フィリピンのGMS社員とトライシクルドライバー 画像提供:GMS
  • 貧困層が金融機関にアクセスできる与信作り
  • イノベーションに必要な「巻き込み力」
  • 大企業がGMSに惹かれる理由
  • グローバルスタートアップとして成功する秘訣
  • 事業がそのままSDGsに

車のローン審査が通らない貧困層向けに、エンジンの起動を遠隔制御するIoTデバイスで、新たな与信を創出しているFinTechベンチャーがある。Global Mobility Serviceだ。フィリピンを中心に世界4ヵ国、約1万台に利用され、川崎重工業や大日本印刷など名だたる大企業と資本業務提携を実施している。「金融」「IT」「海外進出」の3分野を同時攻略するGMSの強さの秘訣に迫った。(ダイヤモンド編集部 塙 花梨)

 フィリピン人が「神様のサービスだ」と涙を流す、日本発のFinTechサービスがある。

 電車やバスなどの交通網が発達していないフィリピンにおいて、公共の足はジプニーと呼ばれる小型の乗合バス、トライシクル、タクシーが中心だ。このうち最も手軽なのは、オートバイに側車を付けた3輪のトライシクルで、フィリピン国内で400万台走っており、これは日本で走るタクシーの台数の約20倍にあたる。

 もっとも、トライシクルにしろジプニーにしろ、多くのドライバーたちはそれらの“モビリティ(乗り物)”を個人所有しているわけではない。それぞれのモビリティにはオーナーがいて、ドライバーたちは毎日の売り上げの中からレンタル費を支払い、その日暮らしをしているのだ。

 こうした搾取の構造から、モビリティのドライバーは貧困から抜け出せず、深刻な社会問題となっている。本来ならば自身の商売道具としてモビリティを所有できれば安定的な収入を得ることにもつながるのだが、なかなかそんな発想に至るドライバーはいない。“日銭稼ぎ”の彼らには与信がなく、モビリティのローン審査が通らないというのが常識になっているからだ。

 しかし、多くのドライバーは真面目に働いていて、支払い能力も十分にある。そこに目をつけ、IoTとFinTechの分野から貧困問題を解決しようしている企業が、Global Mobility Service(以下、GMS)だ。

 GMSの代表取締役社長の中島徳至氏によれば、ローンを利用できない低所得者は、世界に17億人いるという。GMSは、ローンで商売道具となるモビリティを購入する手段を用意することで、貧困にあえぐドライバーたちを救う「金融包摂型のFinTechサービス」を、フィリピンをはじめ東南アジア諸国で展開している。

貧困層が金融機関にアクセスできる与信作り

 GMSの提供するサービスの最大の特徴は、車やバイクなどのあらゆるモビリティのエンジン起動を遠隔制御できるIoTデバイス「MCCS」にある。これにより、モビリティの稼働状況をリアルタイムで正確に把握することができるのだ。稼働状況とは、即ち支払い能力であり、与信情報である。つまり、各ドライバーの働きぶりから支払い能力があるかどうかを正確に判断し、新たな信用をつくることができるのだ。

GMSが提供するIoTデバイス「MCCS」 画像提供:GMS

 金融機関は、MCCSのセンサーから受信される利用データをもとに、与信情報を取得できる。万が一、支払いが滞った場合は、車両を遠隔で制御して支払いを催促。金融決済システムとの連携により、支払いが完了した3秒後にはエンジンを再起動する。“商売道具”のエンジンの起動を遠隔制御しているので、支払いのできないドライバーは一目瞭然で、金融機関のリスクは最小限で済む。

 低所得層のファイナンス利用の可能性を広げ、貧困地域の経済発展に寄与するのはもちろんのこと、自動車メーカーにとっては販売台数の増加、金融機関にとっては融資先の増加につながり、各方面にメリットを生むビジネスモデルといえる。

 このサービスは、世界の貧困層を救う新しいFinTechとの評価を受け、2019年度グッドデザイン賞(応募総数4772件)でグッドデザイン金賞を受賞している。

「ほかのFinTechとの大きな違いは、ターゲット。すでに金融を使っている人たちをより便利にするものが主流の中、GMSのサービスは『これまで金融へアクセスができずにファイナンスを必要としている人』を対象にしています」(中島氏)

 GMSはフィリピンをはじめ、カンボジア、インドネシア、日本の4ヵ国で事業を展開。これまでGMSのサービスを利用した車両の台数は累計約1万台で、総走行距離でいうと約1億km、なんと地球約2500周分に及ぶ(2019年11月時点)。

「金融機関のエコノミクスを変えることが、持続可能な社会を実現する上で、最も重要なもの。私たちは技術やオペレーションを駆使し、社会課題を解決しながら経済合理性を創出していきたいのです」(中島氏)

イノベーションに必要な「巻き込み力」

 GMSのサービスは、参入障壁が高い。「政府」「提携企業」「金融機関」の三方の協力が、同時に必要となるからだ。今でこそ、各国の制度や文化を理解したグローバル展開の知見、投資家や大企業が興味をもつ高いITとビジネスモデル、金融機関を納得させるFinTechサービスの3点を実現できたが、「軌道に乗るまでは大変だった」と、中島氏は振り返る。

 これまで3度起業をしているという中島氏。GMS創業のきっかけは、起業2社目の電気自動車メーカー時代のことだった。排気ガス問題が深刻なフィリピンで、電気自動車の普及を政府を巻き込みながら進め、事業は拡大した。だが、普及が進めば進むほど、「車を売るだけじゃ解決できない問題がある」ことに気付いた。

GMSの代表取締役社長の中島徳至氏 Photo by K.H.

