7月15日に総合アルコールブランドへとリニューアルした「CRAFT X」 すべての画像提供:MOON-X
7月15日に総合アルコールブランドへとリニューアルした「CRAFT X」 すべての画像提供:MOON-X
  • 顧客の声をもとに、ビールの味が進化
  • 1本3850円のビールなど、ギフト商材もラインアップに追加
  • 海外で支持を集める“ハードセルツァー”スタイルのレモンサワーも提案
  • MOON−Xが発射台となり、隠れた才能を世に放つ

若い世代の酒離れもあり、販売数量が14年連続で減少と低迷が続くビール市場。そんな市場の中でも、年々存在感を強めているのが「クラフトビール」だ。2018年4月の酒税法改正でビールの麦芽比率が67%以上から50%以上に引き下げられたことも追い風となり、この数年で多種多様なクラフトビールが生まれている。キリンビールの調査によれば、2019年6月時点でクラフトビールの認知率は90%を突破。また、市場自体も年2%の成長率を記録するなど、着実に成長を続けている。

そうした動向を裏付けるかのように、キリンビールが2021年3月に発売したクラフトビール「SPRING VALLEY 豊潤<496>」は発売から2カ月で販売数量が年間販売目標の約3割にあたる57万ケース(大びん換算、7000キロリットル超)を突破するなど、好調な売れ行きを見せている。

そんなクラフトビール市場において、オンラインを軸にした販売手法で成長を遂げている新興のクラフトビールブランドがある。元Facebook Japanの長谷川晋氏が立ち上げた会社・MOON-Xが手がける「CRAFT X」だ。

CRAFT Xは、「常陸野ネストビール」を展開する木内酒造と共同開発したフラッグシップ商品「クリスタルIPA」のほか、宮崎ひでじビールと共同開発した季節限定製品の「サンセット・ライムエール」などを販売するクラフトビールブランド。クリスタルIPAとサンセット・ライムエールの価格はいずれも5瓶セットで3960円(税込)、1瓶(330ml)あたり約800円という価格設定だ。

クリスタルIPAに関しては瓶だけでなく缶(350ml)タイプもあり、6缶セット4180円(税込)で販売している。2019年11月に自社の公式オンラインストアでテスト販売を開始してから、約1年で累計販売本数は4.8万本を記録。その後、楽天市場やAmazonにもショップを開設するなど、販路を拡大していった。

家飲み需要の高まりとともに、楽天市場やAmazonといった多くの人が慣れ親しんでいるショッピングモールでも商品を購入できるようにしたことで、売上が伸長。2021年5月には、実数は非公開ながらブランド史上、最も高い月商を記録した。

「気分をリフレッシュしたい、自宅で少しリッチなビールを味わいたい。そんなニーズにクリスタルIPAは応えられたと思います。手頃な価格ではないからこそ、毎日の晩酌用ではなく、特別なときに飲むビールとして受け入れられています」と長谷川氏は語る。

日本ビアジャーナリスト協会の調査によれば、クラフトブルワリーの数も増加の一途をたどり、2019年4月時点で381社と3年前から約1.5倍に増えている。年々増加するクラフトビールブランドの中で、なぜ、CRAFT Xは成長を遂げることができたのか。その理由を長谷川氏に聞いた。

顧客の声をもとに、ビールの味が進化

CRAFT Xの特徴は”顧客の声”をもとに、ビールの味やデザイン、商品のラインアップを高い頻度で改良していくことにある。具体的には商品の購入者を対象にアンケートを実施し、そのアンケートのフィードバックをもとにビールの味を変えていく。

MOON-X CEOの長谷川晋氏
MOON-X CEOの長谷川晋氏

クリスタルIPAは、400ケース限定でテスト販売した際に多かった「よりフルーティなものを飲みたい」という意見を反映し、味を改良。2020年1月に改良版の「No.001」を販売している。また、2020年8月には「別のデザインをみてみたい」などの声も取り入れる形で、味やデザインも変化させた「No.002」の販売を開始している。

