
- 県外への人材流出、20年で感じた「行き詰まり感」
- エコシステムに変化を起こした「異分子」の存在
- オンライン上で出会った5人の高校生が起業
- 東京に行ってもいい、いつか鹿児島に帰ってきてくれれば
九州の南端に位置する、鹿児島市。先日、静岡県を抜いて産出額が全国1位となった“茶”をはじめ、サツマイモや黒豚といった農畜産物の宝庫として知られるが、実はイノベーター(革新者)を輩出してきた場所としての顔も持ち合わせている。
遡ること約150年前。日本の近代化の原点とも言える“明治維新”をけん引した、西郷隆盛と大久保利通は鹿児島(薩摩藩)の出身。鹿児島に古くから伝わる独自の教育制度「郷中(ごじゅう)教育」も一役買い、維新志士とも言われるイノベーターたちが誕生してきた。
そんな鹿児島がいま、面白い動きを見せている。2019年2月に立ち上がった、鹿児島市のクリエイティブ産業創出拠点施設「mark MEIZAN(マークメイザン)」が中心的な役割を担い、地域資源を使ったクリエイティブ産業の創出やスタートアップ支援、そして起業したい人の育成・成長の支援を行っている。まさに現代の“維新志士”を生み出すような取り組みだ。
mark MEIZANはオフィス・イベントスペース・キッチン・コワーキングスペースを備える。コミュニティや既存産業などの経済圏を繋ぎ、マッチングが発生するように支援するほか、全国で活躍するゲスト講師を招いたハンズオンプログラム・セミナーを実施し、経営相談や資金調達、販路開拓などに関する支援も行っている。
設立から2年。着実に成果も生まれてきている。4〜5年前までクリエイティブ産業やスタートアップ、起業に関心のある若者はほとんどいなかったが、今ではクリエイティブ産業や起業に関するイベントを開催すれば常に十数人が参加するほか、鹿児島大学の学生や周辺の起業家・起業家予備軍がスペースに集まるなど、良い流れができつつある。
なぜ、鹿児島はクリエイティブ産業の創出やスタートアップ支援を始めることにし、実際に変化を起こせたのか。mark MEIZANを設立時から知り、現在は運営に携わっている鹿児島市 産業局産業振興部産業創出課 産業創出係 係長の奥山雅樹氏に話を聞いた。
県外への人材流出、20年で感じた「行き詰まり感」
JR鹿児島中央駅から鹿児島市電で10分ほど。鹿児島市の繁華街「天文館」からほど近い場所、名山町にmark MEIZANは拠点を構えている。
コラボレーションを生み出し、 チャレンジできる場所に──そんな思いで2019年2月に立ち上がったmark MEIZANだが、実はその歴史は20年ほど前にさかのぼる。
2000年代の情報関連産業の盛り上がりに乗じて、鹿児島市も情報関連企業の育成支援や中小企業の情報化、市外からの情報関連企業の誘致などを促進するためのビジネス・インキュベーション施設「ソフトプラザかごしま」を立ち上げた。
しかし、時代の変化と共に入居者や利用者は減少。情報関連産業の企業も首都圏に集中していることから、人材もどんどん県外に流出してしまった。当時の状況について、奥山氏は「ソフトプラザかごしまは鹿児島市が直接運営する形で20年ほどやってきたのですが、正直言って時代の変化に対応できず、行き詰まり感はありました」と振り返る。
そうした中、鹿児島市が次に目をつけたのが“クリエイティブ産業”だった。
「鹿児島は農畜産物の生産が大きな強みですが、生産した商品に付加価値をつけるのが下手なんです。たとえば、鹿児島市内では大きなビニール袋いっぱいのサツマイモが1袋1000円ほどで売られているのですが、東京ではそれが『焼き芋』として1本1000円ほどで売られている。この差を埋めるためにはクリエイティブの力が必要だと思ったんです」(奥山氏)

もともと、鹿児島市はPRの観点から商品開発をサポートしたり、物産展を開催したりするといった産業支援を行ってきた。しかし、クリエイティブ産業を真の意味で盛り上げていくには既存の事業を支援するだけでなく、クリエイティブ産業に従事するプレイヤーを創出していかなければならない。そんな考えから、mark MEIZANの構想が立ち上がった。
立ち上げの当初、mark MEIZANは“価値の再創造”にフォーカスを当て、クリエイティブの力を使って地域課題の解決に注力しようとしていた。しかし、さくらインターネットやグッドコミュニケーションズなど5社が参画するmark MEIZAN企画運営事業者からの提案もあり「クリエイティブ産業」の定義を広げて、スタートアップや起業家の創出支援にも力を入れていくことになった。
