
- ユザワヤで出会った「羊毛フェルト」が原点
- 大学院の修了作品「マイリトルゴート」で国内外から注目を集める
- モルカーを生み出した発想法「もしも◯◯だったら」
- 3秒以上の静止画をつくらず、6秒以内に物語を前進させる
- かわいいキャラクターが、かわいいことをするだけの話は退屈
- 言葉に依存しないアニメーションが世界でウケる
- 今後は新しい挑戦を30〜40%を取り入れた作品づくりへ
“覇権アニメ”──そう言われるほど、ネットユーザーを中心に話題を集め、瞬く間に“カルト的人気”を得た短編アニメがある。それが『PUI PUI モルカー』だ。
PUI PUI モルカーは、モルモットが車になった“モルカー”たちの日常生活を描いた短編アニメ。モルカーは羊毛フェルトでできており、モルカーの声は実際のモルモットが担当している。作品自体は人形やぬいぐるみ、ミニチュアセットなどを使って、1コマずつ静止画を撮影してつなげた“ストップモーションアニメーション(ストップモーションアニメ)”という手法で制作されている。
放送が開始されたのは2021年1月。テレビ東京の子ども向けバラエティ番組「きんだーてれび」内で1話目が放送されると、Twitterで話題に。モルカーの可愛らしい見た目に反して、話の内容は交通渋滞や銀行強盗、ながら運転、飼い猫の車内放置を取り扱うなど、"社会風刺”の要素を盛り込んでいる点が、ネットユーザーの心をつかんだ。

1話あたり約2分40秒という短さながら、最新話が放送されるたびにTwitterで“モルカー”がトレンド入りするなどの盛り上がりを見せた。また最終回が放送された後はTwitter上で“モルカーロス”を嘆くツイートが続々と投稿された。そうした思いに応えるように、テレビシリーズ全12話が7月22日から2週間限定で劇場公開される。
まさに社会現象を巻き起こした、と言っても過言ではないほどの人気を集めたPUI PUI モルカーはいかにして生まれたのか。
同作の監督を務めた見里朝希氏が登壇したオンラインイベント「PUI PUI モルカーが与えた衝撃とその背景。クリエイターにおける多大な可能性!」がキャラクター・ブランド・ライセンス協会(CBLA)主催で5月31日に開催された。PUI PUI モルカーの大ヒットで注目のアニメーション作家となった見里氏だが、実はメディアの登場はほとんどなく、このイベントは見里氏がPUIPUIモルカーについて語る貴重な機会となった。そのイベントの内容をお届けする。
ユザワヤで出会った「羊毛フェルト」が原点
イベントではまず、見里氏のこれまでの歩みが紹介された。
見里氏は武蔵野美術大学出身の29歳。アニメーション作品の制作に取り組み始めたのは、1年生の頃にさかのぼる。友人たちとグループ展(編集部注:複数人でおなじスペースを使って行う展示会のこと)を開催したのが、きっかけだったという。
「その展示会では、くせ毛で生活することの大変さを描いた短編のアニメーションをつくりました。くせ毛は自分の中でコンプレックスだったのですが、作品を完成させてギャラリーに展示したとき、作品を見てくれた人たちから、その大変さを共感してもらえたんです。そのときに、言葉では伝えにくいこともアニメーションを通してなら伝えられることに感動し、アニメーション作品をもっと作っていこうと思いました」(見里氏)
見里氏はくせ毛のアニメをつくる際、友人から勧められたヘンリー・セリック監督のストップモーションアニメ映画『コララインとボタンの魔女』に影響を受けたという。
しかしストップモーションアニメを制作するには、カメラ、照明機材、撮影する部屋などを用意しなければならず、それなりの費用がかかる。そのため金銭的に余裕のなかった大学1〜2年生の頃はなかなか手が出せずにいたが、大学3年生のタイミングで、後にモルカーで使用することになる“羊毛フェルト”という素材に出会った。
「羊毛フェルトは手芸用品、生地、ホビー材料などを扱う専門店のユザワヤでも販売されている素材です。価格もそこまで高くなく、これなら学生の自分でも手が届くと思って、羊毛フェルトを購入しました。その後、羊毛フェルトを使って大学3年の冬の課題で30秒のストップモーションアニメをつくってみることにしたんです」(見里氏)
大学院の修了作品「マイリトルゴート」で国内外から注目を集める
そうして誕生した作品が『あぶない!クルレリーナちゃん』だ。見里氏が初めて制作したストップモーションアニメは第11回ACジャパンCM学生賞で優秀賞を受賞。また同作にはバレリーナを車に見立てている点、交通ルールに関するメッセージ性など、すでに後のモルカーに繋がる要素がいくつか含まれている。
その後、見里氏は立て続けに国内外のさまざまな賞を受賞。2016年に武蔵野美術大学の卒業制作として作られた、7分の短編ストップモーションアニメ『あたしだけをみて』は韓国・ソウルで開催されたIndie-AniFest2016のアジア部門で観客賞を受賞している。同作はモルモットを可愛がる彼氏とそれに嫉妬する彼女の様子を描いた作品だ。
大学卒業後、一度は就職の道も考えた見里氏だったが、2016年に東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻に進学。同大学院では見里氏が幼少期に見ていた粘土を用いたストップモーションアニメ『ニャッキ!』のアニメーション作家・伊藤有壱氏にも指導を受けた。
この日のイベントにも登壇した伊藤氏は当時の見里氏について「スタジオに入るとなかなか出てこない人だった。でき上がった映像を見て、その完成度の高さに驚いた」と明かしている。
大学院時代、見里氏は羊毛フェルトではなく、プラスチックの板を使ったストップモーションアニメ『Candy.zip』を制作。さらに大学院の修了作品として、グリム童話『オオカミと7匹の子ヤギ』を題材に、児童虐待や育児放棄、過保護から来る洗脳教育といったテーマをグロテスクな描写とともに訴えかけた短編ストップモーションアニメ『マイリトルゴート』を制作。同作は国内外で30を超える賞を受賞するなど、高い評価を得た。
モルカーを生み出した発想法「もしも◯◯だったら」
見里氏はイベントでも若いクリエイターに向けて、映画祭やコンテストに応募することが重要だと訴えた。
「個人的には映画祭やコンテストに必ず応募した方がいいと思っています。制作した作品を『人に見せるのは恥ずかしい』という学生もたくさんいると思いますが、映画祭やコンテストに応募するとプロのクリエイターが必ず見てくれる。そこではアドバイスがもらえるし、クリエイター同士の新しいつながりもできる。それが将来的に仕事につながることもあるので、メリットしかないと思います」(見里氏)
見里氏もマイリトルゴートで数々の賞を獲得したことで、彼の作品が老舗アニメーションスタジオ・シンエイ動画の目に留まった。
「シンエイ動画はこれまでに『ドラえもん』や『クレヨンしんちゃん』など数多くの人気アニメを手がけていますが、オリジナルのキャラクターコンテンツを新しく作りたい、と連絡をもらいました。そこでいろんな企画書を出したところ、目に留まった作品がPUI PUI モルカーだったんです」(見里氏)

