
- 新規参入のハードル高い日本酒業界に「委託醸造」で参入
- 「その他の醸造酒」の製造免許を取得し、自社醸造所を設立
- フランスのテロワールを活かした日本酒「C’est la vie」
- 世界中でSAKEが造られる世界の実現を目指して
年々拡大を続けている日本酒の輸出額──財務省が発表した貿易統計によれば、2020年度の日本酒の輸出総額は過去最高の約241億円(昨対比103.1%)に達するなど、11年連続で最高記録を更新している。その一方で、日本酒の製造側には大きな課題も残る。
日本酒の製造業者の数は2000年から2016年の間に1977件から1405件と、1カ月に約3件が廃業するペースで減少。また、日本国内においては法定最低製造量の障壁が高いことなどから日本酒の製造免許取得は難しく、新規参入は不可能に近い状況にある。
そうした中、「日本酒を世界酒に」というビジョンを掲げ、フランスで日本酒の醸造に取り組む日本人起業家がいる。⽇本酒のD2Cブランドを展開するスタートアップWAKAZE(ワカゼ)の代表取締役CEOの稲川琢磨氏だ。同社は2019年11月に⾃社醸造所「KURA GRAND PARIS(クラ・グラン・パリ)」をパリ近郊に設立し、現在はフランス産原材料を用いて醸造した日本酒「THE CLASSIC(ザ クラシック)」などを製造・販売している。
WAKAZEは、フランス全土で展開する大手ワインショップチェーン「NICOLAS(ニコラ)」との協業も開始。フランスの街中で日本酒を展開し始めている。

WAKAZEは6月9日、ジャフコグループ、ニッセイ・キャピタル、マクアケ、MAKOTOキャピタルを引受先として総額3億3000万円の資金調達を実施した。今回調達した資⾦をもとに、同社はヨーロッパ全⼟へのブランド展開のほか、アメリカでも⾃社醸造所を設立し、新たなブランドの立ち上げを⽬指していくという。
新規参入のハードル高い日本酒業界に「委託醸造」で参入
WAKAZEの創業は2016年。稲川氏は(慶應義塾大学在学中に)フランス政府の奨学金給費生として2年間、フランスでの理工学・技術系における国立の最高教育機関のひとつであるエコール・サントラル・パリに留学。大学卒業後はボストンコンサルティング・グループ(以下、ボスコン)で働いた経歴を持つ。
そんな彼が“日本酒”で起業しようと思ったのは、ボスコン時代に訪れた寿司屋で飲んだ日本酒がきっかけ。有名な銘柄である「真澄」の“あらばしり”(編集部注:日本酒をしぼった際に一番初めに出てくるお酒のこと。圧をかけずにもろみの重さだけで自然にでてくるため少量しか取れず、希少価値が高い)を飲んだときに衝撃を受けたという。
「それまで自分が日本酒に抱いていた“悪酔いするお酒”というイメージを覆すほどの美味しさだったんです。これは世界に広めていくべきだと思いました」(稲川氏)
そうは言っても、前述したとおり日本酒の製造免許取得は難しい。そのため、群馬の酒蔵「聖酒造」を実家に持つ今井翔也氏(現:取締役CTO・杜氏)を共同創業者に迎え、まずは醸造を他の酒蔵に委託する「委託醸造」というかたちで酒造りを始める。
WAKAZEは応援購入サイト「Makuake(マクアケ)」で春夏秋冬、それぞれの季節に合った日本酒の開発プロジェクトを企画。目標金額の2倍以上となる210万円を集め、日本酒の製造に取り組むものの、「実際には1000本程度しか売れず、想像していた以上にうまくいきませんでした」と振り返る。
「日本酒の新しい価値・楽しみ方を知ってもらうために企画したのですが、見せ方や切り口を変えるだけでは“お酒としての価値”を他のブランドと明確に差別化できなかったんです。多額の支援をいただけてありがたかったのですが、ここでの経験をもとに飲んだ瞬間にインパクトを残せるような、破壊力のあるプロダクトを開発しようと思いました」(稲川氏)
「その他の醸造酒」の製造免許を取得し、自社醸造所を設立
その後、稲川氏は醸造を委託できる新たな酒蔵を探し求めて、山形に移住。山形は米処・酒処であるほか、バイオベンチャーの誘致にも積極的だったことが大きかったという。あらゆる酒蔵に足を運び、なんとか委託醸造を依頼できる酒蔵を見つけることができ、本格的に新たなコンセプトの酒造りに取り組み始める。
その結果誕生したのが、ワイン樽熟成をさせた日本酒「ORBIA(オルビア)」や、花や果物、スパイスなどのボタニカル素材を使用した日本酒「FONIA(フォニア)」だった。

