
- 入院体験と兄弟の約束が後押しした、医療分野での起業
- 産業医×クラウドで厚労省指針のメンタル「4つのケア」を支援
- 採用支援にも使えるメンタルヘルスソリューション
- 組織のメンタルヘルスケア、課題は「3つの“不”」
生産性向上の手段として「健康経営」に取り組む企業が増えている。その健康経営の中でも、「職場のメンタルヘルス」の課題を解決することこそが重要だと説くのが、メンタルヘルステクノロジーズ代表取締役の刀禰(とね)真之介氏だ。9月に『部下の心が折れる前に読む本 「社員が辞めない会社」をつくる5つのステップ』(幻冬舎)を出版した刀禰氏に、自社で提供するサービスと職場のメンタルヘルスケアのありかたについて話を聞いた。(編集・ライター ムコハタワカコ)
入院体験と兄弟の約束が後押しした、医療分野での起業
職場の「心の健康」に関する課題をクラウドサービスで解決しようというスタートアップ、メンタルヘルステクノロジーズ。その設立は2011年3月(当時の社名はMiew)。創業者で代表取締役の刀禰真之介氏は、10年前に体調を大きく崩して入院したことをきっかけに起業を志したと語る。入院時に世話になった医療分野への恩返しをしたいという思い。そして現在は医師として働いている弟と学生時代から「将来、一緒に仕事をしよう」と約束していたことが、医療領域での起業につながった。
当時はインターネット上に医師が集まるサービスもなかったため、その基盤を作って事業を展開しようと考えていた刀禰氏。まずは医師との接点を増やすべく、学会向けのITサービスを運営開始。続いて、子会社を通じて医師のHR事業に着手した。
メンタルヘルステクノロジーズの子会社・Avenir(アヴェニール)は、企業へ産業医を紹介する事業を営む。刀禰氏の弟の妻、つまり義理の妹は精神科医。「産業医として活動したいが、なかなかチャンスがない」という悩みを常々話していた。そこで詳しく調べてみると、産業医を取り巻く環境は労働人口減少などを契機に、大きく変化していくところだった。刀禰氏は「今後ますます重要性が高まる分野だ」と感じ、保険診療が影響しない点も理想的だとして、2016年から事業を展開している。
産業医×クラウドで厚労省指針のメンタル「4つのケア」を支援
最近では大手企業を中心に従業員の健康を経営課題の1つとして捉える「健康経営」が注目されているが、中でも「メンタルヘルスは各社共通のテーマになる」と刀禰氏は考える。その背景には精神疾患患者の大幅な増加がある。

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精神疾患により医療機関にかかっている患者数は、2002年には約258万人。それが2017年には約419万人にまで増えており、年間ベースでは約10万人以上増加している計算になる。
刀禰氏は「人口減少傾向の中、患者数はこの15年減っていない。重度の疾患に一度かかると慢性疾患化する傾向もあり、当面解決し得ない問題なのでは」と捉え、産業医の課題に加えて、メンタルヘルスの課題解決にも着目するようになった。
精神科医による医療面からのアプローチを除き、「組織内のメンタルケアという概念はほとんど浸透していなかった」と指摘する刀禰氏。だが、少子高齢化による採用難が本格化するにつれ、企業は「今いる人たちを活用しなければ立ち行かないというタイミングに、ちょうどさしかかっている」と刀禰氏は考えている。
厚生労働省が示す指針では、職場のメンタルヘルスケアを適切かつ有効に実施するためには「4つのケア」を効果的に推進する必要があるとしている。すなわち、労働者自身による「セルフケア」、上司など管理監督者の「ラインによるケア」、産業医や衛生管理者など「事業場内産業保健スタッフによるケア」、外部の機関や専門家など「事業場外によるケア」の4つだ。

