
- 「脱炭素」が事業成長にとっての“障害”から“革新”に変わった1年
- 着てみてかっこよく見えるサステナビリティブランド目指す
- アディダスとの取り組み、新しいコラボの考え方
- ブランドストーリーを伝える場としても実店舗が有効
2020年10月26日、菅内閣総理大臣が所信表明演説で「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」と発言し、一躍注目を浴びた「脱炭素社会(カーボンニュートラル)」。今やSDGs(持続可能な開発目標)は社会にも浸透しつつあり、ミレニアル世代を中心にサステナブルなモノづくりにも支持が集まるようになっている。
こうした状況のもと、スニーカーやTシャツ、アンダーウェア、ソックスなどのアパレルアイテムを、地球に優しい自然由来の素材から製造・販売するサンフランシスコ発のブランド「Allbirds(オールバーズ)」が6月3日11時、東京・丸の内に「Allbirds 丸の内」(以下、丸の内店)をオープンする。
日本では原宿店に続き、2店舗目となる丸の内店。オープン記念アイテムとして「Tree Dasher Relay」の限定モデルを丸の内店、原宿店、オンラインストア(日本国内)で発売する。また丸の内店では、上記限定モデルを購入した先着300名にオリジナルの「天然藍の手ぬぐい」を配布する。


2020年1月の原宿店開店、同年4月のオンラインストア開設、今回の丸の内店オープンと着実に日本での展開を進めているAllbirds。日本上陸1年あまりの手応えや商品展開、サステナビリティへの取り組み、今後の構想などについて、Allbirds Japan Managing Directorの竹鼻圭一氏、Marketing Directorの蓑輪光浩氏に聞いた。
「脱炭素」が事業成長にとっての“障害”から“革新”に変わった1年
Allbirdsは、元サッカー・ニュージーランド代表のティム・ブラウン氏とバイオテクノロジーの専門家ジョーイ・ズウィリンジャー氏が、スニーカーブランドとして2016年に創業したD2Cスタートアップだ。
代表作であるシューズ「Wool Runners(ウールランナー)」はシューズの内側に最高級メリノウールを使用。軽さ、履き心地の良さと保温性、通気性、防臭性といった機能の高さから、米Time誌で「世界一快適な靴」と評されたこともある。洗濯機で丸洗いできる手軽さも人気の一因だ。
また、シューレースには再生ポリエステル、インソールにヒマシ油、靴底はサトウキビから生まれた「SweetFoam®」といった素材を採用し、カーボンフットプリント(製品ライフサイクルにおけるCO2の総排出量)を抑えたモノづくりが特徴。そうした姿勢も共感を得てオバマ元米大統領などの著名人が愛用しており、環境活動家でもある俳優のレオナルド・ディカプリオ氏はAllbirdsに投資も行っている。
コロナ禍の下で実施した2020年9月のシリーズEラウンドでは1億ドル(約109億円)を調達。創業からの累計調達金額は2億ドル(約219億円)を超える。
Allbirdsの日本1号店となる東京・原宿店は2020年1月10日に開店。当初はIT系企業や外資系企業、スタートアップで働く人や海外勤務経験者からの評判の高さも相まって、行列ができることもしばしば。緊急事態宣言などの影響で同年3月27日からは約2カ月の閉店を余儀なくされるなど厳しい状況ではあったが、原宿店は昨年、米国・中国・英国など世界各国で展開するAllbirds全24店舗の中でナンバーワンの売上を達成した。
竹鼻氏は「思った以上に日本展開を待っていた人が多かった。コロナ禍の約半年前に日本でのビジネスをスタート(日本法人の設立は2019年8月)していてよかった」と振り返る。そしてコロナ禍にもかかわらず、日本展開の「タイミングはよかった」とも言う。
「カーボンニュートラル宣言も出て、日本ではちょうど脱炭素社会への取り組みに対する意識が『事業成長の邪魔』から『イノベーション』へと変わるタイミングとなっています。昨年の出店で、若い人がサステナビリティに関心が高いことも見えてきました。1年あまりで顧客層も広がって20代・30代中心へと変化しており、製品の機能性に興味がある人だけでなく、ファッションに興味を持つ人や女性も増えています」(竹鼻氏)
蓑輪氏も「日本のペルソナ(代表的なユーザー像)と各国のペルソナとでは違いがあると考えてきたが、その違いが近づいて、ライフスタイルがよりサステナビリティを意識したものへシフトしている」と分析。Allbirdsの環境への取り組み、ストーリーをマーケットにも展開して、さらにブランドを好きになってもらうことを目指していると話す。

