
- 3メガバンクも出資、三井住友銀行出身者の金融スタートアップ
- 単独で「Visa」ブランドのカード発行可能なKyash Direct
- モバイル×バンキングがお金のあり方を変えていく
- チャレンジャーバンクが変える「アクセシビリティ」
- 金融領域におけるテクノロジーインフラ目指す
- “日本発”のチャレンジャーバンク目指す
モバイルデバイスとテクノロジーの台頭で金融に大きな変化が訪れている。中でも欧米で注目を集めるのが、銀行業や関連するライセンスを自ら取得し、従来銀行が提供していた機能をアプリ上で提供する「チャレンジャーバンク」と呼ばれる新興企業たちだ。日本でもこの領域に挑戦するスタートアップがいる。三井住友銀行出身の鷹取真一氏率いるKyash(キャッシュ)だ。同氏にKyashの今後と、チャレンジャーバンクの可能性について聞いた。(ライター 大崎真澄)
3メガバンクも出資、三井住友銀行出身者の金融スタートアップ
給与の受け取り、預金、各種料金の振込、現金の引き出し――。海外を中心に日々の生活に欠かせない「Banking(銀行が行う機能や業務)」のアップデートが加速している。
「チャレンジャーバンク」と呼ばれるFinTechスタートアップ群の特徴は、既存の銀行のように実店舗を軸にするのではなく、モバイル上でデジタルファーストな口座を提供していること。その多くが銀行業ないし各業務に関連するライセンスを取得した上で、自社で新しいバンキング体験を開発している(中にはライセンスを取得せず、既存の銀行と提携して同じような顧客体験を実現している企業もあり、それらは「ネオバンク」として区別されることもある)。
スマホでの利用に最適化した設計に加え、給与の2日前入金といった独自機能や安価な手数料などを武器として、ミレニアル世代を中心に利用が進む。
法規制や業界の構造が大きく影響するため国によってもアプローチの仕方は異なるものの、日本国内においてもこのチャレンジャーバンクを志すスタートアップが生まれている。三井住友銀行出身の鷹取真一氏が2015年に創業したKyashがまさにそうだ。
個人向けのウォレットアプリ「Kyash」や企業向けの決済プラットフォーム「Kyash Direct」を展開する同社は、今年7月にサンフランシスコに本社を置くGoodwater Capitalなどから約15億円の資金調達を実施。累計の調達額は28億円ほどで、株主には3メガバンク傘下のベンチャーキャピタルも名を連ねる。

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同社ではVisaカードをベースにしたウォレットアプリ・Kyashを2017年4月にローンチ。スマホアプリ上でVisaのプリペイドカードを簡単に発行し、手持ちのクレジットカードなどからチャージすることで、Visa加盟店での決済や友人間の送金ができる仕組みを作った。
当初はオンラインショップでの利用のみが対象になっていたが、2018年6月にリアルカードの提供をスタートし決済機能を強化。クレジットカードやデビットカードのように実店舗での決済でも使えることで利用シーンを広げている。
単独で「Visa」ブランドのカード発行可能なKyash Direct
徐々に実績を積み上げる中で、Kyashは2019年4月にひとつの転換期を迎える。Visaがフィンテック企業やスタートアップを支援することを目的に設立した「Fintechファストトラックプログラム」に参加。Visaプリペイドカードの発行ライセンスを取得することで、自社単独でカード発行ができるKyash Directを発表したのだ。
従来であれば事業者が自社ブランドでVisaカードを発行したいと考えた場合、Visa発行ライセンスを保有する銀行やカード会社と提携し、Visa加盟店との決済処理を担うシステム(プロセシング業務)を提供するシステムベンダーとの契約が必要だった。
一方Kyash Directではカード発行から決済処理までの一連の機能をKyashがワンストップで提供できる点がポイントだ。この仕組みはもともとKyashが創業時からプロセシングシステムを独自で構築してきたため、そこにVisaの発行ライセンスが加わることで可能になったもの。利用企業は低コストかつ迅速に自社ブランドのカードを発行できるだけでなく、細かい設計などを含めて柔軟なプラットフォームを作れるのが特徴だ。
10月には第1弾として経費精算サービスを手がけるスタートアップ・クラウドキャストへVisaカード発行および決済プロセシング技術を提供し、国内初となるVisa加盟店で使える経費精算サービス一体型法人プリペイドカード「Stapleカード」の発行をサポートした。
