
- 技術力を定量評価する「コーディング試験」、米国のテック企業では普及
- 提出されたコードを自動採点、試験プロセスがウェブ上で完結
- 定量評価で大きなミスマッチなくす仕組み構築へ
事業成長を目指すテクノロジー企業において、“優秀なエンジニア”は欠かすことのできない重要な存在だ。
会社の技術力がプロダクトにもそのまま反映される。だからこそ上場したメガベンチャーであれ、創業間もないスタートアップであれ、ほとんどのテック企業は常に優秀なエンジニアを探している。
一方で「エンジニアの技術力を定量的に評価すること」は簡単ではない。採用する側にも候補者の技術力を見極めるスキルが求められるほか、選考プロセスにおいては複数の候補者の技術力を比較していかなければならない。
この難題へのアプローチとして、GAFAを始めとする海外のテック企業では「コーディング試験(技術試験)」が広く普及している。職務経歴書や面接だけでなく、実際に開発に関する問題を解いてもらうことで、候補者の実力を定量評価するわけだ。
2020年12月に設立されたばかりのハイヤールーが目指しているのは、GAFAなどが実践するコーディング試験を“低コストで導入できる仕組み”を作ること。試験に必要な環境をウェブサービスとして提供することで、企業のエンジニア採用を後押ししたいという。
技術力を定量評価する「コーディング試験」、米国のテック企業では普及
ハイヤールーは3人のエンジニアが共同で創業したスタートアップだ。
代表取締役の葛岡宏祐氏は独学でiOSアプリの開発を学び、個人で旅行アプリをリリース。その後スタートアップを経て、ディー・エヌ・エーやメルカリでエンジニアとして経験を積んだ。ハイヤールー自体はメルカリ在籍中に立ち上げており、同社退職後に現在のプロダクトの開発を本格的に始めたという。
取締役を務める2人の共同創業者は共にレバレジーズの出身だ。谷合啓輔氏は同社を経てRettyでエンジニアとして勤務。伊藤友一氏はレバレジーズでエンジニアQAサービス「teratail」のインフラ責任者を務めた。
当初はC向けのアプリを作っていたものの、ピボットする形でコーディング試験サービスに行き着いた。背景には創業者全員がエンジニアでありチームとプロダクトの相性が良かったことに加え、葛岡氏自身が過去にGoogleやFacebookの選考を受ける中で彼らの実践するコーディング試験を体験していたことが大きい。
「テック企業が成長する要因を分解していくと、優秀なエンジニアがいるかどうかはかなり重要な要素です。GAFAのような企業はそのために他の企業以上に時間やコストをかけて、エンジニアの技術力の定量化をしながら採用に注力している。だからこそスキルやマインドの面で優秀なエンジニアが集結し、テクノロジーに強い組織が形成されています」(葛岡氏)

もちろんコーディング試験はその取り組みの一部にすぎないが、葛岡氏は選考を進める中で「このプロセスをくぐり抜けていれば、面接が上手いだけの人では(GAFAのような企業には)入社できない」と感じたという。
現時点でも一部の日本企業はコーディング試験を導入しているものの、葛岡氏いわく「著名なテック企業では100%導入されていると言っても過言ではないくらい」の米国と比べるとまだまだ普及率は低い。
そもそもコーディング試験をやりたいと思っても、すべての企業が導入できるわけではないのが現状だ。
適切な問題を用意できなければ話にならないし、候補者の解答を正しく評価できて初めて意味がある。そのどちらにも一定の技術力と時間(工数)が必要で、それがコーディング試験を導入する際の壁にもなってきた。
そこでハイヤールーではコーディング試験に必要な要素をパッケージ化し、ウェブサービスとして提供する取り組みを進めている。全く同じとは言えなくても、米国の先端企業が実施するような試験を、さまざまな企業が低コストで取り入れられるようにしたいという。
提出されたコードを自動採点、試験プロセスがウェブ上で完結

