Loco Partnersの創業者であり、新たに令和トラベルを立ち上げた篠塚孝哉氏
Loco Partnersの創業者であり、新たに令和トラベルを立ち上げた篠塚孝哉氏 すべての画像提供 : 令和トラベル
  • 今のタイミングだからこそ、スタートアップには参入のチャンスがある
  • ツアーから紙をなくし、デジタル化された新しいUXを提供
  • 旅行ビジネスで10年、「やっぱり旅行で挑戦したい」

「今は海外旅行に行くのが難しい状況なので、市場としても厳しい状況が続いている。でも、どこかで必ず海外旅行のニーズが戻ってくると確信しています。人にとって旅行はすごく重要な存在。僕自身も旅行業をずっとやってきた中で強みもあり、そこに対する思いもある。もう一度旅行業でチャレンジしたかったんです」

コロナ禍で大きな打撃を受けた旅行業界に、あえて今のタイミングで参入するべく会社を立ち上げた起業家がいる。

ホテル・旅館の宿泊予約サービス「Relux」を運営するLoco Partnersの創業者で、2020年3月31日まで同社の代表取締役を務めた篠塚孝哉氏だ。

Reluxでは日本各地の宿泊施設を厳選して紹介することで“国内旅行”の体験を変えるチャレンジをしてきた。それに対して篠塚氏の新会社「令和トラベル」で取り組むのは“海外旅行”の変革。まずはデジタル化の遅れる「海外旅行予約」の体験をアップデートしていく計画だという。

再びスタートアップを立ち上げるにあたってなぜ海外旅行業を選んだのか。そして具体的にはどのようなアプローチでこの市場に入っていくのか。篠塚氏にその考えを聞いた。

今のタイミングだからこそ、スタートアップには参入のチャンスがある

コロナ禍で移動が大きく制限されたことで、旅行代理店は海外旅行での売り上げが立たなくなり、軒並み厳しい状況に追い込まれている。

生鮮食品のEコマースやデリバリー、電子契約やオンライン会議など生活環境が一変することに伴って大きく動いた産業では、この1年間で新たなニーズに応えるようにデジタル化が一気に進んだ。

一方で海外旅行はそもそもの需要自体がほとんどなくなってしまったため、同じような変化が生まれなかったと篠塚氏は話す。

「いわゆるDXは、産業が動いている順に進んでいったと思うんです。海外旅行はそもそも産業が動いていないので、この1年でもDXがほとんど進まず、むしろ多くの事業者が厳しい処理を迫られています。だからこそ、まだまだ変革できる余地が大いに残されていると気付きました」(篠塚氏)

旅行業界にはJTBやHISを筆頭に大手の旅行代理店が複数存在し、彼らが長くに渡ってこの領域をけん引してきた。

JTBが発表している旅行動向調査によると、コロナ前の2019年には推計で約2000万人が海外旅行に出向き、海外旅行消費額も4.4兆円を超えている。

篠塚氏によると「全体の半分ほどがツアー経由のもの」とのことなので、海外旅行ツアーだけでも2兆円を超えるポテンシャルがあるわけだ。

ただ大きな産業である反面、創業間もないスタートアップが参入するにはハードルが高い市場だった。

特に海外の募集型企画旅行を実施するには第一種旅行業の免許を取得しなければスタートラインに立てない。その上ですでに既存のプレーヤーが複数社存在しているため「ホテルや航空会社からしても、『もういっぱいだからいらないよ』というトーン」だったという。

ところがコロナ禍でその状況が一変した。今ではホテルでも航空会社でも、電話をかければ誰でも相談を受けてくれて、予約も取りやすい状況。参入障壁が下がっている。

「もちろん既存の大手代理店もデジタル化に取り組んでいますが、IT業界視点での(徹底した)デジタル化ができているかというと、必ずしもそうではない部分も多い。そこにはすごく大きなチャンスがあると考えています」(篠塚氏)

今の状況であれば、大手企業よりもスタートアップの方が柔軟に動ける側面もある。日本で海外旅行が自由化されてから60年弱ほど経つが「その中では今が最も参入のチャンスだと感じている」というのが篠塚氏の見解だ。

ツアーから紙をなくし、デジタル化された新しいUXを提供

新会社の令和トラベルではデジタルを活用することで海外旅行体験のアップデートを目指すという
新会社の令和トラベルではデジタルを活用することで海外旅行体験のアップデートを目指すという

では、新会社の令和トラベルは具体的に何をやるのか。

篠塚氏によると、まさに”新しい旅行代理店”として業界のど真ん中に入り、消費者向けの旅行事業を展開していく計画とのこと。自分たちでツアーを作り、サービスを開発し、そのオペレーションも一通りやる。

思想としては「(コーヒーのように)サードウェーブな旅行代理店事業を垂直に立ち上げていくイメージ」だという。

「たとえばコーヒー業界ではすでにスターバックスコーヒーなどがポジションを確立している中で、ブルーボトルコーヒーが第三極として参入し、多くの顧客から支持を得ました。同じような取り組みを旅行代理店としてやっていきたい。今までにない顧客体験を提供できれば十分に戦える可能性があると思っています」(篠塚氏)

カギを握るのがデジタル化だ。Reluxの時は、厳選したホテルや旅館を扱うことで、その価値を大きく伸ばしてきた。一方で令和トラベルは厳選したツアーのみを扱うというよりは、定番のものも含めてさまざまなツアーを扱っていく方針だ。

