約1年前にスタートしたグルメEC「TASTE LOCAL」では一流宿や名店の料理を自宅の食卓で楽しめるのが特徴だ
約1年前にスタートしたグルメEC「TASTE LOCAL」では一流宿や名店の料理を自宅の食卓で楽しめるのが特徴だ
  • Eコマースで宿泊施設や飲食店の課題解決へ
  • 旅館にはEコマースに必要な「質の高い工場」がある
  • コンセプトは「地域のごちそうを自宅で楽しめる仕組み 」
  • 外部調達やIPOは目指さない

「経営が苦しくて本当にしんどいよ。どうすればいいかな、篠塚さん」──。

新型コロナウイルスの影響で多くの旅館やホテルが苦しい状態に陥っていた2020年4月1日、篠塚孝哉氏の元には宿泊施設を営む経営者たちからそのような声がいくつも寄せられた。

篠塚氏は新卒で入社したリクルートを経て、2011年にLoco Partnersを創業し代表取締役に就任。同社では厳選した宿泊施設を束ねた宿泊予約アプリ「Relux」を立ち上げ、2017年2月にKDDIグループへ参画して以降もサービスの成長を支えた。

上述した旅館経営者たちの悩みを聞いたのは、奇しくも篠塚氏が約9年間務めたLoco Partnersの代表を退任した翌日のこと。挨拶がてらお世話になった宿泊施設の関係者に電話をしていた時だった。

Loco Partnersを創業した2011年はまさに東日本大震災の直後で、同じようなシーンに直面したという。当時は微力ながらも現地に行って直接話をしたり、集客のサポートをしたりすることができた。

だがコロナ禍ではそもそも長距離の移動すら難しい。旅館やホテルに顧客を呼ぶことなんて尚更だ。

どうすればこの状況を打破できるのか。篠塚氏が悩んだ際に思いついたのが、宿泊施設の土産物をセレクトショップのような形でオンライン販売する場所を作ること。そのようなアイデアから生まれたのが、さまざまな地域の味を楽しめるグルメEC「TASTE LOCAL」だ。

着想からローンチするまでに要した期間は約10日(4月10日にサービス開始)。ネットショップ開設サービス「STORES」を活用して、一刻も早く始めることにこだわった。

手毬寿司
かに

最初に販売した伊豆稲取温泉 「浜の湯」の“金目鯛の姿煮”は10日間で1000匹が完売。サービス開始から約1年が経った現在では各地の宿泊施設や飲食店とタッグを組み、肉、魚、惣菜、スイーツ、麺類、パン、ドリンクなど300種類以上のユニークな商品を扱う。

もちろん全ての商品が同じような結果になるわけではないが、人気商品は用意したものが数十分で完売することも珍しくないという。

Eコマースで宿泊施設や飲食店の課題解決へ

TASTE LOCALを立ち上げるきっかけとなったのは、浜の湯の鈴木社長との通話だった。現場の課題を聞いて電話を切った直後、ある考えが篠塚氏の頭をよぎり電話をかけ直したという。

「浜の湯ではお土産として金目鯛の姿煮を現地で販売していたことを思い出したんです。それを購入すれば、少しくらいは力になれるかもしれない。そこで鈴木社長に『友人にも配るので、10匹ぐらい売ってもらえませんか』と伝えました」(篠塚氏)

もう一度電話を切った後、再び篠塚氏に新しいアイデアが浮かんだ。「これ、Eコマースでやればいいじゃないだろうか」。

困っている旅館やホテルは浜の湯だけではない。そもそも宿泊施設が稼働できなくなったことで、そこに食材を販売していた生産者も頭を悩ませていることも聞いていた。

SNSなどを通じて商品の販売を呼びかけるにも、自分1人では限界がある。それなら同じ課題を抱える宿泊施設や飲食店などに声をかけ、ユニークな商品を集めたセレクトショップを作るのが良いのではないか。

つまり彼らの課題を「物販」によって解決していきたいと考えたのだ。

「飲食店が(店舗での)飲食業だけをやる、宿泊施設が宿泊業だけをやるというのはコロナ禍では明らかにリスクが高い。もちろんそれがコアであることは間違いないのですが、他にも売上の軸を作れているところが、コロナ禍でもうまくいっていると感じていました」(篠塚氏)

Taste Local代表取締役の篠塚孝哉氏
Taste Local代表取締役の篠塚孝哉氏

旅館にはEコマースに必要な「質の高い工場」がある

勝算はあった。飲食店や宿泊施設の多くは「実はEコマースをやる際に必要な設備が整っている」からだ。

きちんとしたキッチンや調理器具にレシピを考えられるシェフ、商品を梱包できる人員もいて、特に宿泊施設などにはおもてなしレベルの高いスタッフも揃っている。

「つまり、Eコマースをやるにあたって最初から『質の高い工場』を持っている状態なんです。全く違う業種からゼロイチで飲食をやるのは設備投資も人への投資も必要で大変ですが、宿や飲食店なら初めからその土壌がある。そのリソースをうまく活用できれば大きな可能性があるはずだと考えました」(篠塚氏)

そもそもコロナ禍の前から曜日や時間帯によって顧客の数にバラ付きがあり、空き時間が生まれていた施設も多い。その時間や遊休資産を使って、コマースで売上の新たな柱を作っていきませんか。篠塚氏はそのように提案をしてまわったそうだ。

人気のお土産商品を持っていても、現地でしか販売していないケースは少なくない。浜の湯の金目鯛もウェブサイトでの販売は行っていたが、注文フローが複雑で手軽に買える状態ではなかった。