「フィリピンでは、銀行口座ももっておらず低賃金で働く人がほとんど。いくら品質の良い自動車をたくさん作っても、ローンが利用できない低所得者層はずっと買えないままだったんです。どんなに真面目に働いても、貧困から抜け出せない現実。この社会構造そのものを変えていかなければならないと考え、GMSを創業しました」(中島氏)

 2013年の創業後、すぐにフィリピンで1000人のドライバーへ市場調査を開始した。最終的な目的である社会課題の解決のためには、ドライバーのニーズを聞き出す作業は必要不可欠だったためだ。調査して分かったのは、多くのドライバーたちがこの”搾取構造”について「当たり前」と捉えていたということだった。毎日借りている車が自分のものになる日が来るなど、夢にも思っていなかったのだろう。

 社会課題の解決につながる大きなニーズをつかんだ中島氏は、まず、フィリピン政府に話をした。フィリピンでは、市民の生活の足として根付いているトライシクルの排気ガスによる大気汚染が、深刻な社会問題となっていた。政府は、排気ガスの多い旧型車両の取り締まりを強化しようとしたが、ドライバーがローンを組めないために新型車両の購入ができず、80%以上の車両が旧型車両のままだった。そのため、GMSのサービスにより少しでもこの状況が改善につながるなら、と好意的だった。

 金融機関は当初、及び腰だった。そこで、GMSが提供する低所得者の与信データに安心してもらうため、実績作りから始めた。GMSが自らドライバーに融資を実施し、エンジン起動と決済システムを連携させて実装したのだ。その結果、金融機関が提供する通常のローンの債務不履行(デフォルト)が15~20%であったのに対し、GMSは1%を切る実績を上げた。この成果によって、金融機関との提携が実現した。

「新しいサービスを行う上で、根付いた文化や風土に従った合意形成と、複数の業界を大きく巻き込む力が必要不可欠。商談の際、『自分たちができること』をそれぞれが一方通行で説明するのに終始してしまい進まないケースが非常に多い。イノベーターになるには、横断的なバックグラウンドをもち、枠内におさまらないことが重要だと思います」(中島氏)

大企業がGMSに惹かれる理由

 GMSは2019年9月、シリーズDラウンドで総額17億円の資金調達を発表。第三者割当増資の引受企業は、デンソー、クレディセゾン、大垣共立銀行、日本ケアサプライ、三井住友トラスト・インベストだ。さらに、川崎重工業、大日本印刷、凸版印刷など、そうそうたる東証一部上場の大企業と資本提携をしており、上場企業の資本参加数は、国内のスタートアップでNo.1を誇る。

「基本的に、資本関係だけでなく業務提携まで行って、補完関係を築いています。社会課題を解決するエコシステムを構築するには、あらゆる企業との協業が必要だと考えているためです」(中島氏)

 多くの大企業が惹かれる理由は、「仮想マーケットではなく、リアルマーケットを持っていること」にあるという。

 MaaS(Mobility as a Service)領域のスタートアップは、市場のニーズからではなく、アイデアから始まるシーズ起点で事業が練られていることが多い。その場合、入り口は消費者向けのサービスを提供し、そこから取れたデータを使って最終的には法人向けのビジネスに発展させようと考えているのが主流だ。しかし、GMSの場合は違う。最初から最後まで消費者に向けたサービスになっているのだ。

「私たちは明確な社会のニーズを起点にしたビジネスモデルになっています。消費者のためのサービスですから、答えは常に消費者が持っている。だから、市場調査をして確実なニーズがあれば、あとは土俵さえ整えばすぐにマネタイズができます。提携企業からは、その市場の確実性に魅力を感じてもらっているようです」(中島氏)

グローバルスタートアップとして成功する秘訣

 もうひとつGMSの特筆すべき点は、海外で成功を収めているところだ。世界進出を狙う企業が多いが、常にグローバルな目線をもってビジネスを進めるのは難しい。GMSがグローバルスタートアップとして成功した理由はどこにあるのか。

GMS社員 画像提供:GMS

「日本の市場から入って、後からグローバルに目を向けてもずれる。日本は進化しすぎていますから、最初から尺度をグローバルに合わせてモデルを作る必要があるんです。当社の場合、テクノロジーは世界共通ですが、サービスは各国でローカライズしています。毎月の支払額やローン、金利、利用形態、宗教も国によって違うので、現地の人々の生活に根差すことが何より大切なのです」(中島氏)

 GMSは、フィリピンだけでも12の支店を持っており、現地のマネジャーは20代の若手社員が務める。彼らが地道に現地の人々とコミュニケーションを取り、地域に密着しているのだ。

「最初は時間がかかりましたが、今は現地へ出向いてから約3ヵ月で事業化まで漕ぎつけるスピード感です。月に1回、各国のマネジャーが日本に集まり、役員会を実施しています。現地での経営は孤独なので、あえて直接顔を合わせるようにしています」(中島氏)

事業がそのままSDGsに

 SDGs(持続可能な開発目標)がバズワードと化し、浸透してきてはいるものの、本気で貧困を無くす取り組みをできている日系企業はまだまだ少ない。多くの企業はCSR(企業の社会的責任)の文脈でしかなく、例えば事業の中核として貧困問題の解決を目標に掲げているわけではないからだ。

「GMSは、貧困問題を解決することがそのまま事業の成功になります。2030年までに世界で1億人にファイナンスの機会を提供することを目標に、貧困層を中間層に引き上げていきたい」(中島氏)

 戦略に長けたGMSが取り組む本気のSDGs、今後さらに盛り上がりを見せそうだ。