徳力基彦氏(左)と光本勇介氏(右) 画像提供:Agenda note徳力基彦氏(左)と光本勇介氏(右) 画像提供:Agenda note
  • “性善説に基づいたサービス”リリースの意図
  • 人を疑うという行為は、すべて“コスト”
  • 与信のあり方には、変革の余地がある

ミレニアル世代を代表するビジネスパーソンに、アジャイルメディアネットワークの徳力基彦氏がインタビューする企画がスタートします。ビジネスが成功した背景やミレニアル世代へのコミュニケーション論を聞きながら、現代のマーケティング担当者が知っておくべき消費者の行動やその捉え方を探ります。第1回は、BANK 代表取締役兼CEOの光本勇介氏が登場。アプリ「CASH」の“性善説”に基づくビジネスモデルが生まれた背景から、光本氏が現代社会をどのように捉えているのかまで話を聞きました。(編集注:本記事は2019年2月13日にAgenda noteで掲載された記事の転載です。登場人物の肩書きや紹介するサービスの情報は当時の内容となります。)

“性善説に基づいたサービス”リリースの意図

徳力 BANKが提供しているアプリ「CASH」は、洋服やバッグなどの対象アイテムの写真を撮ってアップロードすると、そのアイテムの査定額が出てすぐに現金として受け取られるサービスです。2017年6月のリリース初日から大きな話題になり、1日と経たないうちに3億円以上が現金化されました。

 始まったばかりのサービスが注目されるのは凄いことですが、BANKにとっては先に現金を支払っても査定したアイテムが実際に送られてこないリスクがありましたよね。つまり、まず人を信用しなければ成り立たないサービスで、光本さんはこれを“性善説に基づいたサービス”と表現されています。なぜそのようなサービスを思いつけるのでしょうか?

人を疑うという行為は、すべて“コスト”

光本 僕はビジネスモデルを考えることが、とても好きなんです。BANKを起業する際は、新しい会社で新しい事業にチャレンジしてみたいと思い、当時経営していた会社の代表を当時の役員と交代し、半年ほど幅広い業界を見て回りました。

 そのときに感じたのが、世の中の取引は「与信」で成り立っているということ。逆に言えば、世の中の取引は人を疑うことで成り立っているとも言えます。取引にはBtoB、BtoC、CtoCという形態がありますが、例えば個人間でお金を貸す場合もきちんと返してくれるかを無意識に考えて判断しているわけです。これはBtoBもそうで、初めて取引する会社の支払い能力を帝国データバンクなどで調べますよね。つまり、疑っているということです。

CASH(https://cash.jp/)CASH(https://cash.jp/) 画像提供:Agenda note

 このように世の中は人を疑うことが前提で成り立っているわけですが、実は人を疑うという行為は、すべてコストに当たります。

 例えば、日本全国の駅には自動改札機が設置されているでしょう。これが何のためにあるかというと、切符を買っているかどうかをチェックするためです。つまり人を疑っているわけですが、自動改札機には1台何百万というお金がかかります。大きな駅であればそれが何十台とあり、さらに全国には何万の駅があるため、鉄道会社がそこにかけているコストは莫大です。もちろん、仮に改札をすべてなくせば、キセル乗車をする人は絶対に現れます。しかし、もしキセル乗車によって被る損害よりも全国に自動改札機を導入するコストの方が高ければ、導入しない方がいいと思うんです。

光本 勇介氏 株式会社バンク 代表取締役兼CEO 10歳から18歳までデンマークとイギリスで過ごす。2004年青山学院大学卒業後、オグルヴィ・アンド・メイザージャパン入社。2008年ブラケット(現ストアーズ・ドット・ジェーピー)を設立し、代表取締役兼CEO就任。2013年ブラケットをスタートトゥデイ(現 ZOZO)に売却。2016年MBOを実施し、ブラケット取締役会長に就任。2017年バンクを設立し、代表取締役兼CEO就任。2017年「CASH」をリリース、その後DMM.comへ全株式を売却。2018年MBOを実施。 画像提供:Agenda note光本 勇介氏 株式会社バンク 代表取締役兼CEO 10歳から18歳までデンマークとイギリスで過ごす。2004年青山学院大学卒業後、オグルヴィ・アンド・メイザージャパン入社。2008年ブラケット(現ストアーズ・ドット・ジェーピー)を設立し、代表取締役兼CEO就任。2013年ブラケットをスタートトゥデイ(現 ZOZO)に売却。2016年MBOを実施し、ブラケット取締役会長に就任。2017年バンクを設立し、代表取締役兼CEO就任。2017年「CASH」をリリース、その後DMM.comへ全株式を売却。2018年MBOを実施。 画像提供:Agenda note