「ソフトプラザかごしまは鹿児島市直営でしたが、mark MEIZANに関しては企画・運営は基本的に民間企業に任せようと思いました。過去の経験を踏まえて、行政には“できること”と“できないこと”があると分かったんです。であれば餅は餅屋で、コミュニティ形成や人材育成などの細かい運営に関しては民間企業にお願いすることにしました」(奥山氏)

エコシステムに変化を起こした「異分子」の存在
こうして、ソフトプラザかごしまをリニューアルする形でmark MEIZANは2019年2月に立ち上がった。しかし、スタートから1年半ほどは順風満帆とは言い難い状況が続いた。
当時、鹿児島市内で生活する若者の頭の中に“起業”の2文字はない。基本的に大学を卒業した学生のキャリアは東京の大企業に就職するのが大半。仮に地場に残ったとしても、ほとんどは公務員になるか、地場の金融機関や百貨店への就職を目指す。
「最初の頃はイベントやセミナーを開催しても、若者が集まりませんでした。地元の鹿児島大学や鹿児島国際大学の先生に話を聞いても『学生は創業しないですよ』と言われたほどです。鹿児島の人は歴史をひも解いてみると、明治維新の中心的な役割を担った人物がいたり、国禁を犯してイギリスに密航留学した若者がいたり、根っこには思い立ったら動き出す熱い何かは持っているはずなんです。それが時代の変化とともに、次第に周りから目立つこと、人と違うことをやることを好まない価値観になってしまいました」(奥山氏)
そんな鹿児島のエコシステムに変化をもたらしたのが、mark MEIZANに出入りしていたひとりの地元の大学生だ。鹿児島を盛り上げたい──そんな思いだけで、その大学生は福岡県のベンチャーキャピタルを巻き込んでイベントを開催し、鹿児島大学の人にmark MEIZANの存在を告知したほか、Slackのワークスペースをつくった。
さらにはmark MEIZANが企画したメンタリングのゲストである東京のベンチャーキャピタリストに自ら連絡をとり、独自で学生向けのオンラインメンタリング開催まで実現した。
まさに“異分子”とも言える存在が出てきた結果、鹿児島のエコシステムに変化が生じ始める。今まではイベントやセミナーに参加する若者がほとんどいなかったが、ここ半年ほどで若者たちがmark MEIZANに集まるようになり、イベントやセミナーの参加者も増えてきた。
「mark MEIZANに集まってきた人たちがコミュニティをつくって定期的に話し合いをしたり、何か行動を起こしたりしている。そうしたことが積み重なり、『mark MEIZANに行けば何かある』と思ってもらえるような拠り所のイメージが定着しつつあります」(奥山氏)
また、mark MEZIANのある名山町自体の変化もエコシステムの盛り上がりに寄与しているという。名山町は官公庁の施設と古くからの飲み屋街が中心。また鹿児島大学からも電車で15分ほどの距離があり、若者が足を運ぶにはハードルの高さがあった。奥山氏は「今までは“場所の壁”もありました」と語る。
だがこの数年、昭和レトロな街の雰囲気を生かしたカフェやパン屋などが新しくオープンし始めるなど、盛り上がりを見せるようになった。実際、ランチ時に行列のできる飲食店も少なくないという。人が集まるところにお店が集まり、お店が集まるところに人が集まるというループが出来上がったことも後押しとなり、若者が集まる場所に変化した。
オンライン上で出会った5人の高校生が起業
そうしたエコシステムの変化を背景に、実際に起業する若者も生まれている。カオスな株式会社 代表取締役の寺園諒雅氏もそのひとりだ。同社の設立は2019年12月。人気オンラインゲーム「Minecraft(マインクラフト)」を通じてオンライン上で出会った寺園氏を含む鹿児島、東京、名古屋、神奈川、富山に在住の高校生5人が立ち上げた学生スタートアップだ。
「Minecraftを通じて出会った人たちは、エンジニアリングの技術力は高いのに技術の使い道がMinecraftしかない。共通の趣味を持つ仲間がいて、エンジニアリングの技術があるなら、みんなで何かやらないかという話になり、起業することになりました」(寺園氏)

事業は何にするか──5人で話し合った結果、生まれてきた事業アイデアが“パソコンやスマホ、周辺機器に特化したメルカリ”だ。全員がパソコンやスマートフォンが好きで部品を購入してカスタマイズした経験があることから、「その領域に特化したメルカリをつくったら面白いのではないか」という話になり、パソコンやスマホ、周辺機器に特化したフリマサービス「pasuke(パスケ)」を開発することになった。
