世界最小クラスの紛失防止デバイス「MAMORIO」 すべての提供画像:MAMORIO
世界最小クラスの紛失防止デバイス「MAMORIO」 すべての提供画像:MAMORIO
  • AirTagの登場は、MAMORIOにとってチャンスになる
  • アップルの真の狙いは「落とし物をなくす」ではなく「AR機能の強化」か
  • コロナ禍の2020年でも落とし物の数は約281万件

2021年4月に開催された、アップルの新製品発表会。iMac、iPadの新製品が発表される中、ひときわ注目を集めたのがアップルにとって新たなカテゴリの製品となる、紛失防止デバイス「AirTag」の発表だ。

発表会の数日前からアップル情報専門サイトなどではうわさになっていたものの、突然といってもいい新領域に参入した大手IT企業のアップル。AirTagの発表を受け、Twitterでは一部の人がこんな投稿もしていた。「日本発の紛失防止デバイス『MAMORIO』はどうなってしまうのか?」と──。

MAMORIOはBluetoothを活用した世界最小クラスの紛失防止デバイス。財布や鍵に付けることで、紛失した際に場所を特定できるほか、置き忘れしそうになるとスマホへ通知する機能がある。製品を開発するスタートアップ・MAMORIO代表取締役社長の増木大己氏はSNSでの反応にこう答える。

「アップルから紛失防止デバイスが発表される噂は昔から耳にしていました。そのため個人的には驚きというより『ついにきたか』という感じです。発表会の後、知り合いから『MAMORIOは大丈夫なの?』とメッセージをもらいましたが、心配されるのは、アップルと同じポジションだと思われているということ。すごく光栄なことです」

MAMORIOは2014年に紛失防止デバイス・MAMORIOの第1号製品を発売。以降、キーホルダー型やシール型などバリエーションを拡大。2021年4月にはワイヤレス充電が可能なカード型「MAMORIO CARD」の販売も開始した。価格はキーホルダー型が2728円、MAMORIO CARDは6578円(価格はいずれも税込)。具体的な数字は明かしていないが、増木氏によれば「発売以来、数十万個以上は売れている」という。

MAMORIO代表取締役社長の増木大己氏
MAMORIO代表取締役社長の増木大己氏

AirTagはアップルがiPhoneやiPad、ワイヤレスイヤホンのAirPodsなどで提供している「探す」アプリと連動する紛失防止デバイス。アップル以外の製品や通電しない持ち物に装着することで、「探す」アプリが使えるようになる。また、世界中で動作しているアップル製品約15億台と連動し、紛失したものを探し出すことができるほか、従来のアップル製品に比べて手が出しやすい1個3800円からという価格も注目を集めた。

過去に米国発の招待制・音声SNS「Clubhouse」が音声サービス市場へ参入したとき、同じ事業を展開しているスタートアップは「逆にチャンス」と期待の声を寄せていた。今回のAirTagについても、増木氏は「アップルの参入で紛失防止デバイスのユースケースが広がることを期待している」と話す。では、具体的にどんな状態になることを期待しているのか。話を聞いた。

AirTagの登場は、MAMORIOにとってチャンスになる

MAMORIOの創業は2012年7月。当時はまたIoTの認知も今ほど高くなく、「忘れ物をなくすためのデバイス」というコンセプト自体が新しすぎた。「周囲に事業内容を理解してもらうのが大変だった」と増木氏は振り返る。

創業直後は落とし物をしたときの対処法や捜索情報・拾得情報をまとめたポータルサイト「落し物防止ドットコム」をリリース。事業として成長させることの難しさを感じていたなか、Bluetooth技術の普及を受けて、2014年に誕生したのが紛失防止デバイス「MAMORIO」だった。

MAMORIOは、他のMAMORIOユーザーとのすれ違いで紛失したものの場所を特定できるクラウドトラッキング機能を搭載するほか、鉄道会社の紛失センターと連携し、あらかじめペアリングしたアプリに「紛失物が届いている」と通知される機能が大きな特徴として挙げられる。

2018年からは個人向けだけではなく、法人向けサービスとして「MAMORIO Biz(MAMORIO OFFICEからサービス名を変更)」の展開も開始してている。