モバイル×バンキングがお金のあり方を変えていく
創業者の鷹取氏は新卒で入社した三井住友銀行で5年間勤務したのち、米国系の戦略コンサルティングファームを経て2015年1月にKyashを立ち上げた。チャレンジャーバンクという言葉を使っていたわけではないものの、当初からそれにつながる構想はあったという。
「コンサル在籍時にモバイル関連のプロジェクトに多く携わったことで、モバイルとインターネットがこれからさまざまな産業を変えていくと確信した。(金融においても)モバイルとバンキングのテーマがお金のあり方や動かし方を変えていく、この2つを上手く組み合わせられれば資金移動や価値移動の新しいインフラが作っていけるのではないかと」(鷹取氏)
最初の資金調達時の事業コンセプトはそれを体現した「銀行口座をポケットに」。海外ではすでにSimpleなどのオンラインバンクがユーザーの注目を集めていたが、それらの多くは銀行がメインスポンサーとしてバックアップするようなビジネスモデルが主流で、日本では銀行代理に該当するため実現できない。そこで最初の入り口として「決済・送金」領域に絞ったKyashアプリから事業をスタートした。
「日本ではバンキングとペイメントが完全に分断されていることが1つの課題。銀行残高を知りたければ銀行口座にログインして、カード決済を何に使ったか知りたければカード会社のページをわざわざ開かなければならない。この状態を『1カ所で見える化する』という意味で解決したのが家計簿アプリだ。ただし後から振り返ってみてどうだったかを把握するには便利だが、完全にリアルタイム化されているわけではないのでタイムラグがある」(鷹取氏)
モバイルとインターネットによってさまざまなものがリアルタイムに同期される今の世の中において、日々のお金の流れについても同じような体験を実現できないか――。Kyashの背景にはそんなテーマがある。
「(Kyashアプリでは)現金の引き出しこそできないものの、実質的にVisaの残高ともいえるKyash残高を手軽に送金することができて、なおかつVisaの加盟店で決済ができるのであれば、それはもはや現金に近い存在。ある意味で『モバイルバンクの一歩目』と言えるのではないかと当初は考えていた。ただ、さすがにVisa加盟店でしか使えない残高をお金と同等にみなすのはマス向けには全く通用しなかった」(鷹取氏)
鷹取氏は今後の成長を見据えた上で、まずは決済の機能をしっかりと確立させることを決断。実店舗で使えるリアルカードも、まさに決済面での使い勝手を向上させるために生まれたものだ。
Kyashを世に出してから約2年半。地道に個人向けのアプリに磨きをかけつつ、新たな事業の柱となる法人向けのプロダクトもスタートする中で、ついに「ペイメントからバンキングへの進化」を見据えたチャレンジャーバンク構想の実現へと動き出す。今のKyashはそんな状況に差し掛かっている。
チャレンジャーバンクが変える「アクセシビリティ」
冒頭でも触れた通り、今グローバルではチャレンジャーバンクと呼ばれるスタートアップの勢いが増している。
チャレンジャーバンクの代表格として名前が挙がることの多いドイツのN26(推定時価総額 : 約35億ドル)、イギリスのMonzo(推定時価総額 : 約26億ドル)、ブラジルのNubank(推定時価総額 : 約100億ドル)、アメリカのChime(推定時価総額 : 約58億ドル)。これらはどれも企業評価額が10億ドル(日本円で約1000億円)を超える、いわゆるユニコーン企業だ。
細かな設計や機能はそれぞれ異なるが、共通する特徴は「アクセス性の良さ」だ。ユーザーはスマホ1つで口座開設、決済、国内外送金、投資、融資などを行うことができ、それぞれにかかる手間や手数料も既存の口座と比べて少ない。必要な情報を用意しておけば数分足らずで口座を開設できてしまう手軽さ、条件を満たせばクレジットカードの発行や現金引き出しも無料でできてしまう使い勝手の良さはチャレンジャーバンクの特徴だ。
また情報伝達のスピードが高速化することによって、チャレンジャーバンクだからこそ実現できるような機能も生まれている。例を挙げるとChimeを筆頭にアメリカの企業がこぞって訴求している「給料の2日前入金」。これらの機能をモバイルに最適化して提供することが、ミレニアル世代をはじめとする利用者の増加につながっている。
こうしたチャレンジャーバンクの概念は「既存の銀行業務をデジタルチャネルに乗せる」というネットバンクの考え方とは全く異なるものだ。
