SHOWROOMの有料動画配信サービス「smash.(スマッシュ)」 画像提供:SHOWROOM
SHOWROOMの有料動画配信サービス「smash.(スマッシュ)」 画像提供:SHOWROOM
  • スマホ特化の魅力は「圧倒的な距離の近さと没入感」
  • 米国発のスマホ向け短尺動画サービスが失敗した理由
  • BTSとのコラボを契機に、有料会員数は年内100万人規模へ
  • 将来的には「SHOWROOM」との連携も視野に

ライブ配信プラットフォーム「SHOWROOM(ショールーム)」などを展開するSHOWROOMは2020年10月、「縦型」「短尺」コンテンツを特徴とする有料動画配信サービスを開始した。

同社がバーティカルシアターアプリと銘打つ、そのサービスの名は「smash.(スマッシュ)」。ローンチから約半年で、すでに人気アイドルグループ「Hey! Say! JUMP」や「乃木坂46」のオリジナルコンテンツを独占配信する。

さらに2021年5月には世界的アイドルグループ「BTS」などの所属事務所・HYBE(ハイブ)との提携を発表するなど、話題を呼んでいる。そんなsmash.は群雄割拠の動画配信市場での勝算をどう描いているのか──。

スマホ特化の魅力は「圧倒的な距離の近さと没入感」

smash.は月額550円(税込)のサブスクリプションサービスだ。配信するコンテンツは、前述したとおりスマートフォンでの視聴を前提とした「縦型」かつ、5~10分程度の「短尺」の動画に特化している点が大きな特徴。ジャンルは、音楽やドラマ、バラエティー、アニメなど幅広い。2021年6月時点での作品数は約3000本に迫る。

サービス立ち上げのきっかけは2016年末、SHOWROOM代表取締役社長の前田裕二氏がスマホ視聴に特化した、あるアーティストのMV(ミュージックビデオ)に出会ったことだ。スマホがこれだけ人々の生活に浸透しているのに、なぜそのデバイスに特化した映像作品は少ないのか──。疑問を抱き始めた矢先に、中国発の短尺動画プラットフォーム「TikTok」が流行。スマホで見る動画への需要を確信し、約2年前から具体的な構想を練り始めた。

「スマホ特化」することによって、どのような表現が可能になるのか。smash.事業責任者の嵐亮太氏は、「キーワードは、圧倒的な距離の近さと没入感」と語る。

「例えばMVなら、縦型の画面全体を余すところなく使い、アーティストの魅力的な表情を至近距離で捉える。視聴者は、映像の中のアーティストと『目が合う』臨場感を得られます。また、アーティストから話しかけられているような感覚を与える映像演出も可能です」(嵐氏)

また縦型画面は、テレビやYouTubeで従来親しまれてきた横型画面と比較すると、映り込む背景の範囲が狭い。「一度に得られる情報量の少なさ」は、視聴者の想像力をかき立てる仕掛けとして生かすこともできる。

「個人的に『縦型』の可能性を感じるコンテンツのひとつとして、ホラーがあります。smash.では、『呪怨』シリーズなどで知られる清水崇さんの監修作品を配信中ですが、視聴する側の視野が制限されることで、新鮮な緊張感や恐怖感が醸し出されている。また、スマホで視聴されている前提を利用して、映像内にLINEやSNSの画面を組み込むなどの手法も考えられます。作中の出来事が、まるで現実に起こっているかのように錯覚させる演出は、特にドラマ制作では面白い効果を発揮すると思います」(嵐氏)

smash.事業責任者の嵐亮太氏
smash.事業責任者の嵐亮太氏

米国発のスマホ向け短尺動画サービスが失敗した理由

短尺という点で、競合の筆頭に上がるTikTokは、ユーザーによる自主制作のコンテンツ(UGC:User Generated Contents)が主流だ。

これに対してsmash.は、プロのアーティストやクリエーターとの協業による、良質で洗練されたコンテンツを打ち出している。コンセプトは「short but deep」──「短くても刺さる、心に爪痕を残すような映像体験」(嵐氏)が最大の売りのひとつだ。

しかし、作品の「質」だけでは勝ちきれないといわれるほど、激しい競争にさらされているのが動画配信市場だ。テレビ局をはじめ、有料の「Netflix」「Amazonプライム・ビデオ」、基本は無料の「YouTube」といった巨大プラットフォーマーが、視聴者の限られた可処分時間をめぐってしのぎを削る。

2020年4月に開始した米国発のスマホ向け短尺動画サービス「Quibi(クイビー)」は、ウォルト・ディズニーやソニー・ピクチャーズ・エンターテインメントなど大手企業が出資して注目を集めたが、登録者数が伸び悩み、わずか半年で終了に追い込まれた。奇しくもその「敗北」とほぼ同時期に産声を上げたsmash.に、果たして勝算はあるのか。

