Photo:SOPA Images /gettyimages
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  • 50行以上の金融機関と連携、pringにしかない「独自の価値」
  • Googleの銀行サービス「Plex」への活用が狙いか

米Googleがスマホ送金アプリを手がけるpring(プリン)を買収する──日本経済新聞や共同通信など報道各社が7月8日付で報じていたニュースが昨日、正式に発表された。

7月13日、pringの主要株主であるメタップス、ミロク情報サービス、日本瓦斯(ニチガス)はGoogleからの全株式取得の意向を受け、それぞれ保有していた全株式を譲渡したことを発表した。メタップスは45.3%、ミロク情報サービスは22.7%、ニチガスは18.6%の株式を保有していた。メタップスの譲渡額は49億2100万円。

ミロク情報サービスとニチガスは譲渡額を明らかにしていないが、今回の株式売却により、ミロク情報サービスは22年3月期の連結ベースの決算で約20億7000万円の特別利益、ニチガスは12億円の特別利益を計上する見込みだという。

Googleは他の少数株主でもあるみずほフィナンシャルグループやみずほ銀行、SBIインベストメントなどからも株式を取得する予定だ。買収金額は合計100億円強と見られる。株式譲渡実行日は7月下旬〜8月下旬を予定している。

Googleはpringを買収することで、同社が保有する金融機関とのネットワークを活用し、今後、日本でも送金・決済事業に参入する狙いだ。なお、pringによれば現時点でのスマホ送金アプリ・pringのサービス変更の予定はないという。

50行以上の金融機関と連携、pringにしかない「独自の価値」

pringの公式サイトのスクリーンショット
pringの公式サイトのスクリーンショット

pringは登録した銀行口座から入金して、実店舗でのQRコード決済や個人間での送金ができるアプリ。提携する金融機関は三菱UFJ銀行、みずほ銀行、三井住友銀行のメガバンク3行を含め、合計で50行を超えている。また、クレジットカード大手のジェーシービー(JCB)が展開するQRコードとも連携しており、約10万店舗で決済アプリとしても使える。

同アプリを展開するpringはスマホ決済大手のPayPayなどと同様、銀行以外で送金サービスを提供する「資金移動業者」の登録を完了している。

とはいえ、pringのユーザー数は数十万人程度。楽天ペイやPayPay、d払い、au PAYといったスマホ決済サービスは数千万人規模のユーザーを抱えており、競合と比較すると小さなサービスだ。なぜ、Googleそんなpringに白羽の矢を立てたのか。その背景にある狙いが「金融機関が持つ口座情報との接続」だ。

通常フィンテックサービスは、銀行と口座情報連携(API連携)を行うことでその情報を取り扱うことができるようになる。だが、家計簿アプリなどが行っている銀行の残高や、クレジットカードの取引明細が見られる「参照系API」の連携と、pringのように資金移動業者として送金や決済を実現する「更新系API」では、同じAPI連携でも全く意味合いが異なる。後者はセキュリティやコンプライアンスの関係から難易度が高い。Googleが目を付けたのはpringがメガバンク3行とも連携済みだからではないかというわけだ。

pringの公式サイトのスクリーンショット
pringの公式サイトのスクリーンショット

Twiiterでもこの買収報道について言及したFinTechスタートアップ・Finatextホールディングス取締役CFOの伊藤祐一郎氏は「口座情報連携は金融機関に開発してもらう必要があるため交渉も難しく、(特にメガバンクは)開発費用も高い。それを地道にやってきたことが評価されたのではないでしょうか」と分析する。

実際、三菱UFJ銀行の口座情報と連携している大手決済サービスは、国内ではpringのほか、LINE Payとメルペイのみ。スマホ決済大手の楽天ペイやPayPayも対応できていない。国内の事業者でもハードルが高い口座情報連携を、外資系の会社がイチからやっていくのはさらにハードルが高く、時間もかかってしまう。

だがpringはメガバンク3行を含め、合計で50行以上の金融機関と連携している。Googleからすると日本国内で送金・決済事業に参入するにあたって、pringを買収することで同社が持つアセットを活用する狙いがあったのではないだろうか。複数の関係者によると、pringにはGoogleだけではなく、他の外資系決済事業者とも買収について話をしていたという。

スマホ上で送金や決済ができるサービスに関しては、国内にもKyash(キャッシュ)などのプレーヤーがいる。だが、Finatextの伊藤氏によれば「pringはそれらと異なる立ち位置のサービス」だという。

「Kyashなどは“銀行口座やATMから入金してアプリにチャージする”という点においてはpringと同じかもしれませんが、決済はプリペイドカードに依存します。彼らはスマホ送金や決済という行為にUI/UXで付加価値を付けているサービスです。一方、pringは決済にプリペイドカードを使いません。いかに銀行口座とアプリをつなげて、スマホ送金で使いやすくするかを目的にしているサービス。ありとあらゆる金融機関とつながることを重要視しているので、従来のスマホ送金サービスとは大きく異なります」(伊藤氏)

Googleの銀行サービス「Plex」への活用が狙いか

なぜGoogleはpringを買収したのか。そのヒントになるのが、Googleが2020年11月に発表した銀行サービス「Plex(プレックス)」だ。

Plexはシティグループやスタンフォード大学連邦信用組合(SFCU)など11行と提携し、普通・当座預金の口座開設、デビットカードの発行、Google Pay決済、個人間の送金、利用データ分析に基づくサービス・商品提案、人工知能(AI)予算ツールの提供、利用ポイント加算などが利用できるアプリ。2021年中の提供開始を予定している。

「Plexが日本にも参入するかどうかは不明ですが、Plexは銀行口座と接続させるとGoogleアカウントのようなもので個人送金ができるほか、リワードやクーポンをもらうことができるサービスです。pringのアセットを活用してGoogleのアカウントと口座情報をひも付けることができれば、Googleはさまざまなことができるようになります。これが買収の真の狙いではないでしょうか」(伊藤氏)

Photo:SOPA Images /gettyimages
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もしGoogleがスマホのGPSでユーザーの位置情報を把握し、さらにpringのウォレットを持っているユーザーを特定できるのであれば……あるレストランが今すぐ集客したいと思ったときに、近所にいるユーザーに対してだけ、その場で利用できるクーポンを配信するといったことができるようにもなる。pringには法人から個人への送金機能もあるため、来店したユーザーがpringで決済をすれば、その後pringに残高をチャージするといったことも可能だろう。

実際、GoogleはGoogle Mapの機能を拡充し、飲食店などの評価データの収集や提供を強化している。果たして、Googleはpringの買収によって今後国内でどういう動きを見せてくるのだろうか。さらに送金・決済サービスの競争が激化していきそうだ。