアップが他社をM&Aする事例は、日本ではかつてのメルカリや昨年クービックをグループ化したheyなどごく一部。特にスタートアップが上場企業の関連会社をグループに迎えるケースはほとんどなかった。
日本でも数十億円以上の資金調達ニュースが珍しくなくなってきたからこそ、今後は成長ストーリーの一環として未上場の段階からM&Aを検討する企業が増えていく可能性もありそうだ。