
- プリペイドカードとアプリで支出を自動管理
- イギリスで体験したチャレンジャーバンクとキャッシュレスがヒントに
- マネタイズの鍵は「後払い」、だがエビルになることはしない
- 家計簿、プリカ、決済サービス──競合との差別化のキーワードは「家族」
- たくさんの人が使う、課題解決ができるプロダクトに
今やフリマアプリの代名詞となった「メルカリ」。そのメルカリよりも先んじてサービスを開始し、最初に“フリマアプリ”を名乗ったサービスが「Fril(フリル。現:ラクマ)」だ。サービスを運営していたFablicは、共同創業者でCEOの堀井翔太氏ら3人が2012年に設立。その後、2016年には楽天グループが同社を買収した。
その堀井氏たちが楽天退社後の次なるチャレンジの領域に選んだのは、FinTechだ。堀井氏が代表取締役を務める新会社のスマートバンク(登記は2019年4月)は今春、プリペイドカードと支出管理アプリを組み合わせた新サービス「B/43(ビーヨンサン)」を公開。7月15日には家族やカップル向けの新機能を追加したほか、グローバル・ブレイン、ANRI、BEENEXT、SV-FINTECH Fund、GMOベンチャーパートナーズ、みずほキャピタル、SMBCベンチャーキャピタル、AGキャピタル、Heart Driven Fund(アカツキ)から総額10億円の資金調達を実施したことを明らかにした。第二の挑戦にFinTech領域を選んだ理由、そして新事業への思いを堀井氏に聞いた。
プリペイドカードとアプリで支出を自動管理
B/43は前述のとおり、VISAブランドのプリペイドカードと支出管理アプリを組み合わせたサービス。スマートバンクではサービスを「家計簿プリカ」と呼んでいる。

あらかじめコンビニや銀行から予算をプリペイドカードにチャージすれば、アプリ上でカードによる支出を管理し、家計簿を付けてくれる。チャージした予算は、アプリ内の「ポケット」と呼ぶ機能を使って、用途に応じて管理できる。

サービスの着想は、Frilを運営していた頃にさかのぼる。
誰もが使うと言っても過言ではないほど世間に浸透したフリマアプリ。堀井氏によると、一番のヘビーユーザーは地方在住のフリーターなど「時間はあるが所得は決して多くない」という人々なのだという。かつて、フリマアプリに現行の紙幣や貨幣が出品されて話題になったが、これはクレジットカードの与信枠の現金化を目的としたものだった。クレジットカードを使うことで毎月の引き落としに追われ、キャッシュフローを担保するためにまたフリマアプリに出品して現金を得る。そんな繰り返しを続ける人も少なくないという。
また一方で、多くの人がいまだに支出管理をアナログで行っていると堀井氏は語る。「マネーフォワード ME」などの家計簿アプリも人気を博しているが、そのほとんどは銀行口座との接続が必要だ。使いこなせれば便利だが、ITリテラシーの高くない人たちの中には、オンラインバンキングすら未利用のことが多い。SNSでも食費、家賃、光熱費と目的ごとに封筒やクリアファイルを用意し、アナログに現金で支出管理している様子を投稿する人もまだまだいる。そんなアナログでの支出管理をデジタル化し、支出をしっかり管理してカードを利用できるようにするのが、B/43の最初のミッションだ。

イギリスで体験したチャレンジャーバンクとキャッシュレスがヒントに
フリマアプリを通じてこれらの課題に気付いていた堀井氏たち。その解決のヒントを得たのは、楽天を退職した2018年8月以降、生活の拠点を1カ月半ほどイギリスに移した経験からだ。
欧州では、銀行免許を持つスタートアップが立ち上げるデジタル銀行「チャレンジャーバンク」の隆盛がめざましい。中でもイギリスはその中心地となっており、日本にも進出する「Revolut」をはじめとして、複数のチャレンジャーバンクが人々の生活を支えている。
イギリスでチャレンジャーバンクを利用するのは、日々の支出や個人間送金で積極的に利用するデジタルネイティブな学生や若者が中心。そして住居証明書がなくとも口座を作れるため、移民にも人気がある。公共交通にはじまり、ファストフード店、寄付、有料トイレもキャッシュレス決済に対応しており、堀井氏も滞在期間中ほとんど現金を使う機会がなかったという。
堀井氏はイギリスから帰国したのち、2019年4月にスマートバンクを設立する。サービス開始が今年の春になったのは、資金移動業のライセンス取得に時間がかかったからだ。
Googleが買収したことで話題になったpringも取得している資金移動業だが、厳しい監査体制やコンプライアンスを確立できる人材の配置、利用者から預かる額の100%以上の資金の供託など、スタートアップにとってはハードルの高いルールが課せられる。堀井氏はFablicの売却で得た資産もほとんど供託に入れ、銀行保証を付けるかたちで事業に臨んだ。
これまで、大々的なサービスローンチはうたわず、オープンベータ版として粛々とサービスを提供してきた。現在はチャージとカード決済、支出管理の機能しか持たないが、今後は後払い(BNPL)チャージの提供も準備中だ。夫婦やカップルなどが1つの口座で2つのカードを持つことができる「ペア口座」機能も本日から提供をはじめた。支出管理からスタートして、将来的にはアプリを通じた資産管理、資産運用向けサービスの提供も視野に入れる。
マネタイズの鍵は「後払い」、だがエビルになることはしない
B/43では、まずはカードの決済手数料で収益化を目指す。後払いチャージの提供が始まれば、その手数料も利益の源泉となる。
「FinTechでのマネタイズは、極論を言えば決済かお金を貸すかしかありません。今の収益源はカードの決済手数料です。スマートバンクは日本で一番小さいくらいのカード発行会社。だから決済を使ってもらうほどにもうかります。それは裏側のシステムをほとんど作っているからです」
「将来的には後払いの利用が重要になります。ですが事業者としてエビル(Evil:邪悪に)になろうと思えばなれるからこそ、そういうことはしない。例えばUIを分かりづらくしてリボ払いに誘導したり、気付かないうちに課金をしたりという、時代の逆を行くような施策はユーザーが離れてしまうのでやりません。僕らはスタートアップです。クラウドを活用して、低いコストでカードの発行やユーザーの管理をして、低い利益で維持できるようにしないといけません」(堀井氏)

