Clear代表取締役CEOの生駒龍史氏
Clear代表取締役CEOの生駒龍史氏
  • サブスク事業に挫折、地道な“日本酒“情報発信で忍耐の5年間
  • 創業50年超の酒屋を買収し、高級日本酒ブランド立ち上げへ
  • コロナ禍で海外進出には頓挫するも、国内ECで見つけた光明
  • 地道な日本酒メディアの運営が、酒蔵の人たちを動かす
  • 日本酒事業にもっとお金が回るようにしたい

最高ランクの商品価格は19万8000円──通常の一升瓶(1800ml)の平均価格は約3000円と言われている日本酒業界において、異例の高価格ながら、快進撃を見せる日本酒スタートアップがある。その企業の名はClear(クリア)だ。

同社は「日本酒の可能性に挑戦し、未知の市場を切り拓く」というミッションのもと、高級日本酒ブランド「SAKE HUNDRED(サケハンドレッド)」のほか、日本酒専門のウェブメディア「SAKETIMES(サケタイムズ)」を展開している。

日本酒業界はコロナ禍で苦境が続いている。世界最大級の日本酒イベント「にいがた酒の陣」は2年連続で中止が決まったほか、主要取引先である飲食店が休業要請、営業時間短縮の要請によって売上が低下。さらに2021年4月25日から発令された緊急事態宣言には“酒類の提供禁止”が盛り込まれており、多くの酒蔵が重大な影響を受けている。

そうした中、Clearはオンラインで高級日本酒を販売。家飲み需要の伸長、オンラインギフトの需要増加も伴って、売上は右肩上がりで成長している。Clear代表取締役の生駒龍史氏によれば「現在は月商3億円の規模を突破している」という。

そんな急成長中のClearがさらに成長のアクセルを踏んでいく。同社は5月26日、新規引受先であるジャフコグループをリードインべスターとし、既存投資家である三井住友海上キャピタル、SMBCベンチャーキャピタル、Heart Driven Fund、OPENSAUCE、複数の投資家から総額12億9500万円の資金調達を実施したことを明かした。

今回、調達した資金は日本酒ブランドのSAKE HUNDREDの事業拡大に充てるとのこと。「世界中で愛されるグローバルラグジュアリーブランド」を目指し、新たな輸出国を含めた海外進出の促進、さらに豊かな体験提供のためのブランド投資、日本酒産業をリードするサステナビリティの推進などに取り組んでいくという。

サブスク事業に挫折、地道な“日本酒“情報発信で忍耐の5年間

「僕たちはいつも“じゃない方“のスタートアップだと思われていました」

じゃない方──つまりは業界の内外から注目を集めるようなサービスを開発するようなではない。生駒氏は自社の評価について、こう振り返る。

「スタートアップ業界にはSaaSやFinTechなど、多くのプレーヤーが参入する大きな事業トレンドがあります。ただ、日本酒業界は歴史が長く、製造免許も必要。新規参入の障壁も高いので、注目は集まりにくい。実際、ベンチャーキャピタルの人たちからは“趣味の事業”のように見られ、投資対象として向き合ってもらえないこともありました」(生駒氏)

ビジネスにならない、とレッテルを貼られてしまっても仕方のない事情が日本酒業界にはある。国税庁のデータによれば、日本酒の課税数量は1973年の177万キロリットルをピークに下降を続け、現在は3分の1以下にまで減少。また、清酒製造業者の数は2000年から2016年の間に1977件から1405件と、1カ月に約3件が廃業するペースで減少。低収益に悩む蔵も多い。

だが、生駒氏は「日本酒はもっと成長する。必ず世界で勝てる」と信じて7年間、“日本酒”の領域で事業を展開。その間、少しずつ日本酒に対する見方も変わってきているという。

Clearの設立は2013年。当初手がけていたのは、「SAKELIFE」という日本酒のサブスクリプション(定期購入)サービス。今でこそ「サブスク」と略されても理解されるほどに浸透したが、当時はその仕組み自体が珍しかった頃。

SAKELIFEは一定のユーザーを獲得はしたものの、生駒氏は「日本酒を購入してもらうことへのハードルがある中で、このまま事業を続けていても成長に限界がある」と判断し、2014年に事業を譲渡した(編集部注:現在はsaketakuという名称で運営している)。

その後、生駒氏は「日本酒を購入してもらうよりも、まずは日本酒を知ってもらい、関心を持つ人を増やさなければならない」と考え、2014年に日本酒専門のウェブメディア・SAKETIMESをリリースした。地方の酒蔵から、時には海外にまで出向き、生駒氏自らが取材。国内でも有数の幅広い日本酒の知見を得た。とはいえ、“日本酒専門”というニッチなメディア事業をグロースさせていくには相当な忍耐が必要である。

「当時は、とにかくお金がなかったですね。あれ、来月200万円足りない……みたいな(笑)。ですが、日本酒ならいつか成果に繋がると信じていました。日本酒が持っているポテンシャルを信じ抜く。それしかありませんでした」(生駒氏)

創業50年超の酒屋を買収し、高級日本酒ブランド立ち上げへ

約4年間メディアを運営した後、Clearは2018年7月に1965年創業の酒屋「川勇商店」を買収して酒類小売業に参入。オリジナル日本酒の開発および販売を開始した。高級日本酒ブランドのSAKE HUNDREDを同月にリリース。第1弾商品として「百光 -byakko-」、第2弾商品として「深豊 -shinho-」(編集部注:深豊はすでに終売)を販売した。