徳力 確かに、そうかもしれませんね。

光本 結局、リスクがあるからコストをかけて与信をとることになる。しかし実はリスクによって被る損害よりもリスクを減らすためにかかるコストの方が高い可能性があります。これまでに、それを検証した人はいないので、もし僕がリスクにかけるコストはもったいないということが実証できたら、それ以降は人を疑うためのコストをかけなくてもいい世の中になるわけです。

実証にはリスクが伴いますが、僕には失うものがなかったし、おもしろい実験のネタを探しているタイミングだったこともあって試してみることにしました。それを“性善説に基づいたビジネス”と称し、人を疑わなくても取引が成り立つかどうかをテーマに会社を立ち上げたんです。

徳力 たしかに、人を疑うためのコストをかけなくてもいいことが証明されたら、世の中の事業やサービスのつくり方が根本的に変わりそうです。

徳力 基彦氏 アジャイルメディア・ネットワーク / 取締役CMO NTTやIT系コンサルティングファーム等を経て、2006年にアジャイルメディア・ネットワーク設立時からブロガーの一人として運営に参画。「アンバサダーを重視するアプローチ」をキーワードに、ソーシャルメディアの企業活用についての啓蒙活動を担当。2009年2月に代表取締役社長に就任し、2014年3月より現職。 画像提供:Agenda note徳力 基彦氏 アジャイルメディア・ネットワーク / 取締役CMO NTTやIT系コンサルティングファーム等を経て、2006年にアジャイルメディア・ネットワーク設立時からブロガーの一人として運営に参画。「アンバサダーを重視するアプローチ」をキーワードに、ソーシャルメディアの企業活用についての啓蒙活動を担当。2009年2月に代表取締役社長に就任し、2014年3月より現職。 画像提供:Agenda note

光本 はい、大げさに言えば「世の中が変わる」と思います。そこに興味がありますね。

与信のあり方には、変革の余地がある

徳力 インターネットもボトムアップでユーザーがつながり合う仕組みのため、本質的には性善説だと思います。CASHのサービスの考え方も、光本さんのように学生時代からインターネットに触れて育ってきた世代だからこそ生まれたのでしょうか。

光本 うーん、そうでもないと思いますけど。ただ、インターネットの時代だからこそ、僕たちの実験が拡散されて、多くの人に認知されたのはあるでしょうね。

徳力 小さなスケールでのスタートでも、大きく拡大する可能性があるということですか。

光本 はい、そうですね。僕がやっている実験は、「オフィスグリコ」なんですよ。オフィスグリコは商品の棚が置かれている横に貯金箱があるだけなので、お金を入れなくても商品が取れてしまいます。でも、お金を入れてくれるだろうと信じることで成り立っている。感覚的には、それと同じです。

徳力 でも通常の企業であれば、なかなかそういったサービスは生み出せませんよね。コストはかけないので論理的なビジネス判断としては正しいかもしれませんが、上司を説得するのが大変そうです。

光本 仮に同じ事業を大企業の新規事業としてやろうとしても、僕も上司を説得する自信はないです(笑)。何しろ、やってみないと分からないですからね。逆に言えば、だからこそ、与信のあり方に変革できる部分があるのではないかとも思いました。

性善説に基づくビジネスは、言い方を変えると「統計ビジネス」だと思います。悲しいかな、「全員がいい人」ということはありえませんが、悪い人はたったの数%かもしれない。その数%の悪い人を除くためのコストを圧倒的大半の人にも負担させているのが現状です。数%の人によって被る損害をコストとして見れば、そもそも人を疑うためにコストをかける必要はない。同じことが当てはまるビジネスは、実はたくさんあるのではないかと思います。

徳力 先日、TEDの有名プレゼンターであるハンス・ロスリング氏が書いた『ファクトフルネス』という本を読んだのですが、その内容が光本さんのお話と近いと感じました。ロスリング氏によると、メディアは暗いニュースを取り上げがちなので、その影響もあって世界はどんどん悪い方向に向かっていると思われがちだけれど、統計で見れば世界の貧困率や乳幼児の死亡率は下がり、世界は良くなっているとあります。

ただし、現代は価値観として、すべてを完璧に安全にするために、例えばビルにセキュリティを入れて、お得意さんの与信でさえチェックするようになりがちですよね。

光本 そうですね。僕らも実験をしている感覚で、立てた仮説がまだまだ実証できているとは言えません。ただ実証できる可能性はありますし、手応えも感じられています。今はこれをやりきるフェーズですが、やりきったあとに実現できることがあまりにも多いため、そこにワクワクしていますね。