
- “クラウド化”がSuicaの柔軟性を高める
- クラウド化した改札はMaaSと好相性
- タッチ決済やQR乗車券も導入可能になるか
JR東日本は「Suica」の改札システムについて、2026年度までに“クラウド化”する方針を明らかにした。2023年春より新たにSuicaに対応する東北3県(青森、秋田、岩手)を皮切りに、関東や新潟県の既存Suicaエリアについても順次クラウド対応の新システムに置き換えられる見込みだ。
Suicaシステムの根幹技術は2001年から大きく変わっていない。今回発表された新たな改札システムの導入により、Suicaのサービス自体が大きく変わる可能性がある。
JR東日本は4月6日、青森、秋田、岩手(盛岡エリア)の3県でSuicaサービスを2023年春以降に提供するとした。そのニュースリリースの中で、「センターサーバを採用した新たな改札システム」を導入すると明らかにしている。この新システムこそが“クラウド化”した新たな改札システムだ。

新しい改札システムに更新されると、Suicaを使ったさまざまなサービスが提供しやすくなる。現時点ではあくまで可能性の範囲にとどまるが、QRコード改札など新しい技術の導入が進むポテンシャルも秘めている。
同社広報は、新たなSuica改札システムは東北3県の新エリアだけでなく、すでにSuicaエリアとなっている関東や新潟県、宮城県(仙台エリア)でも順次導入する方針を明らかにした。2026年度をめどに、JR東日本エリアのすべてのSuica対応を自動改札機が新システムに更新される見通しだ。
“クラウド化”がSuicaの柔軟性を高める
SuicaのシステムはJR西日本の「ICOCA」や関東私鉄・バス事業者の「PASMO」などと全国相互利用を進め、日本における鉄道改札の実質的な標準規格となっている。

JR東日本の中期経営計画「変革2027」では、Suicaを基軸として生活サービスや地方創生、フィンテックなどさまざまな分野に進出する構想が示されている。Suicaが生活サービスの基盤となる上で、まずはエリアの拡大が重要となるだろう。そして、鉄道乗車機能と新たなサービスがスムーズに連携できることが重要となる。Suica改札システムの“クラウド化”は、その1つの鍵となる機能更新と言える。

Suicaがサービスインした2001年当時は3Gサービスが開始されたばかりで、全国どこでも通信がつながる状況にはなかった。そのためSuicaでは、オンラインとオフラインの両方の処理を組み合わせて安定した処理を実現している。
時代が進み、2020年現在では、4G LTE網が99%以上の人口カバー率を達成し、安定した通信サービスがどこでも利用できる状況となった。すなわち、改札システムの“クラウド化”が実現する素地が整ったということになる。
それでは、クラウド化で何が変わるのか。シンプルに説明するなら「サービス改良が柔軟になる」。Suicaを用いた新しいサービスが、よりスピーディーに提供できるようになるのだ。
より具体的に説明しよう。Suicaをタッチして改札に入ると、カードやおサイフケータイのチップの中に入場駅の情報が記録される。電車に乗って目的地の駅で出場するときには、カード内に記録された入場駅の情報をもとに、自動改札機内で運賃計算が行われる。