「スマホの裏に銀行口座が備わるような感覚に近い。従来の銀行業務の制約を受けることなく、ユーザーファーストで最も適した体験を考えられるのが強み。これによってアクセシビリティーが劇的に変わることで、その上で運ばれるものや行われることも変わる」(鷹取氏)
鷹取氏が一例として挙げたのが、日々のコミュニケーションツールがメールからチャットに切り替わったことによる変化だ。LINEのようなチャットサービスが普及した昨今、多くの人が友人や家族と気軽に写真を共有し合ったり、たいした意味もなくスタンプを送り合ったりしている。では同じことをメールが主流だった数年前も行っていたかというと、そんなことはない。
銀行口座においても同様の変化が起きるというのが鷹取氏の見解だ。今までであれば、数千円単位のお金を友人とやりとりするのに、その都度「銀行振込」を使うのは面倒だった。ところがチャレンジャーバンクの台頭によってその行為が極めて簡素化されることで、銀行振込で扱われる金額や利用されるシーンが変わる。お金の移動がより滑らかになり、流動的になると捉えることもできるだろう。
金融領域におけるテクノロジーインフラ目指す
Kyashでは、今後中長期的に上述したようなチャレンジャーバンクの実現を日本で目指していく。鷹取氏によるとローンを組んだり、不動産を買うために多額の資金を貯蓄するような用途の口座(Savings Account)ではなく、日々のお金の出し入れを迅速にする口座(Checking Account)としての機能にまずは注力する計画だ。
とはいえ、日本で今すぐに欧米と同じようなプロダクトを実現するのは難しい。最大のポイントになるのは「法規制」だ。
数年前からチャレンジャーバンクが次々と生まれているイギリスは、新興企業が銀行業に新規参入しやすいような方向へと規制が変更されたことがその背景にある。またアメリカのプレイヤーが特徴の1つとしている2日前の給与受け取りについても、そもそも現行の日本の労基法では電子マネーでの給与支払い自体が認められていない。
電子マネーでの給与支払いについては以前から議論に上がっていて「早ければ2020年には可能になるのではないか」といった関係者の声も耳にするが、少なくともそのタイミングを待つ必要がある。
Kyashとしては、今後それぞれの機能に必要となる各種ライセンスを取得しながらバンキングサービスを展開していく計画。今のところ特定のライセンスに関しての言及はなかったが、たとえば口座から現金を引き出す機能を提供するために必要となる資金移動業のライセンスなどは視野に入ってくるはずだ。
「金融の切り口でテクノロジーのインフラになっていきたい。基礎となるバンキングテクノロジーを保有しているからこそ自社だけに閉じるのではなく、(Kyashダイレクトを通じて)他社へ開放することで、法人の経費精算のように自分たちが直接は手がけない領域でも新しい価値提供を生み出せる。そもそもチャレンジャーバンクが取り組む領域は特に独禁法が厳しいので、1社で取れるシェアは限られ完全なデファクトは難しい。そもそもの産業やマーケット自体を拡大、発展させていかないと自分たちの事業も限定的になる」(鷹取氏)
“日本発”のチャレンジャーバンク目指す
鷹取氏はAmazonを例に「個人向けのKyashはオンラインショップのAmazon.com、法人向けのKyashダイレクトはクラウドサービスのAWS(Amazon Web Service)のような関係性」だと話していた。Kyashで培ってきた技術をKyashダイレクト経由で他社に提供しながら新しい産業を作っていくのはもちろん、Kyashダイレクト側で実施した取り組みをKyash本体や新たなサービスにも反映させていきたいという考えのようだ。
日本ではチャレンジャーバンクの波がまだ本格化していない一方で、「○○Pay」などの決済アプリ領域の競争が激化している。○○Payアプリの多くが自社サービスの経済圏を担う1サービスとして提供されている中、Kyashのように純粋に新しいバンキングを立ち上げようと挑むプレイヤーは珍しい。
「発射台としてのユーザー基盤は少ないが、中立性や公共性を担保できることは長いスパンで見たときの自分たちの強みとして、しっかりとそのポジショニングを築いていきたい」(鷹取氏)
同社は11月末に新しいリアルカードのティザーサイトを公開している。機能の詳細は明らかにされていないが、そのデザインを見る限り、ICチップ搭載・コンタクトレス(非接触決済)対応となる予定で、2020年初にも詳細を発表するとしている。日本発のチャレンジャーバンクを目指して――。Kyashの次の挑戦は始まったばかりだ。
