実証実験中のソフトロボット「Amoeba GO-1」 提供:Amoeba Energy実証実験中のソフトロボット「Amoeba GO-1」 提供:Amoeba Energy
  • 柔軟な機体で階段を昇降、荷物を個人宅に運ぶ
  • 粘菌アメーバの特性、ロボットに応用して起業
  • 柔らかく、生き物の特性を取り入れた「ソフトロボット」
  • アメーバの性質を生かせば効率的な配送が実現する?

自らのかたちを絶えず変化させる単細胞生物・アメーバ。そのアメーバに着想を得たロボットが、物流のラストワンマイル問題の解決に向けて歩みを進めている。12月5日、Amoeba Energy(アメーバエナジー)が藤沢市の協力の下、市営住宅で同社のソフトロボット「Amoeba GO-1(アメーバゴーワン)」による実証実験を実施した。彼らが目指すのは、物流の自動化。アメーバの力を、どのように物流の効率化に生かすのか。(編集・ライター 野口直希)

柔軟な機体で階段を昇降、荷物を個人宅に運ぶ

Amoeba GO-1」は、柔軟な体で環境に適応するアメーバをもとにつくられたソフトロボットだ。クローラー(キャタピラ)にはゴムスポンジを採用しており、AIによる自動走行が可能だ。階段などの生活空間にある段差や凸凹の上を自由に走ることができる。

 機体は中央で折れ曲がるので、狭い道での旋回もお手の物だ。走行速度は時速約1kmで、2リットルペットボトル3本を同時に運ぶことができる。実験では、約3時間の連続走行に成功したという。

 利用シーンとして想定されているのが、荷物を宅配トラックから下ろして個人宅まで運ぶ、いわゆる「ラストワンマイル」だ。工場内やトラックでの配送に対して、各家庭の玄関までの道程にはマンションの階段や狭い通路が含まれ、自動運転技術が発展しても省人化が難しい部分だといわれている。

 こうした利用を見据えて、12月5日の実証実験は高齢者が多く暮らす神奈川県藤沢市の市営住宅で実施。Amoeba GO-1はマンションの階段昇降やゴミ出しをこなしてみせた。実験の主な目的は、積載量や走行速度などのチューニングが実践的な利用に適しているかを確かめることだ。来年にはさらに実験を重ね、2021年の実用化を目指している。

粘菌アメーバの特性、ロボットに応用して起業

 Amoeba Energyは、慶應義塾大学環境情報学部(SFC)准教授の青野真士氏が立ち上げたスタートアップだ。実は、彼が大学で研究しているのは、ロボットではない。生物である粘菌アメーバの情報処理を参考にした、新たな演算処理技術だ。しかし、研究を進めるうちに粘菌アメーバの持つ特性は、ロボット開発にも役立つと感じたのだという。

「現在のロボットは、プログラムされた情報をプロセッサで演算し、それをもとに各部位に命令を伝達し、行動します。プロセッサは人間の脳に例えられることも多いですが、プログラムされていない内容や、そもそも情報を与えることができない状況には対応できません。そこでプロセッサ(脳)を経由せずに、外部環境から情報を得た部位が即座に状況に対応できるコンピュータをつくれないかと考えたんです」(青野氏)

藤沢市長の鈴木恒夫氏(左)と、Amoeba Energy代表取締役社長の青野真士氏(右)。実証実験の会場にて 提供:Amoeba Energy藤沢市長の鈴木恒夫氏(左)と、Amoeba Energy代表取締役社長の青野真士氏(右)。実証実験の会場にて 提供:Amoeba Energy

 そこで参考にしたのが、粘菌アメーバだ。脳を持たないアメーバは、体の表面で受け取った環境の変化に応じて体の形を柔軟に変化させる。これは言ってみれば、環境から受け取った情報への対応を、脳ではなく体表面で考えているようなものだ。

 この環境適応技術をもとに、従来のロボットとは全く異なる前提のロボットをつくるために青野氏はアメーバエナジーを設立した。試しにクローラ(キャタピラ)にアメーバのように柔らかなゴムスポンジを搭載したロボットを製作したところ、従来は高度な演算や制御が必要だった階段の昇降をあっさり実現したのだという。

