(左から)CRAZYマーケティング室責任者の松田佳大氏と代表取締役社長の森山和彦氏
(左から)CRAZYマーケティング室責任者の松田佳大氏と代表取締役社長の森山和彦氏
  • 「脱・オーダーメイド」の戦略の中心は、東京・表参道の式場
  • 世間に刷り込まれた“過去のイメージ”とのギャップ
  • カップルの絆を“線”でつなぐ新たなサービスも投入

「創業以来、ずっと続けてきたやり方を変えることにしました」

筆者はひと月ほど前、そんなメッセージを受け取った。送り主は、ウェディング業界に初めて“完全オーダーメイド”の仕組みを取り入れた、CRAZY代表取締役社長の森山和彦氏だ。

CRAZYといえば、個性的な装飾によるオーダーメイドウェディングブランド「CRAZY WEDDING」で知られてきた。「自分たちらしい結婚式を挙げたい」と希望するカップルたちの夢を叶えるため、細部までこだわってハレの舞台を演出する──従来の結婚式場にはなかった“プロデュース力”が受け入れられ、2012年の創業から2年目には売上3億円を超えるなど右肩上がりで成長を遂げた。

2016年に、CRAZYの共同創業者でウェディングプランナー、そして森山氏の妻でもある山川咲氏に密着したドキュメンタリー番組『情熱大陸』(MBS/TBS系)が放送されると、一気に認知を拡大。最盛期では年間250組ものオーダーメイドウェディングを受注し売上13億円を記録するなど、これまでに約1300組の結婚式をプロデュースしてきた。

しかし、創業から10年目を迎える2021年7月2日、同社はこれまで積み上げてきたCRAZY WEDDINGというブランドを、自ら“手放す”選択をした。正確には、サービス変更。これまでのオーダーメイドウェディングは、広告を含めて営業活動をストップし、顧客から直接の希望がない限りは受注しない形式へ変更を決めた。

なぜ、このタイミングで創業事業を手放す決断を下したのか。そして今後はどのような事業を行っていくのか。森山氏とCRAZYマーケティング室責任者の松田佳大氏に話を聞いた。

「脱・オーダーメイド」の戦略の中心は、東京・表参道の式場

ウェディングブランドが事業を縮小する──この話を聞いて、「コロナ禍の経営判断」と捉える人はきっと多いのではないか。事実、国内ウェディング業界のこの1年間の損失は約1兆円にものぼる(日本ブライダル文化振興協会とリクルートの共同発表)。

CRAZYのオーダーメイドウェディングの受注数も最盛期と比較して約3割と大幅に減少している(あくまでオーダーメイド事業単体の数字)。しかし、森山氏によると「たまたまコロナは事業変更を加速する要因になったが、ビジネスモデルの変更は実は3年前から準備していたこと」なのだという。

3年前から始めていた「脱・オーダーメイド」の戦略とはどういうものか。その象徴となるのが、2019年2月に東京・表参道にオープンした式場「IWAI OMOTESANDO(以下、IWAI)」だ。IWAIは結婚を広く発表する「おふたり中心」の披露宴スタイルではなく、共に時間を楽しむ「ゲスト中心」の新しいスタイルで行う結婚式をプロデュースするスタイルの式場だ。価格は50名で約300万円。

一時の”イベント”としての性質が強いオーダーメイドウェディングとは違い、IWAIはあらかじめ用意された“箱(空間)”というフォーマットを軸にした事業であり、「演出に関して強いこだわりはない」という客層にまで届ける。

1組1組の個性を最大化してきたオーダーメイドとは逆のアプローチへと踏み切ったIWAIは「費用を抑えつつも、食事などにこだわった結婚式を挙げたい」というカップルのニーズをとらえ、順調に成長。約2年半で400組以上の結婚式やお祝いごとをプロデュースしてきた。

これまで400組以上のお祝いごとをプロデュースしてきた。画像提供:CRAZY
これまで400組以上のお祝いごとをプロデュースしてきた。画像提供:CRAZY

IWAIで提供するのは「その場限りではない、夫婦やそこに集う人たちの関係性をより豊かにする時間」。例えば、IWAIでは当日飾る花は、原則「おまかせ」。その日限りの花を選ぶ時間よりも、ゲスト一人ひとりとの関係性を豊かにするためのプロセスに時間をかける。オーダーメイドで売りにしてきた「高砂」も作らない。

式場の演出ではなく、そこに集まる人々を主役にする。お祝いの場に必要なものだけを厳選した“披露しない結婚式”を軸にしたIWAIを、新たなCRAZY WEDDINGの主要サービスとして育ててきたのだ。

「時代が変わり、特別な“ハレな日”だけでなく、日常の“ケの日”に豊かさを求める消費者も増えました。オーダーメイドのお客様も、『せっかくだから』と結婚式場の華美な装飾や演出にお金をかけるのではなく、『実家でホームパーティー風にしたい』など身近な人との関係性を大切にしたいというシンプルなニーズの傾向がより強くなってきています。その結果として、創業時のようなインパクトの強いオーダーメイドウェディングは自然と縮小傾向にありました」(松田氏)

