高島宗一郎・福岡市長が2012年に“スタートアップ都市ふくおか宣言”を発表──それ以降、官民一体となって、スタートアップの創業支援に取り組んでいる福岡市。開業率は全国トップクラスの数値を記録するなど、全国屈指の“スタートアップシティ”としてその名をとどろかせている。
そんな福岡市が取り組むスタートアップの創業支援において、重要な役割を果たしているのが、2017年4月に開設された「Fukuoka Growth Next(FGN)」だ。
FGNは、福岡市天神の繁華街にある旧・大名小学校の校舎をリノベーションする形で誕生した日本最大級の官民協働型のスタートアップ支援施設。起業の準備や相談などができる“スタートアップカフェ”のほか、コワーキングスペースやシェアオフィスなどを提供する。
また、福岡市と民間企業が連携し、育成プログラムの提供やグローバルアクセラレーターとの連携、資金調達機会の創出をサポート、入居者同士のミートアップや交流イベントを開催するなど、独自のインキュベーションプログラムでスタートアップを力強く支援している。
福岡から将来のユニコーン企業(時価総額10億ドル以上の未上場企業のこと)を生み出す──そんな目標を掲げるFGNには、現在144社が入居。“ユニコーン企業の卵”とも言えるスタートアップが切磋琢磨しながら、日々成長を遂げていっている。
FGNに入居するスタートアップの中から、この記事では歴史ある業界の“不”に着目し、業界構造の変革に取り組んでいる2人の起業家を紹介する。
生産者との直取引で“フラワーロス”問題を解決

「花の鮮度が圧倒的に良いこと、そこがCAVINの強みです。実際、品種によってはCAVINを使って仕入れることで2倍も日持ちするケースがあります。鮮度の良い花を仕入れることで、店頭での日持ちが良くなり、結果的に花のロスが少なくなります」
こう語るのは、CAVIN代表取締役社長CEOの小松祐也(Yuya Roy Komatsu)氏だ。同社は生花店と生産者の直接取引プラットフォーム「CAVIN(キャビン)」を展開するスタートアップだ。
ここ数年、さまざまな業界で議論されている廃棄問題。よく話題にあげられるのはアパレル業界や食品業界だが、実は花き業界も根深い廃棄の問題を抱えている。
実は生花の廃棄率は約30%と非常に高い。流通や在庫時の劣化、売れ残りによって大量の花が当たり前のように廃棄されてしまっているという。数にして食品業界の約3倍。またコロナ禍で卒業式、入学式などのイベント自粛が相次いだことで需要が低迷。その結果、廃棄量はさらに増えており、“フラワーロス問題”と呼ばれるほど、社会問題化している。
CAVINはそんな花業界が抱える課題の解決に取り組んでいる。具体的なサービスの仕組みはこうだ。生産者がサイト上に花を出品し、それを生花店がスマートフォンやパソコンから直接注文できる。生産者は注文に応じて、市場や卸売を通すことなく、直接生花店に出荷する。市場を介さないため、生花店は鮮度の良い花を通常よりも安い価格で小ロットから仕入れることができる。CAVINを導入する生花店の中には、早朝から市場に花の仕入れに行かずに済むようになったため、子供の送り迎えができるようになった人もいるという。
一方、生産者はいつ、どんな種類の花が売れているのかといった需要が把握しやすくなるので“売れる”花の生産を強化できる。
小松氏によれば、生産者はCAVINを使うことで自分が育てた花の魅力を直接伝えられるようになるという。生産者と生花店の両者に価値を提供することで、CAVINはリリース後から順調に成長。生産者からの問い合わせも相次いでいる。

