「ぷよぷよ」の作者である米光一成氏が製作した「変顔マッチ」。パッケージやカードは名刺サイズで、かばんに忍ばせ、旅行先などでも気軽に遊ぶことができる
「ぷよぷよ」の作者である米光一成氏が製作した「変顔マッチ」。パッケージやカードは名刺サイズで、かばんに忍ばせ、旅行先などでも気軽に遊ぶことができる
  • 即売会の参加者は10年間で10倍以上、コロナ禍で市場はさらに成長
  • 品切れ店も続出、「ぷよぷよ」作者も製作するダイソーボドゲ
  • ピザーラやスシローとのコラボゲームも開発
  • 安価なゲームを足がかりに、ボードゲームのユーザー層を広げる

「ボードゲーム(アナログゲーム)」の人気が高まっている。電源要らずでボードや駒、カードを用いるボードゲームは、人数さえそろえば誰でもプレイでき、普段デジタルゲームを遊ばない人にもとっつきやすい。一方で高度な駆け引きや高い戦略性がカギとなるゲームも多く、デジタルゲームのユーザーが熱中することも多い。外出機会が減少したコロナ禍においては、屋内で楽しめることも追い風となった。

そんなボードゲームの購入先として定着しつつあるのが、100円ショップ「ダイソー」だ。実績のあるボードゲームのクリエイターの作品を110円で販売。既存のゲームに比べて10分の1以下の価格を実現し、敷居の高かったボードゲームを身近な存在にしようとしている。

ボードゲーム愛好家の間でも“ダイソーボドゲ”の名称で話題になり、都内のダイソーでは売り切れ店舗が続出した。

ダイソーボドゲを展開するのは、ダイソーで販売する脳トレ本やカレンダーを手がける大創出版。同社が参入を決めたボードゲームの魅力、そして愛好家も認めるクオリティと低価格両立の秘けつについて聞いた。

即売会の参加者は10年間で10倍以上、コロナ禍で市場はさらに成長

「ボードゲーム」という言葉の厳密な定義は難しいが、スマートフォンやTVゲームといった電源を使わないゲームの総称を指すことが多い。日本では「人生ゲーム」「UNO」などが有名だが、現在のボードゲームの源流は1990年代ごろのドイツゲームにあると言われている。大喜利のように会話主体で進行するパーティゲームから、1ゲームあたり数時間もかかる高度な戦略性が求められるゲームまで、その内容もさまざまだ。

日本でも広く親しまれるドイツゲーム「カタンの開拓者たち」。1プレイ45分程度。プレイヤー同士で相談して自由にカードを交換できるため、運や戦略のほか、交渉のセンスが求められる

日本におけるボードゲームの正確な市場規模は公開されていないが、日本玩具協会の調査によればパーティグッズや手品グッズなども含めた2019年度の「ゲーム」の市場規模は約166億円。その中におけるボードゲームの市場規模は、数十億円程度だと推定されており、約3670億円の「家庭用ゲーム」(ファミ通調べ、2020年)、約1130億円の「カードゲーム、トレーディングカード」(日本玩具協会調べ、2019年度)に比べると、マイナーなジャンルだ。

とはいえ、国内ボードゲーム市場は着実に成長しつつある。それが顕著に表れているのが、同人・商業を問わないボードゲームや関連商品の即売会「ゲームマーケット」の参加者数だ。これはボードゲーム版のコミックマーケットとでもいうべきイベントで、2009年の参加者数1350人に対して、2019年秋の1日あたり参加者数は平均14650人と、この10年間で10倍以上に増加している(ちなみに、2020年秋の来場者数はコロナ禍による入場規制もあり、1日あたり6650人だった)。

昨今のコロナ禍での巣ごもり需要や、人気YouTuberが取り上げたことで、ボードゲーム市場は成長が加速。蔦屋書店における2020年4月から6月期にかけてのボードゲームの販売実績は、前年同期比454%を記録したという。

国内で200店以上が営業中の「ボードゲームカフェ」も流行の後押しになった。ボードゲームカフェとは、雀荘のような営業形態の店舗で、店内に並んだ国内外のゲームを自由にプレイ可能な施設だ。店舗によっては飲食も提供しており、初対面の人同士で新しいゲームに触れたり、アルコール片手にゲームを楽しんだりできる。なお筆者も東京・巣鴨でボードゲームカフェを運営している。

品切れ店も続出、「ぷよぷよ」作者も製作するダイソーボドゲ

ダイソーボドゲは、2020年11月と12月に合計12点を販売開始しており、国内外のダイソーで購入可能だ(一部取り扱っていない店舗もあり)。大創出版はダイソーボドゲのルールデザインやイラスト、印刷の発注といった、書籍流通における出版社のような役割を担っている。

販売ゲームのラインナップは、頭を使うゲームからコミュニケーションゲームまで幅広い。たとえば「Ostle(オストル)」は、相手の駒を盤外に押し出すことでそれを獲得できる将棋のような2人専用ゲーム。シンプルなルールながら勝ち筋を見つけるのは簡単ではなく、数手先を見通す力が求められる。

