
小さな声が聞き取りづらくなった、耳鳴りがするようになった──こうした症状などを筆頭に、耳の“聞こえ”に課題を感じている人は意外と多い。日本補聴器工業会が実施した調査「JapanTrak 2018」によれば、日本の難聴者の数は1500万人を超えているという。
そうした状況にもかかわらず、日本における補聴器の普及率はわずか14%。主要各国の補聴器使用率の半分にも満たない現状となっている。高齢化に加えて、最近はAirPodsなど完全ワイヤレスイヤホンの普及もあり、若者を中心にヘッドホン(イヤホン)難聴のリスクも高まるなど、今後さらに社会問題化する可能性がある。
そんな“難聴”という課題にアプローチしているスタートアップがある。聴覚サポートイヤホン「Olive Smart Ear(オリーブスマートイヤー)」を提供している、Olive Unionだ。
同社は4月5日、Beyond Next Ventures、Bonds Invest ment Groupを引受先としたた第三者割当増資と日本政策金融公庫からの融資を合わせて、総額約7億円の資金調達を実施したことを明らかにした。今回の調達で同社の累計調達額は20億円となった。
今回調達した資金は、聞こえに課題を持つ人への既存製品の拡充と併せて、耳鳴りなど耳領域へのデジタル療法を見据えた研究開発、および新サービスの構築に充てるという。
独自開発のスマホアプリから、自動でユーザーに最適な音を調節
Olive Smart Earは本体にマイクがついており、聞こえづらいような小さい音を、大きくして聞くことができる聴覚サポートイヤホン。一言で説明するならば、“集音器”のようなデバイスだが、従来の音の高さが調整できないものとは違い、Olive Smart Earは使う人に合わせて音の高さが調整できるのが大きな特徴だ。
また、Olive Smart Earはアメリカと韓国では補聴器として医療機器認定を受けているが、日本では医療機器として認定を受けていないため、「補聴器」とは呼べないが、まさに新しいかたちの聴覚サポートデバイスと言える。
開発元であるOlive Unionの創業は2016年。サムスン電子でプロダクトデザイナーとして働いた経験を持つ、Owen Song(オーウェン・ソン)氏が韓国で立ち上げた。以降米国、日本と事業を拡大している。
なぜ、聴覚サポートイヤホンを開発することにしたのか。その背景には、オーウェン氏の叔父が難聴だったことが関係している。
2013年頃、オーウェン氏は叔父が補聴器の聞こえづらさに悩んでいる姿を目にし、悩みを解決すべく補聴器を分解してみたところ、その中身にオーウェン氏は衝撃を覚えたという。
「価格が3000ドル(日本円で約30万円)と高価であるにもかかわらず、要素技術や部品が極めて単純だったんです」(オーウェン氏)。その経験から「安価で性能のいい補聴器を提供できるようにしたい」と思うようになり、独学で研究・分析をはじめた。
Olive Smart Earを開発するにあたって、意識したのが「機能」「デザイン」「価格」の3つだ。まず機能に関して、従来の補聴器は購入する前に専門医院での問診、聴覚検査、試着・視聴などのスタップを踏まなければならない。また、購入後も3カ月ごとに調音しなければならないなど、意外と手間がかかる。

その手間を解消すべく、Olive Unionは聴覚サポートイヤホンだけでなく、専用アプリも独自に開発。イヤホンをBluetoothで専用アプリと連携させれば、その場でユーザーの聞こえに最適化された音に自動調整できるようにした。
具体的にはイコライザー機能を使用して、周波数ごとに音量を調整できるほか、「基本モード」「会話モード」「TVモード」「雑音の除去」という4つのモードをワンタップで簡単に切り替えることもできるようになっている。
また、独自開発した音声処理システムを搭載。マイクとスピーカーを介すことで発生する音のゆがみ(全高調波歪率THD)を1.2%以下に抑えているほか、最新のマルチチャンネル・フィードバックキャンセレーションによって高品質なハウリング防止も実現している。
「メガネをかける」ような感覚でイヤホンをつける
デザインに関しては、ファッション性を重視。オーウェン氏は開発にあたって「補聴器を身に着けることへの恥じらい」を解決することを意識したという。
「Olive Smart Earをデザインするにあたって考えたことは、補聴器を身に着けることへの恥じらいです。目が不自由な場合は眼鏡をかけるように、耳が不自由な場合は補聴器を着用するはずです。しかし、従来の補聴器のデザインは、決して美しいとは表現し難く、自らの障害を隠すようなものが多くありました」
「例えば、補聴器の色です。従来の補聴器の色は肌色が多く、これこそ人が身に着けていることを隠し、体の奥に押し込んでいる、ひとつの要因だと考えました。そうした考えから、補聴器の着用を恥ずかしく感じさせないデザインにしようと思いました」(オーウェン氏)

実際、Olive Smart Earは従来の補聴器とは一線を画した、日常に溶け込むデザイン性に仕上がっている。市販の完全ワイヤレスイヤホンだと思ってしまうほどだ。
また、補聴器は平均15万円程度、高価なものになると60万円ほどするが、Olive Smart Earの価格は3万4800円(税込み)。多くの人が手に取りやすい価格になっている。販売開始から、わずか1年で全世界2万台を販売するなど、売れ行きも好調だ。
補聴器の普及率はわずか14%──この状況を改善すべく、従来の補聴器が抱えていた「機能」「デザイン」「価格」という3つの課題を改善したOlive Smart Ear。今後、Olive Unionは聴覚サポートイヤホンを着用する人の割合を増やしていくことに注力するという。また現在は片耳モデルのみの提供だが、今秋を目処に両耳対応のハイエンドモデルもリリースする予定だという。