
- TikTokがエイジアップに成功した“今”だからこそ参入
- 「経営者とは言えなかった」VAZ時代
- VAZでの失敗を踏まえ、自分の思考を徹底的に言語化
- “誰がバズるかわからない”TikTokで感じた可能性
2020年10月にYouTuberプロダクション・VAZ(バズ)の代表を退任した森泰輝氏。退任から約半年弱、彼の次の挑戦が明らかになった。森氏はTikTok運用に特化したマーケティングエージェンシー「Pien(ピエン)」を2021年4月に設立。今後は「企業のTikTok公式アカウント運営」と「広告運用」という2つの事業をメインに、企業のマーケティング戦略の構築から運用までを、ワンストップで支援していくという。
TikTokがエイジアップに成功した“今”だからこそ参入
「InstagramやYouTubeで公式アカウントを持つ企業は多いですが、TikTokにはほぼありません。競合が少ないうちに、企業公式アカウント運営と広告運用を開始し、売上基盤を作ると同時に、運用ノウハウやデータを蓄積しながら、将来的にはそのデータをもとに自社でD2Cブランドを立ち上げられる目指していきます」(森氏)
Pienについて、森氏がこう語る。具体的には、TikTokの企業公式アカウントに必要な企画や運営コンセプトを提案。その後、動画を作成・配信していく。いわゆる、編集プロダクションのような動き方をするイメージだ。またTikTok内でのEC機能はまだないが、2021年2月に世界175カ国で利用されているECプラットフォーム「Shopify」との提携が発表されたことから、森氏は「近いうちに実装されることは確実だと思います」と語る。

また、森氏がPienの立ち上げにあたって最もこだわったのは参入のタイミングだ。SNSが世の中で認知され、サービスとして拡大するまでには、まず10〜20代の間で流行し、そのあとに社会人のユーザーが加わり、その上で課金の仕組みができるといった流れがあった。
つまり、いくら若年層の間で流行ったとしても、サービス内で課金システムなどが活用され、ビジネスが生まれなければSNSとしての存続は難しくなる。その点において、TikTokは2019年に日本へ上陸した後、10〜20代の若者を中心に人気を博してきた。
直近では25歳以上のユーザーが増えたことで、語学をはじめフィットネスやライフハック、雑学、人間関係、文化など、実用的なテーマのコンテンツが人気を集めており、実用的なコンテンツに付けられるハッシュタグ「#TikTok教室」を付けて投稿された動画の数は116万件以上を記録。また「#TikTok教室」の動画再生数は150億回を突破するなど、ビジネス向けコンテンツも多く見られるようになってきた。
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「僕がVAZを創業した2015年ごろ、すでにYouTubeは人気でした。そのタイミングでYouTube領域に参入したのは、ビジネスが起こり始めていたからです。予想どおり、翌年にはYouTube内で課金できるようになり、続々とYouTuberが登場しました」
「それと同じ動きがTikTokでも起き始めています。TikTokの運営元であるバイトダンスは、テレビCMで上戸彩さんを起用するなどマス向けの戦略でエイジアップ(ユーザー層の年齢が上がること)に成功したほか、さらにShopifyとの連携も発表しています。今後、競争が激しくなることはほぼ確実なので、EC機能が実装されてから参入していては遅いのです。『TikTokに参入するなら今しかない』と思い、2021年4月に創業したのがPienです」(森氏)
「経営者とは言えなかった」VAZ時代
Pienの今後をうらなう上で、避けて通れないのが、森氏のVAZでの失敗だ。森氏は「僕は経営者とは言えなかったんです」とVAZ時代の失敗について、こう振り返る。
表向きには「今後VAZが成長していくために必要な選択」「代表を辞する意思決定は、最終的にコロナが影響しています」と説明しているが、退任の背景にはVALU騒動や給料未払いなど経営面での問題などもあった。実際「経営に対する考え方が甘すぎた」と森氏は語る。
VAZはYouTuberの黎明期だった2015年7月に創業。ヒカルや禁断ボーイズ、ラファエルといった人気YouTuberとのグループ「Next Stage」を結成し、創業2年目の売上は月次で1億5000万円を記録。前年度比1000%以上の成長ぶりを見せるなど、瞬く間にUUUM(ウーム)と肩を並べるほどのYouTuberプロダクションにまで登りつめた。
そんなVAZを語る上で欠かせないのが、2017年に起きた「VALU騒動」だ。VALU騒動とはビットコインを使った擬似的な株式(以下、VA)を発行することで、自分自身の価値を売買できるプラットフォーム「VALU」(編集部注:2020年3月にサービス終了)での取引をめぐり、VAZに所属していた人気YouTuberのヒカル氏、ラファエル氏、いっくん氏(禁断ボーイズ)が批判を受け、炎上した問題。
当時、人気が急上昇していたヒカル氏たちのVAは人気YouTuerということもあり、連日ストップ高での買い注文が続いていたが、ヒカル氏たちは何の告知もなく所持していたVAを突然すべて売却。それまで高騰していたVAは暴落したことで、株主(VA保有者)が大打撃を受ける事態となった。
株主からの批判殺到はもちろん、VALUに登録していたYouTuberらのマイページにあったはずの優待特典の記載が削除されていたこと、当時VAZの顧問だった井川拓哉氏が暴落直前に高値で売り抜けていたことから”インサイダー取引”も疑われた。
