経済産業省 経済産業政策局 新規事業創造推進室長の石井芳明氏
経済産業省 経済産業政策局 新規事業創造推進室長の石井芳明氏
  • 合計28社の1000億円超え企業を創出か
  • 日本の勝ち筋はディープテック領域
  • ユニコーン創出への新たな動き「中小企業技術革新制度」

急速な成長を遂げ、企業価値が1000億円を超える未上場スタートアップを指す「ユニコーン企業」。日本では今年、後払い決済サービスのPaidyとクラウド労務ソフトのSmartHRがユニコーン入りを果たしたが、その数は海外の「スタートアップ大国」と比較するとはるかに少ない。

スタートアップやベンチャーキャピタル(VC)に関するデータベースを展開する米CBインサイツによると、米国には300社以上、中国には100社以上のユニコーン企業が存在する。一方、日本には6社しかいないのが現状だ。

日本政府は2018年、第3次安倍内閣の成長戦略である「未来投資戦略2018」において、2023年までに企業価値が1000億円を超えるユニコーン企業、または上場ベンチャーを20社創出することを目標に掲げた。その目標を達成するプロジェクトとして、同年には経済産業省主導のスタートアップ支援プログラム「J-Startup」もスタートした。

ローンチから約3年──J-Startupではこれまでの成果をどのように捉えているのだろうか。経済産業省 経済産業政策局 新規事業創造推進室長の石井芳明氏に話を聞いた。

なお、石井氏は7月1日付けで出向先である内閣府(科学技術・イノベーション担当 企画官を担当)から出向元である経産省に帰任している。本取材は6月と7月の2回に分けて敢行したが、石井氏の肩書は現在のもので統一している。

合計28社の1000億円超え企業を創出か

J-Startupは有望なスタートアップをロールモデルとして採択し、いわば「お墨付き」を与えることで日本のスタートアップの成長を支援するというプログラムだ。JETRO(日本貿易振興機構)やNEDO(新エネルギー・産業技術綜合開発機構)と組んだ官民連携プログラムで、海外展開や規制緩和に向けた実証実験などの面で支援してきた。

前述のとおり、J-Startupでは2023年までに企業価値が1000億円を超えるユニコーン企業、または上場ベンチャー企業を20社創出することを目標にローンチした。政府では目標を更新し、今では2025年度までに50社の創出を目指している。

上場企業を含む根拠について石井氏は、米国だとシリーズBもしくはCの資金調達ラウンドにある規模(時価総額)の企業が、マザーズ市場では上場できてしまうことから、上場後であっても未上場のスタートアップ同様にカウントしていると説明している。

このような考えから、J-Startupでは企業価値が1000億円を超えるユニコーン企業、または上場ベンチャーを20社創出することを目標とした。石井氏が言うには、J-Startupでは2021年3月末までに合計で28社の1000億円超え企業を創出したと解釈している。

J-Startupでは合計で138社のスタートアップを採択している。CBインサイツが作成したユニコーン企業のリストに含まれる日本のスタートアップはPreffered Networks、SmartHR、SmartNews、Paidy、LiquidとPlaycoの6社だ。そのうちの3社がJ-Startupに採択されている。

しかし一方では衣服の自動折り畳みロボット「ランドロイド」で知られるセブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズや、電力需給プラットフォーム「パネイルクラウド」開発のパネイルなども採択している。セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズは100億円以上を調達した後、2019年に経営破綻した。また、パネイルは今年5月、東京地裁に民事再生法の適用を申請した。

これらについて問うと、石井氏は「じくじたる思いもある」と語る。その上で、J-Startupに関わる日本屈指のベンチャーキャピタリストたちにとっても、急成長・急拡大を成し遂げるスタートアップの見極めは困難であるとして、「バットを降るからこそホームランになる」とその意義を語った。

日本の勝ち筋はディープテック領域

企業価値が1000億円を超えるスタートアップと上場ベンチャーを合計で28社創出──この結果について、石井氏は「結構良い数字が出てきている」と話す。だが、「企業価値が1兆円規模のスタートアップ(デカコーン企業)が登場していないこと」を懸念しているとし、ディープテック領域のスタートアップの拡大への期待を語った。

「日本で企業価値を大きくしているのはテック系のベンチャーです。未上場のスタートアップだと、Preferred Networks、SpiberやTBM。上場企業だと、サンバイオやAI insideなどが挙げられます。日本の勝ち筋はディープテック領域などのテック系だと思っています。私が見ている限りだとそのような企業にもお金が付き、企業価値を大きくしています」

「ですが、大きな課題となっているのは、企業価値が1兆円のスタートアップが出てきていないことです。米国でも、中国でも、ヨーロッパでも、 プラットフォーム化することで、ユニコーン企業になった後も成長し続ける企業が存在します。日本の勝ち筋は、テック領域でプラットフォームになり得るスタートアップにあるのではないでしょうか」(石井氏)

ユニコーン創出への新たな動き「中小企業技術革新制度」

政府ではユニコーン企業の更なる創出に向けた新たな施策として、1999年から実施する中小企業技術革新制度(日本版SBIR:Small Business Innovation Research)を大幅に見直した。前述のとおり、石井氏は6月末まで、内閣府の科学技術・イノベーション担当 企画官として、新制度の立ち上げに携わってきた。

中小企業技術革新制度は、高い技術力を持ちながらも資金調達に苦しむスタートアップの研究開発を後押しするものだ。米国では1982年から実施されている制度で、日本の内閣府はこの制度が掃除ロボット「ルンバ」でおなじみのiRobotやモバイル通信や半導体のQualcommなど多くの成長企業、ユニコーン企業を輩出したと考えている。だが、1999年に開始した日本版SBIRは中小企業支援に重点を置いていたため、米国のようなスタートアップ支援のための制度にはなっていなかった。

そこで、今後は内閣府が司令塔となり、各省庁が設けたテーマに沿った研究開発を行うことで、スタートアップを含む中小企業が資金を調達できるようにする。この制度には年間500億円規模の支出目標が設定されている。

「もちろん、大企業の中央圏から出てくるイノベーションもありますが、最近ではさまざまなディスラプティブ(破壊的)イノベーションがスタートアップや大学の研究室から誕生してきています。 (スタートアップや大学の研究室への支援を)きちんとやらない限り、日本のイノベーションは盛り上がりません」(石井氏)