「変顔マッチ」は複雑な思考を要さないパーティゲーム。出題者はお題カードに書かれた表情を真似し、ほかのプレイヤーはその表情が示すカードを当てる。言語に依存せず、子どもの方がうまく表現できることもあるので家族でも遊びやすい。

大創出版代表取締役社長の西田大氏
大創出版代表取締役社長の西田大氏

いずれもかばんに入る程度のパッケージサイズで、1回のプレイ時間は1〜15分程度と短め。ボードゲーム初心者向けであることが共通点だ。

前述のとおり価格はいずれも110円。1000円以上の価格が一般的なボードゲームに比べると圧倒的に安価で、発売直後からボードゲームユーザーの間で話題になった。首都圏のダイソーでは売り切れ店が続出し、SNSでは在庫が残っている店舗の情報も出回っていたほどだ。

タイトルによって多少のばらつきはあるものの、すでに数万個が製造されており、2020年3月からは第3刷が店頭に並び始めている。

「『100円なので気軽に購入でき、家族で遊びやすい』『子どもに勧めるために複数購入した』など、新しくボードゲームを遊ばれた方からも、既存のボードゲームユーザーからも好意的な評価をいただいています」(大創出版代表取締役社長の西田大氏)

筆者も全商品を遊んだが、ゲーム性や内容物のクオリティはいずれも100円で購入できる商品だとは思えないほどしっかりしている。これまでも低価格のボードゲームは存在したが、ルール監修に抜け漏れがあって遊び方がわかりづらい、あるいは複数回プレイしたいと思えないゲームも少なくなかった。

ダイソーボドゲのクオリティを下支えしているのは、安価だからといって手を抜かない生産体制だ。大ヒットパズルゲーム「ぷよぷよ」を企画、監督した米光一成氏など、ゲームの製作実績を持つクリエイターが製作を担当。新たにイチから開発したゲームもあれば、クリエイターの過去作を100円で販売できるようリメイクしたものもある。

内容物についても、エンボス加工が施されたカードや、子どもが誤飲しても悪影響がない樹脂でできた駒など、通常価格のボードゲームに見劣りしない。

では、確かなクオリティと低価格の両立は、どのように実現したのか。西田氏によれば、「ダイソーの豊富な販売チャネルを活かした大量生産と、大創出版が培ってきた製造経路」がその答えだという。

ボードゲームの販売場所は、主にゲームマーケットを始めとした即売会やホビーショップなど限られている。近年は東急ハンズやTSUTAYA、ヨドバシカメラといった量販店での取り扱いも増えているが、そこに並ぶのはすでに有名になった作品だ。

そのため、新製品のロット数については慎重にならざるを得ない。同人作品の場合はなおさらだ(余談だが、こうした背景があるためヒットした商品はすぐに品薄になる。品薄商品をターゲットにした定価の数倍近い価格での転売や、海賊版の問題も深刻だ)。

一方、全ての店舗で販売できる訳ではないものの、ダイソーボドゲの場合は国内のダイソー3493店舗、および国外のダイソー2248店舗が販売場所になる。そのため大量生産が可能で、生産コストも下げられるようになる。

また、大創出版はマカオのカジノにもトランプを卸している印刷会社と取引するなど、100円で可能な限りクオリティの高い印刷物を手がけるノウハウを培ってきた。大量生産と印刷技術の掛け合わせが、既存価格の10分の1以下の値段を実現している。

ピザーラやスシローとのコラボゲームも開発

大創出版は100円ショップのダイソーを運営する大創産業の100%子会社。ダイソーで販売するパズル誌やカレンダー、かるたなどを手がけている。過去には大人用のぬりえやPCゲームといったトレンドに沿った商品も開発しており、ボードゲームもその一環だといえる。

ボードゲーム市場に参入したきっかけは、西田氏が社員の1人に紹介された「人狼ゲーム」だという。人狼ゲームは村人とその中に潜んだ人狼に分かれたプレイヤーが交渉を駆使して相手の正体を探る、だまし合い要素の強いゲームだ。

人狼ゲームの面白さに感銘を受けた西田氏は、すぐさま自社での製造を検討。国内でのライセンスを保有しており、スマホアプリ「人狼ゲーム〜牢獄の悪夢〜」の開発者である鈴木教久(ゲームデザイナー名は鈴木カズ)氏にルール監修を依頼し、2019年に「人狼カード Dead or Alive」として販売開始した。すでに他社からカード版の人狼ゲームは販売されていたが、100円で購入できることが話題になった。

これがきっかけでボードゲームに興味を持った西田氏は、同年秋のゲームマーケットに参加。自らブースを回って気に入ったゲームを購入し、クリエイターとの交流を深めるうちに、自身もボードゲームの魅力にのめり込んでいった。

「新しいゲームを遊ぶたびに、初めてトランプを遊んだときのような新鮮な驚きを味わえるんです。デジタルゲームも面白いですが、顔をつきあわせて同じ時間を共有する体験は何にも代えがたい」(西田氏)

