左からピクシーダストテクノロジーズ取締役CFOの関根喜之氏、代表取締役COOの村上泰一郎、代表取締役CEOの落合陽一氏、取締役CROの星貴之氏左からピクシーダストテクノロジーズ取締役CFOの関根喜之氏、代表取締役COOの村上泰一郎、代表取締役CEOの落合陽一氏、取締役CROの星貴之氏 Photo by Yuhei Iwamoto
  • 超音波や光などを制御するコア技術
  • 研究室の“成果”をそのままビジネスに利用できる座組み
  • 「世の人々に届くもの」こそいい研究だと示したい
  • IPOすれば研究開発費はまかなえる
  • 調達した資金をもとに研究者人材を採用

筑波大学准教授でメディアアーティストとしても活動する落合陽一氏。その落合氏が代表を務めるスタートアップ、ピクシーダストテクノロジーズが第三者割当増資と融資をあわせて合計48億円超の資金調達を実施した。これまでの取り組み、そして研究者が起業してスタートアップの世界に踏み込んだ理由について聞いた。(ダイヤモンド編集部副編集長 岩本有平)

 ピクシーダストテクノロジーズ(PDT)は5月23日、第三者割当増資により総額約38億4600万円の資金調達を実施したことを明らかにした。引受先は以下のとおり(カッコ内はファンド名)。
・INCJ
・SBIインベストメント(SBI AI&Blockchain投資事業有限責任組合)
・凸版印刷
・SMBCベンチャーキャピタル(SMBCベンチャーキャピタル4号投資事業有限責任組合)
・NECキャピタルソリューションおよびベンチャーラボインベストメント(共同運営の投資ファンド・価値共創ベンチャー2号有限責任事業組合)
・みずほキャピタル(みずほ成長支援第3号投資事業有限責任組合)
・グローバル・ブレイン(KDDI新規事業育成3号投資事業有限責任組合)
・K4 Ventures
・第一生命保険
・電通

 PDTでは今回の発表に先駆けて、3月に商工組合中央金庫から全て実施されれば総額10億円となる融資契約を締結しており、総額で約48億4600万円の資金を調達することになる。また同社はこれまでに独立系ベンチャーキャピタル(VC)のインキュベイトファンドをはじめ、凸版印刷、ハーティス(孫泰蔵氏の資産運用会社)、ワタナベエンターテインメントから6億4500万円の資金を調達しているほか、ハードテック特化VCのAbie Venturesからも資金を調達(金額非公開)している。

超音波や光などを制御するコア技術

 PDTの設立は2017年5月だが、そのルーツは2015年までさかのぼる。当時、東京大学の博士課程に在籍していた落合氏が、独立系ベンチャーキャピタルであるインキュベイトファンドの代表パートナー・村田祐介氏の支援を受けて米国法人のPixie Dust Technologiesを設立。そこに落合氏の大学からの友人であるPDT共同創業者・取締役CROの星貴之氏、アクセンチュア出身でPDT代表取締役COOの村上泰一郎氏らが参画。日本でのビジネス化を本格化するにあたり、日本にPDTを設立するに至った。

 PDTでは、音、光、電磁波の計測や制御をする「HAGEN(波源)」と呼ぶコア技術をベースに2つの事業を展開している。1つはコア技術をベースに企業と共同での研究開発を実施。製品として量産化や商用化を進める「プロダクトデプロイ型事業」。もう1つは空間のセンシング技術や人、ロボット向けのインターフェースなどを開発する「空間開発型事業」だ。

 あまり聞きなじみのない言葉が並ぶが、これまで手がけてきた技術やプロトタイプの一部は動画やPDTのコーポレートサイトなどで公開されている。たとえば「Pixie Dust」は超音波で物体を浮かせたり、自在に動かしたりできる装置だ。また同じく超音波を用いた「Holographic Whisper」は、何もない空中のある一点に音源を作ることができる技術だという。また市販の車いすに専用のユニットを載せることで自動運転化できる「xWheel」などもある。

 PDTでは「ある技術を活用したプロダクトを開発したい」、「自社の課題を何かしらの技術で解決したい」といった企業に対してコンサルティングを実施。自社および他社の技術を組み合わせて、課題解決のためのプロダクトを共同で開発している。検討段階のものも含めて、現在40社以上とのプロジェクトが動いているという。

「(製品は)これから世に出てきますが、NDA(秘密保持契約)を結ばないと話せないような内容ばかりです。ですがそんな状況でも資金調達ができているということは、企業がPDTをデューデリジェンスして、実際にパイプラインが動いているということの証明になっていると思います。研究自体には秘密性はないのに、PDTで開発しているものの秘密性が高いのは面白いですよね」(落合氏)

