
- ボカロ隆盛の起源は「初音ミク」
- メジャーシーンに食い込む「ボカロP出身アーティストの楽曲」
- 「夜好性」アーティストのブレイクでボカロPに注目が集まる
- 次世代のボカロP躍進の裏にある「歌い手の活躍」
- SNS時代はサウンドの進化から、コミュニケーションの進化へ
- TikTokファーストのアーティストも登場
2020年大ブレイクし、J-POPシーンを席巻する一大勢力となった「夜好性」アーティストをご存じだろうか。夜好性アーティストとは、“夜”という言葉を名前に含むYOASOBI、ヨルシカ、ずっと真夜中でいいのに。の3組を指す。“夜”がつくアーティストを“好”き好んで聞くファンを「夜好性」と呼ぶことがその由来だ。
その夜好性アーティストの代表格であり、ヒット曲「夜に駆ける」で知られるYOASOBIのAyase、「ただ君に晴れ」で知られるヨルシカのn-buna(ナブナ)には共通点がある。それは“ボカロP”出身のアーティストであるということだ。
ボカロPとは、音声合成ソフト「VOCALOID(ボーカロイド)」で楽曲を制作し、動画投稿サイトへ投稿する音楽家のこと。2018年の「NHK紅白歌合戦」で故郷の徳島県から歌唱した国民的ヒット曲「Lemon」も話題となった人気シンガーソングライターの米津玄師をはじめ、須田景凪(すだ・けいな)などを筆頭に、ボカロP出身アーティストの存在感が増してきている。
実際、ボカロP出身のアーティストたちによる楽曲は、若者の間で人気のショートビデオプラットフォーム「TikTok」で話題になることも多い。
最近では、新世代のボカロPたちも登場しており、彼らの楽曲も人気を博している。例えば、今年の3月にストリーミングでの累計再生回数が1億回を突破するなど、若い世代を中心に人気の楽曲となっているAdoの「うっせぇわ」だが、その作詞・作曲を手がけたのもボカロPのsyudouだ。
最新のJ-POPシーンのトレンドにも影響を与えるボカロPとは一体どのような存在なのだろうか。改めてボカロPの歴史を紐解きつつ、彼らの人気の理由を探ってみる。
ボカロ隆盛の起源は「初音ミク」
まず、ボカロPについて説明しよう。ボカロとは「ボーカロイド」の略称だ。2003年に楽器メーカーのヤマハが音声合成ソフトのVOCALOIDを発表して以降、同社とライセンス契約を締結した各社が独自に歌手ライブラリを制作。これまでに鏡音リン、巡音ルカ、蒼姫ラピス、ミライ小町といったボカロのほか、海外メーカーによるボカロも制作されている。
数あるボカロの中で最も知られているのが、2007年にクリプトン・フューチャー・メディアが開発した初音ミクだ。

初音ミクが爆発的な人気を博した理由は、ボカロとしての品質やそのキャラクターもさることながら、ライセンス設計によるものが大きい。
ライセンスを定めてユーザーが自由に二次創作をできるようにしたことで、歌モノ同人音楽の「歌い手」を確保するという課題解決につながったことをはじめ、イラストやダンス、動画、コスプレ、フィギュアなど、さまざまな表現方法が拡大していった。
その人気は国内に留まらず、海外にも広く波及。海外では企業の広告に起用されたほか、ライブイベントや人気アーティストのワールドツアーのオープニングアクトに抜てきされている。また、国内においてもBUMP OF CHICKENや安室奈美恵といったJ-POPシーンの大物アーティストとのコラボ曲がこれまでに発表されている。
その後、プレーヤーがプロデューサーとなりアイドルをプロデュースしていくバンダイナムコの育成シミュレーションゲーム『アイドルマスター』をきっかけに"ボカロP"という言葉が一般化していく。アイドルマスターではユーザーの名前が「プロデューサー」の頭文字をとって"〇〇P"と表示される。
それがプロデューサーという共通項があるボカロ動画制作者にも波及したことでボーカロイドのプロデューサー、ボカロPという呼称が定着していった。
通常、ボカロPは、ボカロに歌パートを担わせるが、楽曲のバックトラック自体はボカロソフトのみでは制作できないため、DAW(音楽制作ソフト)を使って制作する。したがって、制作手法としてはボーカルが入った歌モノ曲であっても、基本的に楽曲の作り手のみで完結させることができるのが大きな特徴となっている。
初音ミクが発表された2007年以降、メインボーカルにボカロを起用した楽曲が数多く発表されるようになった。中にはメジャーレーベルから発売され、ヒットチャートで好成績を収める曲も登場したことで、ボカロがひとつのカルチャーとして認知され始めた。それと同時にボカロ曲だけでなく、その作り手であるボカロPにも注目が集まるようになっていった。
メジャーシーンに食い込む「ボカロP出身アーティストの楽曲」