家計簿、プリカ、決済サービス──競合との差別化のキーワードは「家族」
堀井氏はそうB/43の未来を語るが、彼らが挑戦するのは、すでに競合も多い領域だ。ユーザー層は異なるとは言え、国内には約20種類の家計簿アプリが存在し、資産管理、資産運用向けのサービスにも手を伸ばしている。また、KyashやカンムなどのスタートアップがVISAブランドのプリペイドカードを提供しており、後払いサービスもはじめている。またプロダクトこそ発表していないが、ベリトランス共同創業者である沖田貴史氏の新会社ナッジも日本版チャレンジャーバンクの立ち上げを目指し、ジェネシア・ベンチャーズやD4V、セゾンベンチャーズなどから資金を調達して決済サービスを開発中だ。
スタートトゥデイ(現・ZOZO)創業者の前澤友作氏もこの領域に注目している人物の1人だ。前澤氏は今年1月、自身が代表を務める投資会社の前澤ファンドで支援する14社を発表した(現在、前澤ファンドのサイト上では16社となっている)。その中には、自ら立ち上げた決済サービスの新会社・ARIGATOBANKがある。
複数の業界関係者によると、1月に発表されたARIGATOBANK以外の13社は、既存株主から株式を買い取った上で、前澤ファンドで出資を行うスタートアップだという。当初は決済関連のスタートアップについてもそのラインアップに加えるべく画策していたが、交渉が決裂。自らARIGATOBANKを設立したと言われている。前澤氏はこれまでSNSを通じて「お金配り(2021年2月以降は「お金贈り」と表現している)」を行ってきたが、お金の配り先としてのウォレットや決済サービスを開発している、と見る関係者は多い。
またサービスの詳細は明らかになっていないが、Googleが買収したpringも個人間送金や法人から個人への送金を実現する決済サービスだ。今後個人間送金の環境が整う中で、競合になることは避けられないだろう。
堀井氏も「機能だけで見ればフリマアプリほどではなくとも、同じようなサービスは出てくる」と推測しつつ、競合優位性についてこう語る。
「フリマアプリであれば、ネットワーク外部性が効くので、“規模の大きさ”で勝負ができる構造でした。ですがこのサービスではそうはいきません。そうであれば家族カードなどを提供して、(B/43が)便利だと思ったら家族にカードを渡すというところから広げていきたいと考えています。そういう意味では先に家族の家計を押さえることが大事です。年内にも個人間送金についてもやっていくつもりです」
「個人間送金は、機能だけで言うと決して便利なものではありません。送金する相手が使っていないと送金できないからです。相手がアクティベートしないと意味がないので結局普及しませんでした。送金ニーズがあるのは家族や同僚、同級生くらい。そこに強いネットワークを持っているところはまだいません」(堀井氏)
たくさんの人が使う、課題解決ができるプロダクトに
シリアルアントレプレナー、連続起業家──その言葉だけ聞けば華やかに思えるかも知れない。フリルを生んだ創業メンバー3人での二度目の起業。サービスのローンチ前から大きな資金を調達することもできた。だが自身の資産のほとんどを投じ、システムもゼロから作り、資金移動業の免許取得まで泥臭く“ゼロイチ”に取り組んでいるところだ。その根底には、フリマアプリで圧倒的なサービスを生み出せなかったという悔しさがあるという。
「(フリルを生んだ)Fablicもスマートバンクも創業メンバーは同じなのですが、そもそも僕たちはフリマアプリをはじめる前から、たくさんの人が使う、課題解決ができるプロダクトを作りたいと思っていました」
「自分で言うのも何ですが、フリマアプリは10年に1度のプロダクトだったと思っています。生活を習慣から変える力があったし、(メルカリは)企業としても時価総額で9000億円以上になっていて、ある意味ではこの10年におけるスタートアップの象徴的な存在になりました。そんな存在になれたかもしれない唯一の企業を作ったのに、そうなれなかった。そんな悔しさは、プロダクトの作り手としても、経営者としてもあります。だから僕自身の成長のためにも、同じ船に乗っているメンバーのためにも、このサービスで成功したいと思っています」