TASTE LOCALであればオンライン上に売り場を設け、全国のユーザーに商品を届けられるチャンスがある。

TASTE LOCALOのサイト

TASTE LOCALに参画することで「グルメECが宿泊施設や飲食店の事業ポートフォリオの1つになる」。そのような仕組みを作っていくのが目標だ。

現在サービス上には約100社が商品を掲載している。大まかな内訳は宿泊施設と飲食店がそれぞれ4割ずつ、残りの2割が農家や漁師などの生産者だ。

TASTE LOCALでは商品販売時に10%の手数料を受け取る形でサービスを運営。出品者にとっては本来でお土産コーナーで眠ったまま廃棄になる可能性のある商品を売って、利益も上乗せできるのが最大のメリットだという。

コンセプトは「地域のごちそうを自宅で楽しめる仕組み 」

ユーザーの視点から見たTASTE LOCALはシンプルなグルメECサイトだが、どんな商品でも扱っているわけではない。

コンセプトは「地域のごちそうを、自宅の食卓で楽しめること」。商品は厳選し、サイトを訪れた人に楽しんでもらえるようなものにこだわった。

篠塚氏の中では成城石井や明治屋のような高級スーパーをオンライン化するようなイメージなのだそう。自身がかつて手がけていたReluxの「グルメEC版」と捉えることもできるだろう。

通常のECに加えて「土曜朝市」や「火曜夜市」などオンライン上でマルシェのような企画も定期的に開催。生産者や宿泊施設など出品者と交渉し、特別価格・数量限定で商品を販売することで多くのユーザーが集まる人気イベントとなっている。

土曜日に開催する朝市、火曜日に開催する夜市は人気企画の1つだ

「(宿泊施設や飲食店を)応援する気持ちで使ってくれるユーザーも多いですが、美味しくないものが届くのであればまた使いたいとは思わない。全品を食べているわけではないものの、少なくともパッケージや梱包などを見た上で扱う商品は厳選してます」(篠塚氏)

応援がベースと言えど、結局は品質が担保されてなければサステナビリティーはない。実際に販売してみた後も、評判が悪ければ一度販売を停止して改善されるまで再販売はしないそうだ。

もっとも、Reluxの時と比べるとユーザーのレスポンスが早く軌道に乗るのも早かったという。Reluxの立ち上げ時はローンチから約半年にわたって予約が入らず苦戦したが、グルメコマースは旅行よりも身近で利用頻度も高いため、企画を立てれば反応がすぐにくる。

商品を広げながらPDCAを回す中で、浜の湯の金目鯛の他にも「兵庫の民宿のご当地コロッケ1000個が20分で完売」「岩手の精肉店が作ったハンバーグが数十分で完売」「コロナで行き場を失った熊本のあか牛10トンが完売」など人気商品がいくつも生まれた。

人気商品の牛すじコロッケ
人気商品の牛すじコロッケ

IT系のスタートアップのように爆発的な成長を続けているわけではないものの毎月徐々に規模を拡大。累計の流通総額は1億円を超えた。

外部調達やIPOは目指さない

約1年前にTASTE LOCALを通じて商品の販売を始めた頃、最初の出品者だった浜の湯から届いたフィードバックが篠塚氏の印象に強く残っているという。

「1回目の緊急事態宣言が発令され、宿が閑散としてスタッフの中にも悲壮感が漂っていた中で『(TASTE LOCALで)金目鯛が売れたおかげで、館内に人はいないものの慌ただしくなった。本当にありがとう』という声をいただけました。また実際に届いたユーザーから、届いたレビューが未来の光になったとも言っていただけて、まさにこれがTASTE LOCALで体現したいことだと思いました」(篠塚氏)

ECを通じて売上が作れれば、宿にも活気が戻りそこで働くスタッフも喜んでくれる。「TASTE LOCALは宿とカスタマーを繋ぐことで、両者にとって活力の源泉にもなれる」と篠塚氏は話す。

今後はこの輪を広げるためにより多くの出品者と連携していくほか、モバイルアプリや会員向けのロイヤリティプログラムの開発を始め新しい取り組みも検討する。今月にはTASTE LOCALから派生したプロジェクトとして、ローストビーフ専用のECサイトも始めた。

3月には焼肉店「クロッサムモリタ」とコラボしてローストビーフのECサイトもスタート
3月には焼肉店「クロッサムモリタ」とコラボしてローストビーフのECサイトもスタート

「コロナ禍における応援の風がなくても定常的に使ってもらえるようにするためには何が必要か。今後はそれを考えていかないといけないフェーズになると思います。当初は応援のために買う人も多かったですが、それだけではずっとは続かない。『TASTE LOCALだと美味しいものが手に入るから』という価値を突き詰めていきたいです」(篠塚氏)

なおTASTE LOCALとしては引き続き成長を目指していくが、多くのスタートアップのように外部の投資家から資金調達をして、IPOなどを見据えているわけではない。この会社については「NPOと株式会社の中間に近いポジション」から事業を運営し、ユーザーおよび出品者に価値を提供していくことが目標だ。

「株主価値を最大化するための事業ではなく、少しでも宿や飲食店、カスタマーに価値を届けていきたいという思想でやっています。すでに月によっては黒字も達成していますが、基本路線としては収益はサービスに再投資をして(ユーザーに)還元していく。今後もそのスタンスを続けていく方針です」(篠塚氏)