「個を表現すること」から「大切な人とつながること」へ──結婚式への価値観が変化している時代において、CRAZYはIWAI OMOTESANDOでの結婚式を多くの人たちに届けることが、社会にとって意義のあることだと考えたという。

世間に刷り込まれた“過去のイメージ”とのギャップ

また、2020年には、ウェディングプロデューサーとして創業事業をけん引した山川氏が退任し、CRAZYから独立することになった。

その際、CRAZYでは「私たちは、人々が愛し合うための、機会と勇気を提供し、パートナーシップの分断を解消します」とパーパス(企業の目的)を打ち出し、ホームページをリニューアル。ブランドとして、結婚式そのものよりも“関係性の構築”を提供価値にする方針を明確にした。

CRAZYの内部では、「着実に変わっている」つもりだった。ところが、外からの見え方がまったく追いついていないことが大きな課題だった。「CRAZYといえば、オーダーメイドウェディング」「森の中で結婚式を挙げられるんだよね」「山川咲さんがいる会社でしょ?」。世間に刷り込まれた“過去のイメージ”はそう簡単には変わらない。

実態として、サービスの主軸はオーダーメイドウェディングではなくIWAI OMOTESANDOでの結婚式になっていたものの、世間からは「こだわりを追求する一部の人たちしか利用できそうにない」という印象を持たれてしまっていた。

社内にその原因がなかったわけではない。特に、同社のオーダーメイドウェディングの世界観に共感して入社したメンバーには、強い思い入れがある。ウェディングプロデューサーを経てマーケティング部門を担う松田氏自身もそのひとりだった。しかしIWAIの認知度の低さを目の当たりにして、松田氏は考えを改めたという。

「今年1年、コロナ禍での結婚式を模索する中で、自分たちが世間にどう見られているかを探る機会を多く持ちました。決定的だったのは、結婚情報誌の調査で、『CRAZY=オーダーメイドウエディング』という認識しかなかったという事実。つまり、IWAIがほとんど認知されていないということです。今のCRAZY WEDDINGを前に進めるためには、“過去のイメージ”を手放さなければならない、と覚悟ができました」(松田氏)

CRAZYマーケティング室責任者の松田佳大氏
CRAZYマーケティング室責任者の松田佳大氏

“過去のイメージ”とは、時間をかけて培ってきたブランドであり、唯一無二の価値そのもの。その価値を自ら否定し、手放す宣言をする。その決断には葛藤があったはずだ。しかしながら、代表の森山氏の心中はいたってポジティブだという。

「オーダーメイドで結婚式を演出する事業は、とても手間がかかる仕事なので、これだけの規模でやっている会社はほとんどありません。同時に、無限に拡大できるものでもありません。でも僕たちには、その非効率なビジネスをやってきたからこそ磨かれた独自のノウハウがある。それは、徹底的に顧客と向き合うことで、結婚式という枠組みを超え、根本的に人が欲している愛情のようなものに触れることができるコミュニケーション力です。それをIWAIという箱に転換し、より多くの人に向けて価値を提供していく。結婚式のその日だけでなく、その後にずっと続く日常に、僕たちは愛や関係性という観点から関わっていきます」(森山氏)

ハイスペックなキッチン設備が完備され、料理を作ることを楽しむこともできるパーティールーム「LIVING ROOM」 画像提供:CRAZY
ハイスペックなキッチン設備が完備され、料理を作ることを楽しむこともできるパーティールーム「LIVING ROOM」 画像提供:CRAZY

カップルの絆を“線”でつなぐ新たなサービスも投入

婚姻届を提出するという節目にIWAIで写真撮影をし、カップルがお互いの思いを確かめ合える「ふうふ始季」や、誕生日や結婚記念日など家族の祝いごとに向けた食事を届ける「お祝いご飯便」など、CRAZYはカップルの絆を“線”でつなぐ新たなサービスも投入している。ふうふ始季の価格は2名で2420円(税込)、お祝いご飯便は誕生日コースが1人9000円(税込)、記念日コースが1人8000円(税込)だ。さらに今秋には、パートナーシップの分断を解消することを軸にしたオリジナルアプリもリリース予定だ。

また、CRAZYは「一過性のキャンペーン広告を打つより、社員一人ひとりからにじみ出る感情を表に伝えることが、効果的なプロモーションになる」(松田氏)という戦略のもと、SNSコミュニケーションも強化しようとしている。

“完全オーダーメイド”という一夜の祭りを彩る花火職人から、結婚式を起点とした“関係性の構築”という焚き火に薪をくべる添い人へ──今後、CRAZYは結婚式という枠組みを超えたパートナーシップにまつわる事業を展開することで、複数の収益源をつくっていく。

自ら創造し、確立したサービスを手放したCRAZY。創業から10年目を迎える2021年、同社は第2創業期として、新たなスタートを切っていく。

CRAZY代表取締役社長の森山和彦氏
CRAZY代表取締役社長の森山和彦氏