「SAKETIMESの取材で香港を訪れた際、1本30万円ほどで販売されている日本酒があることを知り、衝撃を覚えたんです。日本酒は、楽しみ方や味わいの幅が広い一方、販売価格が低いため“薄利多売”という業界課題も抱えています。それもあり、市場が伸びきっていませんでした。産業を大きくしていくためには、リーズナブルなものからラグジュアリーなものまで、価格帯に幅があることが絶対に必要。だからこそ、日本酒の高価格市場をつくれば、日本酒産業のマーケット全体が大きくなっていくのではないかと思ったんです」(生駒氏)

Clearのフラッグシップ商品である百光は世界的ワイン品評会「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)2019」の「SAKE部門」でゴールドメダルを受賞(編集部注:百光は「純米大吟醸酒」部門でゴールドメダルを受賞した35本のうちの1本に選ばれた)。また、フランスの日本酒コンクール「Kura Master 2019」で100点満点の加点法のマークシート方式で93点以上を獲得した銘柄に贈られる「プラチナ賞」を受賞するなど、高級日本酒ブランドとして評価され始めていたが、その後も苦難は続いた。

コロナ禍で海外進出には頓挫するも、国内ECで見つけた光明

SAKE HUNDREDの海外進出に向けて、2020年2月にVCから2億5000万円の資金調達を実施したものの、すぐさま新型コロナウイルスの感染拡大が直撃。予定していた海外進出への交渉は頓挫し、2月の売上はわずか400万円にまで減少した。

しかし、そこからの生駒氏の判断は早かった。海外進出に割く予定だったリソースを国内ECにシフト。コロナ禍で食のEC化が加速したこともあり、SAKE HUNDREDの日本酒は、完売が続出。生産ラインの見直しに奔走するほど売れに売れた。例えば、2021年1月に再販売を行った百光は限定500本の抽選販売に対して、2万人が申し込んだという。

高級日本酒ブランド「SAKE  HUNDRED」 画像提供:Clear
高級日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」 画像提供:Clear

現在、SAKE HUNDREDで展開している日本酒は5銘柄だ。26年熟成のヴィンテージ日本酒「現外-gengai-」は1本500mlで19万8000円という設定。これ以外の商品も720ml瓶ですべて1万円以上と、日本酒としてはかなり高い。しかも売上の99%がオンライン。コロナ禍で食のネット販売が激増したとはいえ、これほどの高単価商品の販売は簡単なことではない。

「SAKE HUNDREDは徹底して品質にこだわっています。例えば、商品開発を進めていても、納得できる味に到達しなければ、泣く泣く商品化を見送ることもあります。このこだわりは、お客さまに確実に届いているはずです。友人・知人への贈り物としてのリピート注文が多いことが、品質の支持への証だと思っているんです」(生駒氏)

地道な日本酒メディアの運営が、酒蔵の人たちを動かす

生駒氏はまた、SAKE HUNDRED事業の成長において、日本酒メディアであるSAKETIMESの運営は欠かせない存在だったと語る。

前述のとおり、日本酒一升瓶の平均価格は約3000円。そんな日本酒業界において、高価格の日本酒を提供するSAKE HUNDREDはともすれば「新参者の拝金主義者」と思われてしまう可能性もあったという。

ただ、SAKETIMESの取材で全国の酒蔵に自ら足を運び、直接話を聞く──そんな生駒氏の真摯に日本酒業界と向き合う姿勢に酒蔵の人たちにも「この人は本気で日本酒業界のことを考えている」と伝わりはじめたという。実際、全国の酒蔵からClearと共同で日本酒を開発し、SAKE HUNDREDのブランドで製品を発売したいといった声も寄せられている。

SAKETIMESで日本酒の情報を届け続けたことがファンを産み、SAKE HUNDREDの味への信頼にも繋がっている。今後はブランド確立のため、さらなるものづくりに励むという。

「ブランドをつくるためには時間もお金もかかります。中長期で文化を作るためにも、今回調達した資金は、ブランド投資に割こうと思っています。広告で新規顧客は増やせても、ファンは長期の信頼関係がないとつくれません。支持してくれる人を大切にしながら、SAKE HUNDREDが憧れの日本酒ブランドになれるよう、じっくり育てていくつもりです」(生駒氏)

今後は、年間2〜3のペースで新銘柄を出し、ラインナップを15銘柄程度まで拡充する構想だ。また従来の酒屋像とは全く違う、ラグジュアリーな実店舗展開も視野に入れている。

日本酒事業にもっとお金が回るようにしたい

Clearが高単価の日本酒にこだわるのは、自社のビジネスのためだけではない。

「僕は日本酒事業にもっとお金が回るようにしたいんです。例えば、僕らが上場を目指しているのも、僕らが上場することで、日本酒業界が投資対象になれば良いと考えているからです。そうすれば、資金も優秀な人材も良い商品も増え、産業自体が大きくなる。日本酒市場のトップラインを上げ、酒蔵を潤わせる起点になりたいと思っています」(生駒氏)

SAKE HUNDREDでは、すでにいくつかの酒蔵とパートナーシップを組み、年間5億円程度の酒蔵の売上に貢献する事例も出ている。また、SAKE HUNDREDの売上は、現在国内市場のみ。コロナ禍が収まった後の“インバウンド需要“というカードをまだ残している。

同じ食中酒であるワインの市場規模は40兆円(ミレジム調べ)。だが日本酒の市場規模は、その100分の1ほどの約4000億円にとどまっている。また、日本国外での消費はごくわずかだ。この現状を、Clearでは「伸びしろだらけ」と捉えている。

2013年に「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されたことも、大いなる武器となるだろう。すでに問い合わせが相次いでおり、海外販売に向けて販路を整えている最中だという。

「日本酒のより良い未来をつくる」

その一途な信念で日本酒づくりに励み続けるClear。かつて見向きもされなかった“じゃない方”のスタートアップが、一気にグローバルで覇権を取るかもしれない。