
- 大手財閥×Netflixのマネーは制作費に全集中、クオリティに妥協ナシ
- 脚本家や原作を囲い込み、一気通貫の制作体制
- 「世界」と「若者」の心をつかむセンス、守りより攻めの開拓者精神
- スタジオドラゴンの天下はいつまで続く? 追随するライバル企業と海外進出
「愛の不時着」「Sweet Home ー俺と世界の絶望ー」「ヴィンチェンツォ」──韓国ドラマファンはもちろん、そうでなくてもNetflixやウェブニュースで一度は目にしているタイトルではないだろうか。どれも昨年から今年にかけて世界的にヒットしている韓国ドラマだが、実はすべて同じ制作スタジオが手がけているのはご存じだろうか。
その制作スタジオの名は“スタジオドラゴン”。今や「スタジオドラゴンの作品ならハズレなし」という声も聞こえてくるほどに韓国エンタメ業界を牽引する同社の成功の鍵、そして今後の展望について予想する。
大手財閥×Netflixのマネーは制作費に全集中、クオリティに妥協ナシ
韓国語で「金のスプーンを持つ(裕福な家出身の)会社」と言われるスタジオドラゴンの母体は大手財閥CJグループだ。
映画配給や放送局tvN、Mnetを運営するCJ ENMが2010年に設けた「ドラマ事業部」が前身。2016年5月に分社化し、現在はまだ6期目。2017年に韓国KOSDAQ市場に上場したほか、2019年11月からはNetflixとの「戦略的パートナーシップ」を提携し、多額の制作費の調達に成功した。母体CJ ENMも先月31日に今後5年間で5億ウォン(約4900億円)をコンテンツ制作に投資すると発表した。
スタジオドラゴンでのドラマ制作に加え、映画やデジタルコンテンツ、アニメーション分野にも注力し、ジャンルの垣根を越えた世界のエンタメ市場を“制覇”する計画のようだ。この潤沢かつ安定した資金力が成功の基盤を作っていることは間違いない。
一方で韓国の投資家やアナリストが見た「スタジオドラゴン」はどんな会社だろうか。現地のメディアによると、業績好調な企業として注目されつつも、株主目線では懸念点が無いわけではないという。2020年全体の成績は売上高が5257億ウォン(約513億円)で昨対比12.2%アップと絶好調だったが、純利益は296億ウォン(約29億円)と見ようによっては「純利益率はそう高くない」のだ。しかし、ここにはスタジオドラゴンの”こだわり”が現れているとも言える。
妥協せずにハイクオリティな作品をつくるため、莫大な製作費を使っている裏返しでもあるからだ。ホラーサスペンスドラマ「Sweet Home〜俺と世界の絶望〜」を例に挙げると、1話あたりの制作費は2億円以上と言われている。
全10話で単純計算しても総額20億円、NHKの朝ドラ150話分の制作費とほぼ同等の額だ。目先の利益を守るよりもグローバルで通用する「質」を追求する──その先行投資が回りまわって先の利益につながっていくというのが同社の考えだ。