CAVINの創業は2018年。花屋と生産者の直接取引プラットフォームを展開するにあたり、小松氏は「ビジネスする場所は福岡である必要があった」と語る。
「福岡は花の生産量が日本で3番目に多く、なおかつ東南アジアのマーケットにも進出しやすい。CAVINを始める場所は福岡でなければダメだったんです」(小松氏)
CAVINは創業時からFGNに入居。小松氏は「行政と民間がひとつの場所に集まっているのがとても魅力的だったこともあり入居を決めました」と語る。
またFGNの魅力について、小松氏はこう続ける。
「FGNは入居者同士のミートアップや交流イベントを定期的に開催してくれる点も魅力ですが、僕は“運営側との距離の近さ”と“ちょうど良い規模感”が他にはない大きな魅力だと思っています。普通は運営側とは距離が遠いのが当たり前だと思うのですが、FGNは運営側と入居した企業が交流している姿をよく目にします」
「またawabar(施設内にあるスタンディングバー)の存在も大きいですね。お酒を飲みながら話す場所があることで、気軽に誰とでもコミュニケーションが図れます。そして、入居者がお互いの顔を認識できるくらいの規模感だからこそ、何かあったら人を紹介してもらったり、入居した企業同士で連携の相談をしたりすることも頻繁にあります」(小松氏)
2019年11月にはFGNの共同運営者である福岡地所とABBALabが共同で設立したベンチャーキャピタル・FGN ABBALabファンドなどから資金調達を実施。さらに成長を加速させていった。

そんなCAVINが提供する価値は生産者や生花店に着実に届きつつある。まだサービスの対象地域は福岡市のみだが、生産者からの問い合わせは増え続け、福岡市中心部の3分の1以上の生花店がCAVINを活用している。
小松氏は「新しく花屋さんを始めようと思った人が、まずはCAVINに登録する。そんな世界観に出来たらいいですね」と抱負を語る。今後、CAVINはサービスの対象地域を広げていくほか、新型コロナ感染症の影響が落ち着いたタイミングで、日本産の花を少量から海外の生花店など小売店に輸出するサービスを東南アジア数カ国で展開していく予定だという。
木工所の4代目が立ち上げたオフィス家具の新ブランド
日本一の家具の生産量を誇る、福岡県大川市。そんな“家具の町”として知られる同市の職人の技術、工場などのインフラを活用し、新たなオフィス家具のブランドを立ち上げようとしているスタートアップがある。それが「ワアク」だ。
同社は在宅ワークやスモールオフィスをターゲットとしたオフィス家具のブランド「WAAK」を展開しており、4月末を目処にミニマルなデザインの昇降デスク「WAAKstanding(ワアクスタンディング)」と、ケーブルの配線や整理がしやすい、デバイスフレンドリーな可動式天板のスマートデスク「WAAKstation(ワアクステーション)」をD2C(自社ECサイトでの直販)で販売する計画だ。
ワアクを立ち上げたのは、大川市に拠点を構える木工所「丸惣」の4代目として、2016年に家業を継いだ酒見史裕氏。もともと、丸惣は一般家庭向けの家具を製造するメーカーとして歴史を積み重ねてきた。だが、酒見氏が後を継いだタイミングで「自分たちが使いたくなるオフィス家具をつくろう」という思いから、オフィス向け家具ブランド「FIEL(フィール)」2016年に立ち上げた。
当時は“働き方改革”が盛んに叫ばれていたこともあり、多くの企業が“ワークプレイス”の創出に多額の資金を投じていた。そんな時流に乗ることで、FIELは大きく飛躍した。酒見氏によれば、立ち上げから3年ほどで会社の売上が2倍になるほどの成長を遂げたという。
順調に成長を遂げる一方、酒見氏は事業を展開する過程で、ある違和感を覚える。それは一般の人が良いオフィス家具を、程よい価格で購入できないというものだ。
「多くのオフィス家具メーカーはバジェット(予算)の大きい、法人を対象とした空間プロデュースのコントラクト事業にどうしても注力してしまいます。その結果、一般の人たちがオフィス家具を探しても、なかなか良いものを見つけることができない。そこに違和感を覚え、良いオフィス家具を直接提供できる仕組みが欲しいな、と思ったんです」(酒見氏)