また、後にダイソーボドゲとしてもリメイクされる「Ostle」の作者であり、ゲームサークル「雅ゲームス」の代表であるフカセ・マサオ氏に外部アドバイザーを依頼。ボードゲーム知識が豊富な人物にクリエイターの選定やゲーム監修を任せている。

ダイソーボドゲの1つ「オーダーピザーラ」。指示されたアルファベットが書いてあるカードの中から1枚を早取りする「かるた」のようなゲームだが、ゲームが進行すると人によって欲しいカードが異なってくるため、自分の得点を優先するか、他人を妨害するかといった選択肢も生まれる
ダイソーボドゲの1つ「オーダーピザーラ」。指示されたアルファベットが書いてあるカードの中から1枚を早取りする「かるた」のようなゲームだが、ゲームが進行すると人によって欲しいカードが異なってくるため、自分の得点を優先するか、他人を妨害するかといった選択肢も生まれる

ダイソーボドゲの開発においては、「とにかくボードゲームを知らない人に興味を持ってもらうことを心がけています」と西田氏。ホビーショップの来店客はボードゲームの購入を前提に来店するが、ダイソーはそうではない。生活雑貨やお菓子を目的に来店した、そもそも「ボードゲーム」というジャンルを知らない人の手に取ってもらう必要があるからだ。

そのため製品開発時には、ボードゲームを知らない人との接点を用意することを意識。その結果生まれたのが、「ピザーラ」「スシロー」「クアアイナ」といった飲食店の商品写真をパッケージや内容物に使用した企業コラボゲームだ。

棚の前を通った人が興味を持ちやすくなるだけでなく、「『ゲームプレイ後にはそのメニューを食べたくなるという声もいただいており、コラボ先企業の宣伝効果も期待できます」と西田氏。

また、ルール把握の敷居を下げるために、ゲームに封入している説明書のほかにYouTubeでルール説明動画を公開。店頭でもPOPに付いたQRコードからルールを確認できるので、購入前に詳細なゲーム内容を把握できる。

大創出版ホームページの商品ラインナップ画面。取り扱いゲームのルール動画もまとめて視聴できる
大創出版ホームページの商品ラインナップ画面。取り扱いゲームのルール動画もまとめて視聴できる

安価なゲームを足がかりに、ボードゲームのユーザー層を広げる

好意的な評価も多い一方で、既存のボードゲーム愛好家からは低価格なダイソーボドゲを「市場破壊につながるのではないか」と懸念の声も上がっている。特に同人ゲームのクリエイターにとっては、大量生産による安価な製品の登場は大きな脅威にも映るはずだ。

そうした疑念について西田氏は、「一面では(懸念は)正しい」と言いつつもこう続ける。

「私たちの役割は、安価なゲームを足がかりにボードゲームのユーザー層を広げることだと認識しています。一方で、やはり100円で販売できるゲームには限界がある。ダイソーボドゲでボードゲームに触れた方々が、より幅広い作品を遊ぶきっかけになってほしい」

「もちろん安価な作品の作り手にとっては影響も大きいかもしれませんが、クオリティの高い選択肢が生まれた方が、長期的には業界のためになると信じています。すでに低価格帯のゲーム製作を得意としているクリエイターからも『大創出版でゲームを出したい』という声もいただいています」(西田氏)

ボードゲーム以外にもクリエイターから大創出版への出版依頼は増えており、最近は月に10人程度のクリエイターと連絡を取っているそうだ。こうしたやりとりをきっかけにした「仲間をつくる」姿勢が、ボードゲーム事業においても根幹となっているという。

「僕はボードゲームについては、全くの素人。いろんな人々の力を借りなければダイソーボドゲは成り立ちませんし、その方がより良い作品ができあがるはず」(西田氏)

こうした思いがあるからこそ、社長自らゲームマーケットを回り、クリエイターに声をかけている。さらに西田氏は、ボードゲーム業界にとっても「仲間をつくる」姿勢は重要だと続ける。

「部外者だった者からの視点になりますが、ボードゲーム市場は成長可能性を秘めている一方で、まだ業界内での連帯が少ない印象を受けます。クリエイターや出版社、あるいはボードゲームカフェなどが手を組むことで、さらにいろいろなことができるはず」(西田氏)

今後も大創出版では、新たなボードゲームの開発に取り組んでいく。次回作の発売は、6〜7月頃の予定だ。

「娯楽としてはもちろん、ボードゲームには教育効果や認知症予防など、さまざまな側面があります。それを活かせば、図書館や教育機関、高齢者施設など、より幅広い場所でボードゲームを楽しんでもらえるはず」

「繰り返しになりますが、その中での我々の役目はボードゲームの裾野を広げ、市場の活性化を加速させること。1000円のゲームには手を出せないお子様でも、100円だったらお小遣いで買えるかもしれない。そして自分のお金で手に入れた楽しい思い出は、一生忘れないほどの強烈な思い出になりうる。そんな体験をした人が増えれば、将来的にはボードゲームは日本を代表する文化になる可能性すらあると思っています」(西田氏)