研究室の“成果”をそのままビジネスに利用できる座組み

 PDTのコア技術は、筑波大学にある落合氏の研究室で開発されたもの。PDTでは、研究室で生み出されたIP(知財)をよりスピーディーに社会実装する、すなわち製品化して世の中に出していくために、特徴的なスキームを作っている。

ピクシーダストテクノロジーズのIP利用の座組ピクシーダストテクノロジーズのIP利用の座組 提供:ピクシーダストテクノロジーズ

 通常の産学連携では共同で研究開発し、いざ製品化となる際、権利配分やライセンスの締結など調整の必要な内容が多く、どうしても時間がかかってしまう。そこでPDTは、筑波大学にある落合氏の研究室に対して新株予約権を付与し、研究室で生み出したIPを100%利用できるようにしている。これによって研究室の技術や知見を素早くビジネスに転用できるという。

「私たちは、大学発のスタートアップによくある『自分たちが研究していた技術でスピンアウトした会社』ではなく、『仕組みの会社』だと思っています。大学の研究成果を連続的に社会に出していき、それに対して企業から対価をもらい、それをまた大学に還元するという仕組みを構築しようと考えています。もともとの課題感は、日本のアカデミアの世界でやっている研究が世に出ていないということ。特許のライセンス収入も、実は米国と比較しても数十分の一ほどしかありません。そういうところに課題感を持っていました」(村上氏)

「世の人々に届くもの」こそいい研究だと示したい

 PDTの経営陣には元コンサルタントの村上氏や、バイオベンチャー・ペプチドリームの元CFOである関根喜之氏など、これまでもテクノロジービジネスの世界で活躍してきた人物が参画するが、創業者である落合氏と星氏は研究者の出身だ。彼らが起業の道を選んだ理由はどこにあるのか。

「大学で先生をやっていた頃から超音波に関する研究に取り組んでいました。企業との共同研究にも取り組んでいて、あるとき研究成果の特許を共同で出願しようとなったんです。ですが大学側と企業側で特許に対する考え方にズレがあって、共同出願自体がなくなることがありました。それで(研究成果が世に出ないのは)はつまらないと思ったんです」

「学生の頃は『研究者というのは、(未来を見据えた新しいことをするために、あえて)社会実装を目指さないのが美学』という考えに染まっていたこともありました。ですが、そうじゃない。『社会実装され、繰り返し使える。そして世の人々に届く。それでいて技術も新しい』というものこそが、いい研究だと示したいと思ったんです」(星氏)

IPOすれば研究開発費はまかなえる

 研究者としての思いを語った星氏に対して、落合氏は日本の研究者を取り巻く「お金」の課題を語った。

「まず、研究開発費が米国と日本では全然違います。起業前にMicrosoft Reserchのインターンをしていたのですが、日本に戻ってお金(研究開発費)が少ないことに驚きました。また運営費交付金(国立大学の補助金)は、2005年から2017年で1000億円くらい削られており、一方でJST(国立研究開発法人 科学技術振興機構)からはその間に1000億円ほどの補助金が交付さています。それ自体はゼロサムな状況です」

「ですがVCマネーを見ると、この数年で増え続けています。もちろんすべての会社がそうだというわけではありませんが、IPOして調達できる資金があれば、その額で多くの研究開発費はまかなえます。(アカデミックな世界で)ひたすら研究の予算取りばかりをするのもいいとは思いません」(落合氏)

 落合氏は、ピクサー・アニメーション・スタジオ共同創業者のエドウィン・キャットマル氏、シリコングラフィックス創業者のジム・クラーク氏、アドビシステムズ共同創業者のジョン・ワーノック氏の名前を挙げる。3人はそれぞれ、コンピュータグラフィックスや開発言語の研究者でありながら起業し、世界的な規模の会社にまで成長させた人物だ。

「世の中に何かが流行してから『自分はその技術を研究していた』と言うのは格好悪いじゃないですか。自分がそれを世の中に出したわけでもないし、研究していたものと実際に世の中に出てきたものも、姿は違います。だから本当に『(前述の3人のように研究を)やった』という人が会社を立ち上げないといけません。今、そういう考え方は日本の研究者の間で共有されていません」(落合氏)

調達した資金をもとに研究者人材を採用

 PDTでは今回調達した資金をもとにエンジニアを中心にした人材採用を進める。またオフィスの移転や空間開発型事業のテスト環境などの設備投資を進めるとしている。

「PDTは研究者が(アカデミックな世界から出て)ビジネスできる場になりつつあると思います。うちの研究室の人間や、博士号を持つ研究者も入社します。今が入社しどきです(笑)。アカデミックの苦境を考えれば、スタートアップを作りながら研究を続けること、人を集めていいチームを作ることは、研究者のキャリアとして『アリ』です。論文がジャーナルに通ることも文化的に重要ですが、違うアプローチだってあると思っています」(落合氏)