着てみてかっこよく見えるサステナビリティブランド目指す
欧米、特にヨーロッパでは近年、温暖化への対応は社会・経済を制約するものではなく、むしろ産業や社会に変革をもたらす成長の源泉と考えられるようになっている。竹鼻氏らの発言にもあるように、日本でもこの流れは着実に広がりつつあり、今後、脱炭素社会に向けた政策の具体化・実行も期待される。
「ヨーロッパ、オーストラリアなどでは、サステナビリティを考慮した商品でなければ買ってもらえなくなってきています。日本や韓国でもそうなるでしょう。梅雨や猛暑が単に『嫌な天候・季節』というだけでなく、豪雨災害や山火事、炎天下での脱水症頻発など、人の生死に関わる状況になってきて、気候変動を身近に意識せざるを得なくなっているのです」(竹鼻氏)
一方、竹鼻氏は「日本ではまだサステナビリティへの意識は低い。『テクノロジーで何とか解決できるのでは』との思いが強いのではないか」とも述べる。
「カーボンフットプリントとは何か、プラスチックの何がいけないのか、まだまだ基本的なことを知らない人が多い。(一般の消費者も協力できるような)サステナビリティへの導線ができていない。首相のカーボンニュートラル宣言で昨年一歩進んだのはよいことですが、もっと政府による啓蒙活動や政策提案は必要です」(竹鼻氏)
「サステナビリティ対応はAllbirdsを選ぶ理由になりますが、それだけで買うという人は少ない」という竹鼻氏。「食品でもカロリー表示だけでは選ばれないが、おいしければローカロリーのものを選ぶようになります。着てみて、かっこよく見えるサステナビリティ対応ブランドとして選択肢を提示し、自然に選ばれるようにしたい」と語る。
アディダスとの取り組み、新しいコラボの考え方
Allbirdsの事業は、創業者のティム・ブラウン氏がプロサッカー選手として活動していたときに使っていた、大きなロゴや派手なカラーリングを施したケミカル素材のシューズ製造に疑問を持ったことがきっかけで始まった。竹鼻氏や蓑輪氏もこうした考えに共鳴し、グローバル展開するほかのスポーツブランドからAllbirdsへ移籍してきている。
とはいえAllbirdsでは、サステナビリティ浸透の取り組みを自社だけの強みとして囲い込むのではなく、オープンAPIのように「他社でも同じように考えるところと一緒に取り組もうと考えている」(竹鼻氏)のだという。
「Allbirdsは創業時からずっとサステナビリティに取り組んでいますが、スタートアップが単独でがんばっても気候変動を元に戻すことはできません。既存メーカーは、今まではおそらく根本からサステナビリティに取り組んでは来なかったと思いますが、今後どう広げようか考えているはず。そこに協業の意味があります」(竹鼻氏)
Allbirdsでは今年4月に、自社で使用してきたカーボンフットプリント算出ツールをオープンソース化。製品の製造から輸送、洗濯、廃棄に至る過程で排出される温室効果ガスを算出できるライフサイクルアセスメント(LCA)ツールをウェブで公開した。
また5月にはアディダスとの協業で、両社にとって最も低いカーボンフットプリント2.94Kg CO2e(二酸化炭素換算した温室効果ガスの排出量)を実現したコラボレーション製品「FUTURECRAFT.FOOTPRINT」を発表している。
FUTURECRAFT.FOOTPRINTは、5月21日にアディダスの会員プログラム「adiCLUB(アディクラブ)」会員を対象に100足限定で抽選が行われたほか、2021年秋冬に1万足限定で一般販売され、2022年春夏にはさらに拡大して販売される予定だ。