その後、ボカロ曲はよりキャッチーなものへと進化していく。ボカロ黎明期である2000年代から活躍するsupercellのryo、livetuneのkzは、アニメソング、同人音楽界隈の影響を受けたボカロ曲の音楽性をよりキャッチーなものへと進化させることで、ボカロ曲の間口を広げた。
ボカロは音声合成ソフトという性質上、作成された楽曲は生身の人間が歌う楽曲と比べて、どうしてもフラットになる。こういった打ち込みによる高速化した複雑な展開の曲は、生身の人間が歌うには“ピッチがズレない”など歌い手の高い技術が求められる。
ただ、プログラムされたボカロではそういったイレギュラーは起こらない。そのため、ボカロであれば高速化した複雑な展開の曲も作成できる。例えば、米津玄師はボカロP「ハチ」として、曲の高速化やサビでの転調など聴いていても飽きのこない複雑な展開の曲を発表している。こうした高速化した複雑な展開の曲は従来のJ-POPシーンになかったこともあり、若者を中心に評価を集めた。
その一方で、n-bunaがメロディックなスローバラードを発表するなど、ボカロ曲は”ボーカロイドが歌う曲”に留まらない、作り手のアーティスト性が現れたポップスとして進化を遂げてきた。
こうしたボカロシーンの進化により、ボカロ市場は成長を続け、矢野経済研究所の調査によると、2017年に初めて市場規模が100億円規模にまで拡大した。コロナ禍により、エンタメ業界が大きな影響を受けた2020年においても100億円を超える市場規模を維持し続けている。
また、今ではボカロP出身アーティストの楽曲もJ-POPのヒットチャートでは存在感を放っている。例えば、昨年、米津玄師のアルバム『STRAY SHEEP』は、Billboard JAPANの年間チャートでアルバム総合、セールス、デジタル・ダウンロードの3冠を達成したほか、Spotifyの国内で最も再生されたアルバムチャートでも3位を獲得。JOYSOUNDカラオケ年間ランキングでは、「Lemon」が4位を獲得している。
今年3月にストリーミング累計4億回再生を突破したYOASOBI「夜に駆ける」も、昨年のBillboard JAPANのシングル総合、ストリーミング・ソングの2冠を達成、Spotifyでも国内で最も再生された楽曲2位、国内バイラルチャート1位を獲得。JOYSOUNDカラオケ年間ランキングでも6位を獲得した。
ヨルシカも自身初のストリーミング1億回再生超え曲となった「ただ君に晴れ」で、Billboard JAPANシングル総合チャート33位、Spotfyの最も再生されたアーティスト11位、国内で最も再生された楽曲15位を獲得するなど、今ではセールス面でもLiSAやOfficial髭男dism、あいみょん、King GnuらほかのJ-POPのトップアーティストの楽曲と肩を並べるまでになっている。
「夜好性」アーティストのブレイクでボカロPに注目が集まる
そして、現在のボカロPに注目が集まるきっかけとなったのは、昨年の夜好性アーティストたちの大ブレイクだろう。その代表格であるYOASOBI、ヨルシカは、ボカロP出身者がメンバーであることから当然として、ボーカル、作詞・作曲を担うACAね以外は素性が明らかにされていないずっと真夜中でいいのに。も、人気ボカロPの100回嘔吐らが編曲に参加するなど、ボカロシーンとの親和性が高い。
3組の楽曲には残響音を極端に少なくした「リリースカットピアノ」という手法や、ダンサブルなビートやジャジーなコード進行といった疾走感があり、聴き手を飽きさせない曲構成など、ボカロシーンの影響が見受けられる。
また、ボカロシーンの影響は、アニメーションなどの映像と音楽を組み合わせて作品の世界観を構築するところにも表れている。ヨルシカのMVでは登場キャラクターの顔が隠されており、作者の感情や状況などを取り除いているような演出が見られる。
このような特徴は、作曲者よりも「ボーカロイドキャラクターの曲」という“受け取られ方”に重きが置かれるボカロシーンに通じる部分だ。
そして、現在では夜好性アーティストに続く、次世代のボカロ文化の影響を感じさせるアーティストも続々と登場している。昨年末「うっせぇわ」でバイラルヒットを記録したAdoは、ボカロシーンの影響を受けており、実際に歌い手として活動していたほか、ボカロPが制作した曲をYouTubeやニコニコ動画などのSNSに発表する際の歌い手として参加した経験もある。
YouTube再生回数が7900万回を超える「春を告げる」で注目を集めたyamaも同じく歌い手の経験がある。この2組にはヨルシカやずっと真夜中でいいのに。のように匿名性を演出することでボカロ文化を踏襲している、という特徴もある。
次世代のボカロP躍進の裏にある「歌い手の活躍」
さらに歌い手であるAdoやyamaの活躍によって、彼女たちとコラボ経験のあるsyudou、柊キライのような次世代のボカロPにも注目が集まっている。