FIELのように丸惣の中で新たにブランドを立ち上げる選択肢もあったが、酒見氏は「家具業界の既成概念にとらわれすぎると動きづらくなる。また先々の戦略を考えたら別資本でやった方がいいのではないか」という思いから、2019年10月にワアクを設立した。
酒見氏はワアク創業前の2019年5月にFGNに入居したが、そこでの出会いが会社の立ち上げに良い影響を与えてくれたという。
「FGNで開催されているイベントに参加してみたら、参加者がみんなキラキラしていて、楽しそうにしている。地方経済は停滞、衰退しているところも多く、そこで働く人たちもあまり前向きな話をしていないことが多い。だからみんなが前を向くその光景も非常に印象的でした」(酒見氏)
2019年10月にFGNの共同運営者である福岡地所とABBALabが共同で設立したベンチャーキャピタル「FGN ABBALabファンド」から資金調達を実施している。
とはいえ、いきなり今の事業に行き着いたわけはない。ワアクは当初、オフィス家具のECプラットフォームとしてWAAKを立ち上げたが、実際に1年ほど事業を展開する中で、オフィス家具として既存チャネルで流通しているものと、社長や担当者が自ら選んで購入する小~中規模オフィスで求められる家具にズレがあることに気づき、商品のリニューアルに踏み切る。
その過程で新型コロナウイルスの感染が拡大。在宅勤務が普及し、自宅がワークプレイスになったことで、オフィス家具に対するニーズも変化した。
そうした変化を踏まえ、起業家やエンジニア、デザイナーをターゲットにヒアリングを実施した結果誕生したのが、前述したミニマルなデザインの昇降デスクとスライドする天板、ケーブルボックスにより、整理と便利を両立できるデスクだった。

「デスクに関しては、どのオフィス家具メーカーも開発にあまり注力していません。これまではフリーアドレスのデスクやコストパフォーマンスの高い事務机が主流でしたが、コロナ禍でオフィスの分散化や在宅ワークが急激に広まり、オフィスに対する考え方や状況が一変しました。その一方で、ワークスペースに対する家具のソリューションが追いついておらず、生活の中に仕事が入り込んでいるため、オン・オフをはっきりできる家具が必要だと感じました。人生において働く時間は長い。だからこそ、働く環境を良くすることで、もっと人生を豊かにすることができると思うんです」(酒見氏)
WAAKがターゲットとするのは起業家や、エンジニア、デザイナーをはじめとしたクリエイターなどで、デスクの価格はそれぞれ10〜15万円ほどになる予定だという。
ここまでの話だけを聞くと、単なるオフィス家具の“D2Cブランド”だと思うだろうが、ワアクが考えていることは、D2Cの枠にとどまらない。ワアクは今後、WAAKというブランドを通じて、家具の新たな流通システムを構築しようとしている。
「将来的には物流システムを構築したいと思っています。家具の配送は基幹物流センターとエリア拠点をつなぐ幹線便の価格は安いのですが、エリア拠点からユーザーに届ける“ラストワンマイル”の配送費は高い。だからこそ、ラストワンマイルの物流システムを自前で持ちたい。それが実現すれば、自分たちでオフィス家具を届けたり、オフィス家具を回収して二次流通させたりすることもできます」
「例えば、木目シートを張った普及品の家具は一度使用してしまったら捨てるしかありませんが、WAAKの家具は無垢板を削れば新品同様になるため、セカンドユーザーに再販することも可能です。こうした流通システムを構築することで、一度作られた家具がずっと流通し続けるサイクルをつくっていきたいと思っています」(酒見氏)

2020年11月にはGxPartnersから資金調達を実施し、現在はプロダクトマーケットフィット(PMF)に向けて歩みを進めているワアク。今後は福岡だけでなく、東京にもショールームを展開するほか、さらなる商品の開発を進めていくという。