「アディダスとはオンラインで協業を進めていますが、双方にメリットがあり、互いの考えが一致して話は順調に進みました。アディダスには知名度やサプライチェーンといったアセット、バックグラウンドがあります。そのアディダスが『サステナビリティに取り組む』と発信すればいろいろな人に話を聞いてもらえます」(竹鼻氏)
蓑輪氏は、今回の協業には「単なるコラボ製品の商品化」以上の意味があるという。
「新興ブランドと大手ブランドとではプロダクトの作り方が違います。カーボンフットプリントを抑えた製品製造に携わるには、ブランドストーリーやフィロソフィーのすり合わせだけではなく、お互いの情報を開示し、それぞれのブランドをリスペクトし合い、ゴールに向けて建設的に話を進めなければなりません。そこにはスピード感やパッションが必要です」(氏)
竹鼻氏も「互いのブランドロゴを組み合わせた商品を作るだけの協業は簡単ですし、ビジネスメリットもありますが、今回はマテリアルや製造、シッピング、廃棄などの手の内を見せ合っていることが非常に大きい。信頼して、(サステナビリティという)共通の目的に向かってコラボレーションに取り組む前例はあまりないのではないでしょうか」と話す。
ブランドストーリーを伝える場としても実店舗が有効
AllbirdsはD2CのECブランドとして事業をスタートしており、現在もECの売上比重が高い。コロナ禍による店舗閉鎖や外出自粛の影響もあるが、日本でもECが売上の半分以上を占める。
日本版のオンラインストアは、公式には2020年4月1日にオープンしているが、実はその数日前、緊急事態宣言発令を受けてクローズした原宿店の扉にECサイトの案内を貼り出して“ソフトオープン”していたという。特に告知もなく週末スタートしたオンラインストアだったが、週明けに注文を確認したところ100件ほど注文が入っており、竹鼻氏らは手応えを感じたそうだ。
「私たちが販売する商品はほとんどが継続商品です。シーズンごとにサイズが少し変わるということもないので、色違いを安心してECサイトで買うことができます。サイズ違いによる返品も少なくなるので、その分カーボンフットプリントを減らすことができるというメリットもあります」(竹鼻氏)
その一方でAllbirdsでは世界各国で実店舗も展開し、顧客接点をリアルにも広げている。日本で2店目の実店舗を出店する狙いについて、竹鼻氏は「日本では特に『お店で触って体験したい』という人も多く、リテールにも力を入れたいと考えています。日本でもワクチン接種が広がれば、来春にはお店に人も戻ってくる。その時のために、もう1店持っておきたかったのです」と説明する。

また、サステナビリティへの取り組みなど、ブランドのバックグラウンドを伝えるためにもリアルな店舗を持つことは重要なのだという。竹鼻氏は店舗を通じてそうしたサステナビリティへの理解を広げることが、気候変動の“逆転”にも貢献すると考えている。
「顧客には来店後にアンケートを行っていますが、原宿店を訪れたお客さんからは『商品がどれだけ温暖化ガス削減やサステナビリティのために工夫されているのか、スタッフから聞けなかった』との声が結構あります。お店でこそ、そういう話を詳しく聞きたいという思いが反映されているのだと思います」(竹鼻氏)
出店の地に東京・丸の内を選んだのは「原宿がカルチャーやアントレプレナーシップの街だとすれば、丸の内は東京の中心、日本の中心ともいえる街だから」(竹鼻氏)だという。
「丸の内は昼間の人口が30万人ほどで、(環境や気候変動などへの)意識が高い人が数多く働いています。東京駅からも近いので、出張で訪れる全国の人たちが気軽に立ち寄れるという特徴もあります。ビジネスパーソン中心ではありますが、スポーツやウェルネスへの関心も強く、周辺には『THE NORTH FACE』『パタゴニア』のショップやアシックスのランステーションなどもある。アクティブなアイテムにも需要があると予測しています」(竹鼻氏)
丸の内店では、約220平方メートルの店舗にシューズからアパレルアイテムまで、Allbirdのフルラインアップをそろえる。またアパレルアイテムの試着が可能なフィッティングルームを設置するほか、店内の電力に再生エネルギー電力を使用するなど、環境への取り組みもさらに強化している。

竹鼻氏らは、街で働く人々や周りの店、企業とも協調したいと述べている。
「売れるから出店するというのではなく、未来へビジョンを持つ会社とともにコミュニティづくりを図りたいと考えています」(竹鼻氏)
「ファッションが強い原宿と、丸の内にいる人のプロファイルは違います。大手企業や政府に近い仕事をしている人、意思決定権を持つ人も多い。Allbirdsでは『ライトなサステナビリティ』、『ルックグッドよりフィールグッド』を提唱していて、製品のほか、レシートをプリントアウトせずメールで送付することや、リサイクル素材の箱を梱包に使い、靴ひもで持ち運びできるようにして紙袋を省略するといった工夫も行ってきました。店舗では、サステナビリティのためにすぐできることにはこういうこともある、ということを見てもらうことができます。勉強会の実施やコンソーシアムでの連携なども検討したいです」(蓑輪氏)
竹鼻氏は「Allbirdsの店舗にいるメンバーは『店員さん』ではなく、カルチャーやビジョンを共有する仲間。ミッションが薄まらないよう、広げる速度とやり方を考えて東京でもう一度スケールを作ることにした」と話しているが、その上で今後、東京だけでなく日本各地への展開も検討しているという。
「アパレル展開も含め、ライフスタイル全般を支えるブランドをAllbirdsでは目指しています。見た目がいいだけでなく肌ざわりなどの機能性もよく、環境への負荷も少ない。ブランドがさらに支持されるように、試行錯誤しながら少しずつでも、サステナビリティへのストーリーを伝えていければと思います」(竹鼻氏)