柔らかく、生き物の特性を取り入れた「ソフトロボット」

 Amoeba GO-1のサイズは、全⻑77cm、幅62cm、高さ61cm。本体重量24kg。走行速度は約1km/hのため、動きはかなりゆっくりしている印象だ。

 実は、アメーバエナジーのように生物の特性を取り入れたロボット開発には、近年注目が集まっている。柔らかな部位を有する「ソフトロボット」の研究は2010年ごろから活発になり、日本では2018年度から文部科学省の科学研究費補助金新学術領域研究の一領域として「ソフトロボット学」が対象となった。ソフトロボットにはAmoeba GO-1のようになんらかの生き物を参考にしたものも多い。こうした「柔らかい」ロボットへの関心が高まっているのは、ロボットの利用シーンが拡大してきているからだ。

 従来のロボットは主に工場内での産業利用が想定されていた。産業ロボットに求められるのは、強い衝撃に耐える堅牢性や、作業を正確にこなす高度な制御技術だ。しかし、近年のロボットには人とのコミュニケーションや、日常生活の補助としての役割も期待されている。

 日常で利用されるロボットは、必ずしも硬くて複雑な機体ばかりが有用とは限らない。むしろ、人と触れても傷つけない柔軟なボディや、親しみやすさが求められる(ディズニー映画に登場するベイマックスは、その好例だろう)。また、多様な環境に対応するためには、生き物の動きを参照するのは有効な手段だ。

 柔軟性や親しみやすさを追求して開発されたものとしては、ユカイ工学が開発したしっぽ型のセラピーロボット「Qoobo(クーボ)」、生き物を参考にしたものには東京大学情報理工学研究科で特任講師を務める梅舘拓也氏らが開発するイモムシ型ロボットなどがある。

「Amoeba GO-1は、階段の昇降ができる世界初のソフトロボットで、移動式ソフトロボットの実証実験をここまでの規模で実施するのはおそらく今回が初めて。生活空間で利用されるロボットとして、親しみやすさや安全性も取り入れていきたい」(青野氏)

アメーバの性質を生かせば効率的な配送が実現する?

 今後、Amoeba GO-1のアップデートと並行して、青野氏は大学での演算処理技術の開発にも注力するという。実は、これはAmoeba GO-1とは違った形で将来の宅配にアプローチするものだ。

 彼が目指しているのは、「巡回セールスマン問題」の解決。これは「全ての都市を1度だけ訪問して戻ってくる巡回ルートのうち、移動距離が最小のものを探す」という組み合わせの最適化を求める問題で、都市の数が8の場合でも可能なルートの総数は、なんと2520通り。10都市なら10万通り以上、15都市なら400億通り以上のルートが存在し、30都市を巡る最適解は、現状のスーパーコンピュータでは億単位の年数がかかるため、実質解けないという。

 この解決に関係するのが、アメーバだ。アメーバには嫌いな光を避けつつ、体を最大化させようとする性質がある。この体の伸縮メカニズムを上手く取り入れれば「そこそこ効率の良い答え」を既存のスーパーコンピュータより早く導き出せるかもしれないという。これを来る自動運転時代の配送トラックなどのオペレーションに活用するのが、青野氏の狙いだ。

「大きな渋滞を起こさないために必要なのは、最短効率の正解ではありません。そこそこ効率の良い答えを素早く見つけるという、現代のコンピュータの欠点を補完する存在になれば」(青野氏)

 アメーバを活用した計算処理技術で配送トラックのコントロールを、Amoeba GO-1でラストワンマイルの配送を、と2つの側面から物流の課題にアプローチする青野氏。さらにその先に目指すのは、現代のコンピュータと全く異なる仕組みのコンピュータだ。

「プロセッサ(脳)で思考する現代のコンピュータのパラダイムでは、日本企業の市場競争力は落ちつつあります。しかし、中央を経由せずに外部環境から情報をその場で処理できるコンピュータを開発すれば、状況は一変するはず。新たな市場を開拓することで、コンピュータ市場を再び活気付けたいんです」(青野氏)