
- 日本生まれの“バーチャル”なアイドルたち
- “中国の紅白歌合戦”でも活躍するバーチャルアイドル
- バーチャルアイドルと中国デジタルコンテンツ産業の融合
- IP強化のためのバーチャルアイドル戦略
一昔前には「未来の産業」と予想されていた、バーチャルアイドル。気が付けばその存在はYouTubeなどの動画プラットフォームをはじめ、私たちの日常生活の中に溶け込みつつある。今やバーチャルアイドルは見る側のための娯楽の一環のみならず、発信する側のさまざまな表現手段になりつつある。
この状況は隣国の中国でも同様だ。今回は中国におけるバーチャルアイドル出現の経緯と、それに対応するデジタルプロモーションの進化を通じて、変化を続ける中国バーチャルアイドルの今を前後編に分けて伝える。
日本生まれの“バーチャル”なアイドルたち
現実に存在しない人物をアイドルコンテンツとして扱う試みは、1980年代には現れていた。1980年代のアニメ『超時空要塞マクロス』の登場人物である「リン・ミンメイ」は、作中世界のアイドルという役付けを飛び越え、キャラクター名義でCDを販売するなど、バーチャルアイドルの先駆けといえる存在だ。
バーチャルアイドルの存在感を強めるきっかけとしては、2007年の「初音ミク」の登場が大きい。音声合成ソフトという位置づけを超えて独自の設定や性格を与えられた彼女は、パソコンの中だけでなく実際のライブ会場でもアイドルとして活躍。バーチャルアイドルの第一世代と言って差し支えない存在だ。

2016年には第二世代ともいえる「キズナアイ」がYouTubeでデビューした。彼女を第二世代たらしめているのは、モーションキャプチャーを取り入れた動画編集技術の導入である。実際の人間の表情や動作を取り込むことで、より一層人間に近い演出を可能とした。キズナアイの登場を皮切りに、個人で活動するYouTuberも次々とバーチャルYouTuber、すなわち「Vtuber」へと転身を図りつつある。
“中国の紅白歌合戦”でも活躍するバーチャルアイドル
日本のサブカルチャーの進出や受け入れが進んでいる中国。日本とは大きく異なるデジタル生態系や動画プラットフォームが成長している同国でも、バーチャルアイドルはすでに巨大な市場となりつつある。

日本の初音ミクと同じ音声合成ソフト「VOCALOID(ボーカロイド)」に端を発する中国第一世代のバーチャルアイドル「洛天依(ルォ・テンイ)」は2012年に誕生した。
ルォ・テンイは2021年には中国の紅白歌合戦ともいえる春節の年越しカウントダウン番組「春节联欢晚会(春節の夕べ)」にバーチャルアイドルの1人として出演し、歌声を中国全土に届けている。
サブカルチャー分野の情報を日本から取り込んでいる中国でも、初音ミクがバーチャルアイドルの始祖と認知されている。2015年には、中国大手国内メディアでも大きくフォーカスされていた。
バーチャルアイドルと中国デジタルコンテンツ産業の融合
バーチャルアイドルの成長に、中国企業はどのように対応してきたのか。とりわけ目立つのがデジタル広告業界におけるバーチャルアイドル作品への投資とバーチャルアイドルの育成だ。
従来の中国デジタルコンテンツにおいては「IP・版権をはじめとするキャラクターライセンス」を取り入れた作品が大きな割合を占めている。上海を拠点とする調査会社・艾瑞咨詢(iReserch Consulting Group)が公開した「中国IP産業2020年報告書」によると、中国IP産業の市場規模は2019年時点で約8000億元(13兆7124億円)。日本のIP産業の市場規模は同年で12.8兆円(「デジタルコンテンツ白書2020」経済産業省資料より)で、これをすでに上回っている。
中国デジタルコンテンツ産業界の成長企業の例を見てみよう。
深センに本社を構える総合クリエイティブエージェンシー・深セン市点維文化傳播有限公司(Dotwell Culture、以下Dotwell)は1998年の創業以来、中国のデジタルコンテンツの成長にあわせて拡大してきた企業だ。
同社はTencentのゲームコンテンツのPV画像やスマートフォン大手OPPOの新商品PRなど、大手企業のマーケティング戦略に欠かせないプロモーション動画を制作、分析している。ロンドン・インターナショナル・アワーズといった国際的な広告賞を受賞するなど、中国国外でも評価を高めつつある。