一連の騒動により、一時的にVAZは2017年度の売上の8割を失うことになるが、2018年には芸能人の参入が本格化するなどしてYouTubeが大きく盛り上がったことで、同社は過去最高となる年商約14億円を達成した。
騒動から立ち直ったように見えたVAZだが、所属YouTuberが相次いで退所するほか、2019年には女性YouTuberのわかにゃん氏が給料未払いを告発、人気インフルエンサーねお氏の母親による告発など立て続けに問題が発生していた。そして、2020年10月には「新型コロナウイルスによる経営不振」を理由に森氏はVAZ代表を退任。共同ピーアール代表取締役社長・谷鉄也氏に経営のバトンをわたした。
VAZでの失敗を踏まえ、自分の思考を徹底的に言語化
「僕の強みは時流を読み、ヒットするコンテンツをつくることにあると思っています。VAZは『人気YouTuberが所属する事務所になれば、どんどん発注がくるはず』という予想をもとに創業しました。幸い、事業はスケールし、売上も伸び続けました。でも、事業の視点が短絡的すぎた。当時の僕は実業家ではありましたが、ビジネスで大事な『中長期的な視点』を持つなど経営者としての自覚が足りなかったんです」(森氏)
VAZは急成長を遂げるも、組織体制としては未熟だった。森氏が書いたnoteによれば、VALU騒動後の社内にはゴミが散乱し、会議をボイコットされることもあったという。
「組織が弱くても、売上利益を見込めるビジネスモデルさえあれば勝てると思っていました。ところが、組織が弱いと事業が不安定になったタイミングで共倒れしてしまう。VAZも、事業がピークアウトした瞬間に崩壊していきました。最初から組織を作り込んでいれば、クリエイターファーストに取り組めたはずです。ただ、そこに気づくには何もかも遅く、最終的には自分が代表を退任することにしました」(森氏)
代表を退任後、森氏はただ事業を生み出すだけの「事業家」ではなく、真の意味での「経営者」としてやり直したいと考え始める。VAZでの経営の失敗理由を徹底的に洗い出し、経営者としての自分自身を見つめ直したという。
その後信頼する先輩経営者と話した際、「また事業家になろうとしているなら『やめておいた方がいい』と伝えようと思ったけど、経営者になりたいと考えているなら今度は大丈夫だと思うよ」という言葉を返され、再び起業に踏み切った。
「VAZ時代は、自分が考えていたことを何も言語化できていませんでした。同じ過ちを繰り返さないよう、Pienでは経営方針やカルチャーのほか『なぜTikTokで勝負するのか』を徹底的に言語化しています。想定できるリスクに対応するための回避パターンもいくつか作りました。改めて、言語化することの大事さを痛感しています」(森氏)
“誰がバズるかわからない”TikTokで感じた可能性
YouTubeではなく、今度はTikTokで勝負することにした森氏。両者の大きな違いは「レコメンドの仕組み」にある。基本的にYouTuberは自分がチャンネル登録(フォロー)しているユーザーの投稿がファーストビューに表示される。ここ数年でYouTuberが“稼げる職業”として注目を集めたことからYouTubeでの配信者の数が急増。「視聴者の可処分時間」を遥かに超えるようになり、配信者と視聴者という需給のバランスが崩れてしまった。
その結果、「有象無象のYouTuberの中から、自分の好きな動画を見つける」ことの難易度は高くなり、YouTubeから新しいスターが生まれにくくなったのだ。そのため、YouTubeはすでに人気を獲得しているYouTuberがますます人気を獲得していく市場になっている。
一方、TikTokはフィード設計が「フォロー」でなく「おすすめ(レコメンド)」が中心。そして、動画のほとんどが30秒以下であることがYouTubeとの最大の違いとなっている。
TikTokは高度なアルゴリズムをもとにスクロールするだけで自分の好みの動画がレコメンドされていく設計となっているため、視聴者は自分好みの動画を見つけやすく、一方の配信者は多くの人に見てもらえる可能性YouTubeよりも高くなる。
「『フォロワー数が多いからといって再生数が伸びるわけじゃない』『誰がバズるかわからない』というところが、TikTokの最大の魅力です。多くのSNSがフォローしているものを積極的に表示しますが、TikTokはおすすめページだけで成立している。おすすめの動画を眺めているだけでどんどん時間が“溶けていく”。これは『フォロワー中心』だったSNSの常識をひっくり返した証拠でもあります。最近では、TikTokフォロワー数日本一のじゅんやさんがYouTubeチャンネルを開設するといったように、TikTokで人気を得てからYouTubeに進出するといった動きも出てきています」(森氏)
PienはYouTubeチャンネル登録者数100万人越えのDJユニット「Repezen Foxx」と戦略的パートナーシップを提携。他にも10社近くのクライアントのTiktokマーケティングパートナーとして、事業成長にコミットする体制を整えている。
TikTok内でマネタイズが本格始動するその日まで、Pienは企業公式アカウント運営や広告運用のノウハウ、データを溜め続けるつもりだという。
「僕はPienをマーケター集団の会社にしたいんです。そして、TikTokでの企業公式アカウント運営や広告運用の成功事例を作る側になりたい。『TikTokと言えばPien』と認知されること、さらにその先には『SNSといえばPien』と認知される未来を見据えて、まずは売上基盤をしっかりと固めていきます。嬉しいことに、ガチガチに意志の堅い創業メンバーが集まってくれています。経営者としてしっかりカルチャーを築くためにも、一つずつ丁寧に実績を積み上げていきたいです」(森氏)