同社が開発する「HireRoo(ハイヤールー)」ではあらかじめコーディング試験用の問題とそのヒント・回答が用意されているので、企業はその中から問題を選んで候補者に出題するだけで良い。
IDE(開発環境)がサービス内に組み込まれているため、候補者側が自身で環境を構築する手間が少ないのもポイント。HireRoo上で、つまりウェブブラウザ上で必要なプロセスが完結する。
提出されたコードはHireRooに内包されている自動採点機能によって採点される。そこから各候補者のパフォーマンスが算出されるとともに、同じ問題を解いたメンバーのランキングが自動で導き出される仕組みだ。

コーディング試験の方法は大きく2パターン存在する。1つがオンライン上でリアルタイムに実施するパターンだ。HireRooはリモート採用時に活用される前提で作られているため、面接官と候補者が共同編集できる機能も実装。イメージとしてはZoomなどのビデオ会議ツールと併用し、オンライン面接に近い形で試験を進めていく。
もう1つが「この課題を1週間以内に解いて提出してください」といったオフライン型。日本ではこちらの方が主流とのことで、HireRooの場合はどちらにも同じように対応可能だ。
特徴としては上述した通り、企業側の担当者・候補者双方の負担を抑えながら技術力の定量評価をできること。従来ネックになっていた問題の生成や解答の採点をHireRooに任せられるため企業側の手間が少ない上に、候補者もHireRooにアクセスするだけで試験に挑める。
「(HireRooで用意しているアルゴリズムの問題を)ウェブ上からいろいろな言語で解け、コンパイルや評価も自動化しているのが特徴です。海外のSaaSなどを組み合わせれば同様の仕組み自体は作れるかもしれませんが、自分たちは基本的にフルスクラッチで実装している。だからこそ今後細かい要望が出てきた際にも柔軟に対応できると考えています」(葛岡氏)

定量評価で大きなミスマッチなくす仕組み構築へ
現在ハイヤールーではクローズドベータ版を数社に試してもらいながらプロダクトの改良に取り組んでいる。今後しばらくは少しずつ導入企業を増やして検証を進め、今年の夏〜秋頃を目安に正式版をリリースする計画だ。
すでにベータ版を試している企業については、過去に何らかの形でコーディング試験をやっていた企業もあれば、全く実施していなかったチームもある。
前者の場合は一連のプロセスを効率的に進めることができ、なおかつリモート完結で使いやすいUI/UXが評価されているそう。後者の場合は新たに採用したCTOなどが前職でコーディング試験を導入していたケースが多く、低コストで実施できる手段を求めてHireRooに関心を示すのだという。
「(技術力を評価するには)実際に手を動かしてもらわないとわからないことも多いです。スタートアップなどでは『前職や過去の経歴がすごいから採用した』というケースもよく耳にしますが、前職と異なる技術が使われていると過去の経験を活かせず、大きなミスマッチに繋がることもあります」(葛岡氏)
あくまでハイヤールーでは同社のサービスをエンジニアの評価をする補助的なツールとして位置付けており、カルチャーフィットなど定性的な部分は面接官が判断していくことに変わりはない。ただ技術力を定量評価する上では、期待値のギャップをなくすきっかけになるという。
また採用担当者の視点では「候補者の技術力を評価するためにエンジニアの力を借りたい一方で、なるべくクリエイティブな仕事に多くの時間を使って欲しい」というジレンマがあった。HireRooはそのような悩みも解消してくれるかもしれない。
すでに利用企業からは「成果物に至るまでの過程も知りたい」といった声も届いており、今後はそれらの要望に対応する機能を実装していく方針。そのための開発資金としてプライマルキャピタルとメルカリ共同創業者の富島寛氏より3600万円の資金調達も実施した。

今回葛岡氏やプライマルキャピタル代表パートナーの佐々木浩史氏と話をする中で「ソフトウェア企業の経営者の中で、自社のエンジニアリング力に対する意識が一層強くなってきている」という話題があがった。
特にSaaSなどは海外製のプロダクトが日本にも上陸してきており、海外企業と比較されるケースも少なくない。そのような企業と戦っていく上ではグローバル基準の技術力が必要だ。
かといって技術力やカルチャーの観点で自社にフィットしないエンジニアを焦って採用してしまうと、かえってそれがボトルネックとなり組織に支障をきたすことも考えられる。
ハイヤールーとしては低コストで候補者の定量評価ができる仕組みを通じて、企業が自社に合う優秀なエンジニアを採用できるようにサポートしていきたいという。