嵐氏は「あくまで推論」とした上で、Quibiの敗因は次の2点にあったと分析する。

1点目は、「縦型」に対応できるクリエーターの少なさだ。縦型画面の特徴をどう生かすかという観点もさることながら、メーカーや機種によって画面の縦横比が異なる問題への対処など、仕様面で戸惑うことも初めは多いという。

「smash.としても、クリエーターの皆さんと議論しながら、ときに戦いながら、コンテンツを作り上げている」(嵐氏)と現場の実感を語る。

2点目は、多くのユーザーを呼んでこられる仕組みをいかにつくるか。Quibiは良質なコンテンツを揃えていた。だがそれだけでは、映像表現そのものについての関心が必ずしも高くはない、マジョリティー層を取り込みきれなかったと嵐氏はみる。

BTSとのコラボを契機に、有料会員数は年内100万人規模へ

こうした状況を踏まえ、smash.が意識的に仕掛けている戦略が、絶大な人気を誇るメジャーアーティストとのコラボレーションだ。

サービス開始と同時に打ち出したのが、アイドルグループ「Hey! Say! JUMP」による、smash.オリジナルMV・作品の独占配信。ジャニーズ事務所に所属する彼らは、それまでネット上でのコンテンツ展開をしてこなかったこともあり、大きな話題を集めた。

2021年5月には世界的アイドルグループ・BTSを擁する芸能事務所のHYBEと資本業務提携。具体的に打ち出していくコンテンツの詳細は6月初めの現時点では明らかになっていないが、グローバル進出を射程に収めている。

Photo:AMA2020/gettyimages
Photo:AMA2020/gettyimages

嵐氏によれば、smash.は有料・無料の二段構えで、ダウンロード数はすでに75万人にのぼるそうだ。うちアクティブユーザーは半分で、早急な100万人達成を目指している。

「トップアーティストに参加してもらうことで、熱量の高いファンがsmash.に親しむ機会をつくる。そこで新しい映像の面白さ、価値を体感してもらい、ゆくゆくはsmash.というメディア自体のファンにもなってほしいと考えています」(嵐氏)

この勝ち筋を狙っていくための試みとして、今後smash.が注力していくのが「PICK(ピック)」という機能の拡充だ。同機能は作品の再生中、ユーザーが2本の指で画面をつまむようにすると、好きなシーンを動画で最大15秒まで切り取り、アプリ内に保存・投稿したり、一部のSNSでシェアしたりできる、というもの。

「例えば、同じ『推し』を応援していても、ファン一人ひとりによって『どんなところが好きか』は違う。目元や指先などお気に入りのパーツに注目している人もいれば、パフォーマンスをしている最中のふとした表情が『強烈に刺さる!』という人もいる。こうしたいろいろな『好き』を共有できるコミュニティって、とても居心地がいいと思うんです」(嵐氏)

具体的には、同じコンテンツを複数人のユーザー同士がチャットしながら視聴できる「グループビューイング機能」などを充実させる。心理的安全性の面で、Twitterなど広く開かれたSNSとは一線を画し、温かなコミュニケーションが生まれる場を提供していく。その「場」への親しみを深めることに成功すれば、「特定のアーティストのファン」であるユーザーたちが「smash.のファン」にもなってくれる好循環が実現する。

「コロナ禍で人と人との距離を保つことが求められるようになり、アーティストとファンの大切な接点である生のライブや対面イベントは、開催しにくい状況が続いています。リアルの熱狂の価値はオンラインで代替できるものではないけれど、『オンラインでのコミュニケーションをどうデザインするか』の重要性が増しているのは確か。smash.の取り組みが、コロナ禍においても、アフターコロナにおいても、エンターテインメント業界全体の熱量を上げることにつながればうれしいです」(嵐氏)

将来的には「SHOWROOM」との連携も視野に

この言葉にも表れる通り、SHOWROOM社がsmash.事業成長の先に見据えるのは、エンターテインメント産業の活性化だ。

現状、新人のアーティストやクリエーターが発信を始める場所としては、YouTubeやTikTokなどがある。「バズる」ことでマスメディアの目にとまり、テレビ番組などへ進出する流れが目立っている。しかし、smash.がメディアとしての存在感を高められれば、新しい才能が発掘される機会もより広がるとみている。

思い描くのは、既存の主力事業であり、会員数は400万人を超えるライブ配信プラットフォーム「SHOWROOM」との連携だ。

「誰でも気軽にライブ配信できるSHOWROOMからは、日々多くの若手アーティストやクリエーターが生まれています。smash.が今後、メディアとしての魅力と存在感を高められれば、SHOWROOMのライバー(配信者)が、他のメジャーなアーティストらと協業してsmash.へ作品を発表する形も考えられるでしょう。2つの事業をつなぎ、多くの才能ある人材がより多様な活躍の場を得られ、報われる仕組みをつくっていきたいと考えています」(嵐氏)