販売開始から約7年で、数十万個以上の販売実績を誇るMAMORIOだが、「紛失防止デバイスの存在自体の認知はまだまだ低い」と増木氏が語る。

ただし、アップルが参入したことで、あまり見向きされていなかった市場は「イノベーションできる領域」へと様変わりした。増木氏が期待を寄せているのは、まさにこの「市場の変化」そのものだ。AirTagの発表後、同製品がiOSユーザーしか使えないことから、Androidユーザーを中心にMAMORIOへの問い合わせも増えているという。

「AirTagが発表されるよりも前から、この事業に関わっているからこそわかるのは『忘れ物』の数だけ課題があり、解決するための方法もさまざまだということです。目的や用途によって、紛失防止デバイスのデザインやサイズが比較・検討されます」

「どんなモノに、どんな紛失防止デバイスを付けるのかと悩む数だけチャンスがある市場なんです。そういう意味でも、AirTagに市場のシェアが奪われるというよりは、AirTagによって紛失防止デバイスへの注目度が高まり、忘れ物に関する課題解決のスピードが上がると感じています」(増木氏)

アップルの真の狙いは「落とし物をなくす」ではなく「AR機能の強化」か

AirTagとMAMORIOは、基本的な仕組みは同じだ。違いを挙げるならば、MAMORIOは「忘れさせない」こともテーマに掲げているところにある。

「MAMORIOは『落とし物を発生させない』ことも大事にしています。物をなくすと『なぜ、あのときしっかり確認しておかなかったのか』と自分を責めることになるんです。とても強い感情が働くので、見つかったときの『よかった!』と思う気持ちもずっと残り続けます。一瞬ヒヤッとするあの経験をなくすことは、小さなことのように思えて、実は大きなこと。紛失時のヒヤッとする経験をなくすことが、MAMORIOの存在意義なんです」

「アップル製品という注目度から多くの方がAirTagを利用し、新たなユースケースが生まれてくる。それこそが、MAMORIOを成長させるチャンスになります」(増木氏)

また、「AirTagの本当の目的は『落とし物をなくしたい』こと以外にもあるのではないか」と増木氏は考えを口にする。

「アップルの目的はAR機能の強化だと思います。AR機能を使って空間上に何かを表示するには、タグのようなデバイスが必要。アップルとしては、自社製品と連動できるタグを販売することで、AR機能はもちろん、ARの体験そのものを向上しようとしています。タグを流通させるためのテーマとして『落とした物が見つかる』が適していた。AirTagは、AR機能のための布石なのではないかと思っています」(増木氏)

IoT製品で課題になるのが「いかにセンサーを多く設置するか」。さらに一つひとつのセンサーから情報を集めることは、運用コストがかかる。アップルがAirTagの技術を応用することで、新たなIoTのプラットフォームを築く可能性もあると増木氏は語る。

コロナ禍の2020年でも落とし物の数は約281万件

近年、日本ではキャッシュレス化が進み、財布を持たない人も増えた。それに加えて、昨年から続く新型コロナウイルスの影響で外出も減っている。にもかかわらず、警視庁の発表によれば2020年に届けられた落とし物の数は約281万件に上る。キャッシュレス化や新型コロナウイルスの影響などで物を持ち歩かない人は増えているとはいえ、落とし物自体がなくなる日は遠いように感じる数字だ。

「『落とし物が発生しない状況』がどんなものか、はっきりとした認知ができているわけではないです。そして、スマホやイヤホンとは違い、紛失防止デバイスには前身と言えるものがありません。そんな状況下で『MAMORIOがあってよかった』と思われる場面をつくれるかどうかは地道にやっていくしかないところです。引き続き、競合ではなくお客さまを見ながら事業を拡大させていきます」(増木氏)

アップルの参入で注目を集める紛失防止デバイスの市場。同市場で事業を展開するプレーヤーはMAMORIO以外にも、累計販売台数3000万台を記録する米国発の紛失防止デバイスメーカー「Tile」もいる。

同社も東急線全線88駅で検知システム「Tileアクセスポイント」を活用した追跡サービスを開始しているほか、コンビニ限定版「Tile Mate Book」を全国5000店舗のローソンで販売するなど、日本展開に力を入れている印象だ。

ようやく時流が変わり始めた紛失防止デバイス。創業から約9年、アップルの参入は本当にMAMORIOにとって追い風となるのか。真価が問われるのは、ここからだろう。