「いざ開発しようと思ったのですが、みんなMinecraftを改造した経験も、実際にサービスを開発した経験もありません。気軽に開発について質問や相談ができる場所が欲しいと思い、音声・テキストコミュニケーションサービスのDiscord上に学生エンジニアのコミュニティを立ち上げ、そこをうまく活用しながら開発を進めていきました」(寺園氏)
寺園氏によれば、そのコミュニティは現在約900人の中高生が集まる場所になっているという。その後は各メンバーが独学でプログラミングを学びながら、必要なタイミングでコミュニケーションツール「Microsoft Teams」で画面共有しながら、リモートで開発を進めた。
サービスを開発するにあたって、mark MEIZANの存在も大きかったという。フリマサービスは“CtoC(一般消費者間での取引)”という性質上、決済システムは金融機関への了承を得なければならなかったり、利用規約は弁護士に確認してもらわなければならなかったり、サービスを提供するために踏まなければいけないステップがいくつもある。
「開発を進めていく中で発生した法務面での課題をmark MEIZANのスタッフに相談したら、解決策を一緒に探してくれたり、弁護士も紹介してくれたりして、とても助かりました。またmark MEIZANに行くことでいろんな人たちに会えるのも良かったです」(寺園氏)
2020年3月に高校を卒業し、この4月からは神奈川県の大学に通う寺園氏。「起業する前は鹿児島から出る予定がなかった」と言い、起業したことで良い意味で人生が変わったという。
「大学に行ってからは今まで以上に経営のことを学びたいですし、今まで以上にアクティブに動いて、都市部の起業家や投資家にも会ってみたいですね。あとは、まだ創業メンバーに会えていないので機会があったら会いたいですね(笑)」(寺園氏)
pasukeは近々ローンチする予定とのこと。「サービスをローンチした後は一定の規模に成長させていくにも外部からの資金調達も考えています」と寺園氏は語る。
東京に行ってもいい、いつか鹿児島に帰ってきてくれれば
mark MEIZANの設立から2年。まずはパートナーとなる企業を増やしていき、その後はコミュニテイをつくり、既存事業者、大企業、若者などが横断交流できる場所にしたことで、現在は起業などに挑戦するプレイヤーが増えてきている。
順調に発展を遂げているmark MEIZANだが、奥山氏は「ここから、いかにロールモデルと言えるような成功事例をつくっていけるかが重要になってきます」と語る。
「鹿児島は資金調達の環境などはまだまだ課題があります。一方でスタートアップの母数は少ないので、どの分野で起業してもチャンスがある。鹿児島の中で課題を解決しようと思ったら、誰も手をつけていない部分がたくさんあります。まだ鹿児島代表スタートアップと言える企業はいないので、頭ひとつ抜け出しやすい状況だと思います」(奥山氏)
直近の目標は「ロールモデルをつくり、3社で合計1億円の資金調達を成功させること」を掲げるmark MEIZAN。将来的には「ユニコーン企業(時価総額10億ドル以上の未上場企業のこと)を輩出したい」と夢は膨らむ。
「今まではユニコーン企業が生まれる可能性はほとんどゼロでしたけど、今は少しずつ可能性のある人が出てきた。ここから良い化学反応が起きて、日本を代表する起業家が鹿児島から生まれてほしいですね。また、mark MEIZANから生まれた起業家は一度東京に出て行っても全然良いので、向こうで大きくなり、いつか鹿児島に戻ってきて雇用などで何か貢献してくれる人が増えたら、とても嬉しいですね」(奥山氏)

そんな奥山氏の思いに応えるかのように、寺園氏はこう語る。
「僕は鹿児島に育ててもらって、地元に対する愛もあります。経営を学ぶために春から神奈川県に引越しますが、将来は鹿児島に戻ってきて雇用を増やすなど、地元に還元をしたいと思います」(寺園氏)
2020年には鹿児島県知事に前経済産業省九州経済産業局長の塩田康一氏が就任。鹿児島市長には40歳の下鶴隆央氏が就任するなど、さらに変革の機運が高まりつつある鹿児島。まさに“維新前夜”とも言える状況にある。マグマシティ・鹿児島からどのような起業家が羽ばたいていくのか、今後に期待が高まる。
問い合わせ先
mark MEIZAN
〒892-0821 鹿児島県鹿児島市名山町9-15
電話:099-227-1214メール:info@mark-meizan.io
https://mark-meizan.io/産業局産業振興部産業創出課
〒892-8677 鹿児島市山下町11-1
電話:099-216-1319