コラボレーターである歌い手の活躍により、ボカロPにもアーティストとしてのキャリア向上のきっかけが生まれていることも最近のボカロシーンの特徴だ。これに関しては、2010年代の海外ポップスシーンで急速に普及したコライト(共作)や客演文化も少なからず影響を与えている。
コライトに関しては、藤井風などの人気アーティストを手がける音楽プロデューサーのYaffleが「DAWもストリーミングもあって、制作から流通まで1人でやろうと思えばできてしまう環境の中、自分が思い描いている作品のイメージにどれだけ外部のものをプラスしていくかっていう選択肢を持っているのが今の時代だと思います」という興味深い発言を残している。ただ、日本ではコライトに対する否定的な意見もまだ根強い。
しかしながら、現在の「夜好性」アーティスト以降のボカロPを取り巻く環境を考えると、ボカロPも生身の歌い手とのコラボによって、より自分が思い描く楽曲のイメージを作り上げることができている。そして、それが多くの人の耳に留まることで新たにアーティストとして評価されるきっかけが生まれている。
SNS時代はサウンドの進化から、コミュニケーションの進化へ
十数年の間にサウンドを進化させてきたボカロPたちだが、彼らをブレイクさせたのは音楽性だけでなくSNSとの親和性の高さもその要因だ。中でも「夜好性」アーティストのブレイクのきっかけは、SNSでのファンとの積極的にコミュケーションに起因している。
例えば、YOASOBIはリリースやメディア露出の際にSNS上で盛んにファンに自分たちの音楽を聴いてほしいと呼びかける。そうすることで自分たちの描きたいストーリーを共有し、ファンもそのストーリーに参加することに価値を感じ、双方向性のある交流が生まれる。
最近では、ボカロP出身のアーティスト・キタニタツヤが、YouTubeのコミュニティ機能を使い、本人による過去作のライナーノーツ(音楽レコードや音楽CDのジャケットに付属している冊子などに書かれる解説文)を投稿しているが、これもSNSを使ったファンとの交流を深める方法としてはユニークな試みだ。
また、ボカロ系曲がSNSでヒットしているのにはコロナ禍の影響もある。2020年は外出自粛により、自宅で過ごす時間が増えた。そのこともあって共感性が高い曲をライフスタイルとともにTikTokなどのSNSに投稿するユーザーが増えた。その結果、海外では2021年3月にグラミー賞を受賞したDua Lipaの「Don't Start Now」が自粛期間中のアンセム(応援歌)として世界中で聴かれるという現象も起きた。
そのようなSNS上のバズが音楽ストリーミングサービスでの再生にも繋がることでヒット曲が生まれている。こういったSNSを起点にしたバイラルヒットは以前から海外ではよく見られたが、日本ではあまり見られることがなかった。
しかし、昨年はそのような状況から、アーティストの楽曲に共感したユーザーが広げる、新しいヒットのパターンが見られるようになった。加えて、15~30秒という長さの動画を投稿するTikTokや類似のショート動画SNSでは、その短時間で伝わる楽曲のキャッチーさと聴き手の印象に残る歌詞が求められる。
夜好性アーティストの歌詞を例に見れば、彼らの歌詞は文学的であったり、独自の世界観を表現した意味深なものが多いことから、音だけでなく、歌詞の面でも中毒性が高い。特に日本人はメロディにしても歌詞にしてもリリカルでエモいものに惹かれる傾向があるが、こういった曲は短い時間で印象に残りやすいため、TikTokとの親和性も高い。
このこともSNS上で夜好性アーティストやボカロ系曲が多くのリスナーに受け入れられた理由だと考えられる。
TikTokファーストのアーティストも登場
また、最近ではそういったヒットの傾向を踏まえ、国内でもTikTokに特化した活動を行うWurtSのようなアーティストが登場している。
2020年から活動を開始したWurtSのTikTokでは、TikTokの縦長動画に合わせてキャッチーで中毒性のある曲とその歌詞をテキストで表示させるなど、TikTokでバズる要素を持つ"TikTokファースト"な投稿がよく見られる。
@nia_n_ WurtS「分かってないよ」##オリジナル曲 ##分かってないよ ##弾き語り ##wurts
♬ オリジナル楽曲 - WurtS
WurtS自身はボカロPではないが、そのようなSNSの展開方法には少なからずボカロ曲のバイラルヒットの影響が感じ取れる。
ボカロ文化は元々はニコニコ動画で流行したカルチャーだったが、現在に至るまでの十数年の間に音楽性だけでなく、歌い手とボカロPとの関係性、そして、プラットフォームとの向き合い方を変容させながら人気を拡大してきた。
現在は、すでに次世代のクリエイターたちが活躍する環境も整いつつある。今後も時代にあわせて、ボカロPが進化を遂げていく姿を見せてくれるはずだ。