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だが、従業員数50名以上の事業場で実施が義務化されているストレスチェックに比べると、「4つのケアについての認知は恐ろしく低い」と刀禰氏は語る。また、どのような手順で4つのケアを具体的に進めればよいのか、知見も共有されていないという。
「医療・ヘルスケア領域でビジネスを進め、試行錯誤する中で、2年ほど前からメンタルヘルスへのベーシックな対応策、鉄板のやり方が分かってきた。この対応策を、産業医ビジネスとクラウドサービスの組み合わせによって世の中に浸透させようと、2018年8月に社名も変更し、メンタルヘルス分野の事業に集中することにした」(刀禰氏)
採用支援にも使えるメンタルヘルスソリューション
メンタルヘルステクノロジーズでは、厚労省の唱える4つのケアをベースにしたメンタルヘルスソリューション「ELPISシリーズ」を展開する。従業員がメールで産業医や専門医に相談できる「ELPIS-ケアーズ Lite」は、産業保健スタッフや外部の専門家への相談窓口として機能。またオンライン研修サービス「ELPIS-eラーニング」では、従業員や経営陣がストレスマネジメントやケアについて学べるカリキュラムと、個々の理解度をチェックするシステムを提供する。
この10月には新たなサービス「ELPIS-メンタルチェック」の提供も開始した。ELPIS-メンタルチェックはメンタルヘルス特化型のオンライン性格判断サービス。心理学と統計学を組み合わせた性格診断プログラムを提供するディグラム・ラボと同社がアルゴリズムを共同開発し、延べ2600万人のデータをもとにプロの産業医・精神科医が判定結果を監修している。20問の質問で性格を31タイプに分類。採用候補者の入社後活躍パターンや、離職・ストレス耐性などのメンタルリスク、上司との相性などを統計学的に分析できる。
「これまで僕らは人事部門に健康管理・労務の部分でソリューションを提供してきたが、『採用時点でも何か対応できないのか』というニーズは以前からあった。また、採用を支援する診断ツールはいろいろ提供されているが、メンタルにフォーカスしたものはない。僕ら自身が入口でのメンタルチェックの必要性を感じていた」(刀禰氏)

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メンタルテクノロジーズでも実際にELPIS-メンタルチェックを全社員でテストしてみたところ、診断結果は「本当にその通りだ」(刀禰氏)と納得のいくもので、従来から使っている採用診断サービスと併用するようになったそうだ。
ストレスチェックでは、医師などから従業員へ直接結果が通知されるので、人事部門が結果を活用することは難しいが、このサービスでは結果を生かすことができる。「パターンごとの相性も出るので、応用範囲は広い」と刀禰氏はいう。
「使い放題の月額制(3万円~)なので、採用候補者だけでなく、アルバイトや委託社員も含めた組織全体で、同額でテストできる。定期的に診断すると、前職でストレスが高かった人などでは結果が変わる人もいる。プロジェクトのチームビルディングなどにもおすすめだ」(刀禰氏)
組織のメンタルヘルスケア、課題は「3つの“不”」
刀禰氏が考える、組織のメンタルヘルスケアの具体的なステップは「3つの“不”」、すなわち従業員の「不信」「不満」「不安」を取り除くことで進められるという。
「まず『企業が必ずやらなければならないこと』としては、コンプライアンスを守ること。それから経営陣やマネジャー層が『自分と他人のストレス耐性は違う』と認識することだ。ついで休職・復職フローを仕組み化して確立する。その後、産業医や保健師、または外部機関への相談窓口を設けた上で、セルフケア、ラインケアを行うのが正しい順序だ」(刀禰氏)
組織の中でメンタルヘルスケアへの意識が高まりはじめると、真っ先に管理職研修などにより、ラインケアから実施しようという企業も多いそうだが、刀禰氏は「休職・復職を仕組み化して、体制を整えるのが先。体制が整っていない中で、いくらラインケアをやろうとしても機能しない」と話す。
健康経営に取り組む法人は増えている。2019年には「健康経営優良法人」として大企業で821法人、中小企業で2503法人が認定されており、直近では特に中小企業へ取り組みが広がっている。刀禰氏は「企業が健康経営に取り組む目的は『健康経営銘柄』や『健康経営優良法人』になることではない。生産性の向上だ」として、次のように述べている。
「生産性向上は、オペレーションの最適化やIT活用など、生産性向上の手法と、働きやすい職場との組み合わせで成り立つ、というのが健康経営の考え方。この働きやすい職場を実現する要素のうち、『社員の心身の健康』と『明確なルールとその遵守』の部分について、僕らはソリューションを提供していく」(刀禰氏)

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刀禰氏は「企業のメンタルヘルスに関する悩みはそれぞれ違っており、ニーズは多様。一方でコストはかけられない状況だ。お金をかければ、あるいはアナログなら手法はいろいろあるが、時間とコストをかけずに、クラウドで、メンタルヘルスケアのソリューションを提供していくというのが僕らの発想だ」と語る。
「経営陣も人事もメンタルヘルスの問題を後回しにしがち。起業家も、特に小さい規模のうちはメンタルに課題を抱えることはある。しかし事業がうまく軌道に乗り、従業員数が増えてくるとそれを忘れて、メンタルヘルスケアをコストと捉えるようになる。そもそも経営陣や管理職、人事部門の人には“勝ち組”が多く、メンタルの不調を理解しにくい。そうした人にも『メンタルヘルスはケアできる』と教育する必要があります」(刀禰氏)