「それまでは日本酒に副原料を入れて一緒に発酵させる製法は邪道とされてきました。ただ、世界ではクラフトビールやクラフトジンなどで地元の植物素材を使って造ることが流行していたこともあり、同じことが日本酒でも実現できないかと思ったんです」(稲川氏)
2018年には販売本数が3万本を突破し、売上は9000万円を記録するなど、着実に日本酒好きの心を掴んでいく。そんなWAKAZEの転機となったのが、東京・三軒茶屋に⾃社醸造所を設立したことだ。
日本酒の製造免許取得には最低でも年間に60キロリットル以上(4合瓶換算だと8万本以上)を製造しなければならないため、小資本であるスタートアップの新規参入のハードルは極めて高い。だが、決して道がないわけではない。
酒税法上、日本として扱われるためには「米、米麹、水を原料とすること」「「発酵後に“こす”工程を加えること」「アルコール分が22度未満であること」という3つの条件を満たす必要がある。ただし、この3つの条件を満たさないアルコールを醸造するのであれば、日本酒の製造免許ではなく「その他の醸造酒」「雑酒」「リキュール」の製造免許を取得すればよい。
WAKAZEが開発したFONIAは発酵過程において柚子や生姜などのボタニカル素材を使用しているため、実はその他の醸造酒の扱いになる。
そこでWAKAZEは2018年7月に、その他の醸造酒の製造免許を取得。同時に⾃社醸造所「WAKAZE三軒茶屋醸造所」を設立した。4.5坪の酒蔵に200リットルのタンク4本を備える同所では、どぶろくやボタニカル酒といった日本酒には分類されない醸造酒をを自社生産している。また、人気のお酒は、山形の酒蔵に委託醸造し、生産量を増やすといった生産体制を整えている。
三軒茶屋の醸造所にはWAKAZEが造るすべての酒と、発酵をテーマにした料理を提供する飲食店「WhimSAKE&TAPAS(ウィム サケ アンド タパス)」も併設している。(編集部注:現在は緊急事態宣言発令中のため臨時休業している)

フランスのテロワールを活かした日本酒「C’est la vie」
こうした経験を踏まえ、稲川氏は今井氏と共に渡仏。創業時から考えていた「フランスでの日本酒造り」に取り組むべく、WAKAZEは2019年3月に100%⼦会社「WAKAZE FRANCE SARL」をフランスに設⽴した。
その後、親会社であるWAKAZEはスパイラルベンチャーズ、ニッセイキャピタルなどから総額1億9000万円の資金調達を実施し、自社醸造所に設立に取り組み始める。
日本国内で日本酒の醸造所を立ち上げる際は製造免許の取得が必要となるが、実はフランスは日本ほど規制が厳しくない。稲川氏によれば「蔵の営業許可を取得すればいい」とのこと。とはいえ、立ち上げの過程で商習慣の違いから交渉の“ドタキャン”や契約の白紙撤回、電気工事の遅延など、さまざまな困難に直面した。それらを乗り越えて2019年11月にパリ醸造所・KURA GRAND PARISを設立する。
KURA GRAND PARISは450平方メートルの敷地に2500リットルタンク12基をはじめ、特注の圧搾機や麹室などさまざまな酒造りの機具と設備をそろえた。稲川氏は「日本酒をつくる環境としてはヨーロッパ最大規模」と語る。
フランス事業に関しては稲川氏と今井氏が、国内事業に関しては取締役COOの岩井慎太郎氏がそれぞれ担当している。フランスではゼロから日本酒の製造に取り組み、日本ではWAKAZE三軒茶屋醸造所を軸に、新しいお酒の開発を続けている。