「フィードバックを元にプロダクトを改善していくPDCAサイクルは、IT業界では当たり前に行われています。リアルの商品開発だと珍しく見えるのですが、これまでやってきた当たり前を、今の事業にも反映させただけなんです」(長谷川氏)

顧客の声を反映させ、味をアップデートさせていく──この手法は、顧客の声を直接受け取る機会が少ないビールの生産者や契約農家から非常に喜ばれており、彼らのビールづくりに対するモチベーションを高めることにつながるなど、好循環を生んでいる。

「ものづくりに携わっている人たちは本当に熱い思いを持っています。彼らと一緒にものづくりを進めていくと、“この熱い思いを顧客にきちんと届けなければ”と思わされます。顧客の声をみんなで分かち合って、さらに良いモノをつくっていきたいですね」(長谷川氏)

自社でビールの製造ノウハウを持たないMOON-Xが、ビール酒造会社と組んでクラフトビールを醸造する。 CRAFT Xの裏側の仕組みはビールの委託醸造(OEM)だ。委託醸造を軸にしているからこそ、他社ができない動きもできる。

例えば、コロナ禍で経営難に陥る酒造メーカーとの商品開発だ。飲食店に酒類の出荷ができず、売上に大ダメージを受けている酒造メーカーも少なくない。

そうした中、CRAFT Xが委託醸造という形で、経営難に陥る酒造メーカーと共同で製品を開発すれば、酒造メーカーにとっては新たな収益源の確保につながり、またユーザーには新しいクラフトビールを届けることができる。

長谷川氏は「コロナ禍で苦しむ酒造メーカーとのコラボや、我々のマーケティングノウハウを使った販売支援を通して、酒造メーカーを応援していきたい」と話す。

1本3850円のビールなど、ギフト商材もラインアップに追加

MOON-Xが大事にするのは、アンケートを通じた“顧客の声”だけではない。データから分かる“顧客の動向”も欠かせぬヒントだ。

「実は購買データにも顧客からの“声にはならないフィードバック”がたくさん詰まっています。例えば、のし紙指定が多いとギフト向きの商品であることがわかったり、缶より瓶を選ぶ人が増えたことで自宅でリッチな気分を味わいたい人が増えていることがわかったりします。これらを僕らは“シグナル”と呼んでいます。このシグナルは商品づくりや商品ラインナップにも反映させています」(長谷川氏)

もともとCRAFT Xには、ギフト商材のラインナップはなかったが、顧客の購買動向や「家族や知人に贈りたい」といった声を受け、ギフト商材をラインアップに追加。酒類を品ぞろえの核としたスーパーなどを都内で運営する信濃屋食品と協業し、「父の日 特選飲み比べギフト」を販売したほか、オンラインギフトサービス「Anny」を運営するギフトモールと協業し、1本3850円(税込)のギフトビール「CELEBRATE ONE(セレブレート ワン)」を限定1000本で販売した。

1本3850円(税込)のギフトビール「CELEBRATE ONE(セレブレート ワン)」
1本3850円(税込)のギフトビール「CELEBRATE ONE(セレブレート ワン)」

顧客とは一度限りではなく、継続した関係を築いていく──フィードバックを通じてブランドを共創し、進化していく点が、CRAFT Xの強みとなっている。

海外で支持を集める“ハードセルツァー”スタイルのレモンサワーも提案

CRAFT Xは2021年5月、新たにレモンサワー「PULEMO(ピュレモ)」を開発すべく、クラウドファンディングサイト「CAMPFIRE」でプロジェクトをスタートさせた。

レモンサワー市場もクラフトビール同様、競争が激化している。飲料メーカー大手のコカ・コーラが展開する「檸檬堂」や、EXILEの所属事務所・LDHが宝酒造、ローソンと共同開発した「LEMON SODA SQUAD from NAKAMEGURO」のほか、各社が新商品を展開し、今やレモンサワー戦国時代とも言うべき状況。群雄割拠の市場で存在感を表すのは並大抵のことではない。