この仕組みが“クラウド化”すると、自動改札機内の運賃計算機能が不要となる。Suicaで改札に入場すると、自動改札機上ではSuicaの識別番号を読み取り、センターサーバに送信する。目的の駅で出場する際にも改札機からセンターサーバにアクセスし、運賃を計算した情報を受け取ることになる。
つまり、これまでの自動改札機では駅ごとの運賃計算のデータを保持していたものが、クラウド化、より正確に言うとセンターサーバ化によって自動改札機はSuicaの認証情報を送受信するだけの機械となる。
これは、Suicaになにか新しい機能を追加する際に有利な仕様だ。現状で、JR東日本が保有する自動改札機は5000台近く存在する。これまで、Suicaを使った新しいサービスを提供する場合、このすべての改札機の情報を更新する必要があった。
センターサーバに運賃計算機能を集約すると、Suicaを使った新しいサービスを提供する場合、センターサーバ内に機能を追加するだけで提供準備が整う。機能改修にかかる期間や手間を大きく削減できるというわけだ。
JR東日本によると、センターサーバ化したとしても、Suicaで改札を通過するスピードは変わらない見通しだ。同社広報は「通信速度は現行と同等以上となるような設計を目指している」とコメントしている。
クラウド化した改札はMaaSと好相性
ここからはやや大胆に、“クラウド化”後のサービス展開を予想してみよう。JR東日本が公式に発表している内容は、「モバイル Suicaなどスマートフォンによる多様なサービス提供など」を目指すというもの。新システムに完全に移行した2026年度以降に展開を検討するとしている。
JR東日本が言及している通り、モバイルSuicaへのサービス追加が容易になるのは間違いないだろう。一方で、サービス拡充の恩恵はモバイルSuica(スマホ向けのSuica)にとどまらない可能性がある。
たとえば、Suicaにひも付けできる企画乗車券が提供できる可能性がある。現在も、特定エリア内の普通自由席に加え東京臨海高速鉄道線(りんかい線)と東京モノレールが乗り降り自由となるホリデーシーズン限定の「のんびりホリデーSuicaパス」や東京都23区内を走る普通列車の普通車自由席が乗り降り自由となる「都区内パス」といった一部の企画乗車券はSuica上に印字できるが、Suica定期券を印字している場合は企画乗車券は利用できないなど、使い勝手が悪いシステムにとどまっている。
改札のクラウド化が進めば、Suica自体には認証機能を持たせるだけになるため、企画乗車券を自由ひも付けできるようになるだろう。普段は定期券として使いつつ、休日は乗り放題の乗車券で外出する、といった使い方も可能になる。
もう一歩進めて、時間や人によって運賃が変わる「ダイナミックプライシング」のような使い方も可能になるかもしれない。たとえば、通勤ラッシュの時間を避けて乗車するオフピーク通勤で割引を用意したり、観光キャンペーンの実施にあわせて期間限定で割引したりする仕組みも考えられるだろう。
また、特定区間の回数券を導入する仕組みはSuicaには存在しないが、クラウド化した新しい改札システムなら実装できるだろう。
オフピーク割引や回数券に似た制度は2021年春から「JREポイント」の還元という形で提供されているが、Suicaの運賃制度に組み込まれれば、より使いやすいシステムとなりそうだ。
さらに「MaaS」ともクラウド化改札は相性が良い。MaaSとは新しい交通の利用方法のこと。たとえばアプリ上から鉄道やバス、タクシー、ライドシェアなど複数の交通手段を一括で検索して、料金も一括で支払えるという仕組みが考えられる。このときの乗車券としてSuicaを利用すれば、1枚のSuicaをキーとしてさまざまな乗り物で使える仕組みが構築できる。

タッチ決済やQR乗車券も導入可能になるか
「Suica以外の乗車券」が利用できるようになる可能性もある。たとえば訪日外国人向けに、Visaなどのクレジットカードの仕組みを用いた乗車システムを導入することもできるだろう。
クレジットカードのタッチ決済で交通機関に乗車するシステムは、ロンドンやニューヨーク、シンガポール、メルボルンなどの地下鉄で導入されている。こうした都市の居住者にはなじみのある決済手段と言えるだろう。たとえば空港から主要駅など一部の区間で対応すれば、海外からの訪日客が普段使っているクレジットカードで乗車できるようになる。この仕組みは現行のSuicaシステムとは共存できないが、クラウド化した新たな改札システムであればSuicaとの共存も可能となるだろう。

また、最終的には紙の切符の形も変わるかもしれない。現在の紙の切符といえば裏面が黒い磁気式が主流だが、この磁気券が廃止される可能性がある。
磁気式の乗車券は高速な改札処理が可能だが、改札機の設置コストが高いという点で難点ある。また、改札で紙詰まりが発生した場合に駅員による対応が必要になるなど人的コストも発生する。

そこで登場するのが「QRコード乗車券」だ。紙の切符にQRコードを印刷し、改札はかざすだけで通れる仕組みとすれば、現行の磁気券から処理速度を変えず、より改札機のコストを大きく削減することが可能になるだろう。
Suicaの普及により、紙の乗車券の利用は大きく減少している。さらにSuicaを普及させた上で、磁気式の切符をすべて廃止すれば、より効率的なサービスが提供できるようになるだろう。
JR東日本がQRコード改札機の導入について明確な方針を発表していないが、2020年に開業した高輪ゲートウェイ駅で実証実験を行うなど、その技術的な可能性を模索している。2026年度までに改札システムの置き換えが進んだころには、新たな乗車券の形も明らかになってくるはずだ。