こうした経緯でPUI PUI モルカーは生まれ、現在の大ヒットにつながっていく。ちなみに見里氏によれば、モルカーの企画自体は大学院の1年生時代に考えたもので、当時はリアルなモルモットにリアルな人間が乗る話だったという。そんな見里氏が作品を発想する際の軸にしているのが「もしも、◯◯だったら」を考えることだ。
「たとえばCandy.Zipであれば”もしもパソコンのアイコンがキャンディだったら”ですし、マイリトルゴートはグリム童話の『オオカミと7匹の子ヤギ』を題材に、”もしも狼の胃袋から子山羊たちを助けたのに、すでに消化活動が始まっていたら”というものです。そしてPUI PUI モルカーは”もしも車がモルカーだったら”という話です」(見里氏)
この発想が非現実的であればあるほど、アニメーションとしての魅力を出せるという。
3秒以上の静止画をつくらず、6秒以内に物語を前進させる
学生時代に制作したアニメーションに、モルカーに通じる部分があることは前述したが、幼少期に見たアニメの影響もまたモルカーに影響を与えている。見里氏が小学生時代に夢中になったアニメとして挙げたのが、アニメ専門チャンネル・カートゥンネットワークで放送された『パワーパフガール』『おくびょうなカーレッジくん』などの海外アニメだ。
「特に好きだった作品はおくびょうなカーレッジくんだったんですが、10分という短い尺の中で起承転結がしっかり盛り込まれている。その一方で、ホラーコメディというジャンルで怖い要素もある。その恐怖や未知なるものが視聴者の好奇心をくすぐるのではないか、と思いました」(見里氏)
PUI PUI モルカーのポップさや、短時間ながらも分かりやすいストーリー運び、そしてかわいさの中に秘められた毒っ気などは幼少期のアニメ体験の影響も大きいのだろう。特にPUI PUI モルカーの制作にあたっては、起承転結に気をつけたという。
「2分40秒の短い時間の中に起承転結を入れ、見ている人を飽きさせないように工夫しました。人間が1つのものを集中して見られる時間はたった3秒と言われているので、3秒以上の静止画をつくらないようにしました。また、6秒以内に何かしら物語が前進する要素を入れています。個人的に、映像は見る人の時間を奪い去ってしまうもので、見た人が『見てよかった』『勉強になった』と思えるようなメッセージを常に入れていく必要があると考えています。そのため、『PUI PUI モルカー』はメッセージ性を意識しました」(見里氏)
コンテンツ過多となった現在、消費者は難解で長時間を必要とするものを避け、短時間でわかりやすく楽しめるコンテンツを好む傾向にある。モルカーのヒットにはSNSの存在が欠かせないが、秒単位で飽きさせない見里氏のやり方が結果として好影響を与えたといえる。
かわいいキャラクターが、かわいいことをするだけの話は退屈
SNSでの拡散に繋がったのは、子どもを対象としたアニメながらも大人にも刺さったことが理由だが、見里氏は制作において「子どもだましにしない」ということを重要視している。
「今回は子ども向けアニメーションとして作ってくださいという依頼だったのですが、子どもだましになるのは良くない。だからこそ、大人が見ても感動して、納得できる作品を目指しました。かわいいキャラクターを作ることは大事ですが、かわいいキャラクターが、かわいいことをするだけの話は個人的には退屈になってしまうと思っています」(見里氏)