ただし従来のように人と紙を中心にしたオペレーションではなく、最初からその大部分をデジタルで構築していく。

多くの場合、海外旅行のツアーを予約すると旅行の条件書やツアーの企画書が家に届く。当日も基本的には紙を持参して飛行機やホテルを利用する際に手渡しする。

この“紙”を軸とした一連のオペレーションがいまだに残っているほか、代理店側の処理でも紙や電話、FAXが使われているのが現状だという。

まずはこの工程をデジタルに置き換え、「すべてがアプリ上で完結するような体験」を作るのが令和トラベルのチャレンジだ。

アプリから簡単に複数のツアーを比較・予約し、予約の確認書や注文書などの必要な情報もすべてアプリ上で確認できるようにする。ツアー当日もQRコードなどを活用し、スマホ一台あれば飛行機の登場やホテルのチェックインがスムーズに完結する。

そのように一連の体験をデジタル化した形で提供していく構想。余計なオペレーションを排除することで、ユーザーの使い勝手を向上するだけでなく、ツアーの価格自体を安くできる側面もあるという。

海外旅行においては、各国ごとに定番となる“ゴールデンルート”がある程度決まっている。そのため自身でエアチケットやホテルを予約して計画を立てる場合も、企画されたツアーに参加する場合も「行く場所自体は大きく変わらないことが多い」と篠塚氏は話す。

「もちろんオススメの旅先のレコメンドなどはやっていきますが、その手前の段階の方が遥かに差別化できる感覚があるんです。ものすごく斬新な企画を作って旅ナカの体験自体を変えていくといよりは、旅マエの体験をデジタル化することで明確なユーザーバリューを作っていくのが自分たちの役割だと思っています」

「自分自身でも海外旅行をする際、(自分で)飛行機やホテルの予約をするのは手間がかかる一方で、ツアーは探しづらいので使いにくいという課題を感じていました。似たようなツアーがいっぱいある中でどれが自分にあっているのかがわかりづらい。そこからちゃんとデジタル化することができれば、ツアーが探しやすく(一連の体験も含めて)便利なサービスを作れるのではないかなと」(篠塚氏)

特にターゲットとして想定しているのが海外旅行に慣れておらず、なおかつITを普段からバリバリ使いこなしているわけではない人たちだ。

自身で複数のサイトを使いながらホテルや航空券を手配するのは大変なため、ツアーを通じて海外旅行に行くことを検討している──。そのようなユーザーに新しい旅行体験を提供したいという。

旅行ビジネスで10年、「やっぱり旅行で挑戦したい」

篠塚氏は新卒入社したリクルート(当時の旅行カンパニーに配属)で「じゃらん」を担当して以来、10年以上に渡って旅行ビジネスに携わってきた。

一度目の起業は東日本大震災が起こった2011年。繋がりのあった宿の人たちからの電話を受け、何かサポートができないかとLoco Partnersを創業。その当時は具体的な事業案などはなく、コンサルティングなどを通じて売上を作った。

2013年にReluxを立ち上げた原体験は、リクルート時代から友人に「おすすめの宿を教えて欲しい」と聞かれることが多かったこと。最初は「じゃらんを見ればいいのでは」と思っていたが、話を聞くと「候補がありすぎてどれがいいのかわからない」と言われた。

そこで篠塚氏が予算や希望の条件、一緒に行く人などをヒアリングしながら該当する宿を3つくらいピックアップして紹介すると「ほぼ確実にどれかに決まった」という。

「当宿泊予約サイトは選択肢がたくさんある方が優れていると思われていましたが、実は信頼できる情報源からなら必ずしも多くの選択肢は必要ないことに気付きました。その感覚をシステムに落とし込んでみようと開発したのがReluxだったんです」(篠塚氏)

自信はあったが、リリースからしばらくは苦戦した。最初の3カ月は関係者以外の予約を除くと実質的に予約は0件。サイトに掲載されている宿泊施設も約20軒のみ、それも関東がほとんどだったのでユーザーのニーズに応えられる環境もまだ整っていなかった。

そこから地道にサービスの使い勝手を改善するとともに宿泊施設の数を広げていったことで、少しずつ成長軌道に乗る。2017年2月にはさらなるサービス拡大を目指し、KDDIグループ入りを決めた。

会社を立ち上げてから8年半。組織も拡大し事業の成長エンジンも作ることができ、自身が代表にいなくてもサービスの伸びは変わらないだろうと確信が持てたことがLoco Partnersの代表を退任した理由だという。

退任した2020年3月末はちょうどコロナの時期と重なったこともあり、その翌日には「TASTE LOCAL」のプロジェクトが動き出す。この1年は同サービスを運営しながら、再びスタートアップに挑戦するべく、さまざまな領域で事業案を検討してきた。

「旅行業界の課題も感じていたこともありますが、最終的にこの領域を選んだのは自分自身が旅行が大好きだからです。新卒からずっとこの業界に関わってきて、結局は旅行事業が1番楽しくやれるし、これまでの経験や自分の強み、ネットワークなども存分に活かせる。国内の旅行事業はReluxを通じて十分チャレンジできたので、もう一度やるなら今度はより大きな舞台として海外旅行事業に挑みたいと思いました」(篠塚氏)

今のところ業界の先行きは不透明な状態が続くが、令和トラベルとしてはサービスの立ち上げに先がけて第一種旅行業免許も取得した。まずは今夏を目処に最初のサービスをローンチする計画で、ここから開発のピッチを上げていくという。

TASTE LOCALは積極的な外部調達は考えていないという話だったが、令和トラベルではベンチャーキャピタルなどからの資金調達も実施しながら事業成長を目指す方針。ゆくゆくはアプリだけでなく、先進的な店舗を作る構想なども温めているそうだ。

「調べれば調べるほど解像度が上がってきている中で、改めて大きなチャンスがあると強く感じるようになりました。自分としては海外旅行の新しいバージョンを作るイメージ。デジタルを活用し、これまでにないアップデートされた旅行体験を届けていきたいです」(篠塚氏)