「もちろん難しい市場だというのは理解しています。ですが、これもお客さまの声に応えるためにです。CRAFT Xの顧客にアンケートを行ったところ、約4割の人が『週に1回以上レモンサワーを飲んでいる』という結果が出たんです。お客さまに喜んでいただくためには、ビール以外のラインナップが必要不可欠だと判断し、レモンサワーの開発に挑戦しました」(長谷川氏)

人工甘味料や香料、酸味料といった添加物を使わず、フルーツ果汁とハーブだけで仕上げたレモンサワー「PULEMO」
人工甘味料や香料、酸味料といった添加物を使わず、フルーツ果汁とハーブだけで仕上げたレモンサワー「PULEMO」

PULEMOは人工甘味料や香料、酸味料といった添加物を使わず、フルーツ果汁とハーブだけで仕上げたレモンサワー。CRAFT Xの顧客の声を聞くと、軽い味わいで甘さが控えめなレモンサワーをよく飲んでいることが分かった。そこで“アルコール入りフルーツウォーター“とも言われ、欧米など海外で支持を集める「ハードセルツァー」をヒントにした、低糖質・低カロリー・低アルコールのレモンサワーを提供する。

このプロジェクトは533人から総額403万3010円の支援を集める結果で目標を達成した。この成功を転機にして、CRAFT Xは総合アルコールブランドへとリニューアルし、「あなたが華やぐ、お酒の体験」をテーマに、デザインやブランド体験を一新している。その第1弾として、フラッグシップ商品であるクリスタルIPAもリニューアルに併せて、「No.003」へとアップデート。「No.002」よりも華やかな香りと柑橘のニュアンスを高めたビールに仕上げている。

「No.002」よりも華やかな香りと柑橘のニュアンスを高めたビールに仕上がっている「No.003」のクリスタルIPA
「No.002」よりも華やかな香りと柑橘のニュアンスを高めたビールに仕上がっている「No.003」のクリスタルIPA

今後は、レモンサワー「PULEMO(ピュレモ)」を支援者のもとへと届けるほか、7⽉末には正式に販売を開始する予定だという。また、味わいの秘訣や⽣産者の思いなどが楽しめるコンテンツを発信していくなど、総合アルコールブランドとして顧客からの声を製品開発だけでなく、コンテンツ開発にも生かしていく。

MOON−Xが発射台となり、隠れた才能を世に放つ

CRAFT Xの運営元であるMOON−Xは、クラフトビールブランド以外にも、男性用スキンケアブランド「SKIN X」や女性用スキンケアブランド「BITOKA」を展開している。今後も顧客の声やをもとに、新たなブランドを立ち上げていく予定だという。

ブランドを立ち上げ、育てることを同時並行で進めるのは、決して簡単なことではない。なぜMOON−Xは、このチャレンジを推進できるのだろうか。

「もちろん大変なことですが、3つのブランドから顧客の声を集めると、消費者との接点が多面的になり、よりブランドの輪郭がはっきりしていきます。実は単体でブランドを育てるよりも、実りが大きいんです。結果的にブランドも、携わる人も、成長が早くなると考えています」(長谷川氏)

各ブランドには、ときに長谷川氏より一回り以上、年下のメンバーを責任者として配置。一般的なブランドマネージャーよりも若い世代にブランドを一任することで、人もブランドも育てているという。

「起業当初は、僕自身が商品のクオリティを細部までチェックしていました。責任者にブランドを任せるスタイルに変えたことで僕は経営に専念できたし、当時と比べて会社全体の売上は4倍になりました。これは社員と会社の成長の証だと思っています。僕らはブランドと人の発射台になりたいと思っているんです。日本には、まだまだ優れた商品や、隠れた才能がある。MOON−Xが発射台となり、そうした才能を世に放っていきたいですね」(長谷川氏)