
- 設立のきっかけはグリー創業者・田中良和氏の会合
- 「マイクロVC」ゆえの課題は同じだった
- 背景にある、創業期スタートアップの資金調達環境の変化
- “集積地”がない時代に、さまざまな起業家と組めるVCに
創業間もないスタートアップに特化して、投資をしてきた独立系ベンチャーキャピタル(VC)のアプリコット・ベンチャーズ(アプリコット)とTLM。これまで別々に活動してきた2社がタッグを組んで新たなベンチャー投資ファンドを立ち上げた。
新ファンドの名称は「mint(ミント)」。GP(General Partner:ファンドを取りまとめる無限責任の出資者)にはアプリコット・ベンチャーズ代表取締役の白川智樹氏と、TLM代表取締役の木暮圭佑氏が就任した。ファンドの総額は30億円程度を想定しており、すでにミクシィやギフティ、マイナビといった企業のほか、複数の個人投資家がLP(Limited Partner:有限責任の投資家)として参画している。
投資対象はプレシード期(創業期)にあるスタートアップで、1社あたり1000万円から3億円程度の出資を想定する。また出資のほかにも、BASE代表取締役の鶴岡裕太氏をはじめとした経営者やエンジニア、デザイナーなどのアドバイザー陣によるサポートや、東京・渋谷周辺のコワーキングスペースを活用した勉強会の開催、EIR制度(Entrepreneur in Residence:客員起業家。一定期間報酬を得ながら新規事業を生み出し、起業する仕組み)、起業家予備軍である社会人向けの起業支援プログラムなどを提供する。すでに6社のスタートアップへの投資を実行済みだという。なお、スキームとしてはアプリコットの新ファンドが2人GPになるというかたちなので、既存のファンドや法人格に関する変更・合併などはない。
設立のきっかけはグリー創業者・田中良和氏の会合
アプリコットは2018年の設立で、代表の白川氏はサイバーエージェント傘下のコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)であるサイバーエージェント・ベンチャーズ(現:サイバーエージェント・キャピタル)の出身。7億円超の1号ファンドでは、オフィス向けの無人コンビニサービスを展開する600や、インソール(靴の中敷き)のECを手がけるTENTIALなど24社に出資している。
一方のTLMは2015年設立。代表の木暮氏は、創業期のメルカリなどへも投資した実績がある独立系VC・East Venturesのインターンを経て起業した。これまで2ファンド・累計8億円超を集めており、副業マッチングサービスのYOUTRUSTや決済サービスのカンムなど52社に出資してきた。
もともと同業者として面識があったという2人だが、共同でのファンド立ち上げを決意するきっかけとなったのは、グリーの創業者で代表取締役会長兼社長の田中良和氏が主催した会合だった。会合には田中氏が支援する若手の起業家や投資家数名が参加したが、その会をきっかけに連絡を密に取り合うようになった白川氏が、木暮氏に声をかけたのだという。そこから3カ月ほど話しあい、mintの立ち上げに至った。
「マイクロVC」ゆえの課題は同じだった
アプリコットとTLMは、いずれも代表1人だけがGPを務める、いわば「マイクロVC」として活躍してきた。そんなマイクロVC同士が1つのファンドを設立し、それも両者がGPを務めるというケースは、あまり類を見ない。だがそこには「1人VC」より大きな投資や支援を行いたいという2人の思いがあった。
これまで投資こそ順調に決まっていた両者だったが、VCとしてより大きな投資を行うために課題になっていたのは「チーム」の存在だった。当然だがVCが投資をするには、それなりの経験を持つ投資家の数が必要だ。またファンドの運営期間は通常10年ほど。その間、対等に向かい合えるパートナーである必要がある。組むメリット、デメリットをすり合わせ続けて、方針を調整してきた。
「実はお互いが属しているネットワークが違うんです。仲のいい起業家や業界の先輩も違います。投資する起業家の年代も違います。ですがそこに上位下位というものがない。それが良いと思っています」(白川氏)
「(マイクロVCの)課題感はどこも大体同じなのですが、GPを増やして『組織』にしないと拡大できません。次のファンドのことを考えれば、もう1人GPが必要だと考えていました。また、僕は学生からすぐにベンチャーキャピタルの世界に入ったので、大企業での勤務経験などを補完してくれる人を探していました」(木暮氏)

背景にある、創業期スタートアップの資金調達環境の変化
両者が組織拡大を考えていた背景には、この数年での創業期スタートアップの投資環境の変化がある。
4、5年前から、IPOやM&Aをしたスタートアップ経営者によるエンジェル投資が創業期のスタートアップへの投資を積極的に行うようになっていたが、その後アプリコットやTLMのようなマイクロVCが増加していった。だが最近では、シリアルアントレプレナー(連続起業家)などに創業期から高額の出資を行うVCが登場しはじめた。こういったシードファインナンスの“大型化”への対応が求められているのだという。ファンドサイズの拡大は、VCとしての更なる飛躍のための急務となっていた。
「先日米国のデータを10年分ほど見たのですが、GP1人で2号以降のファンドを組成しているのは3割程度でした。VC業に飽きたのか、お金が集まらなかったのかまでは分かりません。ですが僕らもそういったことが起こるかも知れません。そういったときのために、ソロのファンド同士が組んで一緒にやっていくということもあるのではないでしょうか」(白川氏)
“集積地”がない時代に、さまざまな起業家と組めるVCに
創業期(シード・プレシード)、成長期(アーリー)、そして成熟期(レイター)、それぞれの時期をターゲットに投資を行うVCはいるが、mintは前身であるアプリコットとTLM同様、プレシード期のスタートアップに特化して投資を行っていく。
「シード期やプレシード期のスタートアップの成長は、とても時間がかかります。成長してくればスピードは増しますが、最初の“火起こし”は本当に大変です。そういう面倒なことをやっていくのが僕たちだと思っています」(木暮氏)
「この10年で“起業家”の種類も拡大しました。また、コロナ禍もあって東京の渋谷や六本木のような、スタートアップの集積地はなくなってしまったと言っても過言ではありません。フィジカルな集積地がなくて、分散してしまっています。メガベンチャーの出身者やお医者さん、コンサル・外資など、起業のバックグラウンド自体も拡がっています。この“中心のない時代”だからこそ、多様なバックグラウンドを持つ起業家と組めるVCでありたいと思っています」(白川氏)