2020年2月にはフランスでの第1弾商品となる、フランス産の米、水、酵母で醸した“MADE IN FRANCE”の日本酒「C’est la vie(セラヴィ)」をリリース。
「C’est la vieはフランス唯一の稲作地帯・南仏カマルグで栽培されるジャポニカ米、欧州を象徴するミネラル豊富な現地の硬水、フランス由来のBio(ビオ)規格ワイン酵母など、徹底したフランス産原料を使用しており、テロワール(土地性)を活かした日本酒になっています」(稲川氏)
世界中でSAKEが造られる世界の実現を目指して
当初はB2B取引を軸に事業を展開しており、リリース後すぐに現地のミシュラン星付きレストランを含めた40店舗での導入が決まったほか、イギリス・ドイツ・イタリアへのディストリビューター向けの大口取引も決まるなど順調な滑り出しを見せていた。「発売開始から約2〜3か月ほどの時点での単月黒字化が見え始めていた」(稲川氏)というが、それから間もなくして新型コロナウイルスが猛威をふるい始める。
飲食店閉鎖や外出制限などにより、対飲⾷店への流通は激減。WAKAZEは一時的に生産縮小を余儀なくされたが、コロナ禍を機にオンライン販売に大きく舵を切る。フランスでもオンラインストアを開設し、日本酒の販売を開始する。
その結果、オンラインにおける⽉商は2020年内で60倍に成⻑。オンラインストアを通じて、集まったフランス人のフィードバックをもとに、既存商品をフランス人たちがより好む味わいにアップデートしていった。
「フランスはワインがよく飲まれていることもあり、ユーザーから『もう少し果実味があった方がいい』という声もいただきました。その声を受け、C’est la vieを通して得た技術的知見のすべてを継承し、さらに進化させたブランドがTHE CLASSICです」(稲川氏)
2020年11月にリリースしたTHE CLASSICは精米歩合92%にも関わらず、穀物感を抑えた爽やかな果実感を引き出した味わいになっているほか、白麹を使うことでスッキリとした酸味を生み出し、キレのある後味に仕上がっているという。稲川氏は「フランスの食文化において欠かせない『アペロ(食事の前の軽い1杯)』にもぴったりな爽やかな日本酒に仕上がっていると思います」と語る。

また、WAKAZEはTHE CLASSICのほかにも、フランス・ブルゴーニュ地方ボーヌのワイナリーから譲り受けた赤ワイン(ピノ・ノワール)樽で熟成した日本酒「THE BARREL」、南フランスのマントン産レモンとプロヴァンス産バーベナを発酵中に浸漬させて調和させた日本酒「THE BOTANIC」も展開している。
日本では、THE CLASSICは2475円、THE BARRELは3300円、THE BOTANICが2970円で販売されている(いずれも750ml瓶1本あたりの税込価格)。
フランスの醸造所設立から約2年。「ようやくスタート地点に立てた」と語る稲川氏。今後はフランス、ヨーロッパ、そしてアメリカでのブランド浸透を⽬指していくという。
「全世界におけるワインの市場規模は36兆円あります。そのうち半分を占めるヨーロッパにおいて、ワインのように飲んでもらえる日本酒ブランドとしての展開を⽬指し、THE CLASSICのブランドをより一層浸透させていければ、と思っています」
「今までは設備を整えることに時間とお金を使っていたので、今後ははポップアップストアの開催や直営店の運営などを通して、THE CLASSICに触れる機会を増やしていければと思っています。また、イギリスやドイツをはじめとしたヨーロッパ諸国からの購⼊および配送をスムーズに⾏えるようにするといったことにも⼒をいれていければ、と考えています」(稲川氏)
THE CLASSICは日本のオンラインストア、楽天市場やAmazonでも販売をしており、稲川氏によれば「THE CLASSICを通じて、WAKAZEの他のお酒を購入してくれるようになっている」という。基本的にはフランス、ヨーロッパ全土での展開に力を入れていくが、一定の本数は今後も日本で販売を続けていくという。
現在、KURA GRAND PARISは杜氏である今井氏を中心に現地のメンバーと酒造りに取り組んでいるが、今後のさらなる需要拡大に向けて醸造設備の増強、テクノロジーを使った醸造効率向上にも取り組んでいくという。そして、フランスで培った開発⼒をもとに、今後数年以内にアメリカ現地での⽣産を通じた日本酒ブランドの展開も⽬指していくそうだ。
「WAKAZEが⽬指すのは、ビール、ワインに次ぐ第3の選択肢として“SAKE”を確⽴し、世界中でSAKEが飲まれるだけではなく、世界中でSAKEが造られる世界を実現することです。そのために、各地域ごとに特⾊溢れたSAKEを造れること、現地に受け⼊れられることをWAKAZEが先陣を切って証明していきます」(稲川氏)