Dotwellでは自社でクリエイターチームを組成するのみならず、全社員の3分の1にあたる人数の技術開発チームを擁している。同社でマーケティングを担当する李凯琳(Li Kailin)氏によると、2018年頃からバーチャルアイドルが重要コンテンツとなりはじめたという。
「私たちのデジタル広告コンテンツで重要となっているのは、IP、いわゆる版権物で、特にアニメやサブカルチャー内のキャラクターです。Dotwellでも日本のエヴァンゲリオンやワンピースの版権をもとにプロモーション動画を作り上げてきました」(李氏)

Dotwellは自社開発チームによる技術力と、中国の若年層への市場分析を通じて、多くのIPキャラクターの魅力を広告コンテンツとして有効に活用してきた。これにより、従来のIPキャラクターはどのように生まれ変わりつつあるのだろうか。
「私たちが従来CGで表現してきたIPキャラクターも、モーションキャプチャー技術と動画編集技術を組み込むことにより、バーチャルアイドルへの転換が進んでいます。われわれが作成するコンテンツの中にTencent Gamesのブランド『Dungeon Fighter Online(日本名『アラド戦記』、中国ではTencent Gamesが配信)』があります。われわれがもともと制作していたのはCGを中心とするプロモーション動画でしたが、2019年からはゲーム内のキャラクターである『セリヤ』をバーチャルアイドルとして生まれ変わらせました。既存のキャラクターを生まれ変わらせるのは、当時の中国では珍しく、私たちにとっても初の試みでした」(李氏)

IP強化のためのバーチャルアイドル戦略
既存のIPに対して新しい価値観を付加し、キャラクターとしての表現方法を塗り替えるバーチャルアイドル化。多くのIPを従来はCG等で表現してきたDotwellにとって、これは従来の自社のコンテンツ広告を揺るがすものになるのではないだろうか。
「バーチャルアイドル化は既存のCGコンテンツ広告とは異なるものですが、必ずしも対立した存在ではありません。私たちとしてはよりコンテンツの在り方を成長させるものだと考えています。日本の『くまモン』はその1つの例といえるでしょう。くまモンはもともと日本の地方(熊本県)をPRする着ぐるみというコンテンツとして生まれました。その後さまざまなPRイベントやネットコミュニテイを通じて多種多様な価値が肉付けが生まれ、結果コンテンツとして成長しました。いわばIPそのものの価値を高める方法として、バーチャルアイドル化は有効なのです」(李氏)
コンテンツとしての価値を高めるバーチャルアイドル化。その一方でVtuberの出現によるコモディティ化も懸念される。また、各企業がバーチャルアイドルコンテンツを独自に運営するようになれば、従来のデジタルコンテンツ広告そのものを脅かすことにはならないのだろうか。
「産業としてのバーチャルアイドルは急成長しているものの、まだまだバーチャルアイドルという表現方法は成長途上です。なによりバーチャルアイドルはモーションキャプチャーの対象者以外にも映像全体の処理や、周辺の編集作業が重要です。個人のVtuberや企業所属のバーチャルアイドルがより高いクオリティを生み出し続けるためには、従来のデジタルコンテンツ広告を作成する私たちのような企業との共存が不可欠です」(李氏)
日進月歩で進化し続ける、デジタル編集技術。DotwellはTencentとの研究開発を進めるほか、深圳市内の大学研究室とも共同で開発を継続している。バーチャルアイドルは数ある表現方法のうちの1つとしつつも、その期待は大きい。

「中国全土のデジタルコンテンツを担う私たちが今狙っているのは、眠っているIP。つまり、さまざまな版権キャラクターのバーチャルアイドル化です。中国の90年代生まれ、00年代生まれのサブカルチャーコンテンツの求心力は、強まるばかりです。日本や海外発のサブカルチャーコンテンツのみならず、中国のサブカルチャーコンテンツが成長した今、この分野でもバーチャルアイドルの活用は不可欠です。私たちが目指しているのは各企業の文化にマッチするIPを従来のCGや撮影のみにとどめず、バーチャルアイドル化し、最適なプロモーション戦略を提供していくことです」(李氏)
世界のあらゆる分野において、存在感を高める中国市場。日本企業をはじめとするグローバル企業の進出戦略においても、バーチャルアイドルが重要になっていくかもしれない。
中国政府系のシンクタンク・前瞻(ぜんしょう)産業研究院の報告によると、バーチャルアイドルの基幹技術となるバーチャル産業の2020年市場規模は、550億元(約9400億円)。デジタルコンテンツ市場規模と比較すると6%ほどの大きさだが、2020年現在も年40%の成長率を見せている。
ここまでは既存IPのキャラクターをバーチャルアイドル化することによって、プロモーション効果を上げ、かつIPの強化にもつなげて、事業を成長させているDotwellの事例を見てきた。次回、後編では既存コンテンツではなく、独自コンテンツとしてのバーチャルアイドルを生み出す中国テクノロジー企業について紹介していく。