なぜ、PUI PUI モルカーは子どもを対象としたアニメながらも大人にも刺さったのか。その理由には、「見里作品の毒っ気」と「考察を生む作品の余白」という2点がある。
PUI PUI モルカーでは渋滞、強盗、ゴミ問題など現代の社会問題が題材になっているが、モルカーに責任はなく、それらの問題の原因はすべて人間の倫理に反した行動に責任があるもの、として描かれている。放送時には作品の感想とともに、ネットスラングである「人間は愚か」という言葉が併せて使われ、SNSで拡散されていた。
こうした社会風刺、毒っ気は見里氏の特徴でもあるが、実は当初もっと強烈な案があったこともイベントで明かされた。
「PUI PUI モルカーは地上波で放送されるので制作する上でそれなりに制限はありました。第3話(飼い猫がモルカー内に放置される話)はもともと猫とファミリーレストランでなく、赤ちゃんとパチンコ店で作ろうとしていたのですが、さすがにそれは生々しくて、変更になりました」(見里氏)

言葉に依存しないアニメーションが世界でウケる
もう一つ、大人のファンをつかみ、SNSでの拡散を促進させたのが「考察を生む作品の余白」だ。子ども向けであり、一見分かりやすいPUI PUI モルカーだが、実は余白が多い。
「モルカーはモルモットらしさを表現したかったので、なるべくあざとい表現を入れず、コミカルでわかりやすい表情は入れないようにしました。そこに命があるように表現したかったんです」(見里氏)
涙を見せたり、驚いたりすることこそあるモルカーだが、明確な表情にはあまり変化がない。あえて分かりやすい表現方法を取り入れなかったことで、結果として視聴者がモルカーから読み取るものが変化し、さまざまな考察を生む余白をつくった。さらに作品の無国籍感も、より視聴者の想像力を働かせる要素となった。

「今回は子ども向けということもありましたが、モルカーの良さを世界に伝えたかったので、言葉に依存しないアニメーションを目指しました。モルカーの世界は東京に近いモチーフで街をつくり、看板には日本語が存在しているのですが、それはあくまでサブの要素。物語のメインは言葉を使わず、モルカーの仕草や表情で物語を伝えていくこと。自分としては世界に出せるアニメーション作品を作りたいと思っていました」(見里氏)
この日のイベントには台湾からも参加があり、非言語アニメであったことは奏功したといえる。実際、PUI PUI モルカーは台湾や中国などでは「天竺鼠車車」というタイトルで日本に匹敵するブームとなっている。
今後は新しい挑戦を30〜40%を取り入れた作品づくりへ
見里監督は、「進撃の巨人(シーズン3まで)」や「甲鉄城のカバネリ」などを手がけたアニメーションスタジオ・ウィットスタジオとストップモーションアニメを手がける新スタジオを設立したこと発表している。今後はこのスタジオを拠点に作品づくりを進める。
「これまでフリーランスとして活動していましたが、そのときと比較すると作品づくりの環境は良くなっていくと思います。いま、次回作について具体的な話はできませんが、そのためにスタジオの準備をしている状態です。ありがたいことに、これまで一緒に仕事をしてきたスタッフさんと今後も仕事ができる。これからどんどんいいスタジオにできたらと思っています」(見里氏)
新スタジオの発表と同時に公開された新作アニメ「Candy Caries」は、「もしも子どもの虫歯が人間だったら」という見里氏らしさが詰まった作品で、Candy.zipと同じくプラスチックの板でつくられている。
「ストップモーションアニメーションと2Dアニメーションの融合がひとつのテーマでした。今後、作品をつくっていく上でも自分のモチベーションを保つため、新しい挑戦を30〜40%入れていく必要があると思っています」(見里氏)
イベントのタイトル通り、PUI PUI モルカー世間に衝撃を与えた見里氏。新たなスタジオでの挑戦においても、モルカー以上の衝撃を与えてくれそうだ。