脚本家や原作を囲い込み、一気通貫の制作体制
では、大金を投じれば誰でも面白い作品がつくれるか、と言われるとそう簡単な話ではない。特に韓国のドラマ市場は「ストーリー第一主義」が徹底しており、視聴者の目線も厳しい。
いくら旬の人気俳優や豪華キャストをそろえようと、地上波のゴールデン・プライムタイムに編成されようとも、ストーリーが面白くなければ視聴者はそっぽを向く。時に厳しい批判がSNSやネット上で飛び交い、最悪の場合打ち切りにまで追いやられるケースもある。評判の悪い作品に出演することは演者にとっても死活問題となり、必然的に「脚本選び」が重要視される。
そんな中、スタジオドラゴンは他の制作会社を買収することで人気脚本家の抱え込みに成功。現在、傘下にある「文化倉庫」にはパク・ジウン(「愛の不時着」「星から来たあなた」)、「ファエンダムピクチャーズ」にはキム・ウンスク(「トッケビ〜君がくれた愛しい日々〜」「ザ・キング」)、「GTist」にはノ・ヒギョン(「大丈夫、愛だ」「ディア・マイ・フレンズ」)といったトップクラスの売れっ子脚本家が勢ぞろいしている。
それはキャスティングにも有利に働き、ヒョンビン、キム・スヒョンといった人気俳優や、近年は映画にしか出ていなかったイ・ビョンホンまでもがスタジオドラゴン作品の主演オファーを快諾している。
さらにウェブ漫画、小説などドラマ原作コンテンツを持つ企業と提携することで「恋するアプリ Love Alarm」「悪霊狩猟団: カウンターズ」「Sweet Home ー俺と世界の絶望ー」などウェブ漫画原作のヒット作が誕生。大手出版社「Wisdom House」ともMOU(基本合意書)を結ぶなど、脚本の前段階の“原作を押さえる”動きが活発だ。さらに独自の脚本コンテスト・公募も積極的に行っており新人作家の発掘にも注力している。
さらに企画からキャスティング、撮影、宣伝、販売、管理まで社内で一括して行うため、作品全体の戦略と軸にブレが生じにくい。他社に対しても強気の交渉が可能となる。複数の会社が出資・役割を分担する、日本の「製作委員会方式」とは違う構造だ。放送局や芸能事務所ではなく、制作スタジオが主導権を持って制作を進める部分はアメリカのスタイルに近いと言える。
「世界」と「若者」の心をつかむセンス、守りより攻めの開拓者精神
スタジオドラゴン作品の注目すべき部分は海外の、特に若年層に受け入れられている点だ。「北朝鮮の兵士と韓国の女社長の恋(愛の不時着)」、「イタリア出身弁護士がソウルを舞台に大暴れ(ヴィンチェンツォ)」など斬新なストーリーが目を引く。
残忍な怪物に姿を変えた人間たちとの戦いを描く「Sweet Home ー俺と世界の絶望ー」のえぐいほど怖い映像も従来のテレビドラマの域を超えており、かつての「韓流ドラマファン」とは違う層に向けて作られているのがわかる。この攻めの姿勢はCJ ENM(主にtvN)のドラマ事業部時代からの名残だ。

過去を振り返ると、2000年代まではKBS、SBS、MBCという地上波の独占市場であった。しかし2010年代に入ると放送法改定により大きな変化が起きる。
大手新聞4社が「JTBC」「チャンネル朝鮮」といった総合編成チャンネル(ケーブル)を立ち上げ、続々とオリジナルドラマを放送開始。その波にうまく乗ったtvNは、2012年に「福寿草」、2016年にバラエティ畑出身の監督を起用した「応答せよ」シリーズ、ラブコメの名作「トッケビ~君がくれた愛しい日々~」をヒットさせてきた。
熾烈な視聴率戦争の中、tvNのウリは「斬新さ」。時には残忍なサスペンスなど地上波では規制がかかるような表現、大衆ウケしないとされたテーマを進んで扱った。そうして結果的に若い世代の心を掴んだのだった。制作部がスタジオドラゴンとして分社化した今も、時代の空気を読んで先取りするチャレンジ精神は健在で、大きな強みとなっている。
スタジオドラゴンの天下はいつまで続く? 追随するライバル企業と海外進出
スタジオドラゴンの強みをまとめると「安定した資金力」ゆえ「多額の制作費」と「スター脚本家の抱え込み」が可能になり、結果的に「面白い物語」と「人気キャスト」を確保できることだ。さらに若者の心を掴む「センス」を兼ね備えているとあれば、向かうところ敵なしである。
しかし、これまですべて上手くいったわけではない。中には巨額の投資をしながらも視聴率が振るわなかった作品も存在する。だが年間約30本という多作ゆえ、その失敗さえもノウハウとして蓄積できている面はあるだろう。

一方では彼らを追随する制作スタジオも出てきている。JTBC傘下の「JTBCスタジオ」、地上波SBS傘下の「スタジオS」、そしてNetflixでシーズン3まで決定している「キングダム」を制作した「A STORY」(※CJ ENMが投資)にも注目だ。各社ライバルでありながら共に切磋琢磨するからこそ、世界的ヒット作が韓国からコンスタントに生まれるのだろう。
また、スタジオドラゴンも海外プラットフォームのための大型企画を進めている。ウェブ漫画原作の「九尾の狐とキケンな同居」は中国の大手配信サービス「愛奇芸(iQIYI)」のオリジナルコンテンツとして制作された(韓国ではtvNで放送)。
さらにアメリカでのドラマ制作も進められているという報道もある。現地の会社と共同制作するものと合わせて複数の企画が動いているようだ。
Netflixだけに留まらず、AppleTV+やDisney+などあらゆるOTT(配信サービス)との連携・協働のも可能性も大きい。1話あたり5億円以上かけることもザラなアメリカドラマ市場で、スタジオドラゴンがどんな“超大作”を生みだすか楽しみである。引き続きスタジオドラゴンの「無双時代」は続きそうだ。